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少女の絵

春の陽気は麗らかで、とても柔らかな肌寒い冷気をもって全開放された窓から教室へと流れ込む。

 廊下側にある席ではどうにもその空気というのがあまり感じられないのは少しありがたい。まあ正直慣れないスカートを履いているというのともあって風はあんまり受けたくはなかった。

 彼女は意外と冷え性なのか、じっと座っているだけでも相当寒いのだから仕方のないことである。そういえば彼女は毛布を持参して足に掛けていたような記憶がある。

 女の冷え性ってのは意外と深刻な問題であり、彼女の大変さが少しわかったような気がした。


(しまったな、多分毛布は入れ忘れてしまった。)


 少し焼けた手で冷たい腿へと触れる。手は暖かいだけになおのこと腿の冷たさが際立って仕方がないが、こすりつけて少しでも暖を取ろうとする。

 手入れされた腿を触るたびに自分の身体ではないということを感じでしまう。すべすべでもちもちの彼女の腿はまるで女性であり、男らしい筋肉質な足ではなくなっていた。

 いや、身体は葵のだから女か。

 そんなことを想いつつもつらつらと書かれて行く黒板を前にして理解できればそれをノートへと写していく。

 だが恐るべきことに葵のノートには綺麗な字で書かれているのだが、どうにも工夫の欠片もない構図で書かれているようである。

 それも言っていること書いていること全てを丸写しの芸の一つもないノートであったのだ。


 しかもノートの片隅には授業中暇で書いたであろう小さく落書きまで存在しているのだ。可愛らしいうさぎちゃん!という文言と共に相当丁寧に書かれた絵は彼女の才能を感じさせるに十分な絵ではあった。

 だが明らかに授業全てを使って書いたであろう程に色々なうさぎが書かれていた。もうなんと言えばいいのだろうか。変なことを俺の身体でしてほしくないのだが……。


 そんな風に感じながら窓際の葵へと目を向けると、なんと彼女はぐっすりと寝ているようであった。

 まあ本人からしてみれば冷え性もない快適な身体を手に入れて、気持ちの良い風に中てられてぐっすり寝ているのであろう。

 葵を見てただただ呆れるほかになかった、まあ自分だって夜更かし過ぎた時にぐっすり寝ることはあった。彼女は結構授業を寝て過ごして、友達からの教えてもらって過ごしている人間だ。

 だが……!!


(あんな幸せそうに寝るなバカぁ……!)


 なんと葵は自分の身体で相当幸せそう寝ている彼女を見てそう思ってしまった。

 身を机に任せ、両手で自分の頭を横にやっている。しかしながら自分の横顔が本当に幸せそうな夢を見ている顔をしていた。

 アイツに見られていないならいいんだが、と思いながらもノートに黒板に書かれたことを要約し簡単にまとめて行く。

 

 それからしばらくしてチャイムの音と共に授業が終わったならばノートを閉じ、葵の元へとすたすたと歩いて行く。

 机の前に行けばチャイムの音を聞いてなおも熟睡している葵がいた。卓上に置かれ閉じられているノートを手に取り、寝ている自身の身体へと狙いを定める。


「っふん!!」


 高速飛翔するノートの角は葵の側頭部へとクリティカルヒットし、彼女は突然の痛みにびっくりして飛び跳ねて起き上がった。


「いった!!何するのさ急に!!」


 ノートで叩かれた側頭部を摩りながら文句ありげな顔でこちらを見つめてくる。文句あるのはこっちなんだけども、なんでそんな非難めいた目で見てくるのだろうか。

 そんな彼女へ飛び切り厳しい目をして尋ねる。


「お前ノート欠片も書いてないだろ。」


「なっ!それは、ちょっとぐらいは書いたよ。ほら見て!」


 にゃーん、と可愛らしい猫がノート全面に書かれており、まあ確かに写生としては相当上手い類いだろう。だが……。

 ちょびっと板書しているようであった。全文の内の一割も行けばいいほどの分量であり、こいつは寝るまでの間に間違いなく猫を描いていたこと間違いなしであった。


「ッふん!」


 葵の頭へと拳を落とし、軽く彼女の頭を叩くのだ。漫画であるのであればポカっだの音がしそうな程度の威力を込めてである。

 突然ノートの角で叩かれ、拳で叩かれた葵は瞳に涙をにじませて声を上げた。


「なにすんのさ!」


 暴力反対と吠える彼女へと最大限の軽蔑を向けた目を彼女へとぶつけるのだ。


「お前真似る気ないだろ。」


「真似る気あるって、まあ今の匠は誰にも見られていないようだし。そーれーにー……。」


 葵はニシシシと不敵な笑みを浮かべた。何故にそのような笑みを浮かべるのか、理解ができなかった。

 そんな自身を前に自信満々の彼女はノートを捲っていきとあるページを開けていた。

 一面には過去クラスの女子を想像を含めて写生した一面があり、彼女はこれでもかと見せつけるのである。

 写生された女子の面々は凡そ目の前の姿をモチーフにしつつも想像にて補強された絵であった。それぞれイメージにあった私服姿で描かれていて、髪型も大きく違っているものが大半である。


「匠ってこんなの書いてたんだね~。しかも結構可愛らしく描いてじゃん、授業に描いてたの?」


 どうだどうだ、としたり顔で肘をつかって腹を小突いてくるのであるが別にそんな時間に描いたわけではない。

 休憩中の暇な時の手遊びに過ぎないのだが、彼女にいくら弁明しても聞いてもらえそうにないのでまともな弁明は止めることにした。

 彼女に見つかるのは時間の問題とは思っていたもののこんなに早くにバレるなんて想定外であった、右手で顔の半分を抑えつつも言葉を紡ぐ。


「別にいいだろ、手遊びだ。休憩時間はお前みたいに忙しくないんでな。」


「そんなこと言って、でこの女子たちの中で誰が一番好きなの?」


 葵はノートに描かれた女子たちの姿へと視線を戻し、自分に尋ねてくる。

  

「お前な、それを聞く奴がいるか。ついでに言うと誰それが可愛いとかはあるが別段好き嫌いってのはない、それ見たらわかるだろ。」


「まあね、匠ってどんな人でも魅力的に描くからさ。」


 葵の目はまるで夢の世界を見ているかのような絢爛な瞳で、何人にも侵すことのできない神秘的な色合いを含んでいる。

 それは少女漫画に出てくるかのような美しい目である。そして希望期待に輝く彼女の目の先には一人の女子生徒が描かれていた。


 彼女は高身長な見た目をしており、その中性的な髪を維持しつつ美しい顔立ちに女性的な前髪をしている。そんな彼女は目の前の人間へと最上の微笑みを見せている。

 その男性が誰かは詳細に描かれていないために分からないが、描かれている中の彼女は日向のように温かく、太陽に向かって満開と花開いた日葵のようであった。

 

 そんな彼女を見つめていた。それが誰なのかきっと彼女は理解している。

 だからこそ教えたかったのだろう、自分はたった一人ではないと。

 

 昔ッから元気いっぱいで暴力的なことするし、少年のように馬鹿みたいなことをする。その上こんな異常事態においても真似る気も全くない馬鹿であるのだが、この気持ちだけは真実なのだ。

 彼女はそれを意識的にしているのかどうか自分からでは分からないのだが、そう考えてしまった。

 そう思ってしまうほどに彼女を意識していたのであった。


「おーい匠、暇か……っておお!!」


 後ろから桐生が声を上げるのだ。突然のことに自分も驚いて声を上げてしまった。

 そして連鎖的に脳内にて危機警報が鳴り響くのがわかる、これはマズイしまった!!と思った時には桐生は随分と絵に見入っているようであった。


「おまっ、見るな見るな!!」


 すぐさまノートを閉じ、絶対に離さないと両手で力強く握る。匠のノートに描かれている絵を絶対に見られた、しっかり者であるが冗談が好きな彼に見つかったのは失敗だ。

 現に彼はいじりがいのあるネタを掴んだと面白そうな顔をして葵を見ていた。


「へー、匠って意外と女子を描くのが上手いんだな。見せてくれないか、もうちょっと気になってな!」


「まあ自分はいいけど、葵が嫌らしいよ?」


 一方は興味深々の顔、一方はしたり顔で見つめてくるのである。両手で抱えたノートをぎゅっと掴み、絶対に話すつもりはなかったが……。」


「お前っ!!裏切ったな!!」


「ぶってきたのはそっちじゃないか、仕返しだよー!さあノートを返せ葵!!」


 絶対に返すつもりはなかったが、愛らしい二人のノートの引っ張り合いは教室の人々を興味引かせ、結局取られたノートも暴露され教室の面々に広がるという最悪の結果になるのであった。

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