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バッドエンドのその先へ【総合5000pv突破感謝】  作者: 蕩けた蜂蜜ウサギ
序章 Re:start
9/50

第九話②-1 ある日の一幕


【ver.エリカ】




 訓練場には何時来ても人の往来が絶える事はない。ワルキューレにとって力をつける事は生きる為であり、生存率を上げる為の行為だ。

 例え戦場から離れていても、世界に生み出される災害という脅威を知っている限り備えようという考えは消えないだろう。力が無ければいざという時に何も守る事が出来ないのだから。


 そうした人たちがいる中で、リンドウも例に漏れず訓練場へとやって来ていた。



(・・・あれは、エリカ?)



 扉を開けた先には既に相当な時間訓練していたのか、汗だくになってまで訓練を続けているエリカの姿があった。



『不運があっても跳ね除けられるように強くなりなさいよ。』



 あの歓迎会の日に告げられた言葉は、エリカ自身が普段から考えているものだったのかもしれない。

 彼女の射撃技術の高さはこうした訓練からくるものであり、努力の証でもあるのだろう。



「・・・あんた。そんなとこで立ってないで訓練でもしたら?」



 こちらの視線に気づいたのかエリカがリンドウを視認する。呆れたように溜め息を吐きながらこちらを見ている。



「・・・分かった。」



 エリカの言う通りであった。時間は無駄にするものではない。エリカを見習ってリンドウも訓練を始める。リンドウには足りないものが多すぎた。それがこの前の任務で身に染みたのだ。何かを成すにはそれ相応の努力が必要になる。尤も、その努力が成果に繋がるかは分からないが。

 ただ、何もせずにいるよりも、よっぽど有意義な事だろう。努力の過程は少なくとも自信に繋がるのだから。



(・・・もっと戦えるようにならないと。)



 黙々と素振りを続け、型を見直していく。ワルキューレ剣術と呼ばれており、入隊した者は一度は必ず触れる一般的な型だ。実戦という極限の状況の中では付け焼き刃の技術は役には立たない。

 地面を踏み締める感触、剣を振り下ろす力加減、エーテルの操作、多くの選択を無意識に落とし込んでこそ極限の中でいきてくる。


 エリカも休憩せずに訓練を続けている。彼女がこれだけ努力を積み重ねるのは何故なのだろうとリンドウはふと思った。



「・・・エリカは、どうして戦うの?」



 小さな疑問がすっと口から溢れ出た。リンドウの戦う理由は、・・・シオンたちを守りたいから。もう、これ以上大切に思えた誰かを失いたくないから。

 その事を自覚したからこそリンドウは、より訓練に励んでいるのだ。


 ならば、こうして自分を追い込んでまで戦う力を手に入れようとするエリカは、どんな理由で戦うのだろうか。支部で彼女を見かける時の大半が訓練場であった。

 エリカはいつだって、これから起こり得るかもしれない危機に立ち向かえられるようにその努力を惜しまなかった。今だって一人で黙々と訓練を続けている。



「はっ、・・・そんなの、・・・あたしがあたしを許せないからよ。」


「・・・?」


(怒っている?・・・それも、自分自身に対して。)



 エリカは一瞬だけ自虐的な表情を浮かべた後、声を萎ませながらリンドウの問いに答えた。その姿は吹けば簡単に消えてしまいそうな蝋燭の火のようで、普段の彼女からは想像もつかない程に脆いものに見えた。

 何だか、リンドウは少しだけ素の彼女を見たような気がした。



「これもいい機会ね。構えなさい、・・・あの日の続きをしてあげるわ。」



 一呼吸置くとエリカはリンドウに向き直る。リンドウが目にした彼女は既に普段通りの姿を見せていた。

 前回は模擬戦とすら呼べないものだった。まだリンドウが今よりも弱く、人との戦いにも慣れていなかったから。


 それにリンドウの耐えて、反撃をすると言う戦闘スタイルではエリカと相性が悪い。



「・・・。」



 リンドウも無言で大剣を構えた。例え勝てる見込みが無くとも降りるつもりはない。不足している経験を補う機会は多くないのだから。



「あんたの力を見せてみなさい!」


「・・・っ。」



 エリカの銃撃が開戦の火蓋を開ける。正確無比な射撃を大剣で受け流しながらエリカへと近づく為に前進する。

 エリカはリンドウへの攻撃を続けながら、時にフェイントも織り交ぜて距離を保つように移動を続ける。



(・・・やっぱり強い、でも・・・前よりも戦えてる。)



 以前では防ぐのに精一杯で戦いとすら呼べないものだった。

 エリカもリンドウの変化に気づいていた。直接対面しているからこそ違いがはっきりと分かった。動きに迷いが少なくなり、一つ一つの動作が力強くなっている。その瞳はエリカの事を捕らえて離さず、決して目を逸らさない。



(強くなってる?・・・いえ、一番変わっているのは戦い方ね。)



 リンドウの成長にエリカは驚きを見せた。明らかに成長のペースが早い。


 確実にリンドウは力をつけている。リンドウの特異性から災害との戦闘は苛烈なものになりやすい。その中でリンドウは生還しているのだ。

 そもそも戦闘センスが備わっていなければリンドウは此処に立ってはいなかっただろう。



「この程度・・・!まだ足りないんじゃない!」


(・・・外した?)



 そう言ってエリカが放った射撃は的外れな位置へと飛翔していった。まるで意味の無い行動に思考が止まる中で、間髪入れずに続く二射目。これもまたリンドウからは逸れた場所であった。

 呆気に取られたリンドウであるがこのチャンスだと思った。


 この瞬間をものにしようと一気にエリカとの距離を縮める為に踏み出すが、思いもよらぬ方向から攻撃を受けた。



「・・・ぐっ!?」



 ノーマークだった側面からの攻撃にリンドウはたじろいだ。

 エリカは正面にいるというのにまったく見当違いの方向から衝撃がやって来ていた。完全に不意をつく一撃にリンドウの動きが遅くなる。



「・・・止まっていていいわけ?」


「・・・ッ!」


(・・・距離を離された!)



 一瞬の隙を逃す事はなく、エリカの追撃がやって来る。大剣でやり過ごすが、縮めたはずの距離は振り出しに戻された。


 間が空き思考がクリアになる。リンドウは先程の攻撃が跳弾によるものなのではないかと当たりをつけた。

 もしそれが本当なのであれば神技と呼ばれる類のものであろう。弾丸の軌道と対象との距離、動き続けるそれらをエリカは読み切ったという事だ。



(・・・近づけない。)



 振り出しに戻ったが消耗しているのはリンドウの方だろう。リンドウはエリカの影すら踏めていない。二人は構えたまま相手の出方を伺う。二人の間に奇妙な間が生まれる。


 この戦いが続くかと思われたが、エリカは双銃を下ろし戦闘体勢を解いた。



「・・・?」


「今日はここまでよ、・・・流石に疲れたわ。」


「・・・分かった。」



 このまま続ける必要は無いと感じたのかエリカから訓練を打ち切った。

 途中からやって来たリンドウと違いエリカはずっと訓練をしていたと今更になって思い出す。リンドウはそれを理解すると特に引き下がることもしなかった。


 エリカが訓練場から離れる直前にリンドウへと向き直った。



「・・・せいぜい、後悔しない選択をすることね。」



 その時のリンドウにはエリカが悲しんでいるようにも、羨んでいるようにも見えた。

 何故そのような感情を抱いているのかリンドウには検討もつかない。リンドウがエリカについて知っていることは多くないのだから。



「・・・ありがとう。また、やろう。」


「・・・ふん。」



 突発的に始まった二人の訓練は、これまた唐突に終わりを迎えた。

 エリカは訓練場を後にし、リンドウはその場に残る。それは、二人の関係を表しているようであった。






◆ ◆ ◆


【ver.ユリ】




 場所はリンドウの寮室。そこには小さなお客さんがやって来ていた。



「今度はぜったいに一緒にパーティーをするんだからね!」


「・・・分かった。」


「わかってなーい!!」



 小さなお客さんは今にも爆発してしまいそうな程にお冠だ。頬を膨らませながらユリはお怒りの様子であった。


 リンドウの歓迎会当日に会場の飾り付けで疲れて眠ってしまったユリは、結局次の日の朝まで目を覚ます事はなかった。呆然とした表情のユリの姿は記憶に新しい。その事をユリは根に持っているようである。

 ユリが唐突にリンドウの部屋へとやって来るとこうして不満を溢し始めた。尤も、だからといってリンドウに何かが出来るという訳ではないのだが。


 部屋の中を歩き回るユリ。リンドウの部屋は生活用品以外に目立つ物は無く殺風景な様子は相変わらずだ。



「今日は一日一緒に遊ぶからね!」


「・・・分かった。」


「ぜーったいだから!」



 この小さな姉は強引にそう決めると持って来ていた鞄の中から沢山の遊び道具を出していく。まるで何でも入っている不思議なポケットのようだ。

 それはトランプのようなカードゲームに始まり、果ては何処かで見た事があるようなぬいぐるみもあった。



(・・・あのぬいぐるみ、何処かで見たことがあるような。)



 リンドウははっきりと覚えていなかったが、街中の宣伝ポスターやcmでこのぬいぐるみの元のキャラクターを目にしていた。


 因みにこの架空のキャラクターは、ラビと呼ばれる兎に近い見た目の種族である。巷では七匹のラビが困難に立ち向かう映画が流行っていたりする。提供は天威である。

 可愛らしい見た目とは裏腹にストーリーは重いものが多くコアなファンがいるとか。



「この日の為に色々と準備したんだから!今日はお姉ちゃんが遊んであげる!!」


「・・・・・・。」


「ほらっ、まずはこれを持って!」



 ユリはとても嬉しそうにそう言った。リンドウは促されるままに受け取った。




◇ ◇ ◇




 これまで娯楽というものに余り触れてこなかったリンドウである。二人の対戦の行方は意外にも拮抗したものだった。この瞬間だけを切り取ったなら、ともすれば姉妹に見えるかもしれない。

 あれもこれもと遊んでいれば時間の流れなどあっという間である。


 目の前には楽しそうに笑顔を綻ばせているユリがいる。



(・・・こんな時間も、いつか失われるのかな。)



 そんな考えが頭を過ぎり途端に目の前が真っ暗になるような錯覚に陥った。ゲームをしていたリンドウの手の動きが止まる。

 無意識の内にリンドウは失う事を極端に恐れていた。リンドウの根本にある恐怖の影はいつだって纏わりついている。この感情を払拭することは出来ないだろう。



「・・・大丈夫?」


「・・・。」


「顔色がわるいよ、少しやすむ?」



 声を聞いて、顔を向けると心配そうな表情をするユリがいた。


 リンドウは自身が上の空であったことに気づいた。

 ぼんやりとしていた意識が現状を再認識する。此処は自分の寮室であり、目の前にはユリがいる。少しだけ震えている手を隠すように動かす。取り繕おうとするが既に遅い。ユリがこちらを見ている。



「・・・問題ない。」



 リンドウにとってユリを心配させるのは本意ではない。リンドウは簡潔に気にする事ではないとユリに伝えた。

 しかし、それはユリからしたら望む返答ではなかっただろう。だって、頼ってもくれず、その行為は拒絶と同義なのだから。



「むー。」


「・・・?」



 ユリは立ち上がると少しだけ怒ったような表情でリンドウへと近づくと、リンドウの髪をかき混ぜた。

 突然の事にリンドウも驚きを隠せないでいる。



「・・・!?」


「もう!嫌なことなんて頭から出て行けー!!」



 乱雑にリンドウの髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。小さな鈴の音が部屋に響く。それはらユリが満足して漸く手を離すまで続いた。

 ぐしゃぐしゃになったリンドウの髪を見てユリが小さく笑う。



 ユリはリンドウの前へと移動すると腰に手を当てて胸を張る。リンドウの目を見てユリは、はっきりとした言葉で思いを伝える。



「お姉ちゃんが嫌なことから守ってあげる!だから、元気を出して!」



 小さな太陽がそこにはあった。ユリの笑顔は見るものに安心感を与え、これ以上に心強く感じる事はないだろう。

 リンドウはどうしてか無性に悲しい感情に襲われた。既に食べて無くなってしまったお菓子が再びお皿の上に出てきたような。


 ユリはリンドウを抱き寄せると、今度は髪を優しく撫でながらまるで諭すように話す。



「大丈夫だよ、リンは何も悪くないからね。」


(・・・あったかい。)



 ユリはとても優し気な手つきで、髪を解かしていく。思わず眠ってしまいそうな心地良さの中でリンドウはされるがままだ。

 あまり癖のつきにくいストレート寄りのリンドウの髪は素直に整えられていく。


 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。リンドウから口を開いた。



「・・・ありがとう。」



 リンドウは小さく、小さく笑みを浮かべながらお礼の言葉を口にした。それにユリは満足気に笑みを返した。



「よし!今日はまだまだ遊ぶよ!!」



 いつもの調子に戻ったリンドウを見て、ユリはあれこれとおもちゃを広げ出す。姉のような一面を時折り見せながら、妹のように無邪気な面もある。



 二人の一日はまだまだ終わらない。






◆ ◆ ◆


【ver.カルミア】




 人が混み合う食堂。多くのワルキューレが昼食を取ろうと食堂に集まって来ていた。リンドウは空席のテーブルを見つけて座った。

 ルースト支部へとやって来てある程度時間が経ったとはいえ、リンドウという存在は未だに好奇の視線を受けている。尤も、直接何かをされるといった事はなく、ただ遠巻きに眺められているだけである。リンドウも自分からアクションを起こす気は微塵もないので、リンドウから近づく事もない。奇妙な距離感だ。


 一人で黙々と昼食をとっていると、そこに声を掛ける者がいた。



「リンドウくん、隣いいかな?」


「・・・大丈夫。」


「良かった!あんまり空いている席が無かったから、有難うリンドウくん。」



 トレーを持ちながら話しかけて来たのはカルミアであった。カルミアはほっとしたようにお礼を言うとリンドウの横の席へと腰を下ろす。

 カルミアが話し、リンドウがそれにぽつりぽつりと返答するというやり取りを繰り返しながらご飯を食べる。何気ない日常、穏やかな時間だった。



 昼食を終えると二人は支部を歩いていた。



 これもカルミアからの提案であった。天気も良いから少しお散歩でもしようと。空は適度に雲があり、時折り涼し気な風が吹く、確かに散歩に適していた。

 カルミアは楽しそうにリンドウに話しかけている。この姿だけを見ていれば彼女が戦場に立っているなんて想像がつかないだろう。



(・・・カルミアにも助けられてばかりだ。)



 あの時、エクサルス大森林での任務の際にリンドウが膝をついた時、真っ先に庇うように前へと出たのはカルミアであった。何の躊躇いもなく自身の命を危険に晒して。

 感謝の言葉を伝えてもカルミアは気にしないでと言うばかりだった。


 その事もあって、少なくともリンドウは可能な限りカルミアのお願いに答えたいと考えていた。


 自身を庇おうとしたカルミアはあの時、文字通り命を賭けていた。それも数ヶ月にも満たない時間しか付き合いのないリンドウに対してだ。

 だから、あの行動はリンドウだったからという理由ではなく他の動機がカルミアにはあった筈だ。



(・・・彼女はどう思っているんだろう。)



 普段これだけ戦場とは無縁そうな彼女が戦う理由を知りたいと思った。



「・・・カルミアはどうして戦う?」


「どうして・・・か。あはは、出来れば戦いたくなんてないんだけどね・・・。わたしが戦うのは、・・・たぶん置いていかれたくないからなんだ。」


「置いていかれたくない?」



 リンドウは話すタイミングを見計らってそう口に出した。何故戦うのか、それを知ることがリンドウには重要な事のように思えたから。

 カルミアは少しだけ驚いた表情を見せた後、数瞬考えリンドウに答えた。カルミアから返ってきた言葉を聞いてリンドウは少しだけ共感した。



「わたしが任務で使っている弓は、元々お母さんが使っていた物なんだ。お母さんもわたしが小さかった頃にワルキューレとして戦っていたの。」




 でも大災害が起きたあの日、お母さんは帰って来なかった。




 少しだけ俯きながらカルミアは言った。過去を思い出すように。後悔しているようにも、無力を感じているようにも見えた。

 リンドウは聞いてはいけないことを聞いてしまったのではと思った。



「あっ、もう随分前の事だから。その・・・気にしないでね。」



 カルミアがリンドウの表情を見て先に口を開いていなければ、リンドウは謝罪の言葉を言っていただろう。



「だから、わたしは戦いに行く人を見送るのが苦手なんだ。どうしても思い出しちゃうからね。」



 自虐的な笑みを浮かべながら彼女はそう言った。リンドウは置いていかれたくないという言葉の意味を正しく理解した。だからこそ、彼女は容易く自身の命を誰かの為に使えるのだろう。ただ、置いていかれるだけの無力な自分に戻りたくなくて戦っているのだ。



「戦うのは確かに苦手だけど、一緒に戦っている方がずっと気が楽・・・。ただ、それだけなんだ。」


「・・・そんな事はない。」


「慰めてくれるの?ありがとう、リンドウくん。」



 リンドウはただ、それだけというカルミアの言葉にそんな事はないだろうと思った。

 だってリンドウは無力な自分に打ちのめされて立ち止まっていただけで、共に戦うなんて考えが浮かんだ事は一度として無かった。最初から人との関係を絶ってただ殻に閉じ籠もっていただけだった。


 リンドウから見ればカルミアはとてつもなく凄い人だった。苦しみの中で一歩ずつでも前に踏み出しているのだから。


 

「こうやってわたしの事を聞いてくれたのは、少し意外だったかな。・・・でも、興味を持ってくれて嬉しいな。」


「・・・ごめん。」


「あ、謝らないで!言ったでしょ、仲良くなれたみたいで嬉しいんだ。」



 確かにリンドウからこうやって話しかけた事は殆ど無かったと言えるだろう。リンドウはいつだって受け身であり、自分から何か行動に移した事は皆無に近かった。

 それは他者から見れば無関心と解釈されても仕方の無い事だろう。



「それなら、お返しにわたしも聞いて・・・いいかな。リンドウくんはどうして戦うの?」



 その質問にリンドウはどう返せばいいのか迷った。リンドウはその答えが知りたかったが、これは人の数だけ答えがあるものだ。そこに込められた想いも、願いも、全てが違う。


 リンドウは自分の答えを言わなければならなかった。


 それほど長くもなく、短くもない時間、二人の間に沈黙が流れていた。リンドウは悩んで、カルミアはじっと待っていた。



 そうしてリンドウは一つの答えを出した。



「多分、・・・守りたい、からだと思う。」



 それが今のリンドウが絞り出したものであった。リンドウはもう失いたくなかった。だから、一緒にいたいと思った人たちを守りたい。何も取りこぼしたくはない。

 以前は思いもしなかった事。今は違った。守る為にリンドウは剣を取る。そう在りたいと思った。



「うん。その理由、凄く・・・いいと思うな。」



 素敵だね。そう笑顔でカルミアは言った。



「確かに辛い事は沢山あったけれど、この支部に辿り着けてわたしは良かったと思ってる。此処はとても温かい場所だから。・・・リンドウくんは、どうかな。」


「・・・私もそう思う。」



 シオンがいて、エリカがいて、ルビアにユリがいて、カルミアがいて、きっとそれだけで十分なのだろう。

 暖かな日差しが二人を照らしていた。明るい道標のように光る空からずっと続いている。






◆ ◆ ◆


【ver.ルビア】




 リンドウは目を覚ました。



(・・・眠っていた?)


 

 一体いつ眠ったのかリンドウにはまるで心当たりがなかった。

 はっきりとしない意識の中で状況を確認しようとする。最初に気づいた違和感は後頭部に柔らかな感触を感じることだ。自室で使っている枕では無さそうだ。


 目を開けるとこちらを見下ろすルビアの顔が見えた。



「おはよう。」


(・・・ルビア?それにここは寮室でもない?)



 辺りを見渡せば此処がルースト支部の仮眠室に当たる場所である事が分かる。此処には幾つかのベッドが並んでおり休憩スペースのように使われる事もある。

 眠っていたからだろうかいつもよりも疲労が取れているように感じる。知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。 


 現状をぼんやりとした頭で考える。どうやらルビアに膝枕をされていることを遅れて理解した。



「・・・おはよう。」



 遅れてリンドウもルビアに挨拶を返しながら、リンドウは身体を起こそうとする。何故ここにいるのか皆目検討もつかないがこれ以上ルビアに迷惑は掛けられない。


 上体を軽く起こしてそちらを向くと目が合った。ルビアは小さく首を左右に振った。



「・・・?」


「・・・もう少し眠っていていい。」


「ありがとう。でも・・・大丈夫。」



 もしかしたら、何らかの理由で気を失っていたのかもしれない。そうであれば現状にも理解が及ぶ。ルビアが助けてくれたのだろう。何故医療室に行かなかったのかは脇に置いておくが。

 リンドウはここ最近のことを思い返す。思い当たる節がなくもない、多少訓練に熱を入れ過ぎていたのだろう。



(・・・これ以上迷惑はかけられない。)



 起き上がってベッドから出ていこうとするリンドウをルビアは優しく抑える。リンドウは引き止められると思っていなかったのか視線がルビアへと戻る。



「・・・?」


「まだ、・・・ダメ。」



 リンドウは疑問符を浮かべながらルビアを見た。ユリは簡潔に拒絶の意味を示した。仮眠室に二人、側から見れば奇妙な関係だろうか。



(・・・なんだか、懐かしい気がする。)



 リンドウは以前にもこんな事があったような気がした。時々、強引とも取れる方法でルビアが行動に移す事があったと朧げに覚えている。

 一度起きたリンドウを寝かして、ルビアも一緒になって横になる。リンドウはされるがままだ。たった十数センチ先にはルビアの顔がある。



「私たちは、大丈夫。」


「・・・ルビア。」


「休むことも大切だから。」



 ルビアは優しく、ぎゅっとリンドウは抱きしめる。子供をあやすように、姉が弟にそうするように優しく。それが年長者の勤めであるかのよう。ルビアの優しさをリンドウは感じた。

 リンドウの焦りを感じ取っていたのだろうか。



「だから、・・・今は眠って。」



 柔らかな感触に包まれながら、目を閉じる。内から眠気が湧き出てくるようだった。リンドウは確かに焦っていたのかもしれなかった。リンドウは現状を認識した時、多くの足りないものを自覚した。

 ただ、それらはどれだけ急に努力しても容易く手に入るものではない。多くの時間を掛けるべきものだった。


 ルビアはもしかしたら、そんなリンドウの様子を見て休ませたかったのかもしれない。



「・・・安心して、家族を守るのは当たり前だから。」



 眠りに落ちる直前、そんな言葉をリンドウは聞いたような気がした。



 そういえば、孤児院に居た時もこうして同じベットで眠っていた事があった。どうして直ぐに思い出せなかったのだろう。意味のない思考が浮いては消えリンドウは眠りについた。



 その日、リンドウは悪夢を見なかった。




◇ ◇ ◇




 「ほら、笑って笑って!ふふっ、絶対◼️◼️の驚いた顔が見えるよ!」


「んん。」


 

 少女は少年?の頬を指を使って動かして無理矢理笑顔をつくった。



「やー・・・◼️◼️◼️、◼️◼️◼️◼️を離してあげて。」


「えー!もうっ、いつも◼️◼️が独り占めするじゃない!」


「む、・・・◼️◼️◼️◼️はボクのだから。」



 子どもたちが楽し気に話している。暖炉からはぱちぱちと薪の燃える音が聞こえ、温かな光を放っている。

 ベルの音と共に玄関が開く音が聞こえる。そこからは大人の女性と15,6歳くらいの女の子が多くの荷物を運びながら入って来た。



「なんだ、楽しそうだな!◼️も混ぜてくれよ!」


「あっ、◼️◼️!!お帰りなさい!」



 少女の一人が◼️◼️に跳び付く。◼️◼️は荷物を床に下ろしてしっかりと受け止めた。




 声が遠ざかっていく。何もかもが遠い場所にあるかのように。蓋をするかのように、あるいは宝物を入れた箱を閉じるように、全てが暗闇に包まれた。






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