23.脈打つ壁
なすすべもなく、どんどん離れていく大地を見ていた十蔵たちだったが、
やがて異変に気づき始めた。
船内の通路で荒木は、思わず膝をついた。息が上がり、肩で呼吸を繰り返す。
「くそ……なぜこんなにも息苦しい……」
腕を失った傷口がまだ痛むが、それだけではない。まるで高山にでもいるかのように酸素が足りず、頭がぼんやりとしてきた。
おキヌも荒い息のまま壁に手をついている。胸を押さえて眉をひそめた。普段なら落ち着いていられたはずの彼女も、満身創痍と酸欠が重なり、今にも倒れそうだ。
「待て……これでは、じきにみんな気を失ってしまう。しかし、どうすれば……」
源田が短く指示を出そうとしたが、やはり呼吸が乱れて声が詰まる。
吉六が青ざめた顔で、二人を見回す。
「こんなんじゃ、船を爆破するどころか、お俺たちが干からびて死んじまいやすぜ……」
「早く船を止めねばならん!」荒木が苦しそうに叫んだ。
荒木が船内を伺う。なにか方法はないのか。座して死を待つわけにはいかない。
(父上、私はまだ殿の命を果たしておりませぬ。まだそちらに行くわけにはいかぬのです。私に力をお貸しくだされ……)
あちらこちらから粘液が垂れ落ち、壁の表面を覆う奇妙なヒダのようなものが蠢く様はまるで、巨大な化け物の体内にいるようだ。ふと、壁がところどころ脈うっているのに気づいた。
「和辻殿、あそこを見てください!肉壁が脈打つように動いておりますぞ!」
荒木は片腕で必死に体を支えながら、肉壁を見つめた。脈打っているのは血管のようなパイプ状のもので、荒木は目で辿ると、それは巨大なコブのようなものに集約されていく。そして、そのコブはまた別のコブへとつながっている。
「これを辿りましょう!きっと、化け物のところへ案内してくれましょう!!」
「なるほど、荒木殿、一か八か賭けてみるかの」
十蔵が言葉を続ける。
「こんなとこで力尽きてたまるか……行こう、みな、そこでケリをつけるんだ!」
源田も浅い息のまま目を細めた。
荒木は十蔵と目を見合わせると、片腕ながら刀の柄を握りしめ、歯を食いしばり、コブを辿って行った。後に全員が続く。コブは大筒の弾丸ほどの大きさだが、時折脈打つと、怪しい緑に光って東大寺の大仏の頭ほどの大きさになる。表面はぶつぶつしていてうっかり触れると、タコの吸盤のように吸い付く。今まさに吉六がその餌食となっていた。
「なんじこりゃあ! き、きもちわりい!!」吉六は後頭部に吸い付かれてジタバタしている。
「吉六、動くな」見かねた十蔵が吸盤を切り落として、吉六を解放してやる。
「ひぃいいい!」吉六の禿げかけた後頭部から、わずかな髪の毛がむしり取られ、さらに血が滲んでいる。
「ふ、船がオレの血を吸った!」腰を抜かしてへたりこむが、誰も振り返らず先を急いでいる。
「待ってくれよ、薄情な!」と言って吉六はヌメヌメとした地面を糸を引きながら走った。
五人は苦しい呼吸を抑え、脈動する血管の流れを頼りに奥へ進む。しばらく細い通路を下った先で、行き止まった。そして、その足元には暗闇がのぞいている。
「ここは……穴か?」
荒木が覗き込むと、粘液まみれの縦穴が見えた。ひと一人がやっと通れるくらいの大きさしかないが、深くまで続いているようだ。脈動する管が絡み合い、その穴の中へと潜り込んでいる。まるで、縦に横に走る下水道管だ。そして、下からは熱気をおびた生暖かい空気がぼうっと吹き上げくる。
「下に……何かある」十蔵が言った。
「ムカデ野郎がいるのか?」源田が覗き込んだ。
「わからぬが、行くしかないの」
源田は一瞬、身震いした。これはまるで生き物の喉だ。ここを下るということは自ら化け物の胃の中に飛び込むような、イヤなイメージが頭をよぎる。
「お、おい……、本当に中に入るのかよ……」いつになく勇ましい源田も、その不気味さにひるんでいた。
「旦那方、お先に」一番先に穴に飛び込んだのはおキヌだ。おキヌは忍びらしく、肉壁についたヒダを足場にして器用に下って行った。
「さすが!おキヌ殿。しからばそれがしも」荒木が続いた。腕が一本となっていたが、勇ましく飛び込んだ。バランスを崩しながらも歯を食いしばって降りていく。そして、十蔵が続く。
「源田隊長、怖いんですかい?」吉六がからかうように言うと、スイスイと穴を下って行った。さすがは炭鉱夫。穴の移動には慣れている。
「……泣く子も黙る竜義隊の隊長、源田半之丞、こんなところで腰抜けになるわけには……くっ!」
一人取り残された源田は「ままよ」とばかりに勢いをつけて穴に飛び込んだ。
ガガガーガシャーン!!
源田が管に足をかける否や、床が崩れ落ちるようにずるりと滑り出した。
「うわあっ!?」源田が悲鳴とともに縦穴を落ちていく。そして、先を行く全員を巻き込んで滑り続ける。
五人全員が粘液にまみれながら、一気にウォータースライダーのような通路を滑り落ちていく。荒木は刀をなんとか握りしめようとするが、体がくるくる回って壁に叩きつかれそうになる。おキヌの悲鳴が遠く聞こえた。
「くそ、捕まれ……!」
源田が叫ぶが、自分自身も回転する粘膜の斜面をこらえきれない。吉六は情けない声を上げながら、上にも下にも対処不能だ。
ズザザザザ……!
ねばつく粘液をかきわけながら、相当な距離を滑り落ちたあと、ドサッという鈍い衝撃とともに全員が広い空間へ投げ出された。
そこで目に飛び込んできたのは、円形の大空間だ。幾重にも絡む血管のようなパイプが、中央の“小さな太陽”を取り囲んでいる。“小さな太陽”はまるで巨大な心臓のように収縮と膨張を繰り返す。そして、そこから発せられる強い熱と光が、あたりの粘膜を照らし出していた。粘膜の一部は破れていて、そこから粘液にまみれた歯車のようなものが回転しているのが見える。まるで臓腑と機械が融合したような異様な光景だった。
「これは、からくり人形のようだの」
十蔵はなぜか京にいたころに、見物したことのある弓矢を的に放つ成功な人形を思い出していた。
当時、自分の子が生まれたことを妻から送られた手紙で知ったばかりとあって、十蔵は「いつか息子にもこの人形を見せてやりたいものだ」とまだ見ぬ我が子に思いを馳せていた。その叶えることができず空中分解した父性を、なぜかこの場面で思い出したことに、十蔵は自分自身、驚いていた。
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