第四話 ある日の一幕
各キャラとのショートストーリーです。
【ver.カルミア】
とある休日、リンドウはあてもなく支部を歩いていた。部屋に一人でいて何もせずにいるのが嫌で、自然とその身体を外へと運んでいた。
目的がある訳でもなく、やりたい事がある訳でもないので対外的に見れば散歩と言うのが適切だろうか。暖かな日差しの中で風の赴くままに足を進めている。
「リンドウくん!」
「・・・・・・?」
(カルミア・・・。)
そうして歩いてどれだけの時間が経ったのだろうか。名前を呼ばれ、声のする方向へとリンドウは顔を向ける。そこにはつい最近同じ部隊の一員となったばかりのカルミアがいた。リンドウへと手を軽く振りながら笑みを浮かべている。
支部で出会った時とは違い、今は私服に身を包んでいた。
「おはよう、リンドウくん。何か用事かな?」
「・・・おはよう。・・・ただ、歩いていた。」
容易く距離を縮めてくるカルミアとの距離感にリンドウは気圧されながらもそう返した。
「そっか、ならちょっとだけ時間を貰っても大丈夫かな・・・?」
「・・・大丈夫。」
遠慮がちに告げられた提案にリンドウは頷いた。誰かと一緒に何かをする事はリンドウにとって苦手な事ではあるが、わざわざ断る程の事ではなかった。
リンドウが頷いたのを見てカルミアは笑顔を綻ばせる。
「よかった、それならあそこのベンチに行こう。」
「・・・分かった。」
一度辺りを見回した後、近くのベンチを指差すとカルミアはリンドウを連れて行った。
青空と輝く太陽、ゆっくりと進む真っ白な雲が目に映る。まるで時間が止まったかのように驚くほど穏やかな時間が流れている。
二人はベンチへと腰を下ろした。カルミアは鞄の中から何かを取り出してリンドウへと手渡しをした。
「はい、これ。」
「・・・チョコレート?」
「うん、小腹が空いた時に食べれるようにいつも何か持ち歩いてるんだ。」
そうして手渡されたのは何の変哲もないチョコレートであった。包み紙を開くと甘い匂いが漂って来た。
「散歩していたみたいだし丁度いいかなって、どうかな?」
「・・・ありがとう。」
「ううん、気にしないで!」
そう言われてリンドウは朝ご飯すら食べずに出歩いていた事を思い出した。
リンドウはカルミアに礼を言った後に若干の戸惑いと一緒にチョコレートを食べた。パキッと小気味いい音と共に割れ、口の中で濃厚な甘さが広がる。
身構えていた身体から力が抜ける。想像していたよりチョコレートは甘いものだった。
「どう、・・・美味しい?」
「おいしい。」
リンドウは素直に頷いた。普段甘味を口にする事も無かったからか、より美味しく感じているのかもしれない。
カルミアは黙々とチョコレートを頬張るリンドウの姿を見て小動物みたいだと失礼ながら思った。カルミアの顔には思わず笑みが漏れ出ている。リンドウはそんな目線を向けられている事に気がつかないほどチョコレートに夢中だ。
「ふふっ、・・・口に合ってよかった。普段はそのまま自分で食べたり、今みたいに誰かにあげたりしてるんだ。」
「・・・。」
何故かリンドウの頭にユリの顔が一瞬横切った。彼女なら喜んで受け取っていそうだ。
ユリが今の状況を知ればどうして呼んでくれなかったのと悔しがっている事だろう。彼女はこの場にいないし、知る術もないので実際にどう動くかは分からない事ではあるが。
「あっ、あんまり邪魔したら悪いから、そろそろいくね。また明日。」
「・・・うん。」
リンドウがチョコレートを食べ終えたのを見た後、カルミアは席を発った。リンドウはベンチに座ったまま彼女を見送った。
気づけばリンドウは自身がどうして外を歩いていたのか気にならなくなっていた。
◇ ◇ ◇
カルミアにとってこの出会いはまったくの偶然であった。買い物に出掛けたその道中でリンドウに出会った。
新しく入隊したリンドウという人物は物静かな人だった。でも声をかけると必ず返事を返してくれるし会話を拒否する事は無かった。それを知ったからだろうか、話しかけ辛いという印象は一切なかった。尤も、その容姿に気圧される事が多々あるけれど。
(チョコレート、気に入ってくれたみたいで良かったな・・・。)
偶々見つけたリンドウを見てカルミアは思わず声をかけていた。
彼を見つけた時、リンドウの表情には一切出ていなかったが、何故だか寂しそうに見えたから。いや、厳密にはどこか馴染みのある雰囲気だったからだろうか。カルミアはそれを上手く言語化出来なかったが、声をかけたのは身も蓋もない言い方をすれば何となくである。
お腹が空いてないかなと、そんな考えがふと浮かび自然とリンドウの名前を呼んでいた。彼からしたら迷惑かもしれないが、おせっかいを焼きたくなってしまった。
チョコレートを口に運ぶ際に若干だけ身構えていたように見えたので、もしかしたらチョコレートは苦手だったかもしれないと心配になったけれどあの様子を見るに問題無さそうである。
(それに、こういった時はなんて言うんだろう。・・・役得、かな?)
表情の変化は同じ部隊に所属しているルビアさんと同じように小さなものだけれどまるっきり分からない訳では無かった。
チョコレートを食べた後にリンドウの目が輝いているように見えた。その様子が何処か、容姿も違っているというのにユリちゃんみたいに見えて笑みが漏れた。
容姿も相まって一つ一つの動作が可愛らしい。
(今度はユリちゃんと三人でお出かけしたいな。)
余談ではあるがこの日を境にチョコレートを買うリンドウの姿が度々見られる事となる。
◆ ◆ ◆
【ver.ユリ】
ルースト支部内を移動していたリンドウはとある声に呼び止められた。
「リンドウ!こっちこっち!!」
少し離れた場所から幼い少女のリンドウを呼ぶ声が聞こえる。視線を向けるとユリがそこにいた。支部敷地内にある中庭、木陰になっている場所でユリがリンドウを手招きしている。
(・・・ユリだ。)
シオンは預かり子のようなものと言っていたが、驚くべき事にユリはワルキューレとして登録されていた。ワルキューレの中では最年少なのではないだろうか。リンドウの考えている以上に特殊な立場にありそうだった。
リンドウはユリの方へと足を進める。何故かリンドウに対して姉を自称しているが、その事以外は普通の女の子だ。ワルキューレを普通に分類するべきかは傍に置いておくとする。
側にやって来たリンドウにユリは得意気に言う。
「ここはね、お昼寝するにはもってこいの場所なんだよ!」
「・・・そうなんだ。」
「むー、信じてないでしょ!こっちこっち、座って!」
リンドウの返答を不満に感じたのか、ユリは更に近くに来るように呼びかけた。ユリが座り込んだ直ぐ横にリンドウも腰を下ろした。
直接の日差しは木によって遮られている。暖かな空気の中を時折り駆け抜ける涼し気な風は確かに眠りへと誘うように心地のよいものだろう。
(・・・確かに良い場所だ。)
此処がワルキューレを育成する場所だと誰が思うだろうか。殺伐という言葉が似合わない場所だ。リンドウは改めてこの少女は此処に似つかわしくないと感じた。
「ほら、リンドウ。」
「・・・・・・・・・?」
ユリは自身の膝をポンポンと叩いてアピールする。
何を求めているのか数瞬して理解した。リンドウはその意図を理解した上でユリの横に腰を下ろしたまま動かない。
リンドウは他人の視線を気にしないが、流石にユリのような幼い少女に膝枕をさせるのは憚られた。
「むぅ・・・。」
尤も、その選択にユリは不満気であるようだ。それでも強引にリンドウを引き寄せたりしないのを見るに、姉としての矜持があるのかもしれない。
そして、ユリがいるにしては落ち着いた時間が二人の間に流れる。
(・・・本当に眠ってしまいそう。)
目を瞑れば風に揺られる木の葉の擦れる音だけが耳に残る。
リンドウを捕まえては色々な話しをするユリが一言も発さない。普段からあれだけ元気な姿を見ているリンドウとしては、こうして静かにしているユリを珍しく感じた。
リンドウはふと気になってちらりとユリへと視線を送った。
(・・・少し休もう。)
自称、姉の姿を見てリンドウも目を瞑った。小さな寝息は二つに増えた。
◇ ◇ ◇
あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。
リンドウは直ぐに違和感に気づく。木にもたれ掛かっていたというのに頭は柔らかな何かに守られている。
(・・・・・・・・・眠っていた?)
記憶の最後とで体勢が違っている。座って眠っていた筈が気づけば横になっていたようである。寝起きのはっきりしない頭のままで身体を起こそうとするが、優しく押さえられた。
リンドウが目を覚ました事に気がついたのか頭上から幼いながらも優し気な声が聞こえて来る。
「リン、もっと寝ていてもいいんだよ?」
お姉ちゃんが守ってあげるから。そう優しく告げられる。優しい手つきで髪を撫でられている。
声は頭上から聞こえる。目を開けてリンドウは漸く現状を認識した。
この姉は小さな願いを叶えたようである。
◆ ◆ ◆
【ver.エリカ】
周囲では武器同士の交わる音がしている。それは命の遣り取りとは程遠く訓練に他ならない。リンドウは訓練場へと足を運んでいた。
現状のリンドウの戦闘技術はお世辞にも高いとは言えない。戦闘のセンスに関して褒められる事はあっても、どうしても実戦経験が少ないリンドウには足りないものが多くあった。
他の訓練をしていたワルキューレたちがちらちらとリンドウを見ていたがリンドウは気づかない。
(・・・迷惑はかけられない。)
天威の用意している設備の中には、仮想の空間で行える訓練システムというものが用意されているらしいが予約制であるらしく生憎と今は使えなかった。
一人で訓練場にやって来たリンドウは黙々と訓練を続けていた。自身の不運が部隊に負担を強いてしまっている事に申し訳なさを感じていたから。少しでもその負担を減らせるようにと行動に移しているのだ。
「休日にも訓練なんて・・・随分熱心ね。」
「・・・エリカ。」
リンドウはかけられた声に反応してそちらへと視線を送った。
そこにはリンドウと同じように訓練にやって来たのだろうエリカの姿があった。意外にも彼女の方からリンドウへと声を掛けて来ていた。
同じ部隊で多少なりとも行動を共にしていたとはいえリンドウはエリカの事を理解しているとは言い難かった。だが、普段の態度を見るに、わざわざ声をかけるような事はしなさそうだ。
(・・・何か用事でもあるのだろうか。)
だからだろうか、率直に何か要件でもあるのかとリンドウは考えた。リンドウはじっとエリカを見つめる。
しかし、思っていた反応が返ってくる事はなく、エリカは何も言わずににじっと見つめてくるリンドウに戸惑いを見せた。なんだか居心地が悪そうだ。
「・・・・・・。」
「・・・なによ。」
(・・・用事があった訳ではない?)
リンドウからの意外そうな視線を受けて、エリカは何を考えていたのかを凡そ察したのか呆れたような表情をした。だが、エリカも普段の自身の態度を理解しているのでため息一つに留めた。
エリカは少しだけ目線を逸らし、その視線は彼女が握っている武器へと最終的に辿り着いた。そして自ら口を開く。
「ふん、お友達ごっこは願い下げよ。」
「・・・。」
「・・・けど、同じ部隊として行動する上で必要な事なら手を抜いたりしないわ。」
構えなさいと、自身の双銃をリンドウへと向けながら簡潔にエリカは答えた。エリカは模擬戦の誘いを選択した。リンドウはエリカの不自然さに気がつかなかった。
(・・・良い機会かもしれない。)
人付き合いを遠ざけているエリカだが彼女が訓練の際に手を抜いた姿を一度も見たことがないのは確かだった。加えて、事実として彼女もまた休日に訓練場にやって来た熱心なワルキューレでもある。
その意欲が何処から来るものなのかは分からないが、少なくともワルキューレとしては優等生である。
力が足りずにシオンや部隊に迷惑をかけるのは本意ではないので、リンドウはその提案にメリットを感じた。
「連携が取れなくて死にましたなんて笑い話もいい所よ。・・・あたしはそんなのゴメンだわ。」
「・・・分かった、やろう。」
「そ、なら明日に響かない程度には手加減してあげる。」
それを受けてリンドウも剣を構えた。エーテルが迸るとそれが合図となって二人の訓練が始まった。
◇ ◇ ◇
「あんた・・・。」
「・・・?」
訓練がひと段落した頃、訓練場の隅に二人はいた。エリカは一瞬口を詰まらせた後、言葉を続けた。
「本当に女性でもないのにエーテルを操れるのね。」
「・・・うん。」
リンドウがエーテルを扱っている姿をこれまでにエリカも数度目にしていたが、こうして間近で見ても半信半疑といったところなのだろう。
シオンは男性のワルキューレがいる事を伝えたが、分母から見れば殆どいないも同然なのだ。男性でありながらもエーテルを扱えるというのは異常に違いなかった。
ただ、エリカの言葉からは男の癖にといった皮肉が込められているような意味もなく、疑問に感じているみたいだ。
「貴方の、・・・両親は誰かしら?」
「・・・知らない、見た事がない。」
「・・・悪かったわ、今の発言は忘れて。」
「・・・?」
リンドウは両親が誰であるかは知らないと答えた。リンドウにとってこの名前だけが唯一の贈り物である。リンドウの記憶は孤児院での生活から始まっている。最初から両親というものをリンドウは知らなかった。
少なくともリンドウはその事を悲しいと思ったことは無い。
リンドウには何故エリカが謝罪の言葉を口にしたのかが分からなかった。
二人の間に沈黙が訪れる。リンドウはエリカを見た。
「・・・大丈夫?」
「・・・は?あたしに・・・言っているの、それ?」
リンドウは思わずエリカに心配の声を投げかけていた。彼女の様子は端的に言ってどこか変だった。
リンドウの言葉を聞いて我に返ると直ぐにいつもの調子へと戻っていった。
「・・・いいわ、思ってたより防ぐのは上手いみたいね。せいぜい死なないように足掻く事ね。」
エリカは無理矢理話しを切り上げると早足で訓練場を後にした。リンドウは再び剣を取って訓練を再開した。
(・・・変わった人だ。)
ただ、リンドウはぼんやりとそんな事を思っていた。
◆ ◆ ◆
【ver.ルビア】
リンドウがルースト支部へとやって来て間もない頃のこと。
寮の自室にてリンドウは一人で休んでいた。時計の針を刻む音だけが部屋に響いている。静かな空間にトントンと小さなノック音が聞こえた。
リンドウの部屋にやって来る可能性があるのはシオンくらいしかいないと思っていた。
(・・・誰だろう。)
リンドウが扉を開けるとそこにはルビアが立っていた。
「ひさしぶり・・・。」
「・・・うん。」
リンドウは小さく頷いた。ルビアを室内へと招き入れる。備え付きの家具以外に大した物も置いていない簡素な内装だ。
ルビアを適当な椅子へと座らせた。リンドウは彼女へと視線を向ける。
(・・・ルビアは、変わってない。あの時となにも。)
ルビアと別れたのは今から数年も前の事である。あの家がなくなった事で皆が離れ離れとなった。あの時を最後にリンドウは他の孤児たちに会ったことはなかった。こうして天威で彼女と対面するまで誰が生きているのかさえ知らなかった。
ルビアの姿を間近で見て漸く彼女が生きている事を認識した。
物音一つしない時間。リンドウは一瞬どう接すればいいのか分からななかった。リンドウの内にある何かがどうしても言葉にする事を躊躇わせた。
それをみかねたのかルビアが先に口を開いた。
「・・・孤児院の事は。」
「・・・ごめん。・・・殆ど、覚えてない。」
「・・・。」
リンドウは言い淀みながらもルビアに答えた。リンドウの記憶に残っているのは燃え盛る孤児院。そこに一人立ちすくむだけの自分だ。
あの日、炎に包まれた孤児院で何があったのかをリンドウは知らない。あの瞬間がリンドウに多大な負荷をかけたのか、孤児院で生活した記憶も穴あきである。
再会が喜ばしい事である筈なのにリンドウの胸の内に渦巻く感情は言い表せない程に複雑だ。この瞬間を待ち侘びていた筈であるのに。
「・・・・・・・・・。」
(・・・・・・悩んでいる?)
表情の変化は乏しいながらもルビアが悩んでいる様にリンドウは感じた。加えて彼女が悩んでいるという事に珍しさをおぼえた。そういった感情を表に出している所を見た事が無かったから。少なくとも記憶の中にその様な姿は無い。
ルビアは静かにリンドウを見ていた。今度はリンドウがぽつりと言葉を漏らす。
「・・・無事で、よかった。」
「あの日・・・、孤児院を離れていた。」
その言葉を聞いてリンドウはほっとした様子を見せた。つまりルビアは幸運にも孤児院にはおらず火災に巻き込まれなかったということ。
(・・・ルビアは天威に保護されていた。)
今の彼女を見るに、リンドウがシオンに保護された様にルビアも別のワルキューレに助けられていたという事だろうか。
そうであるならあの日に起きた事にも一つの仮説が立てられる。近くにワルキューレが来ていたとあれば災害が関わっていたのかも知れない。
(・・・何があったのか探す手掛かりになる。)
今までリンドウはあの日に何が起きたのか調べようとしていなかった。そもそもだ、今になって初めてその事を考え始めたと言える程だ。リンドウは少なくない違和感を覚えた。しこりがつっかえて取れないような、何かを見落としてしまっている感覚だ。
しかし、現状では何が孤児院で起きたのかを知る人はいないと言う事だ。
「他のみんなは・・・。」
「・・・天威に、彼らは来ていない。」
リンドウは続けて他の孤児院の子どもはどうなったのかを聞いた。ルビアがそうであるなら他の子供も助かっている可能性はあるが、限りなく生存している可能性は低いとリンドウも薄々理解していた。
ルビアは曖昧に答えを濁した。あの日孤児院にいたリンドウが彼らの行方を知らないように、孤児院にいなかったルビアが知らないというのは理屈の通るものでる。
真相を知る為には情報を集める必要があった。
(・・・あの日、何があったのか知らないと。)
リンドウがそう決意を固めているとルビアがリンドウの直ぐ側へと近寄って来ていた。リンドウがどうしたのかと思案するより前にルビアは優しくリンドウを抱きしめた。
突然の事ではあったが、リンドウは動じていない。というのも、こういった事が昔にもあったと思い出したからだ。
「・・・。」
「・・・大丈夫、だよ。家族は・・・、支え合わないと。」
ルビアはリンドウの頭を優しく撫でた。リンドウは少しだけ心が和らいだ気がした。
ルビアの口数は決して多くはない。けれど、ルビアの口にする言葉はいつだって家族を心配するものであった。
暫くの間、二人の間に静かな時間が流れた。
◆ ◆ ◆
【ver.シオン】
「よく来たねリンドウ。さあ、中に入って。」
「・・・分かった。」
「好きなようにくつろいでほしい。遠慮する必要はないよ。」
温かく落ち着いた内装の部屋。リンドウはシオンの部屋に呼ばれて来ていた。シオンに促されるままにソファに座らされた。
シオンはリンドウの前にココアの注がれたカップを置くとそのまますぐ真横へと座った。
「他の支部の生活で何か思ったことはあるだろうか。」
「・・・・・・。」
シオンは、離れて生活していた頃の話を聞きたいようだ。
シオンに勧められて天威に入隊し、数ヶ月の間は寮生活へと変わった事でシオンとは異なる場所で生活していた。元々、ワルキューレとしての仕事があったシオンと過ごす時間は多くはなかったが、それが格段に減ったのは確かだ。
リンドウは振り返って言葉を探す。言葉にするのに少しだけ悩んだ後、答えた。
「・・・皆んな、必死だった。」
「そうかもしれないね。生きる事は、とても難しいことだよ。」
それがリンドウと他のワルキューレたちとの大きな違いだった。
ワルキューレたちが真剣な眼差しで訓練に身を打ち込んでいた姿を思い返す。彼女たちは皆必死に災害に抗おうと努力していた。その原動力が復讐であったとしても、そこから伝わる強い想いをリンドウは感じ取っていた。
リンドウには無い熱意を彼女たちは持っていた。
「リンドウ、貴方はそれをどう感じた?」
「・・・・・・・・・。」
今度は先程よりも、もう少しだけ長い時間悩んだ。他の支部での生活を思い出していく。多くの人が必死で訓練に取り組んで、必死に戦っていた。
その根源にあったのは怒りだろうか、悲しみだろうか。
どんな理由であれ彼女たちはみんな前に向かって歩いている。歩き出そうとすらしない自分と比べたら彼女たちの姿は眩しいものだった。
「・・・・・・みんな、心が強い。」
リンドウの目にはしっかりと彼女たちの姿が映っていた。
◇ ◇ ◇
リンドウが問いに悩んで答える姿をシオンは静かに見ていた。悩むという行為そのものが一つの成長だった。それは他者に関心を持たなければしない行為だから。
荒療治ではあったけれどシオンはこの選択をしたのは間違いではなかった思った。
(リンドウは、・・・少しずつ進めている。それを、この子が実感出来ていなくても。)
天威に入隊させた事で、そこでの生活がリンドウに影響を与えている事は確かだった。
シオンは優しくリンドウを抱きしめる。少女の様に可愛らしい少年はされるがままだ。普段からこの調子なのかと若干不安になるが、今はこの喜びを噛み締めよう。
シオンは少しだけ笑みを浮かべながら優しく答える。
「リンドウ、それは心の強さが全てではないよ。」
「・・・・・・・・・。」
「必ずしも心が強くある必要はないんだ。」
失うことを恐れているリンドウには、失ってなお前を向いて歩き出せる理由が分からなかった。そこに差があるのだとしたら心の強さだとリンドウは考えた。
それは間違いではないだろう。しかし、シオンはそれだけではないのだと言葉にした。
(今のリンドウが前に一歩ずつ歩けているように。)
みんな必死に隠している、見えないふりをして目を隠しているだけの者もいる。ただ、その中には確かに乗り越えた者もいるだろう。
それでも大多数は割り切れなかった者たちだ。必死になって戦えているのは諦めきれないからだ。
心の弱さが歩みを遅らせる事はあっても、その歩みを完全に止める事はない。
「リンドウ、貴方はどうしたい?」
「・・・。」
どうしたい、自分はどうしたいのだろうか。どうしたいのかなんて考えた事もなかった。リンドウ自身の時間はもしかしたらあの時から動いていないのかもしれなかった。
再度、自分に問いかける。そうして口から出た言葉は単純なものだった。
「この時間を・・・失いたくない。」
リンドウの口から絞り出た言葉。紛れもなく本心だろう。温かな場所、人を手放したくないと思ってしまった。それが自分には相応しくないもののような気がして口に出してからリンドウは酷く胸の内にもやもやを感じた。
こうして優しく支えてくれているシオンがいなければ、今すぐにでもこの場所から飛び出してしまいそうであった。
「・・・貴方が一人で歩き出せるようになるまで、私が守っているから、慌てる必要はないよ。」
シオンはリンドウがまた一歩足を前に踏み出したと感じた。いつかの貴方が、過去の自分を見た時に後悔しないように。
「そうだ、不運についてはこちらでも調べているから心配はいらないよ。」
とはいえ気掛かりな事があった。リンドウの不運と呼ばれた体質だ。長年ワルキューレとして活動してきたシオンにとっても初耳だった。男性のワルキューレがその様な体質であったとは聞かないし別の理由がありそうだ。
(そういえばリンドウと初めて会った日、あの時もリンドウは災害に囲まれていたね。)
災害の行動として人を襲うというのは何も不思議ではない。
だが、あの時災害が何らかの理由があってリンドウを狙っていたのだとしたら。そこまで考えてシオンは考えを打ち切った。
(何があっとしても、この子は守る事に変わりはないから。)
今はこの時間を大切にするべきだろう。カップに注がれたココアがなくなるまで二人の時間は続いた。
◆ ◆ ◆
【ver.???】
とある人物のバイタルが画面に映し出されている。それらは正常値を示しており至って健康的だと言えるだろう。
精神的な所見に対しても目立った部分は見られない。
一通り確認し終えたのかゆったりとした手つきで画面を閉じた。
小さな手でチェスの駒を動かす。まだチェックメイトにも、ましてやチェックにも届いてはいない。
盤面は序盤だ。どちらが勝利を勝ち取るのか
は分からない。
「神はサイコロを振らないと言うけれど。」
計算し尽くされた家具や調度品の並び。見る者に地位の高さを一目で理解させられる一室。その部屋に一見不釣り合いに見える少女が言葉を紡ぐ。
「運命の女神が誰に微笑むのかは観測されるまで分からない。」
声は幼いが不思議と重みを感じる。よくよく彼女を見れば普通では無い事に気づくだろう。彼女の纏う雰囲気が訴えかけるのだ。
そこへノックの音と共に一人の女性が入室した。
「失礼いたします。」
「いつも言っているけれどノックは必要ないよ。」
「いいえ、それでは示しがつきませんので。」
顔をヴェールで隠した女性。少女とは対称的に身長は高くこれでは大人と子供だ。しかし、奇妙なことに立場上はこの少女が上司のようである。
少女へと近づくと紙媒体の資料を手渡した。そこには分析結果が事細かに記入されている。
「データを元に凡その位置は絞り込めましたが未だに発見には至っていません。・・・それだけの価値がこの場所にはあるのですか。」
「勿論だよ、これは所謂起爆スイッチさ。」
「良いもののようには聞こえませんが。」
少女は何でもないかのように言った。起爆スイッチと聞けば確かに良い印象は受けないだろう。
ただ、この少女からすれば注目すべき場所は爆弾がある事ではないと言うだろう。何を起爆し、その結果として何が起こるのかが重要なのだ。
「いつ爆破するかも分からない状態で放置するより、手元で管理していた方が断然いいだろう?」
「そう思われたのでしたらそうなのでしょう。」
「なんだい、随分と投げやりじゃないか。まあ、構わないけれど。」
話す気がないのか、少女は詳しく語らなかった。もしかすれば、聞けば何でもないと言わんばかりに答えてくれるのかもしれないが結果として女性は追求はしなかった。
「運命が必然だとしても、やりようは・・・幾らでもある筈さ。」
駒がまた一つ進んだ。