女子トーク
葵は他に人が通りかからないかチェックしてくれている間に大体のことを楓に話しておいた。
あまりの突拍子もないことに楓は随分と面白そう顔をして聞いていた。
「なるほど、それであーしとタクミが入れ替わったのに気づいたって感じね。」
「といってもなぜ入れ替わりが起きるかわからないのだがな。何か、こう、変わったこととか思ったりしなかったか?」
変わったことかーとしばらく考えたのち彼女は残念そうに頭を振った。
「残念ながら、タクミ方はどう。」
「俺も同様だ。」
そっか、と呟くのだがこれまた困ったことが山積しているのは違いなかった。
「しかし困ったな。葵のことはそれなりにわかるが、楓のことは正直あんまり知らない、お前って友達とどんなことを話しているんだ?」
「なにそれ、あーしのことちゃんと見てなかったってこと!!」
ぷくーとちょっと怒ってる風に問い詰めてくるのだが、男の自分の顔に愛嬌を感じる程度には可愛らしいものである。
「葵とは何年もいっしょだったからさ、で、どうなんだ?」
「……いつも通りだよ、まあ結構明るめのギャルって言えばいいのかな。でもタクミがギャル、タクミがギャルもどきになる。あ”あ”-!!しまったもっと面白いこと言えばよかった!!」
突然訳の分からないことを喚き、ガンガンと自分の頭を壁に打つのだ。警戒していた葵含めて錯乱ぶりに思わず引いてしまった。
「おっおい、大丈夫か?というか俺の身体で無茶をするなよ……。」
止めようと彼女の肩を触ると突如として閃いたのか瞬時に振り向き、夜空の星のように満天の空が目の中に広がった笑みで口を開く。
「ならさ、清楚系行ってみよ!!」
「せ、清楚系だって?さっきはギャルって……。」
「いいからいいから!もし追及されたら読モのキャラづくりって言えば伝わるから!!」
「???ま、まあお前がそれでいいならいいけどさ。けど清楚系かぁ。」
いや、別段清楚系に嫌悪感とかそういったものを持っているわけではなかったのだが、どうにも男性視点での清楚であって女性的な清楚には違う気がしている。
女性的な清楚はすき好んだ男を落とすためか、ちやほやされるための技である気がするのだが彼女はそういった以上従うほかにないだろう。
ならば彼女らしい清楚を追求していけば導き出される清楚系ギャルの性格は一つである。
というか清楚系ギャルって何よという話である。清楚とギャルは重なり合っても問題ない性質なのだろうか、甚だ疑問ではあるがあえて真似をしてみることにした。
目を閉じ、できる限り息を整え自分を更新するのだ。
目を開ければいつもの元気さとは裏腹にその目にはどこか孤高な女生徒のような憂い気な物が宿り、だが妖艶な唇には何人も落としてきたであろう色が見える。
彼女らしくもなく、闇の美しさを兼ね備えたギャルはまさしく匠がすき込んでいる女の質というのが見え隠れしているといえよう。
いつもなら元気いっぱいの彼女にはない属性を持っている楓は女性からも男性からも注目を浴びてもおかしくないほどに美しくあった。
そんな顔を見てか目の前の馬鹿は目を真ん丸にしていて、アホは本心から自分の姿に興奮している状態であった。
「うわっ、匠ってが真面目な顔をするそんなに色っぽくなるんだ……。」
「うっひょ~!自分がこんなにも色っぽくなるなんて。ねえねえタクミタクミ、タクミって結構女っけがある感じ~?」
「そんなわけないだろアホ、お前だそうしろっていったからだ。さあ行くぞ、もうすぐ授業時間だ。」
あはぁ~♡と闇の色を含む威光に当てられ満足気なアホと、興味深そうに見つめている馬鹿を連れて教室へと戻るのであった。
といっても授業は至って普通なものであり、真似している分にはこれといって不具合はなかった。だが問題はこれからであったのだ。
四時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると一回の端にある購買部へと走っていくヤンチャな男子生徒たちが一目散に出ていき、それに続いて自分のような平穏無事に過ごせたらいい程度の生徒たちが歩いて出ていく。
昼時には女子生徒を中心に弁当を取り出してはいつものメンバーとつるんで机を合体させている。中には一人で食べる人間もいるがそれは割愛する。
そして嵐のような危機を察知して教室の入り口へと目をやると先ほど教室に顔を出していた友達二人衆が個性的な弁当をもってやって来ていた。
「おーいカエデっち!」
「うーす、弁当食べようぜ。」
授業が終わり昼休みになってやってくる地獄が始まったのだ。
あっはい、と無意識的に言ってしまったが彼女たちは特に気にする様子もなくぞろぞろと自分の周りへと集まってくる。
なんというか、自分がギャル軍団の中に入っていること自体がおかしなことであり、何とも言えない気分になってしまう。
だが彼女らからしたらいたって普通の日常であり、中身のことなんて考えもしない人間たちである。
というか普通はそんなことはない、普通なら。
「どうする蘭子、食堂でもいく?」
「カエデっちの隣開いてるし机合わせてでいいんじゃない?そっち運んでくれる万梨阿。」
「任された!!」
空席の机を二つ合体させるとそれなりに大きな卓のようになった。面々は自分の弁当と買ってきたであろうジュースを置き、椅子に座るのだ。
自分から見て右からその友達のことを思い出すのだ。
一人目は酒井万梨阿、先ほども率先して机合わせを提案した女子である。体つきは比較的ふとましい身体をしており、かなり愛嬌のある顔立ちをしている。意外と男子から彼女にしたいという人間が出る理由もわかるほどだ。
聖母マリアを冠した名前は何とも昨今のキラキラネームだ、だがそれなりに責任感はある人間だ。
人が嫌がることでも率先してやる女子らしくない子であり、所謂真面目ちゃんというやつである。だが彼女には信念というモノがあるのが他人との違いだろう。
対面に座る二人目は金木蘭子、高校生なのか?と疑問符がつくほどに童顔であり、女子中学さながらの顔立ちであった。そして声も幼くあり、背も小さい。
本人は相当コンプレックスを抱いているのだろうが、それを感じさせないほどに気丈で温かな女子生徒である。
自分が泣きそうでも他人のことを思いやるのだ、それは自分がそうだったからという経験から慰めているといえばいいのだろうか。
彼女が泣いているところは中学の時は見たことがなかった。
「ささ、今日は超絶スペシャルお弁当だよ!」
万梨阿のお手製の弁当らしく、ピンクを基調にした弁当箱とタッパーを開けてみれば丁寧に箱詰めされた食材がこれでもかと盛られていた。
タッパーに盛られたナポリタン、一方弁当箱には玉子焼きにハンバーグ、ブロッコリーなど色とりどりのものが見えた。
食材自体は冷凍食品が大半であったのだが玉子焼きとナポリタンはお手製らしく、随分と好い香りがしていた。
「わわ~!今日ナポリタンなんだ、ちょっともらっていい?」
蘭子はハンバーグを目の前にした子供のように喜び、目をチカチカさせていた。そんな彼女を前にして万梨阿は心の底から嬉しそうな顔で頷いた。
「いいよいいよ、みんなの分を作って持ってきたんだから是非!」
「じゃあこっち食べ終わったら貰うね!」
そういうと蘭子は行きの道中にあるコンビニで買ったであろうパンを口いっぱいに頬張る。栗鼠のように小さな口で食べる彼女は何とも愛らしい愛玩動物とさえ思ってしまうほどに可愛らしい。
そんな風に周りを見ていると何も用意していない楓を心配してか万梨阿が声をかけた。
「どうしたの楓、ちょっと体調でも悪いの?」
「あっ、いや。そうじゃないんだ、ちょっと別のことを考えてて。」
あははは、と軽く笑いながら急いで楓の弁当を取り出す。
彼女の持つ弁当は至って普通の弁当というほかになく、きんぴらごぼうや白身魚の焼き物と中身は昨日の残り物の詰め合わせといった感じである。
ただ特筆すべきこととしてはご飯の量が明らかに運動部の男子生徒並にあるという点であろうか。絶対コレ太るだろ。
まあ本人は食べているってことだろうし別段問題はないってことなのだろうか。
プラスチックの箸を持ち、楓の弁当を食べることにした。魚もごぼうも随分と塩分多めの味付けであり、これを食すにはご飯がないと結構辛い感じである。
つまり塩っ辛い物に対して何とも食が進まなかったのである。自分は意外と塩っ辛いのは好きな方で減塩とか気を使っている口であるのだが、この身体ではあんまり食指が動かなかった。
(うぅ、ちょっと塩っ辛い。親は酒のみなのかな。)
思わずそんな風に思ってしまうのだが、酒を飲むうちの父親の偏食を考えてみればその可能性が高そうである。
黙々と食べていれば二人は随分と話し込んでいたところ、共通の疑問があるらしく二人そろってこちらを見つめていた。
興味深そうに見つめる四つの眼を前に思わずたじろぐが笑みを浮かべて聞いてみる。
「な、なに?どうしたの?」
「いやー、楓って告白されたことってあるのかなって。楓って意外と可愛いじゃん?欧米系の顔立ちの良さってのあるし、綺麗な髪だし、ぜーったい告白されたことあるよねって。」
「うんうん、蘭子もそう思うの。でででででで!!どうなの?????」
突然の女子トークを前にどう対応するのが正解なのかとても困ってしまった。いや正直に言えば多分告白されたことは数知れずあるのだろう。
まあ彼女たちもそう思っているのであれば騙すことはなおのこと容易であろうが。
ふと窓際に一人の彼女を見た。楓はただ一人でコンビニのパンを食べている。所作が丁寧故にとても美しく見えるのだがその影にはどこか寂しさを感じるものがあった。
いつもなら友達と和気あいあいとおしゃべりして、余った時間は好きな人のために考えて行動する。そんな彼女が翳って見えるのはなんというか、無性に腹が立った。
自分の時間を削って他人を慮って、手を差し出して、甲斐甲斐しく世話焼きしてくれている人間がそんな結果となることに対しての怒りである。
どれほど自分が落ちぶれようとも心の奥底の信念は残っていたことに驚きであるが、その信念が自分を突き動かすのは十分な熱量を有していた。
「ちょっとごめん。」
「えっああうん。」
二人はキョトンとした顔をしていたが、自分は立ち上がり楓へと近づくのだ。楓も匠が近づくを見ると頬を緩ませ、笑みを浮かべた。
「どしたん匠、っていまは楓か。」
あははと誤魔化すように笑うのだが、その笑みは少し痛々しかった。
「お前も来いよ、喋りたいんだろ。」
「えっ、でもそれじゃあ楓に迷惑がかかるじゃん。」
今は楓として接しているわけでなく、匠自身として提案しているのだ。俺の身体でも自分の好きにすればいいじゃないかと、だが彼女はそれを理解した上で迷惑が掛かるから役に徹していた。
「アホかお前。」
伏し目がちの楓へと右手を額へと近づけるとデコピンをお見舞いしてやった。
ぺちん、と意識外からの攻撃に彼女は本当にびっくりしたのか目を見開いて視線をこちらへ向けた。
「いてっ、何すんのさタクミ!!」
「俺はタクミだ、お前は楓だ。そうだろう、それの何が悪いんだ。それに……。」
「それに?」
「……誰も救われない話は嫌いなんだ。」
正直な思いであった、自分のことはどうでもいいが他人がそうなることには耐えられない。それが自分の願いにつながる心の芯であり、残っている温かな感情だ。
それをわからずか、わかったかどうか分からないのだが彼女は小さく笑った。
「言質取ったからね~、まずは女子の情報ネットワークから既成事実を作っていくから。」
魔女の如き笑みへと変貌していくのだが、彼女の問題は正直頭の痛い話ではあった。彼女が積極的攻勢を仕掛けてこよう物なら平穏無事な学生生活は破壊されることだろう。
男子諸氏の敵視と共に得られるのは甲斐甲斐しい彼女というわけである。
そんなこんなにて楓を女子トークの中に入れるための納得する言葉を考えなければならなかった。