第三話 虚飾
【六月十日 22:35】
公園を出てリンドウたち四人は学校へと辿り着いた。運良くと言うべきか、道中では人と会う事もなかった。
ただリンドウたちは学校内へと入っておらず校門の前にいた。
「門はやっぱり閉じられてるみたいね。」
「ここが開いてたら楽だったんだけどなー。」
門は固く閉じられており、来る者を拒むように聳え立っている。乗り越えるには高さがある。多少無理をすればいけるかもしれないが、わざわざリスクは背負いたくはない。
当然、学校の職員が戸締まりをして帰ったのだろう。リンドウたちでは開ける術を持たない。
とはいえ彼女たちに悲観的な様子は見られない。これについては予め考えついていたことだからだ。
「予定通りあの場所から入るわよ。ちゃんと確認したのよね。」
「もちろんだよ、お昼休みに確認した時は大丈夫だった。まだ塞がれてなかった!」
「ならいいわ、ほら行くわよ。」
リーダーが先導して例の場所へと進んでいく。校門を通り過ぎて学校の裏手側の方へと歩いた。リンドウは三人の後を置いていかれないようについて行く。
少し歩いた先で四人は足を止めた。そこは校舎裏手のフェンスの前だった。
小学校を囲むように存在するフェンスであるが、一箇所だけ不自然にブルーシートがかけられている場所があった。そう、ここが文字通りの穴場スポットだ。
「ここだよ!」
「いいわ、ちゃんと入れそうね。」
「なんだかドキドキしてきた。」
フェンスには子供なら通れそうなくらいの穴が開いていた。
ブルーシートで簡易的に塞がれてはいたが、あくまで誤って触れてしまわないようにという配慮のようで上の方が紐で結ばれているだけのようだ。
リンドウたちはシートを捲って学校の敷地内へと入っていく。ろくに整備されていない地面は雑草が生い茂っており歩き辛い。
深夜の学校。初めての経験だ、計画しだした当初は多少なりとも胸の高鳴りを感じていた気がするが、実際にこの場に立ってみるとそういった感情は湧いて来なかった。夜の暗さが不安や恐怖心を強めているのだろうか。四人でいるのに少しでも着いていくのに遅れば取り残されるのではないのかと感じられるほど心細かった。
「最初は、銅像の所ね。ちゃんとついてくるのよ。」
「はいはい。・・・それよりも、本当に幽霊いるのかなあ。」
「いる訳ないわよ!七不思議なんて本当な訳ないじゃない。」
「えー、一個くらい本当かもしれないじゃん。」
リーダーの女の子はそもそも幽霊を信じていないのか怖がっている様子はない。まあ怖かったらこんな事計画しようなんて考えることはないだろう。
二人が話し合っているのを聞いていると、双子の内の一人が一番後ろを歩いていたリンドウに近寄って来た。
「ねね、やっぱり夜ってだけで怖いね。こんなに違うんだ。」
「うん、わたしもびっくりした。ここまで怖いとは思ってなかったかな。」
「ふふっ・・・でも、一回くらいはこんな事してみたかったからラッキーって感じだね。」
夜の雰囲気につられてか、声のボリュームを落としてリンドウに囁くようにして話しかけてきた。
しかし、そんな会話とは別にリンドウは随分と不思議な感覚を覚えていた。こうして話すことはいつも通りのことだ。なのに、どうしてか初めて会話したような新鮮さを感じていた。続いている違和感に頭を傾げながら、その原因が分からずにいる。
「あっ、校長先生の銅像見えてきたね。」
「たしか目が光るとか、こっちを見てくるとかだったわね。」
「んー、でもいつもどおりって感じ?」
像を囲むようにして立つ。銅像が何かの行動を見せる事はない。強いて言えば懐中電灯の明かりに照らされた顔が不気味なことくらいだが、それ以外はどこも同じだ。
銅像をぺたぺたと触ってみてもやはり変化は起こらない。
「銅像が動くわけないじゃない、常識的に考えなさいよ。」
「そんなに否定して、もしかして怖いんだー。」
「そんな訳ないじゃない!もう、いいから写真撮るわよ。」
目的としていた証拠の写真を撮るためにリーダーがカメラを構えた。
あの煽ってきた男子に写真を見せつけるのだろう。この行為にどれだけの意味があるのかは分からないし、そもそも前提として間違っているかことを考えれば無駄な気もする。とはいえもう後の祭りだろう。深夜の学校に来てしまっている時点で遅いというものだ。
「はい、チーズ。・・・夜に見ると不気味ね。」
「やっぱり怖いんだー。」
「ふんっ、覚えてなさいよ。あんたが、蜘蛛が苦手だって明日みんなにバラしてやるんだから。」
「えっ!それはないじゃん!」
「何も聞こえないわー。さっ、写真も撮ったし次よ。」
「もー!ごめんってば!」
もう此処に用はないと他の場所へと歩いていく。七つもあるのだから一つだけでは証拠として足りない。まだまだ始まったばかりだ。
リンドウも後を追いかけようとした所で、どこか嫌な感覚を覚えた。何がとは明確に口に出来ないが、どこか不安に感じるようなものだった。
(何か変な感じだ。)
辺りをリンドウは見渡す。懐中電灯で照らしていく。銅像に、整えられた花壇、植えられている木と普通だ。
もう一度銅像を光で照らしてみる。そこには銅像がいつもと変わらない姿であるだけだ。
「どうしたの?何かあった?」
「・・・ううん、何でもない。」
「そっか、ならわたしたちもそろそろ行こっか、置いてかれちゃう。」
何も変なところは無い。それもそうだろう、銅像が動く訳ないのだから。
(やっぱり気のせいかな。)
リンドウたちも二人の後を追って歩き出した。
◆ ◆ ◆
【六月十日 22:52】
銅像のあった場所から直ぐ近く、下駄箱のある昇降口へと向かう。
朝と違って賑やかさはまるでなく、どこを見ても静けさと暗闇に包まれている。普段、活気のある場所が閑散としていると余計に不気味さを感じてしまう。
「鍵、閉まってるね。開かないや。」
「え?どうしよう。」
「大丈夫よ、入れる場所があるわ。ほら、体育館に繋がる渡り廊下、校舎側の扉の鍵が壊れてるのか開きっぱなしになってるの。」
「さっすがリーダー!って、先に言ってよね!」
「・・・こっちが開いてたら楽だったってだけよ。」
「あっ、絶対忘れてたでしょ!」
昇降口の扉は開かなかったが、リーダーが直ぐに代案を出した。彼女の言ったことは確かで、校舎側の扉は鍵がかかっておらず簡単に開いた。
校舎の中へと入れた四人は靴についた土で廊下を汚さないように、靴を脱いで手に持ってそのまま下駄箱まで歩いた。そこで上履きに履き替える。
団子みたいに塊になって移動していく。学校の中は外とは違った不気味さを感じさせた。外と違って風の通りが少ないせいか、無音が耳に響く。時折見える非常灯の不気味な赤い灯りが怖さを助長させている。夜というだけで様変わりするのはどこも同じなのだろう。
「っ!今、何か変な音しなかった!?足音みたいなやつ!」
「何も聞こえなかったわよ。空耳じゃないの。」
「もう、怖がらせないで。」
「嘘じゃないもん、絶対聞こえたから!聞き間違えじゃないよ!」
「はいはい、分かったから。」
少しの距離を移動するだけで随分と騒がしい。四人いれば何とやらだ。上靴のパタパタとした足音が廊下に響く。
とはいえ、一人じゃないというのはそれだけで心強いもので恐怖心はあれど四人の足が止まることはなかった。
真っ暗な廊下も、嫌になるくらいの静寂も彼女たちには今を楽しむスパイスに違いなかった。
「えーっと、次はどこだっけ?」
「このまま一階の理科室に行くわよ。」
「理科室・・・、雰囲気すごそうだね!」
「骸骨が動くー、とかだったかな。」
「人体模型よ。」
「分かってるってば!言葉のあやってやつだよ!」
骸骨と人体模型では別物だろう。とはいえ骸骨が動く七不思議がある学校がどこかにはあるかもしれないので、あながち間違いではないのかもしれない。
「んー、扉開かないね。」
「やっぱり鍵は閉められているわよね。」
理科室へと辿り着いた四人であったが、当たり前といえば当たり前であるが、教室の扉はしっかりと戸締りされていた。鍵がないので理科室には入れそうにない。
(鍵を探して・・・、いやそこまですることでもないのかな。)
リーダーがガラス越しに教室を覗こうとした。見えなかったのか理科室の隣の教室からも見ようとしていた。
そこにこそこそと忍び寄る影が一つ。
「こっちが準備室よね、見えるかしら。」
「わっ!!」
「きゃっ!?」
「ぷっ、くふふっ。きゃっだってかっわいい〜!」
「こんのっ、馬鹿!あほ!!」
驚かせた当の本人は口をωにしながら得意気にリーダーを煽っている。やられたらやり返すのが流儀なのだろう。最初に煽っていたのが誰だったのかを思い出すのは野暮というものだ。なのでリンドウは見て見ぬふりをした。
「もういいわ、早く写真を撮るわよ!見に来たって証明になればいいから。ほらポーズ。」
「いぇい。」
喧嘩するほど何とやら、仲がいい証拠でもあるのだろう。
◆ ◆ ◆
【六月十日 23:15】
理科室の後に向かったのは女子トイレだった。学校の七不思議という話題で必ず話に出るのはトイレの花子さんだろう。
照明のスイッチを押せばトイレが明かりに照らされた。これまで暗い廊下を小さな懐中電灯の明かりで進んでいたからか、随分と心の余裕が違う。心なしか会話も明るくなったようだ。
「トイレには花子さんがいるらしいけど・・・。」
「随分シャイなのね、これまで一度も見たことないじゃない。」
「それ言ったら七不思議なんて全部・・・。」
「はいはい、そんなのどうだっていいわよ。」
入り口から4番目のトイレの扉の前へと行く。四人もいると狭苦しく感じるが仕方ない。
というのも、トイレの花子さんを呼び出すにはこの四番目のトイレで四回ノックをしてお決まりの台詞を唱える必要があるからだ。もしかしたら、学校の七不思議と聞いて一番に思い浮かぶのが花子さんなのではないだろうか。
「はーなこさん、遊びましょ。」
ーーーカタン
本当に怖い時は声すら出ないのだと実感した。
皆が皆、突然の物音に動きを止めた。息を呑むとはこのことだろう。まるで背筋が凍るようだった。音がした方向は入り口に近い方のトイレだ。扉は閉まっていて中がどうなっているかは分からない。
少しして、物音以外に何も起きないことを理解して漸く会話を再開した。
「・・・ね、ねぇ。さっきの音って。」
「ほんとに花子さんが、いる・・・とか?なんてそんな訳ない、よね!」
「でも、音がしたのってそこのトイレだよね。花子さんくらいしか・・・。」
まるで返事でもするかのような物音だった。軽口を言おうとするが空回りしている、実際四人揃って一歩も動いていない。やっぱり怖いのだ。
みんなの視線が一点に集まる。念じるだけでは扉が開くこともなく、何も進展しない。であれば自ずと考えつく先は決まってくる。
「その、誰か、開けてみる・・・?」
やっぱりと言うべきか、その提案に乗り気な人はいなかった。誰だって怖いのだ、こんな状況で扉を開ける勇気を持っている訳がない。
揉めに揉めた結果、誰が扉を開けるのかはジャンケンで決めることになった。
ジャンケンの結果は・・・
(ついてないな・・・。)
なんだか嫌な予感を感じていたリンドウ。見事予感的中でジャンケンではストレート負けをキめていた。あいこにすらならない、弱気のパーがいけなかったのだろうか。
リンドウは恐る恐る扉へと近づいた。ジャンケンで負けたからには仕方がない。やらない訳にはいかない。息を整える。
三人に見守られながらドアノブをゆっくと回して扉を開けた。そこで漸くリンドウは気づいた。
「ここ、トイレじゃない。」
扉の先にあったのは花子さんや便器ではなく、ブラシやバケツでそもそもトイレですらなかった。ドアノブを強く握っていた手から力が抜けた。お化けなんかよりもずっと良いと安堵のため息をついた。
よくよく見てみれば床には小さなブラシが一本倒れており、もしかしたらこれが音の発生源だったのかもしれない。
ブラシを拾って彼女たちに見せると言いたいことを察したようだ。
「なによ、ブラシが倒れた音にびびってたって訳?」
「びっくりさせないでよ。」
「リーダー、ビクッてなってたもんね!」
「アンタだって人のこと言えないじゃない!」
途端に喧しくなったが、随分と場の雰囲気が明るくなったように感じた。
ドクンドクンと鳴っていた心臓が落ち着きを見せた。多分、この中で一番びびっていたのはリンドウだっただろう。尤も口に出しさえしなければ誰にも分からないのでリンドウは口をつぐんだ。
「よし、写真も撮れたし次はー。」
意気揚々と口にしたリーダーの言葉は唐突に遮られた。
ードンッ!
どこかで大きな物音が鳴った。あまりにも大きな音だったので幽霊だとか口にする余裕も無かった。それこそコンクリートに大きな鉄球でもぶつけたみたいだった。
「な、なに、今の音・・・?」
「分かんないよ、校舎の裏手の方からかな?何かぶつかったとか?」
異様な空気に包まれ、先程までの明るい雰囲気は一瞬にしてなくなってしまった。音の原因は分からない。分からないからこそ、より恐怖心を煽るのかもしれない。
パニック寸前であったが、場を取り持ったのはリーダーだった。
「・・・全部を見て回る必要はないわよね、あと一つ、一つだけ見たら帰るわよ。」
「う、うん。」
リーダーは幽霊だとか関係なく、奇妙な現象にこのまま長居することはやめた方が良いと感じたのだろう。
とはいえ直ぐに帰ろうとしてしまえば怖がっていると思われてしまうから、彼女は最後にもう一つの場所に行く事を提案した。素直にもう帰ろうと言えないのはプライドが高いせいだろう。
ただ、それをわざわざ口にする人はいなかった。誰だって不気味に感じていたし、次を最後に切り上げられるならそれに越した事はないと思っていたから。
◆ ◆ ◆
【六月十日 23:24】
四人は心なしか早足で校舎内を移動していた。浮かれていた空気感が冷やされたというべきか、心の余裕は殆どなくなっていた。
「最後に行く場所は・・・音楽室にするわ。」
「音楽室の七不思議って楽器を演奏する音が聞こえるって奴だったよね。」
「そうよ。ま、勝手に鳴り出すなんてあり得ないでしょうけど。」
最初の和気藹々とした会話はなりを潜めていた。七不思議とは別口と思われる不可思議な現象に意識を持っていかれていたからだ。
そんな状況から変化があったのは三階への階段をちょうど上り終えたころだった。
「ね、ねぇ・・・何か聞こえない?」
「・・・なによ、楽器の音色でもしたって?騙されないわよ。」
「違うよ!楽器とかじゃなくて、ほんとだってば!ほら!近づいて来てる!」
「近づいて・・・?」
耳をすませばその言葉の意味を直ぐに理解出来た。初めは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな音だった。ドンッ、ドンッと重い何かを叩きつけたかのような音。先程トイレで聞いた音とまるっきり同じものが何度も聞こえてくる。
彼女の言うように、その音は近づいて来ているようだ。
「わー!お化け!」
「姉さん!待って!」
「あっ、このバカ!カメラが!」
走り出してしまった姉を追いかけるようにして妹の方もついていってしまった。姉妹は三階の廊下を真っ直ぐに駆けていった。
その際に運悪くリーダーにぶつかってしまったせいでカメラが床へと落ちてしまう。ガチャンと硬質な音が廊下へと響いた。
「あぁもう!◼️◼️ちゃん先に音楽室に行ってて、このカメラもお願い!バカを見つけたらそこで合流するわ!」
「あっ、・・・え。」
(行っちゃった・・・、それにカメラは、壊れちゃったかな。)
リーダーは落ちたカメラを見て数秒悩んだ様子を見せたあと拾い上げてリンドウへと手渡すと、それから二人を追いかけるように走り出した。
考えごとをしていたせいでリンドウは一歩出遅れてしまった。
「行かないと、・・・かな。」
このまま立っていても仕方がない。今から彼女たちを追いかけてもしょうがないだろう。結果的に一人で音楽室に向かわなければならなくなってしまった。懐中電灯を握る手に力がこもる。
四人で行動していた時とは違って、今は本当の静けさに包まれている。足音は一つだけ、リンドウは途端に心細く感じてきた。
結局さっきの音が何だったのかは分からず仕舞いでもあるし、それが余計に歩みを遅くさせた。もうあの音は聞こえてこない。
「あれ・・・、この音は・・・。」
四階への階段を上り終えたところで静寂の中から別の音が聞こえてきた。それは風の音ではない。
よくよく耳を澄ませばそれが音色だと気づける。
音のする方向は、目的地の音楽室だ。
(ピアノの、音?)
先程していた会話が頭を過ぎる。もしかして本当に七不思議の一つに遭遇してしまったのかと思った。
恐る恐る教室へと近づいていく。近寄るほど音はハッキリと聞こえてくる。音が聞こえるのは間違いなく音楽室からだ。
(ここで待ってる?・・・どうしよう。)
リンドウ自身何故音楽室に向かって歩いているのか分からなかった。
確かに音楽室で集合だと言われていたが手前の階段で待っていても問題なく合流出来るだろう。だから音楽室に行く必要は無い。それでも自然とリンドウの足は音楽室へと向かって進んでいた。
怖いもの見たさというやつだろうか。好奇心に押されてか気づけば扉の前まで来ていた。
(何か・・・いる?)
扉を少しだけ横にスライドさせて開けてみる。音を立てないようにそっとだ。万が一にも幽霊がいたらどうしようも出来ない。ちょっとだけ覗けるだけの隙間をつくって、慎重に中を見てみた。
「誰も、・・・いない。」
電気はついておらず教室の中は真っ暗だ。目を凝らしてみても人の気配はない。
(あれ・・・?そういえば音が聞こえない?)
集中していたからか、気づけばピアノの音が聞こえなくなっていることに気がつかなかった。そもそも本当に聞こえていたのかさえ怪しくなってくる。ただの空耳だった?それとも恐怖が生み出した幻聴だったのか。
しかし、そんな思考は勢いよく扉が開けられたことで遮られた。
「・・・ッ!?」
まるで心臓が飛び跳ねたみたいだ。あまりにも唐突だったので驚きすぎて尻餅をついてしまった。
見上げてみれば、そこに人が立っていることが分かった。目の前に現れた人物は音楽の先生だった。
(音楽の、先生?・・・あれ、もしかして今の状況ってまずいのかな。)
突然のことに驚いてしまったが、冷静になって考えてみれば今の状況をまずいのだろう。
深夜の学校に忍び込んだのだろう生徒と学校の教師。リンドウは思わず言葉を詰まらせた。弁解のしようがなかったからだ。
「あっ、・・・その。」
険しい顔でこちらを見つめる音楽の先生。その表情を見てリンドウは怒られると思ってしまった。思わず身構えてしまう。
「ここに入って、誰かが呼びに来るまで待っていて。」
「え・・・?」
「早く。」
リンドウを立たせるとそのまま先生は音楽室の横、音楽準備室へとリンドウを誘導した。
リンドウは思っていたことと余りにも違う展開に頭の中では疑問符がいっぱいであった。どうやら今、直ぐに怒られる訳ではないようだ。少しだけ猶予が出来たのだろうか。
(待ってって、他のみんなを連れてくるのかな・・・。・・・どう謝ろう。)
リンドウは心の中で後悔に苛まれていると、少ししてからまたピアノの音が音楽室から聞こえ始めた。
ピアノの音色が暫くの間流れていた。そのメロディーはどこか悲壮感を感じさせるものでいて、力強くもあった。
それから時間もそれほど経っていない頃に、足音が聞こえてきた。
(足音・・・?えっ、でも音楽室にはまだ先生がいるみたいだし、・・・これは誰?)
一人分の足音だ。ピアノの音は音楽室から聞こえている。なら、先生じゃない。
足音は子供が出しているには重い、恐らく大人だろう。そもそも彼女たちが戻って来たのなら三人分の足音が鳴るはずだ。
何かいる、しかし何かはわからない。
焦っていたからか手を動かした時に物にぶつかってしまった。
コトンと小さな物音が辺りに響く。案の定と言うべきか足音は扉の前で止まった。リンドウはパニックになりそうだった。今日一日で一生分の怖さを味わっているのではと思ってしまうほどだ。
扉がゆっくりと開かれた。
「◼️◼️さん、だったんだね。」
「シオン先生・・・?」
そう、扉を開けて現れたのはシオン先生だった。見知った顔だったので安堵した。リンドウは全身の力が抜けるようだった。
とはいえ安心するのはまだ早いだろう。お化けとか幽霊とかそういった問題ではなく、夜の学校に潜入といった現実的な問題がまだ解決していないのだから。
「そうだよ、・・・まったく。授業終わりに話が聞こえてなかったらと思うと気が気じゃなかったよ。」
口振りからしてシオン先生はリーダーの子との会話からもしもを想定してわざわざ学校で待っていたということなんだろう。
音楽の先生と話を合わせて待機していたのだろうか。リンドウたちがどうやってくるか分からないことを考えれば、音楽室でピアノを鳴らしてやって来るのを待った方が確実でもあるだろう。
(ピアノの音で、先生はわたしたちが来るのを待っていたんだ・・・。)
それならそうとは知らずにノコノコとやって来たリンドウは袋の鼠だったのだろう。
「それじゃあ帰ろうか。もうこんなことはしないようにするんだよ。・・・ただ、どうしても何かの事情があるなら周囲の大人に相談してほしい。勿論、先生でもいいからね。」
「はい、・・・ごめんなさい先生。」
「何はともあれ、大事に至らなくてよかったよ。」
シオン先生はリンドウを連れて階段を降りていき一階へと移動する。大人の存在は大きな安心感をもたらしてくれていた。
下駄箱で靴を履き替えて、校舎を出て正門まで歩く。シオン先生は門を開けた。
「その・・・先生。他の子たちは・・・。」
自分だけ帰宅するという状況になってリーダーたちがどうなっているかだけは知りたかった。シオン先生の迷いのない足取りから既に校門にいるのかと考えていたがその姿はどこにもない。
音楽室には音楽の先生がいるから入れ違いにはならないだろうけど、これだと合流するという約束を破ってしまうことにもなる。
しかし、返ってきたのは意外な回答だった。
「◼️◼️さんだけじゃなくて、他の子も来ているのかい?」
「は、はい・・・。」
「それは・・・困ったね。このまま家まで送っていこうと思っていたけれど、・・・ここで待っていて貰ってもいいだろうか。」
どうやらシオン先生は別に三人も学校に侵入していることを知らない口振りだった。シオン先生は探してくるよと答えた。
リンドウの中で言いようのない違和感がまたわいて出て来た。
「その、・・・一人で帰ります。今日は色々と、ごめんなさい。」
これ以上迷惑をかける訳にはいかないと思ったリンドウはシオン先生の提案を断った。寄り道しなければ家までの道のりは大した距離ではないのだ。やって来た時のように我慢するだけだ。
反対の言葉を口にされないようにリンドウは言葉を続けた。
「あ、あと音楽の先生にも、迷惑をかけてごめんなさい、とその、ありがとうございますを・・・。」
先生二人がわざわざ夜になるまで学校で待っていたのは自分たちのせいなのだ。申し訳なさでいっぱいだった。
そこまで言ってリンドウは、これは直接言うべきことだろうかと考えたが口に出してしまった後だ。明日にでも改めて伝えに行けばいいかと思い直す。
こちらを見るシオン先生の顔はどこか不思議そうな表情をしていた。
「音楽の先生だね?しっかりと伝えておくよ。それじゃあ気をつけて帰るんだよ。・・・もし嫌だったらここで、待っていてもいいからね。」
先生に見送られながらリンドウは一人帰路を辿った。
「音楽の先生・・・明日も出勤しているだろしその時に伝えておこうか。」
そんなシオンの呟きはリンドウの耳には届かなかった。
◆ ◆ ◆
【六月十日 23:57】
あの後、どう帰ったのかをリンドウははっきりと覚えていない。理解しきれないことが多くあったからか、単純に真夜中に出歩いた疲れからかは分からない。
(やっと、・・・帰れた。)
疲れがどっと押し寄せてきた。無事に帰宅出来たというのに心が一向に休まらない。どこか地に足がついていないような、ふわふわとした浮遊感を感じてしまう。
適当な場所に渡せず仕舞いだったカメラを置く。学校に行った際に返すしかないだろう。
「もう、こんな時間なんだ。」
気づけば日付けが変わろうかという時間だ。直ぐにでもベッドに行って眠ってしまいたかったが、あの大冒険の後だ、少なからず汚れてしまっている。
汗もベタついて決していい気分とはいえない。お風呂は無理でもせめて顔くらいは洗いたかった。
(顔を拭いたら、すぐに寝よう。)
洗面台でパシャパシャと水で顔を洗う。タオルで顔を拭いて、そこでふと気づく。
鏡に映る自分の顔を見つめる。
「あなたは、・・・誰?」
自分はこんな顔だっただろうかと。
【六月十日 23:59】
【六月◼️日 ◼️◼️:◼️◼️】
まるでテレビの電源を落としたかのように世界は黒に覆われ、本当の静寂が訪れた。
『どこまでも滑稽、甘い鎖に繋がれて吠えることすら忘れちゃった。・・・怠惰ね。』
遠くなっていく意識の中で知らない誰かの声が聞こえた気がした。初めて聞いた筈なのに、どこか馴染みのあるような声を。




