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バッドエンドのその先へ【総合5000pv突破感謝】  作者: 蕩けた蜂蜜ウサギ
第一章 花開く未来を育むのは過去の種
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第五話 災害


【六月十日 22:41】



 公園を出て四人は学校へとやって来た。まだ修繕されていないフェンスを潜り抜けて校内へと入る。リンドウにとっては二度目のことだ。奇妙な状況には違いないが多少なりとも心構えが出来ていた。

 暗闇を懐中電灯で照らしながら目的地の場所へと歩いた。



「あっ、校長先生の銅像見えてきたね。」


「たしか目が光るとか、こっちを見てくるとかだったわね。」


「んー、でもいつもどおりって感じ?」



 リンドウたちは像を囲むようにして立った。銅像が何かの行動を見せるような事はない。強いて言えば懐中電灯の明かりに照らされた顔が不気味なことくらいだ。前回と変わった様子は無い。



「銅像が動くわけないじゃない、常識的に考えなさいよ。」


「そんなに否定して、もしかして怖いんだー。」


「そんな訳ないじゃない!もう、いいから写真撮るわよ。」



 目的としていた証拠の写真を撮るためにリーダーがカメラを構えた。あの煽ってきた男子に写真を見せつけるためだろう。

 リンドウはその様子をぼんやりと眺めていた。どこまでも既視感のある光景に、心の内では焦りだけが募っていた。このまま今日がまた繰り返されてしまうのか、知らなければこんなに悩まずに済んだのにと思ってしまう。



「はい、チーズ。・・・夜に見ると不気味ね。」


「やっぱり怖いんだー。」


「ふんっ、覚えてなさいよ。あんたが、蜘蛛が苦手だって明日みんなにバラしてやるんだから。」


「えっ!それはないじゃん!」


「何も聞こえないわー。さっ、写真も撮ったし次よ。」


「もー!ごめんってば!」



 二人の会話を横で聞いていたリンドウは空を見上げた。星は見えず、雲が空を覆っているのだろう。

 遠くの空からはゴロゴロとした音が響いている。雷の音だろうか、空が唸り声をあげているみたいだ。



 雨が降ってくるまでにはまだ時間がありそうだ。



 銅像を一通り確認した後は校舎内へと移動を始めた。

 足取りは重かったが引き返す気はさらさら無く、小さなライトを頼りに歩く。リンドウは強い既視感を感じていた。当然だ、昨日とまるで同じ光景が目の前で繰り広げられているのだから。



「次は校舎内に。」



 そう言って正面にある昇降口の方へと行こうとしたのでリンドウは声を掛けた。



「・・・そっちは鍵がしまってる。だから、あそこの扉から入らないと。」



 リンドウは鍵のかかっていない、渡り廊下の扉を指差して伝えた。リーダーはその言葉で思い出したのか若干言い淀みながら答えた。



「・・・あー、そうね、そう言おうと思ってたのよ。・・・何よ、何か文句でもある訳?」


「べっつにー、全然違う方向に行こうとしてたなー、なんて考えてもないよーだ。」


「もう、姉さんってばそのくらいにしとこうよ。」


「はい、はーい。」



 昇降口の扉は開かなかったが、体育館に繋がる渡り廊下の校舎側の扉は鍵がかかっておらずやはり簡単に開いた。



「それにしても、よく知ってたわね。ここの扉が開いてるって言ってなかったわよね。」


「?昨日・・・も、同じやりとりをしてたから覚えてただけ。」


「・・・ドラマか何かの話じゃなかったの?」



 何処となく空気が張り詰めたかのようだった。

 彼女たちはリンドウの話を本当にあったことなどとは夢にも思わなかったのだろう。一日が繰り返されていると言われて本気にする人の方が稀だ。



 ただ問題は話を信じて貰えていなかった事ではなく、状況も相まって彼女たちにとって気味の悪い事象に見えてしまったことだった。




「いい、それ以上言わなくていいわよ、・・・アタシまで怖くなって来たじゃない。」


「ううん、・・・今のはちょっと、というかだいぶ怖かったよ。」



 三人が怖がっているのを感じてリンドウは気まずくなった。それに心なしかリンドウから少し距離をおいて歩くようになっていた。

 校舎の中へと入れた四人は靴についた土で廊下を汚さないように、靴を脱いで手に持ってそのまま下駄箱まで歩いた。そこで上履きに履き替える。



 気まずい雰囲気の中で、次の七不思議が噂されている場所へと歩いていく。



「っ!今、何か変な音しなかった!?足音みたいなやつ!」


「何も聞こえなかったわよ。空耳じゃないの。」


「もう、怖がらせないで。」


「嘘じゃないもん、絶対聞こえたから!聞き間違えじゃないよ!」


「はいはい、分かったから。」



 少しの距離を移動するだけで随分と騒がしい。リンドウは少し後をついていく。



「えーっと、次はどこだっけ?」


「このまま一階の理・・・」



 そんな言葉が聞こえてきて、リンドウは思い返した。

 外で銅像を見た後は一階にあった理科室へと行ったはずだ。その記憶を思い出したリンドウは思わず目的地を言葉にしてしまった。



「・・・理科室、だったよね。」



 三人が足を止めた。リンドウも遅れて立ち止まった。



「・・・ねえ、それ止めてって言ったわよね。」


「えっ、・・・でも。」


「気味が悪いのよ・・・、はっきり言わないと分からないならもう一度言うわよ。もうその話をしないで。」


「・・・・・・。」



 他の二人もリーダーに同意しているのか頷いている。

 小学生という多感な時期に感情を抑えるのは難しいものだ。それに状況も悪かった、深夜の学校という心に余裕が生まれにくい場所では平常心でいられなかったのかもしれない。怯えと嫌悪が入り混じった感情を向けられてリンドウは何も言えなくなってしまった。



 ただ、会話は長くは続かなかった。それはリンドウのことを相手にしなくなったからではなく、外的要因によって中断されたからだ。




ーーードゴンッ!!




 辺りに大きな粉砕音と、振動が広がった。ガラガラと何かの崩れる音がする。

 


「きゃっ!?な、なに今の音!」


「あっち、壁が壊れて・・・、なに、あれ。」


「バケモノ・・・、逃げるわよ、早く!」


「逃げるって、どこに。」


「そんなの何処でもっ、上!とにかく上の階に行くのよ!」



 轟音と共に壁を壊した何かがいる。音の発生源はリンドウたちから少し離れた位置だ。暗くてよく見えない、咄嗟に懐中電灯で照らして見ても何がいるのかはよく分からない。

 ただ、大きな何かが校舎内へと入ってきたように見えた。人の何倍もありそうな大きな怪物、大人よりも大きな体躯をしている。


 何か良くないことが起きたと感じ取ったのだろう。リーダーの女の子はみんなを引き連れて逃げ出した。



(いたっ・・・、頭が割れるみたい。でも、今は逃げないと。)



 その何かを見たとき、リンドウは今までに感じたことのないほどの頭痛がした。

 同時に何かを思い出せそうな、そんな感覚を覚えていた。ただ、ゆっくりと意識を割くなんてことは出来ない。今は得体の知れない何かから逃げるしかない。


 リンドウも急いで走り出した。階段を上がって上階へと駆ける彼女たちの後を追う。



「どこまで、行くの!?」


「せめて三階に!・・・そしたら、そこのトイレに隠れるわよ!」



 二階、三階へと急いで駆け上る。立ち止まってはいられなかった、いつ怪物がやって来るか分からないから。

 一段飛ばしで駆け上がる、息を切らしながら

四人は急いでトイレの中へと駆け込んだ。



「ここで、隠れて・・・。」


「だ、大丈夫なのかな・・・もし追って来てたら。」


「そんなの知らないわよ・・・他にどうしようもないじゃない・・・!」



 別々のトイレへと入って鍵を閉めた。リンドウが入ったのは一番手前の扉の中だった。掃除用具が乱雑に置かれている。

 怪物が追って来ているような音は聞こえてはこない。ただ、安全とは言えなかった。トイレの中で震えて待つ事しか出来ない。



(何が起きてるの、今日が繰り返されてる訳じゃなかった?それにあの怪物も、どこか見覚えがあるような・・・。)



 リンドウは上がった息を整えながら思案する。あれが何なのか分からない。これなら先生にでも見つかった方が何千倍も良かっただろう。リンドウは繰り返された今日とは違う現状に困惑を隠せないでいた。

 心臓の早まった鼓動も、恐怖に冷や汗をかく感覚もどれもが現実だと伝えてくる。今の状況が夢であって欲しいとリンドウは切に願っていた。



「な、なんなのあれ。」


「こっちが聞きたいわよ、それより静かにしてなさいよ、見つかったらどうするのよ。」



 電気を点けるのも怖くて暗闇の中でヒソヒソと会話をしている。



「だって、こんなの・・・。あれがもしここに来たら・・・。」


「姉さん落ち着いて。」


「なんでこんな目に・・・。」



 何処か現実感のないリンドウと違って他の三人はパニック寸前だった。だからだろう、思いがけない小さな事で容易く決壊してしまう。




ーーーカタン




 リンドウの足元でブラシが倒れた。動いた際にブラシに当たっていたのだろう。小さな物音が辺りに響いた。



「もういやだっ、ボク帰るから!」


「バカっ、待ちなさいってば!」



 遂に耐えきれなくなったのか、制止も無視して扉を開け放って走り去って行ってしまった。



「姉さん、置いていかないでよ!」


「あー、もうっ!・・・◼️◼️ちゃん、二人を追いかけるから先に、四階の音楽室に行ってて!後で合流するから!」


「あっ、・・・。」



 リンドウが返事をする間もなく三人は走り去って行ってしまった。



「うっ、ぐ・・・。」



 頭痛が段々と酷くなっているようだった。頭を押さえながら廊下へと出た。もう彼女たちの姿は見えない。

 今更彼女たちの後を追う事も出来ず、懐中電灯を握り締めてリンドウは四階に続く階段へと向かうしかなかった。


 怪物がいないことを確認しながら慎重に歩いていく。



(あの時は確か、この辺りでピアノの音が聞こえた筈。でも、・・・何も聞こえない?)



 階段を上がって四階へと辿り着いてもピアノの音はどこからも聞こえて来なかった。

 既に同じ繰り返しではないことを理解するべきなのかもしれない。あの時の光景と似ているようで違うのだから、まったく同じにはなり得ないのだろう。


 リンドウは言われた通りに音楽室の方へと歩いて行く。これが現実なのか、幻なのかリンドウには分からなくなっていた。



ーーードンッ



 遠くの方から大きな物音が聞こえた。あの怪物が暴れているのだろうか。みんなは大丈夫だろうかとリンドウは心配になった。



(静かだ・・・、先生は来てないのかな。もう、何が何だか分からなくなってきた・・・。)



 無事に音楽室の前へと辿り着いたが明かりはついておらず、やっぱりピアノの音も聞こえてこない。



 扉の前で足を止めたリンドウの真後ろから足音が聞こえた。

 リンドウが慌てて振り返るとそこにいたのは彼女たちではなく、見覚えのある先生だった。



「貴女は、・・・。」


「あっ、・・・その。」



 音楽の先生がそこに立っていた。突然の事であの怪物のことも、逸れたみんなの事もなんと言えばいいのか分からずリンドウは言葉を詰まらせてしまった。



 リンドウが言い淀んでいると、ズシンと何かを踏み締める音が直ぐ近くから聞こえて来た。



 

 先生が険しい顔でこちらを見つめている。その表情を見てリンドウは思わず身構えてしまう。

 すると、先生がリンドウの手を優しく握った。



「ここに入って、誰かが呼びに来るまで待っていて。」


「あ・・・。」


「早く。」



 リンドウを立たせるとそのまま先生は音楽室の横、音楽準備室へとリンドウを優しく誘導した。リンドウの手を握っていた手は微かに震えていた。

 下から見上げたリンドウの目には先生が何か決意したかのような表情が映っていた。



「音を立てないように、静かにね。」



 別れる寸前、リンドウへは安心させるように優し気な表情を見せてドアをゆっくりと閉めた。




 それから直ぐにピアノの音が音楽室から鳴り始めた。




 音に釣られるように巨大な何かが廊下を移動していくのがドアの窓越しに見えた。その瞬間、様々な記憶がフラッシュバックした。耳鳴りと頭痛が増していく。



(あれは、・・・災、害・・・?)



 渦巻く記憶の奔流に呑まれ、やがてリンドウは意識を失った。






◆ ◆ ◆



 気づけばピアノの音が止んでいた。気を失ってからどれだけの時間が経ったのだろうか。辺りからは物音一つしない、静寂だけが満ちていた。

 リンドウは慣れない身体を起こしてポツリと一言呟いた。



「・・・思い、出した。」



 そう、災害だ。それは無慈悲に、不条理に世界を壊す化け物。



 その存在をリンドウは知っていた。



 この夢のような光景を見る前に何があったのかも思い出した。

 リンドウは飛行艇で恐らく敵の攻撃を受けて今に至っている筈だ。おそらくシオンたちも同じ状況になっている可能性が高い。これが死ぬ前に見る走馬灯というものでなければだが。



「記憶を書き換えられていた・・・?それとも、そう思い込まされて。」



 リンドウは何が起きたのか考えを巡らせた。災害を見て記憶を思い出すまで、誰か他の人の人生を歩んでいたことにまるで気付けていなかった。

 これは普通では考えられないような人智を超えた力だ。



(まずは外に出よう。)



 扉を少しだけ開けて外を確認する。隙間から確認できた音楽室の扉は大きくひしゃげて壊されていた。巨大な何かが無理矢理にでもこじ開けようとしたみたいだ。



 災害がいたのだろう。



 安全なことを確認したあと廊下へと出て、持っていた懐中電灯で音楽室の中を照らした。その光景を見てリンドウはそっと目を伏せた。

 あの先生の行動、決意に胸が締め付けられる思いだった。


 音を辿り目標を見つけて破壊行動を行った後、災害はこの場から移動したのだろう。リンドウが無事なのは、つまりそういうことだ。



「・・・助けてくれてありがとう。」



 この世界は恐らく幻のようなものだろう。少なくとも現実ではないとリンドウは当たりをつけていた。

 それでも、命を賭してまで守ろうとしてくれた彼女に感謝の気持ちを口にせずにはいられなかった。



 手を強く握った。小さな手だ、小さな身体だ。



 それでも立ち止まっていられない。音楽室に背を向けて走り出した。



「起きないと。」



 リンドウはこの夢幻から早く目覚めなければいけないと心に決めた。

 今の状況は明らかに何者かによる干渉を受けている。記憶に無い小学校に、友達、先生、それからこの身体。しかし、夢というには現実的すぎる。



(情報を整理して、まずは現状の把握。それから、どう脱出するか考えないと。)



 その為には情報が必要だ。この世界で目を覚ます直前のことを思い出していく。

 思い返してみれば意識を失う直前でラプラスが何かを伝えようとしていた。つまりラプラスには予測出来ていたもの。そんなものは一つしかないだろう。



「もしかして、・・・これが大災害?」



 飛行艇の防御を容易く突破した攻撃性能、どこから攻撃されたのかすら分からない極長の射程、リンドウたちだけを狙ったとは考えにくいので恐らくは無差別。

 こんな事が出来るのは使徒ぐらいのものだろう。寧ろこれが行える存在は使徒であって欲しいという願望が混ざっていた。



(まだ死んだ訳じゃないのなら、どうにかする方法がある筈。)



 これが何らかの攻撃ならきっと対抗する術があるはずだとリンドウは考えた。



 現状からして目的はこのよく分からない世界に隔離することになるのだろうか。恐らく現実の身体は眠っているかで身動きが取れない筈だ。

 原理は分からないけれど、リンドウは似たようなことをつい最近経験した事があった。あの島で見た花びらの記憶のように、誰かの記憶を見せているだけかもしれない。つまり可能性としては十分有り得るということ。



(エーテルを媒介に、・・・夢幻を見せられている?)



 あの攻撃はたしかにエーテルによるものだった。それなら現実に戻るための方法は必ずある。



(恐らく、・・・この場所を構成している核が何処かにある。それを探し出さないと。)



 災害にも核となる部分があるように、きっとこの攻撃にもそれはある筈だ。

 エーテルを媒介にしているということは、そうしなければ幻の中に閉じ込められないということに他ならない。エーテルの源を見つけ出して切り離すことが出来れば脱出出来るかもしれない。


 それがあるとしたら、どんな物なのか、それとも場所が関係するのか状況が整わないといけないのか。この世界で、見た物により注目する必要がある。



(もっと、何か。思い出さないと。)



 記憶を振り返って見落としが無いか探っていく。そこでふと、気づく。一箇所だけ近づこうとしなかった場所があった。



「・・・神社だ、神社に行かないと。」



 唯一近づこうと思わなかった場所。あの場所だけ、結果的にリンドウは避けていた。

 もしここにアルメリアがいたら罠であることを警戒するべきだと言うかもしれない。それでも、何か進展はある筈だとリンドウは考えていた。



「行動しないと何も変わらない。・・・罠だとしても行かないと。」



 使徒の眷属との戦いでは剣を手に取ろうとしたからチャンスが生まれた。

 ヴァールの時は・・・、遅すぎた。救える、救えないという話ではない。何かが出来るかどうかという話だ。立ち止まってはいられなかった。


 目的は決まったと、リンドウは急いで階下へと向かった。校舎から出て神社を目指す。もう校内の暗闇に怯えることはなかった。



「雨・・・、それに火事?」



 校舎から出て目に飛び込んで来たのは異様な光景だった。

 雨が降り始めており、空は雲で覆い隠されている。だというのに辺りは明るく照らされていた。太陽が登ったからではない、大地に火が灯されたからだ。



(町が、・・・燃えている。)



 あちらこちらで火の手が上がっている。空は、茜色と黒色の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたみたいだった。


 鼻をつくのは、焦げ付いた臭い。風に乗って、遠くから悲鳴や泣き叫ぶ声が運ばれてくる。熱気が、容赦なく肌を焼く。

 この町は、もう二度と元には戻らないだろう。これが災害だ。燃え盛る炎は、過去を焼き尽くし、未来を奪い去る。残されたのは、ただ、絶望と悲しみだけだ。


 リンドウはこの光景が幻であると、見て見ぬふりをした。今の自分では彼らに何もしてあげられない。



(ごめんなさい・・・。)



 災害の被害に遭っていたのが知り合いであったらどうしていただろうか。きっと助けようとしただろう。命に優劣を付けてしまっている自分に嫌悪した。

 こんな自分をシオンたちには見られたくないと思ってしまった。例え幻の光景であっても見捨てていることに罪悪感が募っていく。


 神社までの距離は遠くはない。公園を抜けてしまえば直ぐに辿り着く。子供の足でも数分と掛からない。

 雨が地面へと降り注ぎ、燃え盛る民家から立ち上る炎が、雨に濡れた道を赤々と照らし出している。火の粉が雨に混じって舞い上がる。足を止められない。燃え盛る家屋の横を、必死に走り抜ける。



(・・・絶対に、この世界から抜け出さないと。)



 炎の爆ぜる音、雨の音、そして自分の荒い息遣いだけが聞こえる。焦げ臭い匂いが鼻をつく。

 走った先で漸く目的の神社が目に入った。どうやら予想は正しかったようだ。



「神社・・・、やっぱりあの場所だけ変だ。」



 至る所で火の手が上がり混乱の坩堝にある中で、神社だけが日常を保っていた。深夜なのに昼間みたいに明るく、ここだけがまるで不可侵な領域であるかのようだ。



 明らかに異質で、特別な場所だと一目で分かった。



ーーードンッ



 しかし、安堵するにはまだ早かった。リンドウが走って来た道から大きな音を立てて何かが移動する音が聞こえてきた。

 音のする方向へと振り返ると、そこには災害がいた。



「災害・・・。」



 普段目にしている災害よりも大きく映り、その巨体に足を止めてしまった。戦う為の武器も無ければ、助けてくれる人もいない。

 リンドウは後退りした。戦うという選択肢は最初から取れなかった。



(隠れられる場所なんてない。逃げる?・・・だめ、絶対に追いつかれる。)



 この夢幻から醒めないといけない。こんな所で立ち止まっていられない。目的の場所まであと少しなのだ。


 ふと、この世界で死んでしまったらどうなるのかとリンドウは考えてしまった。

 最悪の予想はそのまま目覚められなくなってしまうことだ。そしてそれを有り得ないと判断する材料はどこにも無い。



「・・・こんな所で、死ねない。」



 ただ一言、リンドウはそう呟いた。まだ死ねない、死にたくない。明確に死にたくない理由を自覚していた。

 ワルキューレとなって戦っている時でさえ、災害を脅威だと感じるのに今の姿では尚更だ。心臓の鼓動が早くなったのを感じた。一度でも手を誤れば命は無い。



(来る・・・!)



 災害がリンドウ目掛けて突っ込んで来る。



 自分でどうにかするしかない。これまでの経験だけが頼りだ。災害が長々と思考する時間を与えてはくれない。

 瞬きする間もなく災害はリンドウの目前に迫っていた。


 身体が小さいのが唯一の利点だ。それに幸いにもエーテルは操れた。



「ぐぅっ!」



 一撃目は避けた。しかし、その代償は大きなものだった。攻撃が当たっていないにも関わらずリンドウは苦悶の表情を浮かべていた。



 今は子供の身体だ、幾らエーテルを扱えたとしても許容限界は現実の身体と比べるべくもない。身体への負荷は多大なものだった。

 一度だけで限界だった。極限状態では、この身体がどこまで耐えられる気が回っていなかった。



(だめ、力が・・・。)



 つまり、襲いくる二撃目を避ける術を持ってはいなかった。



「あっ、ッ!!」



 瞬間、強い衝撃と共に世界が回る。災害の攻撃を二度も避けることは出来ず、リンドウは大きく吹き飛ばされた。

 咄嗟に腕で庇うも、焼け石に水だ。とはいえ、それが最善だった。生きるためにリンドウは最後まで考えることを止めなかった。



(まだ、・・・生きてる。まだ死んでない。)



 一つ幸運だったのは叩き潰すような上から下への攻撃ではなかったこと。

 掬い上げるような攻撃にリンドウは文字通り死力を尽くして攻撃に合わせて後方へと自ら跳んでいた。両腕はもう使い物にならない、胸部の痛みは無視できるものでもない。即死しなかったことが奇跡だ。



 受け身はとれなかった。無様に勢いよく地面を転がっていく。



「ゴホ・・・ッ、・・・けほッ。」



 全身に走る激痛が意識を繋ぎ止めてくれた。息をすることすら苦しい。それでも、目を閉じる訳にはいかない。




(・・・でも、届いた。神社の中に・・・。)




 多くの代償を払う事になったがそれでも、リンドウの身体は鳥居をこえて神社の境界の中へと入っていた。

 咄嗟の機転で目的の場所まで辿り着くことが出来た。



(・・・絶対に、帰る。現実に・・・。)



 しかし、リンドウに出来たのはそこまでだった。

 よろよろと立ち上がろうとするが、上体を起こすに留まった。意思に反してこれ以上身体が動いてくれなかった。それでも目だけは力強く前を見つめている。




 そこへ無慈悲にも災害が腕を振り下ろす。




「よく頑張りましたね。」



 それは馴染みのある声が聞こえると同時だった。災害の攻撃がリンドウへと届くことは無かった。

 鳥居を境にして障壁が張られているかのように光の膜が壁となってリンドウを守っていた。




 リンドウは目線を声のした方へと向けた。




「リア、姉さん・・・?」



 そこには以前見た時とは何処か違う姿のアルメリアがそこにいた。






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