第十八話 徒花の咲く頃に14
「・・・二人が戻って来ない?」
「・・・。」
リンドウは頷いた。主任とヴァールが部屋を出てから既に三十分が過ぎようとしている。主任と話しをすると言っていたが戻って来る気配が無い。
「シオン隊長、近くに二人の姿は見当たりませんでした。」
「外に出た形跡も無かったわ。」
カルミアとエリカが戻って来るとそう報告した。リンドウは少なく無い焦りを感じた。
ヴァールを引き留めていたら何か結果は変わっただろうか。せめて近くで待っていたら良かったかと。悪い予感ばかりが浮かんで来る。
「リンドウ、ヴァールが主任と話す事があると言っていたんだね。」
「・・・そう。」
シオンはリンドウの表情から焦りを読み取っていた。
問題を解決する為には状況を理解する必要がある。そして、その鍵はそこに集約されているとシオンは考えた。
主任はあの時点でヴァールの事をシオンたちに託そうとしていた。それは嘘ではない筈だ。ただ、人の考えとは変わるものだ。
(その切っ掛けになれるのはヴァールだけ。・・・なら、この行動は主任では無くヴァール主導のもの。)
シオンはそう結論付けた。であれば、目的は絞られる。天威から逃げるといった選択では無いなら、二人の行き先は一つだけだ。
「おそらく、ラプラスの元に向かったんだ。」
「え!?」
長い夜はまだ明けない。
◆ ◆ ◆
再び相対するラプラスの姿は威圧感に満ちていた。もうあの頃とは違う。彼女と肩を並べて歓談する事も出来ない。
ラプラスは現れる災害を認識し倒す、それを繰り返している。どれだけの時間をそうしていたのだろう。彼女はどんな事を思いながら戦っていたのだろうか。
彼女を正気に戻せるかどうかは自分にかかっている。そんな考えが胸中にすとんと落ちた。そしてヴァールはラプラスへと近づく為にヴァールは走り出した。
「・・・ッ!」
しかし、そう易々と近づかせてはくれない。当然、邪魔が入る。
一部の災害がヴァールを認識し、標的とした。今は共に戦ってくれるシオンたちもいない。自分一人で切り抜ける必要がある。誰も代わりに受け持ってはくれない。
そして、ヴァール目掛けて剛腕が振り下ろされた。
「フェンリスウールヴ!」
突如として影が意志を持ったように形を変え、襲い掛かって来た災害を食いちぎった。
それはエーテルで構成され、巨大な狼を模していた。完全な狼の姿という訳では無く、所々が煙のように曖昧となっている。
(・・・大丈夫、戦える。)
ヴァールは特異な体質こそあれど、エーテルの操作が特段得意という訳では無かった。
だからこそ編み出した戦闘スタイルは非常に大味なものだった。
「こ、のお!」
新しく近寄って来ていた災害へと虚空から巨大な爪のみを形成しバラバラに薙ぎ払う。
細かなエーテル操作は必要無い。災害を倒せるだけの鋭さと強度があれば極論問題は無いのだ。後は戦い易いようにイメージだけに注力すればいい。
ヴァールの動きはぎこちない。訓練を受けていたとはいえ前線に駆り出されて戦っていた訳では無いからだ。だが、ラプラスの元へと近づく為に目の前の災害を着実に倒して進んでいる。
空気中に存在している純エーテルを取り込み、即座にエーテルへと変換する。純エーテルが蔓延しているこの空間であれば、それはヴァールの力になる。しかし、無理な吸収は負荷も大きい。
「はぁ、・・・ふぅ。覚えてる、ううん、思い出して来ました。」
花びらから仄かな明かりと暖かさが伝わってくる。嘗ての記憶が馴染んでいく。記録では無く、記憶として実感している。
ヴァールは息を整えた。そこに災害の放ったエーテルの弾丸が向けらた。直前で気付いたが避ける事が出来ず咄嗟に腕で受け止める。
「ぐっ、ぅ・・・お返しです!」
衝撃を受けてよろめくがその腕に傷は見当たらない。衝撃だけは残ったが、触れたエーテルを吸収した事で腕が吹き飛ぶ事は無かった。
吸い取ったエーテルを利用してエネルギー弾を生み出し、攻撃して来た飛行型の災害へとやり返した。片翼を捥ぎ取り地面へとたたき落とした。
(・・・もっと、まだ足りない!)
前も後ろも見渡す限り災害だらけだ。逃げ道はどこにも無い。叩き潰すように繰り出された攻撃を転がり避ける。前に立ち塞がった災害をエーテルで押し潰した。
前へ、前へと進んでいく。決して足を止めない。その動きは段々と洗練されたものに変わっていった。記録だったものが馴染んできている。
視界の端にラプラスの姿が映り込む。この災害の群れはあくまで前座に過ぎない。本命はラプラスを助ける事なのだ。
(・・・ラプを助けられる可能性。)
ヴァールはラプラスの未来観測の技術がどんなものなのか殆ど思い出していた。
観測した未来、枝分かれする世界、幾重にも分岐した人々の足跡を辿ってそれ等をデータとし起こり得る未来を予測する。
全ての未来を見れる訳では無い。故にある時間軸から特定の地点までの観測を行い、その区間で観測される未来の母数を増やす。
彼女の未来予測はとある時を境に未来観測へと名を変えた。
(重要なのは、観測した未来をデータとして一度収集しているという、過程を挟んでいる事。)
得られた未来の情景をそのまま利用しているのでは無い。データにしてから取り込んでいる。
そこに穴があるとヴァールは踏んだ。予想が正しければヴァール一人でラプラスを救い出せる。むしろ、ヴァール一人だけの方が都合が良い。
(その為にも、まずは近づかないと!)
エーテルの壁を作り、災害の攻撃を受け止める。直ぐに壊れるが一瞬でも遅延出来れば問題ない。隙間を抜い一歩ずつ距離を詰める。そこに一切の派手さは無い。ただそれで構わなかった。
(・・・来た!)
ラプラスの補足範囲に入ったのか、黒い棘が勢いよく伸ばされヴァールへと向かって来る。
それ自体はヴァールにとって大きな脅威にはならなかった。その棘もまたエーテルで構成されているのだから。触れさえすれば無力化出来る。
ーーーパンッ!
ヴァールが触れた事で形を維持出来なくなった棘が霧散していく。ラプラスは異常を感知して切り離した。初撃を防いだヴァールはラプラスを強く見つめる。
対ラプラスとしてヴァールは大きなアドバンテージを有している。攻撃の大部分をエーテルでのみ行うラプラスに、エーテルを吸収出来るヴァールは戦闘において有利だ。
ただ、この体質も万能では無い。許容値を超えればヴァール自身が侵食されてしまう。その先にあるのは死か、災害の先兵とされるかだ。
この体質は切り札になり得るが、重要なのはそれではない。
(・・・勝負はここから。)
初撃は対象を認識する為の行為に過ぎない。ヴァールの存在を認識した事で、未来観測によって最適化された攻撃を放ってくる。ここから絶え間ない猛攻が加えられる事となる。
冷や汗が頬を伝う。これは検証も無しにぶっつけ本番の出たとこ勝負。研究者にあるまじき愚行だろう。1秒がとても長く感じられる。既に賽は投げられている。
再びラプラスから攻撃が展開される。
それはヴァールへと向けられ、そしてそのまま横を通り過ぎて地面へと突き刺さった。
(そうですよねラプ、貴方はわたしを正しく認識出来ない!)
ヴァールは望む結果を得られた事を確信した。今がチャンスだと災害の波を掻き分けていく。ラプラスから追加で差し向けられる攻撃は全てヴァールから逸れていく。
当たらない、まるでヴァールという存在を認識出来ていないかのように。
これがヴァールが賭けた可能性。
過去、ラプラスはヴァールに出会いその未来を観測した。そこでラプラスはヴァールが生存する未来を観測出来なかった。それは紛れもない事実としてある。
実際、ヴァールはこの研究所から出る事も叶わず立ち止まる事となった。ラプラスの観測した数時間の未来でその結末は変わる事が無かった。故にラプラスは生存の道は無いと絶望した。
あれからどれだけの月日が流れただろうか。多くの機能を制限せざるおえないとはいえ時間の流れは認識している。それは人の寿命を遥かに超える時間が経っている事を知らせた。
であれば、ヴァールの死を記録したラプラスが再びヴァールを認識した場合その目にはどう映るのだろう。
結果はこうだ。
『対象認識/失敗。原因精査/完了。対象/◼️◼️◼️◼️。対象認識/失敗。』
死者が生き返る事は無い。その法則が覆された事は無い。死んでしまったら、それで終わりなのだ。
故に機械的に判断を下している現状のラプラスではヴァールを認識出来ない。
主任であれば認識されていただろう。彼は神器によって生み出された過去の幻影だ。死者が蘇った訳ではなかった。主体は神器の方にある。
決定的に違うのはヴァールは今もまだ生きていることだ。記憶を元に生み出された影では無く、彼女はヴァール本人だ。ヴァールは神器を取り込み、人としての身体を捨てエーテル体に近い状態で存在していた。
ただ、一つの約束を守る為に。
ヴァールを認識した場合、死者が目の前にいる事になる。何度再試行しても変わらない。それはエラーとしてラプラスの内に残り続ける。エーテルによる侵蝕を受け続けるラプラスではその無限回廊のような思考から抜け出せない。
「貴方の見た未来でわたしの生存は有り得ないものだった。・・・でも、遥か未来でこうして再会するなんて、思いもしなかったでしょ。」
仕込みとはヴァールの存在そのもの。ヴァールは賭けに勝ったのだ。
ヴァールはこの数奇な運命に思わず笑みを溢した。神様がいるとしたら意地悪な事この上ない。だが、これは紛れもない特大のチャンスだ。
この瞬間を逃す訳にはいかない。
「待っていて、ラプ!」
更に前へ、もう一度彼女の手を取る為に。




