10.崩落
「どうするよぉ? 避けて通れる道は……」
吉六が上ずった声で言いかけるが、十蔵の視線を感じて言い淀んだ。
「……わかったよ、旦那」
三人は慎重に足を進め、岩壁の際に身を寄せながら音のする方へ向かっていく。道が曲がりくねった先で、照り返すような薄明かりがわずかに見えた。松明だろうか、それにしては妙に揺れが大きい。
さらに近づいてみると、通路が広がった場所で数人の男たちが何か作業をしている。しかも、その中心に置かれた木箱らしきものから、火薬の匂いが微かに漂ってくる。
(人だ……しかも、火薬を扱っている!?)
荒木はドキリと胸を鳴らした。火薬を扱うなど、この炭鉱では無謀としか思えない。そして目を凝らすと、見覚えのある男の顔を見つけた
「源田半之丞……!」
荒木の視線の先に立っているのは、竜義隊を率いるあの厄介な男。血の気が多く、以前に荒木と十蔵を一方的に侮蔑した人物だ。
「……おい、急げ! 奴らが出てくる前に爆破するぞ!」
源田が苛立たしげに声を上げる。周囲の隊員たちもどこか焦燥感に駆られているようで、整然とした軍律とは言い難い。いくつかの荷物が雑に放り投げられ、岩壁には血痕のようなものも見えた。彼らも化け物に襲われたのだろうか。
荒木と十蔵、それに吉六は顔を見合わせる。ここで火薬を爆破などされては、炭鉱ごと崩れ落ちる危険が高い。それに、おキヌがまだ奥にいる可能性を思えば、見過ごすことはできない。
「待て、源田殿!」
荒木の張り詰めた声が反響するやいなや、源田半之丞が振り返る。竜義隊員たちが一斉に構えを取り、松明の光が交錯した。そこに浮かび上がる源田の顔は、いつにも増して血走っており、その身には仲間の血の痕が付着している。
「やれやれ、竜義隊とやらがここまで出張ってくるとは、予想外だの」
十蔵が肩をすくめながら言うと、源田は血走った目で三人を睨む。
「お前たちこそ、何のつもりだ! 邪魔すんじゃねえ!!ひっこんでやがれ!!」
源田は乱暴に手の甲で額の汗を拭い、十蔵をきっと睨みつけると、刀に手をかけた。
「源田殿! それがしは敵ではありませぬ。一体どうしたと言うのです?」荒木が両手を前におずおずと差し出して、敵意がないことを示した。しかし、源田の興奮はおさまらない。
「奴らの不意打ちで仲間が二人もやられたんだ! 首が飛んじまったやつもいる……クソっ!文句があるなら相手してやる。ただ、今じゃねえ。今はこいつをブッ放すのが先決だってことさ」」
荒木はそこに一歩出て、「ブッ放す? 一体何を?」と問いかける。源田の横にいる隊士が鬱屈した表情で答えた。
「火薬を使って一網打尽にしようというのです。化け物が潜む坑道がもう一つ奥にある。そこを発見したのですが、粘液と糸が邪魔で、まともに銃を使えない。ならば火薬で通路ごと崩してしまおう、と」
「何だと!? もしまだ息のある者が奥に囚われていたら、まるごと埋めてしまうのではないか!」
荒木は声を荒らげた。
源田は血走った目を荒木へ向け、「うるさい!」と吠えた。
「息のある者だぁ? 何が悲しくて、こんな地獄にまだ人が生き残ってると思う? いいか、俺は化け物を倒すためならどんな手でも使ってやるのだ! そのほうが犠牲になる者も減る。銃で足止めしながら、火薬を仕掛ける、それだけの話だ!」
その剣幕に荒木は拳を握りしめる。刀を抜く衝動を必死でこらえた。乱心しかけた源田と争えば、化け物退治どころではなくなる。だが、時を同じくして十蔵が小さくため息をつき、吉六の腕を引いた。
「炭鉱を知るそなたから教えてやれ。火薬を使えばどうなるかを、の」
吉六はうなずき、源田たちに向き直る。
「隊長さん、火薬使えば、俺らも埋まるかもしれねえんでさあ。奥の方は特に地盤がゆるい。ほんの少しの衝撃でもひび割れが広がるんだよ」
吉六が必死に言うが、源田はまるで耳を貸さない様子で乱暴に髪をかきむしった。仲間を殺され、すでに冷静さを保てないのだろう。
「うるさい、うるさい! ここで引き返せば、あいつらがまたどこかを襲うかもしれんだろうが。そうなればどれだけの無辜の民が餌食になるか……俺はそれを止めねばならん。埋まるだと? ならば、ここでもろとも死んでやるさ!」
そのとき、坑道のどこかで“ザザッ”と音がした。砂がこぼれる音だ。音は上か、あるいは壁の裏か。全員が一斉に警戒態勢に入る。
「やつらか……!」
源田が刀を構えた。その後ろの隊士たちも、銃口を通路の上に向ける。
(どこだ……どこから襲ってくる?)
暗闇を睨む荒木の背中に汗が伝う。吉六も松明を低く構え、岩壁の上の方を照らそうとする。だが、その範囲に映るのは無数の糸と粘液が固まった岩だけ。風が吹くたびに、糸がゆらりと波打つ。
ふいに、源田の斜め後ろにいた隊士が「あっ」と声をあげた。
彼の言葉が終わる前に、黒い影が上からすっと舞い降りた。あまりに素早く、誰も反応できないまま、隊士の首元を鋭利な何かが切り裂いた。
「ぐあっ……!」
重い音とともに血が吹き上がり、彼の身体は無惨にも地面に転がる。ほんの一瞬、斬られた隊士の目が虚ろに見開かれ、松明の炎を映したまま動かなくなった。
「くそっ……速過ぎる!」
隊員たちが銃を構えるが、すでに遅い。化け物の影は天井近くをササッと這いまわり、岩肌に隠れ込んだように見えた。周囲を照らす光が揺れるが、その姿はあっという間に闇の奥へ溶け込む。
「貴様あああっ!」
源田が怒りと絶望を混ぜた声を上げ、倒れた隊士の方へ駆け寄る。
荒木と十蔵も同時に振り向くが、わずかに赤い残光のような閃きが上方を走り去っただけで、もうどこに化け物が潜んでいるのかわからない。
「くっ……あいつら、こっちの裏をかいてきやがる」
吉六は声を震わせながら、血溜まりを避けるように後ずさった。炭鉱の天井は一部高く、糸が絡まる梁の隙間からでも化け物が襲撃できるのだ。
「これはまずいの……ココではヤツに分がある。とにかく逃げなくては」
十蔵が荒木に声をかける。荒木は唇を噛んでうなずいた。
死んだ隊士の肩を抱きかかえていた源田が転がっていた銃を手に取った。
「うぉおおおおおおお!」怒りに身を任せた源田は暗闇に銃を向けた。
「やめろ!」荒木が源田に飛びつこうとしたが、一足遅い!
轟音が響くと同時に、ずしんという衝撃がやってきた。天井の一部が落ち、あたりが白い粉塵と黒い糸の切れ端に包まれる。さらに次々と木の支柱が崩れ始め、炭鉱の地面が波打った。
荒木は助けを求める吉六の腕をつかんだが、地面が“ガラガラ”と凄まじい音を立てて崩れ落ちていく。無数の破片と共に人間が落ちていった。




