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18.村上という男

 「皆、耳を塞げ!」


 一人の隊員が声を張り上げ、新式リボルバーをもう一発撃ち込む。火花と轟音が狭い空間を切り裂き、化け物の一匹が弾け飛ぶように転がった。だが、周囲の岩肌がびりびりと震える感触に、隊員は青ざめて息を呑む。


「や、やばい……このままじゃ落盤だ……」


 実際、天井の粉が舞い落ち始め、あちこちからパラパラと崩れかける気配がする。隊員たちはそれに怯み、思わず後ずさりしかけた。だが、その瞬間を狙ったように、次の化け物が不規則な動きで縦横に跳躍し、一人の隊員へ襲いかかる。


「がっ……!」


 悲鳴とも声ともつかない音が響き、隊員の腕が尻尾に弾き飛ばされるようにスパッと切り裂かれる。血が霧のように散り、彼は膝から崩れ落ちた。


「浅田……! くそっ……やめろぉおおっ!」


 仲間が絶叫しながら刀を横薙ぎに振るうが、化け物は壁を蹴ってすぐに後ろへ飛び退く。まるで、これが“遊び”とでも言わんばかりの巧みな動きだ。苛立ちを隠せない隊員たちが斬りかかるも、わざと隙を見せてはかわすように跳躍し、恐怖を煽ってくる。


「許さん……許さんぞ……!」


 歯を食いしばりながらも、村上は崩れ落ちた仲間を抱え、他の隊員に手当てを託す。大量の出血で意識が遠のく同僚を見て、隊の士気は急速に下がっていく。腰に下げた火薬袋に目がいく。「もはや火薬を使うしかないのか……?」と村上は心の中で思ってしまう。


 村上は幼少期、飢えに苦しむ農村で育った。天候不順や年貢の重圧で多くの家が潰れ、自分の家族も行き場を失った。村上自身は命からがら生き延び、藩の巡察に来ていた源田半之丞に拾われたのだ。そのとき源田は「飢えで民が苦しむのを座視できない」と言って、一介の貧農の若者を自分の配下に迎え入れた。村上は源田に大きすぎる恩を感じていた。いかに源田から一任されているとはいえ、爆破という手段を使えば大恩人の任務を台無しにしかねない。それはすなわち源田の名誉を傷つけることにもつながる。侍とは命よりもそうしたものに重きを置く人種だ。元々、農民だった村上は、生まれながらの侍以上に“侍”であろうとしていた。


──まだ、これを使うわけにはいかぬ!


 そのとき、一匹の化け物が背後の高台から飛びかかり、別の隊員に覆いかぶさった。刃物のような爪が彼の胸を抉り、血しぶきが闇に散る。たちまち地獄絵図だ。


「こ、このままでは全滅だ!」


 若い隊員が混乱して取り乱すが、「落ち着け!」と村上が怒鳴る。


「ぐっ……どうすればいい……」


 ひたすら斬り結ぶうち、隊員の何人かがかろうじて化け物に斬撃を与える。脚を切り落とされた化け物が床に転がりのたうつが、それでもまだ必死に尻尾を振りかざそうとする姿に、戦慄を覚える隊員たち。何度も刀を振り下ろしてようやく息絶えさせたころには、皆息が上がっていた。


「な……なんとか、一匹は倒したぞ……!」


 わずかな希望に隊員が声を上げる。しかし、次から次へと化け物の影が闇から湧き出てくるのが見える。もう限界が近い――そんな空気が漂い始めた。


「村上さん、もはやこれまで、爆薬を!」 

「我らもろとも、こやつらを吹き飛ばしましょうぞ!」


 隊員たちが一斉に村上を見た。みんな、覚悟を決めている。


 村上はその一点の曇りもない眼差しを全て受け止めた。当然、村上だって爆破のことはずっと考えている。ここにいるのは藩きっての精鋭たちだ。自分の命を惜しいなどと思っている人間は一人もいない。民の平穏を取り戻すためならば、多少の犠牲は厭わぬと理解している。だが、それは村上も同じ気持ちだ。幼いころ、両親を失い、救いを乞うても得られなかった日々を思い出し、彼は唇を噛む。


──俺のような惨めな思いを、これからの時代を生きる幼な子にさせたくない。ここで俺たちが犠牲になるのも悪くはない。


 しかし──


 爆破したら確かに、目の前の化け物は道連れにできるだろう。しかし、同時に落盤して船の中にいる隊長たちもろとも生き埋めだ。そして、倒せるのは運が良くて2匹といったところか。果たしてそれでいいのか。そんなのどう感がても割が合わない。どうせ死ぬのなら、2匹とは言わず、10匹、20匹と倒したいではないか。それこそが我が藩最強の竜義隊、そして源田隊長が手塩に掛けて育てた侍たちの実力だ。たかだか化け物1匹のために、仲間と共に厳しい修行に耐えてきたわけではない。


 源田隊長は「民の生活を守るために戦う」と言った。何が「民のため」になるのか。一体ここでどうすれば、一番「民のため」になるのか。


 自分は、かつて飢えや苦しみの中でこそ生き延びた。そして源田が手を差し伸べ、戦う道を与えてくれたのは、多くの民を救うためだ。


 村上の脳裏に、ある残酷な考えが浮かんだ。今まで村上の瞳にあった迷いは全て消え去った。一人の男が腹をくくったオーラが身体中から湧き出ていた。


「お前たちを地獄に送ることになるが、よいか?」


「むろん、では爆破の準備を」


「いや、そうではない」


「では、なんと?」


「言っただろ? 地獄だ。爆破して化け物もろとも吹き飛ぶよりももっとひどい地獄だ」


 村上はもはや“生き霊”のように鬼気迫るオーラを発していた。


その様子を岩陰から見ていた吉六は「村上さん、アンタもうこの世のもんじゃねえ。鬼だ、鬼になっちまいやがった……ああ、おそろしや……」とつぶやいた。

 

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