第七話 出会い
禁域から絶え間なく現れる災害をスノーフレークの援護を受け辛くも撃退したシオンたち。しかし、安堵することも束の間デバイスから音声が流れ出す。
『・・・救援を求めます。2名負傷・・・意識は・・・せん。・・・の襲撃を受け・・・た。・・・を求め・・・。』
救援を求める通信によって任務の達成から来る安堵は再び緊張へと逆戻りする事となった。ノイズ混じりの通信からは事態が切迫している事が伺える。
「・・・エクサルス大森林。」
シオンがぽつりと呟いた。救援要請はエクサルス大森林内部からのものである。一息吐く間もなくシオンたちは新たな危機に直面する事となった。
『シオン、・・・この機体では禁域での活動に耐えられない。数分で鉄屑になるだろう。』
最初に口を開いたのはスノウであった。スノウは口惜し気に現状を伝える。武装の殆どを使い切り、尚且つ損傷が目立っている。
加えて禁域というエリアは、機械であっても容易く活動出来る訳では無い。人と同じように汚染を受け様々な制約をかけられる。機械であっても汚染エリアで活動するには、特殊なコーティングが必要なのだ。
つまり、スノウの手助けはここまでという事である。
『支部から人を送るにも時間がかかる。』
「・・・分かっているよスノウ。もう十分過ぎるくらい貴方には助けられた。」
すまないと謝罪の言葉をスノウが口にする前にシオンが遮るように言葉を紡ぐ。
スノウの手助けが無ければシオンの体調は今より危ういものであっただろう。想定外の状況に遭遇してなお、シオンがどんな選択をするかを考える余地があるのは彼女が作り出した数瞬の猶予のおかげである。
「少しだけ時間を貰えるだろうか。」
「シオン隊長・・・。」
言葉に表し難い、言いようの無い空気感が辺りに広がる。カルミアは心配そうにしながらシオンの言葉を待っている。この場にユリがいたら結果は違ったのだろうか。それは分からない。
考える猶予は無い。救援要請という事は危険から脱していないという事で、遅れれば遅れる程にその命は保証されない。
「わたしと・・・リンドウで行くよ。」
シオンが絞り出した言葉は意外なものであった。普通であれば選択肢に挙げられないだろう。リンドウの不運の真偽がどんなものであれ、災害は確かにリンドウに引き寄せられていた。エクサルス大森林の内部に救援に行くというのであれば余計な危険が生まれる選択であるかもしれない。
「この辺りの災害は討伐出来てる、そうだよねスノウ?」
『あぁ・・・、確かにその通りだが。』
無茶な作戦ではあったがスノウの協力の元でシオンは確かに付近の災害を倒し切っていた。シオンの言い分は正しかったが、スノウの声色は不満気であった。
何かを言いたそうにしながらも、この場に実際にいる訳ではないスノウはそれ以上口出しする事を控えたようである。
「シオン隊長、あたしが行くわ。・・・今の隊長じゃ禁域での活動は控えるべきよ。」
「隊長、わたしも一緒に行きます。・・・どれだけ力になれるか、分からないですけど。」
珍しく焦った表情を見せるエリカ。普段であれば、まるで彼女らしくない提案だとリンドウは感じた。エリカが焦る程にシオンの体調は良くないのだろうか。リンドウの不安が一層募る。
カルミアもエリカに続いて口を開いた。この場でただ待っている事を受け入れられる程、彼女たちは我が身可愛さで戦っている訳ではない。
しかし、シオンは小さく首を横に振る。
「心配してくれてありがとう。でも、ちゃんとした理由があるんだ。この部隊でエーテル適性が最も高いのは、・・・リンドウだよ。汚染を防ぐ為の装備が手元にない以上、リスクは極力減らしたい。」
「だからって・・・。」
「それに合流したら即座に撤退するつもりだ。だから今みたいな状況にはならないよ。」
禁域は汚染されている。本来であれば専用の装備が必要なのだ。
例外もある。エーテル適性の高い者であれば汚染エリアであっても活動が可能だ。シオン隊でエーテル適性が高いのはシオン、リンドウ、ルビアだ。
付近の災害は一時的にとはいえ駆逐が出来ている。確かにリンドウを連れて行ったとしても問題は無いのかもしれない。
シオンの言うように任務上では討伐から救助に変わったこともあって無理に戦う必要もなくなった。リンドウは少しだけ上手くいくような気がした。
「ルビア、エリカとカルミアと一緒に退路を確保しておいて。一時的に指揮を預けるよ。」
「・・・了解。」
「スノウ、こちらを頼めるだろうか。」
『勿論だ、最悪この子らを逃すくらいは出来る筈だ。』
シオンほどではないにしても、エリカとカルミアも酷く消耗しているのは明白であった。平気そうな顔をしているのはルビアくらいだろう。そんなルビアを見込んでシオンはお願いしたようだ。
カルミアは不安そうに、そして悔しそうにしながらシオンを見ている。
「格好悪い姿を見せてしまったから説得力が無いかもしれない。・・・それでも、私を、隊長を信じてほしい。」
素直に頷いたルビアと、何かを言いたげに迷いを見せるエリカは対称的でリンドウの印象に残った。
「リンドウ、もう一仕事お願いするね。」
「・・・分かった。」
こうしてシオンとリンドウは二人で緊急要請のあった場所、エクサルス大森林へと進む事となった。
◆ ◆ ◆
「禁域の奥地にいる災害まで駆逐出来ている訳ではないから、いつ襲われてもいいように準備するんだよ。」
「・・・分かった。」
リンドウはシオンの言葉に頷いた。ワルキューレの脚力を遺憾無く発揮して二人はかなりの速さで森を進んで行く。
奥へと進んで行く程にリンドウは不思議な感覚を覚えた。懐かしさがあるような、はたまた後悔のような感情を。加えて、森に足を踏み入れた時からリンドウは森の奥から何か、声のようなものが聞こえているように感じた。
(・・・気のせい、だろうか。)
この地に来てからずっと感じている違和感。本当に何か忘れてしまっているような、そんな感覚だ。思い出そうとはするが、やはり何も見覚えはない。
あらぬ方向へと逸れた思考がシオンの声で引き戻される。
「リンドウ、ごめんなさい。・・・厄介な任務に巻き込んでしまって。」
「・・・大丈夫。」
シオンの言葉にリンドウはそんな事は気にしていないと心の中で思った。リンドウにとって危険があるかどうかは二の次であり考慮するべき部分ではなかった。
そんな事よりもリンドウはシオンの体調の方が気になっていた。元を辿れば自身の不運が招いた状況である。
先行するシオンの表情を見ることは出来ない。リンドウにはシオンがどんなことを考えているのかを知る方法もない。
(・・・シオンはどう思っているんだろう。)
未だにリンドウはどうすれば良かったのか自身の中で結論が出ていなかった。
迷惑ばかりをかけてしまっている自分がそばに居ていいのか。そのことを考えるとどうしてか胸の奥がきゅっと握られたかのように冷たくなる。
(・・・今は、任務に集中しないと。)
森を進んで行くと段々より深く重苦しい空気が身体を纏わりついて来るように感じた。所々に大きな結晶のようなものが存在し、異様な雰囲気を漂わせ始めている。特殊な装備が無ければ一般人には活動すらままならない死地のような場所だ。
ただ、この結晶に見覚えがある気がした。見慣れているものではない。
何だったかと思い出そうとしているところで行手を阻むように災害が現れた。
「リンドウ、まだ戦えるだろうか。」
「・・・いける。」
「なら、援護をお願いするね。」
激戦の後とはいえ、少し間が空いたことで多少なりとも余裕が出来ていた。
先程のような失態はもう晒さないと決意を新たに剣を構える。シオンは庇うようにリンドウよりも前へと出る。
災害が姿を見せるが先程まで戦っていたような大軍ではなく一体だけだ。エリカたちの援護は無いとはいえ負ける気はしなかった。
災害が行動を起こすよりも早くシオンが災害を斬り裂いた。腕部を切り落とす。災害は構わずリンドウへと飛び込んでくる。苦し紛れの突進であっても災害の行うそれはまともに受ければ致命傷になり得る。
リンドウは機を見て大剣で攻撃を逸らし、無防備な背中目掛けて勢いよく剣を振り下ろす。
(・・・大丈夫、まだ戦える。)
調子がいいとは言えないが十分対処ができる範囲だ。
シオンはリンドウが戦うことに関して才能があると思っている。少ない経験の中でも彼は早いスピードで成長していると傍で見ていて感じたのだ。
「リンドウ、最後まで気を抜いてはいけないよ。」
「・・・!ごめん、なさい。」
「大丈夫だよ、ゆっくりと覚えていけばいい。」
とはいえ、まだ足りていない部分は多くある。攻撃が甘かったのか再び動き出そうとして災害をシオンがリンドウに変わってとどめをさした。
(・・・あれは、さっき見た結晶?)
災害の身体と共に小さな結晶が崩れさる。それは災害の身体の何処かにある核だ。
災害はみな人間で言うところの心臓をもっている。尤もそれが存在する位置はバラバラであるのでピンポイントで破壊することは不可能に近い。
リンドウが考えていたのは別の事だった。災害の核とよく似たものを見た。
(・・・それなら、この場所にある結晶は全部。)
リンドウは禁域と呼ばれる所以をまた少し理解した。
◆ ◆ ◆
救援要請のあったポイントに着くまでに災害が数体現れたが難無く撃退し順調に目的地へと足を進めた。
リンドウが引き寄せた災害はかなり広範囲だったのだろう。不幸中の幸いとでも言うべきか、そもそも不幸でなければこうはならなかったのか反応に困るところだ。
「場所は・・・この先だね。」
指定されたポイントは禁域内部ではあるもののシオンたちが戦っていた任務地とそれ程離れてはいなかった。その場所に近づくにつれて木々がへし折れていたり、切り倒されていたりと戦闘の痕跡が目立ち始める。
(・・・いた。)
一帯の木々が大きく切り開かれた場所。戦闘の激しさが窺える場所に三人の人影がいるのが見える。その内の二人は倒れ伏しているようだ。
目立った怪我も無さそうな一人のワルキューレがシオンたちに気づいたのか視線を向ける。
シオンは近づくと言葉を投げかけた。
「ルースト支部所属ワルキューレのシオン、此方は同じ隊のリンドウ。要請を受けて救援に来たよ。」
「救援に感謝します、シオンさん。リンドウさん。イミルナ支部所属アルメリアと申します。」
アルメリアと名乗った女性は一言で例えるのならば花のような女性だろうか。だが、明るそうな声色とは対称的に目の下にはうっすらと隈があり、また違った一面も見える。
(・・・あのバッジは。)
ただ一つ、彼女には他のワルキューレとは違う箇所があった。
胸元にはバッジを付けており最上位のワルキューレである事を示している。天威の中でも一握りの存在。
「そちらの二人は・・・。」
「傷は大したものではないのですが、・・・今は気絶しています。」
(想像していたよりも状況は悪くはない・・・?)
シオンが倒れている二人の様子をアルメリアに尋ねる。近づいて見ても大きな外傷は見られずアルメリアの言った様に本当に気絶しているだけのようだ。
「事情を伺っても?」
「はい、構いませんよ。結果だけ言うなら禁域の調査中にリベリオンの襲撃を受けました。」
「・・・リベリオン。こんな所にまでやって来たんだね。」
事の経緯を簡単にまとめてアルメリアは話した。
彼女の話はこうであった。不意打ちによって主導権を握られ、リベリオン側は調査員である二人を戦闘不能にさせると直ぐにこの場を離れたそうだ。増援を嫌ったのか、そもそも別に目的があったのかは分からず仕舞いである。
「考えられる狙いは私たちの任務を失敗させる事ですね。」
「最上位のワルキューレを相手にそんな事が出来るなんて。」
「随分と戦い慣れているようでした。二人を守り切れず不甲斐ないばかりです。」
二人を気絶させた後に直ぐに撤退した所を見るに目的は達成したという事だろう。相手の目論見通りアルメリアはこれ以上の調査が出来ないでいた。
話がひと段落した所でリンドウの方へとアルメリアが近寄る。アルメリアはそのままリンドウの顔に触れた。
「・・・?」
「シオンさん、貴方はとても慕われているみたいですね。」
ずっと貴方の方を心配そうに見ていましたよとアルメリアはシオンに言った。リンドウはそんなに顔に出ていたかと不思議に思った。シオンは驚いた表情を見せたが、直ぐに優し気な瞳でリンドウを見た。リンドウは途端に気恥ずかしく感じた。
アルメリアはシオンたちがやって来た方向を見る。
「詳細についてはこの場所から離れた後でも出来ますから、これ以上心配させないように此処から離れましょう。」
「その通りだね、アルメリアさんの意見に賛同するよ。」
「はい、この場に長居すること自体がいい事ではありませんから。」
何せこの地は禁域だ。何が起こっても不思議では無い。現に今、シオンたちが森を抜けようとした所で森林の奥から災害の近づく音が聞こえ始めた。
シオンとリンドウが武器を構えようとした所で、それをアルメリアが制止した。そのまま彼女が一歩前へと出る。
「道中の災害の相手はお任せ下さい。」
まるで普段通りの散歩道を歩くような気楽さで前へと出る。
木々の間から飛び出して来た数体の災害は、彼女に触れるより前にバラバラに崩れ落ちた。光の不自然な反射で"そこ"にワイヤーのような何かが張り巡らせられている事に遅れて気づく。いつ出したのか、まるで分からない。少なくともリンドウには視認出来なかった。アルメリアは素早く手首を動かすとワイヤーを手元に戻した。残されたのは静寂のみである。
(・・・・・・強い。)
それこそ、まるで攻撃が来る位置が分かっているかのような最低限で最大限の効力を生み出す技だった。リンドウは最上位ワルキューレの強さを実感した。
「その代わりと言ってはなんですが、倒れている二人の事を任せてもいいでしょうか。」
「ええ、そちらは任せて欲しい。」
アルメリアはこのたった数瞬で自らの実力を証明した。
シオンとリンドウがそれぞれ倒れ伏している人を背負いアルメリアの援護の元で無事にエクサルス大森林から帰還した。
余談ではあるが二人の無事な姿を見てカルミアもエリカも安堵した表情を見せたそうだ。
◆ ◆ ◆
【ver. アルメリア】
「・・・今回の一件。確実に情報が漏れていたと見るべきでしょう。」
二人の調査員を医療班に無事に預け終え、今回の任務の報告の為に本部を歩いていた。アルメリアは一人言を呟く。
エクサルス大森林はその名の通り深い森である。木々が生い茂っており、視界もいいとは言い難い。特定の対象を見つける技術が無い訳ではないが、少なくともあの場にいつやって来るかを予測するのは不可能に近いだろう。
それこそ、ワルキューレの誰かがリベリオン側に情報を流しでもしない限りは。
「これも全てあの人の手のひらの上なのでしょうか。」
(・・・彼女の考えだけは、未だに読み切れませんね。一体、どこまで先を見据えているのでしょう。)
アルメリアに予測出来る事であれば"彼女"にも当然考えつく事だろう。むしろこの状況を利用しているように感じた。
アルメリアにとって今回の任務は多くの制約とハンデに縛られたものであった。自身の特異性が十分に発揮出来ない状況にわざとしたのだろうと今になって理解した。
「まったく・・・、これは一言言いに行っても許されるでしょう。」
アルメリアはほんの少しだけ怒ったように言う。とはいえ呆れを多分に含んだもののようだ。
そのついでに取り付けるのに成功した発信機から得られた情報を解析して貰おうとアルメリアは考えた。これで少なくとも今回の相手の目的は予想出来る。
(彼女の隠蔽癖は、・・・今に始まった事ではないですね。)
前方から人が歩いて来る。思考に耽っていたアルメリアは反応が遅れた。呼び止められて少し驚きながらも相手を見る。
「アルメリアさんが本部にいらっしゃるなんて珍しいですね。」
「・・・!!スターチスさん。はい、任務の報告がありますから。」
にこやかな表情でアルメリアに声をかけたのはスターチスと呼ばれる女性であった。
お嬢様然としたワルキューレでは珍しい温和そうな性格だ。
「お時間があれば是非私の隊の訓練に手伝って頂きたかったのですが、任務の最中でしたら此処で足止めしてしまうのはよくないですね。」
「すみません、・・・またの機会に。」
「お気になさらずに、ではまた。」
食い下がることもなくスターチスは離れて行った。
物言いはとても穏やかではあるがその内に秘めているものをアルメリアはよく知っていた。そこに存在する強烈な感情からか、アルメリアは少しだけ、そうほんの少しだけスターチスの事が苦手であった。
スターチスの所属している部隊は特殊であり、あそこの雰囲気もアルメリアには苦手なものであった。とはいえ、アルメリアはそのような些細なことで彼女たちを敬遠するつもりはない。アクシデントがなければ、またの機会はそう遠く無い内に訪れるだろう。
スターチスと出会った事でエクサルス大森林で感じ取った不思議な感情をアルメリアは思いだす。
(あの森の奥から感じた感情は、一体誰に向けられたものだったのでしょう。)
複数の想いが混濁したように内在するあれらはどのような道を辿るのだろうか。
それにサプライズもあった。一緒にいられた時間は短いものだったけれど、久しぶりに彼女と会えたのは悪いものではなかった。
(本当に何処までが彼女の手のひらの上なのでしょうか・・・。)
アルメリアはいずれやって来る未来を想像し、小さく憂いを見せた。