第十六話 徒花の咲く頃に12
ラプラスのテリトリーから離れ、地下三階を後にする。あの部屋から抜け出した後も追撃の手はやって来なかった。
危機的な状況にあったとはいえシオンたちは目立った怪我もなく生還した。辺りに災害がいないことを確認すると最初に主任が口を開いた。
「・・・悪かった、まずは謝らせてくれ。」
「貴方の案にのることを決めたのは私だよ。だから、謝罪は必要ないよ。」
主任は謝罪の言葉を口にした。本当に此処まで危険な目に遭うと思っていなかったようだ。しかし、シオンはそれが必要の無いものであると言った。
主任と調査に向かったのはリスクも含めて了承したものだ。加えて、確かに命の危険に晒されはしたが主任の援護のおかげで逃げられたのもあるだろう。誰一人として大した怪我を負ってはいない。
「結局どういう事だったのよ。」
「誤算が二つあった。一つ目は、エーテル漏出の規模が予想より遥かに大きかったことだ。」
「確か・・・、使徒の持つ核と同じ現象って、言っていましたよね。」
災害が瞬間的に大量に湧き出るのはリンドウも初めて見た。禁域であってもあれほどの災害が一瞬で出現する事はないだろう。異常な事態であった事は明白だ。
「ああ、あそこまで災害が生み出されるのは想定外だった。それにラプラス自体が一種の空間の歪みそのものになっちまってるみたいだ・・・。」
エーテルによる汚染がラプラスに関連している可能性が高いと踏んでいた主任だが、実際の規模は予想を遥かに上回るものだった。
「二つ目はラプラスが出した指令を読み違えた。」
「指令・・・ですか?」
「ああ、ラプラスは限りなく人に近いが、人とは行動のプロセスが違う。特殊な行動の際には必ずラプラスが自身に命令を課す。」
話しを聞くとそれはより強い強制力を持っているらしかった。
その指令を出されてから取り消される、もしくは達成されるまで実行され続けるという人との違いがあるとの事だ。
「あの場所から移動していなかった事から、ラプラスが『あの場所を守る』という指令を出していると思っていた。」
その前提があったからこそ、主任は多少は楽観的でいられた。守るという命令であれば、攻撃をしなければ敵対する事にはならないと考えられる。
「でも、ラプラスさんは・・・。」
「そうだな、・・・実際の指令は一定範囲内の外敵の排除なのか、それともエーテルによる侵蝕を受けて認識に歪みが出てんのか。くそっ、情報が足りなくて分からねえが。」
しかし、実際にはラプラスの方から攻撃を仕掛けて来た。もしかしたらとリンドウは自身の不運が頭を過ったが主任は幾つかの可能性を上げていた。
エーテルによる影響を受けるのは人だけではない。人ではない機械であっても侵蝕を受けてしまう。そのせいでラプラスが暴走状態にあるのかもしれなかった。
その二つが主任にとっての予想外だった。
「あの攻撃は何なのよ。正気じゃないにしては、随分と正確だったわね。」
カルミアはラプラスの攻撃を皮肉ってそう言った。エーテルによる侵蝕を受けているとはいえ、ラプラスの性能自体には問題が無いという事だろう。
「言ったろ?未来を観測出来るってよ。あれは比喩じゃない、データを登録された時点で行動を先読みされ続ける。まともに戦ったら勝ち目なんてないぞ。」
「何よそれ、・・・馬鹿げてるわ。」
「俺たちの子だ、優秀だろ。」
「はぁ、これ以上ないほどにね。」
そう言いながらもカルミアは納得しているようすだった。狙われたリンドウも身をもって実感した。ラプラスの攻撃を受けた際に手の内が見透かされている感覚に陥っていた。
カルミアの妨害が無ければリンドウも危うかった。ただ、攻撃してしまった事でカルミアも認識され迂闊に前へと出られなくなってしまった。
「なら、どうする訳?」
「・・・天威の戦力で勝てる見込みはあるか。」
「最上位のワルキューレなら、ただ、・・・未来を見通せるというのが未知数だね。何処まで対応されるのか・・・。」
例えば一撃に重きを置いたスターチスという人物が見せた瞬間的な爆発力であればゴリ押しでいけるのかもしれない。
相手は機械だ、稼働するシステムさえ破壊出来れば停止させられるだろう。
「多くのワルキューレを動員して数で押すというのも一つの手だろうか。・・・天威が実際にどういった手段を取るかは分からないけれど。」
登録された時点でダメなのであれば、それをカバー出来るだけの人数で押す。取れる選択肢はあれど実際に行ってみなければ結果は分からないものだった。
一つ確かなのは今、此処にいる戦力だけでは突破出来ないという事だ。
シオンの話を聞き終えた後、主任はヴァールへとこう告げた。
「ヴァール、お前はあいつらについて行って来な。今の戦力じゃ残念だがラプラスを止めるのは無理そうだからな。」
「は?・・・何を言ってるんですか、主任。」
突然の事にヴァールは困惑していた。
「簡単な話だろ。おつかいは一人で十分だ。てな訳でこいつの事を頼めるか?」
「主任!」
「・・・直ぐに戻って来られるかも分からないから、貴方も一緒にどうだろうか。」
「此処を無人にする訳にはいかねえよ。・・・すまんが一緒に行くのは難しい。」
ヴァールは険しい表情で主任へと詰め寄るが何のアクションも返さなかった。しかし、その目だけはヴァールから目を離さないでいた。
シオンはダメ元で主任へと同行を願ったが、やんわりと拒否された。その様子を見てこのまま提案を続けても拒否されると感じ取った。
「ま、言い合っても仕方がない。もう夜も遅い時間だ。此処を経つ前に休憩を挟もうぜ。」
「休める場所が残っているだろうか。」
パンと手を叩いて主任が休息を提案した。ヴァールが何かを言う前に遮るつもりだ。
ただ、それにシオンは疑問を口にした。比較的な上の階層であってもとても休むのに適した場所であるとは言い難かった。それに漏れだしているエーテルの問題もまだ解決していない。
「勿論、幾つかセーフティーゾーンがあるさ。一晩くらいなら十分持つだろうよ。」
「・・・それなら、一先ずそこに行こうか。」
シオンがちらりとリンドウたちを見るとそう返答した。決して短く無い時間を使っている事もあって悪く無い提案だと考えたのだろう。
リンドウは心配そうにヴァールを見た。リンドウが考えているよりも、二人の関係は複雑なのかもしれなかった。
◆ ◆ ◆
主任に案内されて数ヶ所のセーフティーゾーンを確認し、中でも比較的マシであった場所で休む事となった。荒れているとはいえ、壁の破損は小さくエーテルが漏れて来る事もなく安全と言えるだろう。
軽く掃除をした後、リンドウたちは腰を下ろした。
「食い物を取ってくる。保存食くらいならまだあるだろうからよ。」
「私も行くよ。下層よりも安全とはいえ災害に遭遇するかもしれないからね。」
「そいつは助かるな。なら、護衛を頼もうか。」
一旦の安全が確保されたという事で主任はシオンと共に食料を取りに部屋を出て行った。
人が減り、少しだけ静けさが増した。カルミアはちらちらとヴァールへと視線を送っている。彼女も先程からヴァールを心配している。
エリカは目を伏せ、我関せずで休んでいる。ルビアは相変わらず端の方でぼーとしており、いつにも増して上の空に見えた。ユリはうつらうつらと今にも寝てしまいそうだ。夜も遅く、この時間まで起きているのは小さな身体では辛いものだろう。
リンドウも長い時間を立って探索をしていた事もあって今になって疲れが押し寄せて来た。手持ち無沙汰になったリンドウはこの島で起きたことを思い起こし振り返る。
(・・・色々、あった気がする。)
最初は海辺で気楽な時間を過ごしていた。海で遊び、バーベキューを楽しんだ。そういった事に縁の無かったリンドウには、新鮮で戸惑う事が多くありながらも身体も心も休まる時間だった。
それから二手に分かれて島を探索し、謎の柱を見つけた。
(・・・花びらの記憶では、あれはこの島へと人を来させない為のものだった。それは何の為だったんだろう。)
リンドウは情報が欠けていると思った。何か、重要な何かを見逃している気がしていた。
それからこの研究施設へと辿り着きヴァールと出会った。彼女の仲間は、主任しか助けられなかったのは残念な結果だろう。
(・・・それに、今は二人の間で隔たりがあるみたいだ。)
どちらかと言えば主任の方がヴァールを避けているように見えた。ただそれは、蔑ろにしているとかでは無く意図的に理由があってそうしているのだと感じ取れた。
リンドウはヴァールへと視線を向けた。この部屋へと入って直ぐには不機嫌そうに何かを考え込んでいたヴァールであったが今は大分落ち着いた様子を見せている。
「その、ヴァールさん。・・・大丈夫ですか?」
「あ、いえ、大丈夫です。少し腑に落ちない所があっただけで・・・。」
「腑に落ちない?」
カルミアが心配そうに尋ねた。予想していた返答とは違う言葉をヴァールは溢した。
「いえいえ、本当に些細な事なので気にしないで下さい!」
(・・・主任との関係に悩んでいた訳では無い?)
リンドウは親近感を覚えていたが、ヴァールとはまだ出会ってから一日も経ってはいない。理解出来ていなくても当たり前と言えるだろう。
「・・・そうだ!恋をした経験はありますか?」
「え、ど、どうしていきなりそんな話に?」
「はあ・・・。」
カルミアは少しだけ頬を赤く染め突然そんな事を言われて慌てて言葉を詰まらせた。こっそり聞き耳を立てていたのか、エリカは溜め息を吐いている。
リンドウは部屋の空気が明るくなった様に感じた。
「女子会、ずっとしてみたかったんです!」
「はあ、期待してるとこ悪いけど。天威にいるのは殆ど女性よ。」
リンドウというイレギュラーを除けばワルキューレは皆が女性である。加えて天威という存在自体が一般人には隠されている事もあって、ワルキューレという業務に関わっている者の多くも女性だ。
尤も、恋に時間を割けれる程の余裕を彼女たちは持ち合わせていない。
「なら、好きな人はいますか?」
「・・・リンドウに聞きなさいよ。ワルキューレで唯一の男性よ。」
「そう、それです!今でも信じられないですよ!」
ヴァールは今でも疑っているのだろう。確かにリンドウの容姿は女の子にしか見えない。
ヴァールがリンドウをじっと見る。リンドウは最近になって他者からどう見られているかを少しだけ意識する様になった。まじまじと観察されてリンドウが照れ視線を逸らした。
その様はやはり可愛いらしい女の子にしか見えない。リンドウは見られる事に慣れていないのだ。
「・・・随分と表情が豊かになったわね。」
エリカに揶揄われ、ヴァールに詰められリンドウは聞きに徹する事しか出来なかった。それから好きな人の話題が終わるまでリンドウにとって居心地の悪い時間が流れた。
やがて満足すると話題は別のものへと変わった。それはリンドウとヴァールがシオンたちと別れて移動していた際にしていたものだ。
「災害が無くなったら・・・、皆さんは何がしたいですか?」
「災害が無くなったら・・・ですか?」
カルミアは不思議そうに言った。先陣を切ったのは提案者であるヴァールだった。
「わたしは・・・、うん、ケーキ屋さんでも開いてみたいですね。どうですか、何か思いつきましたか?」
「災害が無ければ、・・・ね。」
エリカもヴァールの言葉を受けて考えている様だったが。
「やっぱり、・・・興味ないわ。」
エリカは軽く目を伏せた。それから口籠りながら否定の言葉を口にした。
「わたしはその、ワルキューレとして戦う事に精一杯で。だから、直ぐには思いつかないかな・・・。」
「そんなぁ・・・。」
カルミアも考え付かなかった様だ。災害とは当たり前にあるものだ。その存在を知った時からずっと在り続ける。誰も無くなった時の事など考えない。寧ろ考えられないと言った方が正しいだろうか。
普通はそういった反応をするものだ。最近まで災害と直接の関係が無かったリンドウには少しだけ分からない感覚である。
「でも、いいですね。・・・災害が無くなった世界。そうなったら嬉しいな。」
「ええ、そうですね!」
カルミアの返答にヴァールは嬉しそうに答えた。
ヴァールはちらりと目線を送り、次は誰に聞こうかと考えている様だ。ユリは既に睡魔に耐えきれなかったのか寝てしまっている。答えを聞いていないのはルビアだけとなった。次の標的をルビアに定めた。
「ルビア、さんはどうですか。災害が無くなったらしたい事はありますか?」
リンドウにもルビアがしたい事に見当がつかなかった。
「・・・ヒーロー。」
「意外ね、興味ないと思ってたわ。」
ルビアは少し考えた様子を見せると意外な返答をした。
ルビアの返答も質問の意図から若干外れたものだろう。平和になった世界にヒーローは必要ないだろうし、女性であるルビアは言うなればヒロインではないのだろうか。
随分と子供らしい願いにリンドウも驚いた。
「なーに、話してやがんだ。ほら飯だ飯。」
主任とシオンが戻って来た事で話は終わり、その後、主任たちが持ち帰って来た物でささやかな食事会が行われた。
こうして新しく出会った人と食卓を囲むのも良いものだとリンドウは思った。
◆ ◆ ◆
殆ど明かりのない道を二人は歩いていく。
「手を煩わせちまって悪いな。」
「大した手間では無いよ。それに上司が同じ空間にずっと長くいたら休まらないかもしれないからね。」
離れる理由には丁度いいとシオンは言った。主任とシオンは何か口に出来る物を探しに移動していた。
「そうか?随分と慕われているように見えたが。」
「他者からそう見えたのなら、それは嬉しい事だね。」
至って普通の会話を二人はしていた。しかし、こうして大人だけであの部屋を離れた事には他の目的があった。
部屋から離れ、声が聞こえる事はないだろうと判断したのか二人は本題を切り出した。
「・・・何故、提案にのったんだ。大したメリットもなかっただろうによ。」
エーテル汚染の調査はシオンたちに大したメリットは無かった。主任という此処の管理者である人物の手を借りられるというのは確かにメリットではあったが決め手としては不十分だ。
天威に報告して丸投げする事も出来た。シオンたちは危険を冒す必要の無い選択が出来た。
しかし、シオンはその選択をしなかった。
「貴方が助けを求めていたからだよ。・・・時間が残されていないんだろう。原因も、理由も分からないけれどね。」
シオンはデメリットを無視してまで手を貸したのは主任の状態を予測してのものだった。リンドウたちにはまた面倒事を押し付けてしまって悪いとは思いながらも彼らに手を貸す事を決めた。
これはシオンにとってのポリシーなのだ。この世界はきっと小さな善意の積み重ねで回っていると彼女は信じている。シオンが過去に恩を受けた様に、シオンも困っている誰かを助けると。
「騙されているとは考えなかったのか?」
「貴方は、詐欺師の特徴を知っているだろうか。」
「何だ突然。まっ、答えるなら嘘つきとかか。」
シオンは少し笑ってそう言った。とても軽い口調だった。主任もそれに応じた。
「彼らは多くの真実を話すんだ。」
「詐欺師なのにか?」
「ええ、だけどそれと同じくらい真実の多くを話さない。」
これはシオンなりの解釈だった。ただ、嘘をつくだけでは無い。紡いだ言葉は真実で構成され、目に見えない場所に嘘を添える。そして、本当に大事な真実を口にしない。
「そこは貴方と似ているね。」
「こいつは参ったな。」
主任に怒った様子は無い。寧ろ言われて当然だと考えているのだろう。彼は多くの事を口にしたが、話していない事もそれと同じくらい多くある。
「なら、どうしてそんな信じられない相手の提案にのったんだ?」
「だけど、詐欺師と貴方の間には大きな違いがあるんだ。」
シオンはいつもの口調で優しく続けた。
「詐欺師は本当の意味で誰かを信じたりしないよ。真実と嘘の狭間にいる彼らは他者を信じられないからね。でも、・・・貴方はずっとヴァールを気にかけていた。」
「そんな理由でか。・・・天威ってのはお人好し集団なのか?」
「ふふ、どうだろうね。」
彼がヴァールの名前を聞いた時から、意識はそちらへと向けられていた。主任はヴァールの為に何が出来るかをずっと考えている様だった。それは隊長として部隊を率いているシオンだからこそ感じ取れたものだった。
だから、シオンはこうして手伝っている。その考えは尊重されるべきものだから。
「一つ聞いてもいいだろうか。」
「あん?何だよ、今更遠慮する必要なんてねえぞ。聞きたい事を聞きな、答えるかは別だがな。」
「あなたは今、・・・生きているのだろうか?」
これまで不自然な点が幾つもあった。例えば、この研究施設そのもの。明らかに劣化が激しく何年も、それこそ何十年放置されている様だった。
加えて主任は今が何年かを聞いて来た。最初はヴァールの様に記憶に抜けがあるのかと流したがそれは可笑しいだろう。時間が経っていると確信しているからこそ出てくる言葉だ。
それにエーテルが枯渇しているとも予測していた。エーテルとは短時間で消費出来るものでは無い。彼には長い時間が既に経っていると分かっていたからその様な予測を立てられた筈だ。
「一番の決め手は、そんな軽装でいる事だね。それこそエーテルの影響を受けていないのかと疑う程にね。」
「なんだ、よく見てるし聞いてるじゃねえか。それとも喋り過ぎちまったか。」
方法は分からなくとも状況的に思い浮かんだ仮説だった。自分で言っていて今でもシオンは信じられなかったが、主任はそれを肯定した。
「花びらを見たんだろ。」
「?・・・道中で幾つか見つけたね。」
「あれは一種の保存媒体みたいなもんだ。正確には違うが、記憶を保存出来るとでも思えばいい。」
花びらを介して見たのは記憶だった。どの様な理屈かは分からない、謎の多い物体だった。やはり主任はあれについて良く知っているのだろう。
「アンタの言う通り今の俺は過去、此処で生きた者の残影さ。生きてすらいないな。辛うじて姿を形作っているだけだ。」
「・・・随分とあっさりしているね。」
「俺がやるべき事は自分の死を嘆く事じゃないからな。」
彼に残された時間が少ないのはそれに関係するのかも知れない。彼が此処を離れようとしないのもその為だろう。
「なら、ヴァールは。」
「あいつは・・・、まだ、生きてる。俺とは少しばかり状況が違うのさ。」
彼の瞳はずっと一つに向けられている。守るべき者のためにずっと。
「そうだ、花びらを持っているなら渡してくれると助かる。」
「・・・構わないよ。何に使うのか聞いてもいいだろうか?」
「ちょっとした奥の手みたいなもんだ。もし、・・・必要な時が来ればだがな。」
シオンは花びらを主任へと渡した。それを大事そうに受け止るとそう言えばと言葉を繋げた。
「こっちも一つだけ気になる事があるんだが。あのリンドウって嬢ちゃん、・・・何かあるのか?」
◆ ◆ ◆
食事をとり寝静まった頃、ガチャリと扉が開く音が小さく響いた。二つの足音が聞こえて、遅れて一つの足音が鳴る。
「ヴァール。」
「あ、リンドウ。ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」
「・・・。」
リンドウは首を横に振った。主任とヴァールが部屋の外へと出て行くのを見てリンドウはついて行ったのだった。
「俺は先に行ってるぜ。安心しな逃げやしないから、ゆっくり話しな。」
主任はそう言うと先へと歩いて行ってしまった。
「ちょっと主任と話したいことがあったんです。その、心配させちゃいましたか?」
「・・・大丈夫ならいい。」
「大人はいつも勝手に話しを決めて進めていくんですから。主任にはガツンと言ってやらないとって思ったんです。」
リンドウは自分の心配は杞憂であったかと考え直した。調子を取り戻したヴァールの様子にリンドウは一安心した。
「・・・何か手伝える事はある?」
「その気持ちだけで十分ですよ。それに、もう十分過ぎる程助けられました。」
彼女が何かに悩んでいる事はわかっていた。それを今から解決しに行くのかも知れない。リンドウも出来る事はないかとヴァールに伝えたが十分だと返された。
「今日は、本当に楽しい時間を有難うございました。何もお返しが出来ていないのが心苦しいですね。」
「・・・。」
リンドウはまた首を左右に振った。リンドウは大した事は出来ていないと思った。だから、お返しの必要も無いと。
「・・・リンドウは、もし大切な人が危ない目にあったらどうする?」
「・・・助ける。」
「それはどうして?」
リンドウが一番に思い起こしたのはシオンの事だった。使徒の眷属との戦いでリンドウが思った事。
「大切な人には長く生きていて欲しいから。」
リンドウが言えるのはそれだけだった。ヴァールは目を丸くしてリンドウを見つめた。それから静かに目を閉じて言った。
「・・・そう、ですね。きっと、そんな単純な理由だったんですね。」
「・・・?」
「いえ、こちらの話です。」
そうして、リンドウへと向けられた目線は何故だか見たく無い瞳だった。強い意志の籠った様な、憎らしい程に知っている気がする瞳だ。
「あ、そうだリンドウ。お返しになるかは分かりませんが先達からのアドバイスです。」
「・・・。」
先程感じていた雰囲気は薄れ、普段のヴァールに戻ったようだ。リンドウは静かにヴァールの言葉を聞いた。
「どんな選択をしても後悔する時は必ずやって来ます。後悔しない選択をするというのは難しい事です。」
「・・・なら、どうしたら。」
「だから、気にしないで下さい。わたしたちが気にすべきなのは選択では無く、その先にある未来ですから。」
それが彼女の辿り着いた結論だったのだろう。
「どんな未来にしたいか、それを目指して行動しましょう。・・・ただ、わたしにはそれが出来ていなかったので、こう在りたいという理想に過ぎないですが。」
「・・・覚えておく。」
「わー!今の言葉はやっぱり忘れてください!」
ヴァールは気恥ずかしくなったのか慌てながらリンドウにそう言った。
「・・・貴方たちが災害を乗り越えた先にあるものを掴める事を祈っています。」
そう言うとヴァールは主任が歩いて行った方向へと向かった。
そして、足音が遠ざかっていき。小さく、小さく、やがて聞こえなくなった。




