入れ替わり?!
人と人との繋がりっていうものは得てして不思議な縁によって紡がれるものだ。
同じクラスのいいなと個人的に思ってから話しかけて、少しでもお互い気になるというプロセスを得て友人となる。
いや顔見知りという方が正しい。そこからまた会話をし一緒に買い食いしたりくだらない話をしてから友人に昇格する……
麗らかな桜が満面に咲き乱れるこの季節にはみんな独自の友達網というものを作り始めるものだ。時期的には友達を作るプロセスにおいては後半戦に入っているわけである。
高校に入学してから一か月近く、自分は奇跡的なことに能動的に動いた限り知り合いを作ることさえかなわなかった。
何も行動しなかったわけではなかった、気になった人にアタックしてみたりして人並みにはしていたつもりだった。
けれども友達なんてものができなかった、理由がないわけではない。
他人との付き合いを冷ややかな目で見ているからに他ならない。何故他人とつるむのか、孤高の人間の方が居心地がいいじゃんとと考えてしまうからである。
これは自分生来の特質というやつで、どうにも一人を好む性格であった。というよりも面倒くさがりといった方が正しい。きっとこんな性分だから友達になっても維持は難しかっただろう。
自己紹介が遅れたものの、自分こと藤沢匠はそんな損な人間である。髪はそれなりに伸ばしていて、背丈もそれなりに高い方だ。
もっと短髪で、すっきりした方がかっこいいと言われたこともあるが、半年に一度の散髪日以外は意外と長髪の方にしがちだ。
さて一年B組は三一人が在籍しており、何グループかに分かれて男女ともに入り乱れている。The親友が集まるグループから、気の合う友達が緩く集まるグループまで群雄割拠といっていいほどである。
群から離れて個になってからは他人を観察することが日課になっていた。所謂人間観察ってやつである。
というもの人間観察をするか、広辞苑を右から左へと捲っていくぐらいしかすることがなかった。
言葉というモノは好きだった。だってそこにはその人の考えや思考、理由が込められているからである。人類開闢の時代から不変の真理であろう。
人間観察もその延長線上といって差し支えない。言葉の奥の真意を考察することこそが僕の一般的な趣味というだけだ。
そんな至って普通なの男子高校生の自身には気になっている女子生徒がいる。同学年の同室にいる人気者の彼女、宮峰葵である。
丁寧に手入れされて透き通るような白と淡い青の髪はボブカットに整えられていて、他者の真実を見抜くような目をしている。
右耳にはピアスがつけられており、座り方も清楚というよりかは少し足を組み、今時の年相応の女子生徒といった雰囲気である。
面白いことがあって大口を開けて笑うことがない、キャラ的にはクールビューティーというものだろう。
だからなのか女子人気は一番であり、王子様のような顔つきに惚れ込む女子生徒を生産してきた。
そんな彼女はとても遠い存在となっていたが、授業の合間は楽しそうに歓談する彼女を見ていると微笑ましく思ってしまう。
思案もほどほどにして机の中から広辞苑を取り出し読みふける。さながら文学少年ならぬ文字少年であった。
時刻も三時を過ぎて六時間目も終わったころ、掃除の時間へと突入したクラスはそれぞれのグループと分かれていき自分も同様に行動する。
自分の担当は自身のクラスの掃除担当であった。そして大抵ゴミ捨て専属でもある。
女子メンバーは嫌がって自分からやりたがらないし、男子だって臭い物をもっていくのは嫌うものだ。そこで後ろ盾のない自分の出番というわけであった。
半自動的に決まった役割に準じる分には何にも考えなくていいし気が楽でもある。
ただ袋の端についたマヨネーズやケチャップの垂れ汁から発せられる物だけは嫌いなのだが。
自分が長く揺れる髪を輪ゴムで括ろうとしていれば教室組の男子の一人、桐生正孝がニコニコと笑みを浮かべて近寄ってくるのがわかる。
桐生は同じ中学から陸上部に所属している人間であり秀才といって差し支えない人間である。勉学も上位、運動もできる人間で、人間性も好い方だろう。
そんな彼はぽんぽんと肩をたたく。
「じゃあ藤沢、今日も頼むぜ!」
にこやかなに発せられる言葉の裏にはこいつ程度なら自分の言うことを聞いてくれるという背景が見て取れる。
女子はだれにでも平等に接してやるだと豪語する割には、自分のような声を上げることをしない人間に対しては平等も何もない。
だがここで声を上げる必要性だってない。グループの輪を乱す必要性も感じないし、そんなことにエネルギーを使うこと自体が馬鹿らしかった。
そんな彼に対していつもながら勿論だよ、と笑みを見せ返事をする。
「そういえば桐生くん、今のところ他にゴミはないの?」
「ん、あー多分それだけだろうな。おいそっちの女子共はゴミはねえか!捨てるなら今のうちだぞ。」
もう一方の女子グループは例の王子様中心に話し込んでいるようで聞いている風すらなかった。
「ったく、王子の連れもちゃんと話を聞いてほしいんだがな。本当に辟易しちまうよ。」
「違いないね、みんな掃除そっちのけで会話ばっかりだね。」
「だな。床の雑巾がけは俺たちに押し付けて自分たちは適当に箒で掃くだけ、おかげで俺たち雑巾がけ班は真っ黒になっちまうんだよな。どうにかなんないものかね。」
B組クラスの掃除班長の桐生は本当に困っているのだろうことは容易に想像できる。確かにグループのはぐれ者の女子はちゃんと仕事をしているのだが、他の女子の仕事は乱雑と言わざる負えない。
鶴の一声を望んだとしても例の王子様は別のところで掃除をしている(多分騎士たちが代わりに受け持っているのだろう)はずだ。
だからこそ彼女たちにわかりやすく苦言を呈することで必死の抵抗をしているのだ。だがそんなちっぽけな抵抗は彼女たちにとっては文句の一つで片づけられるのだが。
「じゃあ自分はいくね。」
「おうおう、任せたぜ藤沢。テメエは苦労させないから本当に助かるよ。はぁ……。」
深い吐息の中には苦悩が満ち溢れているようだが、自分はあはははと笑うしかなかった。
ゴミ捨てといってもゴミ袋を括って学校の一角にあるごみ置き場までもっていく作業でしかない。袋の端についた調味料へと触れないように持ち、騒がしい廊下を歩いていく。
何の変哲もない日常なのだが、階段を下っていれば下の階から目の前にある人物が現れるのだ。王子様こと葵であった。お互いに足を止め、突然の出会いに少し間を置いてから挨拶された。
「……えっと、こんにちは。藤沢、くん。」
自分はそんな彼女に対していつものようににこやかに返事をするのだ。
「お疲れ様宮峰さん。担当の掃除は終わったの?」
「えっ、ああ、うん。みんながやってくれるから、休んでていいってさ。」
そんな彼女の綺麗な手は水で濡れており、腕も捲り上げて居る。そういえば彼女はトイレ掃除だったか。
「手伝ったんだね、やっぱり宮峰さんは優しいね。」
「……そういってもらえると嬉しい。藤沢、いやタクシュー!」
声を上げた。心の奥底から申し訳なさそうに、顔を伏せ、沈痛な面持ちをしていた。
彼女がこう感情を表に出すこと自体は珍しいことではなかったのだが、何のとりえもない自分に何を言おうというのか。きっとあのことなのだろう、足の古傷が疼く。
既に終わったことを蒸し返すことに対してもう自分は辟易としていた。もう嫌なんだ、自分は何にもできないただの人間なのに。
「私は、貴方に謝りたくて!!」
「……。」
一歩足を踏み出す。つるっと、ゴム同士の滑る好い音が階段に広がる。
「うおっ!!」
「えっ?!」
なんと踏み出した先、足を先にやった瞬間に思いっきり後ろのめりで身体が宙に彷徨う。
だが一歩踏み出した先が悪かった、階段掃除の生徒による杜撰な掃除のせいでびちょびちょな段が存在していた。
滑り止めのゴムも生憎水でつるつるになっていて、踏ん張ることができなかった。慣性と共に彼女と踊り場へと落下することしかできなかった。
二人は踊り場にてもつれるように倒れ込んでいた。
自身はいててて、と後頭部をさすりながら身体を起こすのだ。目を開けた時には強く打ったせいでずきずきと痛む後頭部が存在しており、思わず悪態をつきそうになっていた。
といっても悪態を言ったってこんな杜撰な掃除をした人間に聞こえるはずもないので漏らすことはなかったのだが。
「大丈夫?宮峰さ、ん。」
その声は聞き慣れた彼女の声であった。なぜ自分から彼女の声が?一度覚えた違和感は悉くの違和感を想起させるに十分であった。
自分の伸びた重い髪がなくなっており、右足のちょっとした痛みというのが無くなっていたからである。
そして目の前には自分自身が起き上がるのだから。
「えーと、私が目の前にいる。どういうこと?」
自分の身体をした推定葵がきょとんとした顔でこちらを見つめている。一体何が起こったのか、皆目見当もつかないもののこれだけは言える。
あ り え な い。
思わず困った時の癖の額に指をやる動作をしてしまう。葵も何が起こったのか理解できていないようで、自分の身体のありとあらゆるところを触っていた。
自分の顔や腕、さらには股間まで触っているようである。
「んっん!!」
興味津々に股間を触っているところをわざとらしく咳をする。
「あっ、ごめんごめん。匠、いやタクシューってホントに良い身体しているよね。元陸上部なのに肌も綺麗だし、日焼け止めとかちゃんと使ってた口?」
タクシュー、懐かしい呼び名で呼んでくる彼女だが女の子座りなのだけは勘弁してほしかった。もし誰かに見られたらそれこそ一大事だ。
「……答える必要はないだろ葵。というかその座り方やめろ、骨格的にもやりにくいだろ。」
「そういうタクシューも、片足を上げてるからパンツ丸見えじゃない。」
んんっ、それは確かに不味いな。そう思い自分も気恥ずかしそうに立ち上がり、スカートをしっかりと伸ばすのだ。といっても伸ばしたところで膝丈ほどもない短いスカートでは隠しようもないのだが。
「とりあえず立って、これからどうするか話し合わないと。」
「だね、なんだかすごいことになっちゃったね。」
彼女も手をやり、手をぐっと握り起き上がる。頭一つ分高い自分の身体を見上げるのはなんというか、不思議な気分である。
今まではあんまり感じないのだが、いざ他人になってみると時間できてしまった。
こうして二人は再度出会う。麗らかな桜が咲き誇るこの春に……。
お目こぼし失礼します。本作は別現行作品との合間につくる関係上不定期更新になりますが、できる限り早く更新いたします。是非彼と彼女の旅にお付き合いくださいまし。