第十五話 徒花の咲く頃に11
再会は想像していたよりも明るいものだった。道中ずっと心配していたユリは一番にリンドウの元へと駆け寄っていた。リンドウはユリの体当たりを受けながら無事に合流出来た事にほっと一息吐いた。
ヴァールも驚きの声を上げた後、主任の元へと近づいた。
「主任!生きて、いたんですね・・・。」
「あん?見ての通りだ、まだやる事があるんでな跳び起きたって訳だ。」
ヴァールは喜びと困惑が入り混じった声を上げていた。主任の反応は至って平静だ。
リンドウは主任と呼ばれた人物へと視線を向けた。花びらの記憶で見た容姿と何ら変わっていない。最後の記憶ではラプラスと別れた後に、あの場所から離れていくものであったが無事に逃げ出せたという事なのだろうか。
(・・・逃げられたとして、どうしてまだ此処に留まっているんだろう。)
リンドウは少しの違和感を覚えた。連盟という組織に助けを求めるのが想像出来る流れというものだろう。しかし、主任もヴァールも此処にいる。
「その、・・・他のみんなは。」
「・・・。」
「・・・いえ、今のは忘れて下さい。」
主任とヴァールのやりとりに辺りの空気が少しだけどんよりとした。リンドウも主任が何も口に出さなかった事で事情を理解した。シオンたちに視線を向けると居た堪れない表情をしていた。この事について知っていたのだろう。
そんな中で最初に口を開いたのは主任であった。彼は悲しさを感じさせない口調で話題を強引に変えた。
「あー、こっからの事だが一つ提案がある。あんたら調査のついでに救助をしてるって認識であってるか?」
「間違いではないね。」
「調査の最中に救助の必要が出て来たって感じよね。」
彼らを安全な場所に避難させれば救助任務も終わりだろうか。そこから本格的に調査が始まるのかは分からないが。
「此処のエーテル異常を解決する方法があるぜ。」
「・・・方法を聞いても?」
「ラプラスだ。アイツを正気に戻せれば解決するだろうさ。」
主任は唐突にそんな話を切り出した。そして話の内容も直ぐに理解の及ぶものでは無かった。シオンたちは多くの疑問を抱いた。
「聞きたい事が幾つもあるけれど・・・、何処にそんな場所が。」
シオンたちは既に地下二階にいる。これまでラプラスの姿は影も形も無かった。記憶で見た場所と合致する箇所は見当たらない。
主任はシオンからの問いを受けて足元を指差した。
「この下さ。」
「・・・まだ地下が続いているんですか。」
道中で見かけたマップには今いる地下二階までしか表記されていなかった。この場所よりも更に地下にラプラスがいるとの事だ。
「主任!正気じゃないってどういう事ですか!」
「あー、まあ可能性の一つとしてあるってだけだ。」
「はぐらかさないで下さい!それに、これ以上彼女たちを危険な目に合わせるつもりですか!」
主任はヴァールの言葉を受けてもたじろぐ様子は見られない。ただ、どう宥めたものかと考えているようだった。
「危険って、そのラプラスさんがいる場所には何かあるんですか?」
カルミアが疑問を投げかけたことで主任はこれ幸いにと話し始めた。ヴァールは主任が逃げた事に鋭く睨みつけている。
「あくまで予測だが、今起きているエーテル漏出は自然発生によるものじゃない。ラプラスが関わっている可能性が高いんだ。」
「それはどういう。」
「説明してやりたいが、詳しい事は実際に見てみなきゃ分からんな。」
確証が持てなかったからこそ予測と前置きしたのだろう。
「そもそも、どうしてまだ稼働してるって分かるのよ。研究施設がこの有様でまだ壊されていない何て楽観的過ぎるんじゃないかしら。」
「此処ら一帯の災害が少ないのを疑問に思わなかったか?」
「そんなのアンタたちが倒していたからじゃないの。」
リンドウもその事については不思議に思っていた。明らかに災害の数が少ないのだ。カルミアの言うように発生した災害は既に彼らによって倒されたと考えていたがどうやら違うらしい。
「確かに災害を数え切れない程倒してはいたが、ここまでエーテルが乱れていれば災害がもっと湧いてるもんだ。」
「別の理由があるという事だね。災害は誕生しているけれど見える範囲にはいない。・・・つまり、どこか別の場所に、・・・引き寄せられている?」
「ああ、今此処で可能性があるのはアイツくらいなんだ。」
主任の頭の中にはシオンたちに無い情報がある。それが、余計な考えを排除し、消去法で選択肢を潰していけるのだろう。彼の中で今この場の特殊な環境を形成している凡その原因に検討がついているようだ。
「これは今もアイツが生きているからだろう。嬢ちゃん、これで答えになったか。」
その後、続けて「生きているなら、とっくにエーテルが枯渇している筈なんだが。」と主任は呟くように言った。研究には多くのエネルギーが必要とも言っていたし、エネルギーの確保という面で主任は疑問に思っているようだった。
「まだ稼働しているのは分かったわ。でも、焦って今調査する必要はないわよ。本部のワルキューレを連れて来ればもっと安全に活動出来るわ。」
「今なら此処の主任である俺のサポート付きだ。比較的安全に調査出来るぜ?」
焦っている、とは違うのだろう。ただ、主任の今の言葉は明らかに強引であった。こうして調査を進めたとして彼にとってのメリットが見えてこない。
罠に嵌めるつもりなのであれば杜撰であるし口封じにシオンたちを始末したとして大した意味は無い。
(・・・急ぐ理由がある?それとも大勢の人が来たらダメな事でもあるのだろうか。)
「どうだ?もう少しだけ助けちゃくれないか。」
エリカが本当にこの提案にのるのかとシオンへと視線を送った。明らかに怪しいものだ。ただ、何故だかリンドウは悪意を感じ取れなかった。
「・・・分かった。だけど、危険だと判断したら即座に撤退するよ。」
「ああ、助かる。ま、誰かが死ぬようなことにはならんさ。」
シオンは主任の提案を引き受けた。リンドウもシオンの選択に不満は無かった。
偶然にもヴァールの過去を見たリンドウは、この場所が彼女にとっての大切な場所であるのだと理解している。リンドウにとってのシオンたちの様に、ヴァールにも救い上げてくれる人たちが此処にはいた。
そんな彼らが何か困っているのであれば力を貸したいと思った。何かを隠していたとしてもだ。だから、シオンが手を貸す事を決めたのであれば否は無かった。
「はあ、それで何か作戦はあるの?」
「勿論だ。実行に移せるかは状況次第だがな。先に進む前に一つだけ忠告だ。ラプラスを攻撃するなよ。面倒な事になる。」
「・・・?ラプラスを傷つけないようにすればいいんだね。」
「ああ、攻撃さえしなければ向こうも手を出させない筈だ。セーフティがあるって思ってくれたらいい。」
主任は真剣な眼差しでそう告げた。傷つけられなくは無いからといった単純な理由では無さそうだった。
「・・・先に聞いておきたいんだけど。部屋に入ったら障壁を張られて出られなくなる、何て事にならないでしょうね?」
使徒の眷属との邂逅が余程堪えたのかエリカはそんな事を主任に問いかけた。何故そんな質問をするのだと主任は疑問に思いながらも答える。
「出来るか出来ないかで言ったら壁を作るくらい出来るだろうが、・・・そうする可能性はかなり低いな。」
主任は考慮に値する程の事でも無いと判断したようだ。そもそも、生死を賭けたやりとりになるとは考えていなさそうである。
「ラプラスに手を出さなければ安全だ。ま、大船に乗った気持ちでいな。」
主任には絶対的な自身があるようだった。ただ、人はそれをフラグと呼ぶのだろう。リンドウは何だか嫌な予感がした。
◆ ◆ ◆
地下三階へと足を踏みいれた。辺りは一層壊れており災害が引き寄せられているという話は間違いでは無さそうであった。多くの破壊痕が目に映る。
ちらほらと壁を貫くようにできた穴が目に入る。この場所でも誰かが戦っていたのだろう。
(・・・もっと早くに来ていれば助けられたのかな。)
リンドウはそんな事を考えた。意味の無い問いだろう。過去は変えられない。そんな事を出来る存在がいるとすればそれこそ神と呼ばれるのだろう。
主任に案内されラプラスの元へと進んでいく。
「災害・・・、様子が何処か変だね。」
シオンは奇妙な動きをする複数の災害を見てそう言った。災害達はその動きを止める事なく、一心不乱に前へ前へと進んで行っている。その先に目的がいるかの様に。
(・・・これが引き寄せられているという事だろうか。)
段々と視界に入る災害の数が増えていく。全ての災害が特定の方向に向けて進んでいる。何とも奇妙な光景であった。
「ここからは倒して進むよ。油断しないように。」
「はい、シオン隊長。」
「いくよ!」
前ばかりを見ている災害を後ろから強襲する。
シオン、リンドウ、ユリが先陣を切り、ルビアとエリカが全体のサポートを担う。カルミアは主任とヴァールの傍で警戒しながら弓を引いている。
災害が無防備な背中を晒している事もあり、楽に戦う事が出来ている。リンドウは少しでも有利な状況下で災害の数を減らせるようにと全力で事にあたる。
やがて、漸く異常に気づいてこちらへと向かって来る災害がちらほらと現れ始めた。
「楽勝過ぎ!大した事ないじゃ無い!」
「これなら思っていたより楽に辿り着けそうだね。」
禁域での戦闘の様に絶え間なく災害が襲って来るのとは違って今はまばらだ。比較すれば確かに今の状況は雲泥の差だろう。ただ、それでも侮れないのが災害だ。軽口を言いながらもエリカは決して災害から視線を外してはおらず、シオンも同様だ。
「でも、数が多いね。・・・これだけの災害が集まってるなんて。」
「もう!邪魔だよー!」
「・・・。」
道中の災害を相手にしながらも足早に駆け抜けて行く。やがて前方からも音が聞こえ始めた。それはリンドウたちとは別の戦闘の音だ。
「あそこだ。あの先にラプラスがいる筈だ!」
扉は開いており簡単に中へと入る事が出来た。
災害を倒しながらも部屋の中へと入る。中はかなり広くスペースが取られておりこの場所だけで数フロア分ありそうだ。内部の多くの場所は破損が目立っているが一部分だけ損傷の少ない場所があった。
「あれが、ラプラス。」
ラプラスは複数の災害を相手取っている。漆黒の棘が虚空から現れ災害を貫く。その一撃は容易く身体を貫通し、災害をものともしない。彼女の背後にある巨大な装置だけが破損せずにそのまま残っている。
花びらの記憶で見た姿と大きく雰囲気が異なっていた。銀髪をたなびかせ、その場から動く気配を見せない。瞳は閉じられており何を考えているのか、その表情はまるで読み取れない。
エーテルで構成されているのか、太いチューブに似たものが複数本背中から空へと伸び、その先は虚空に消えている。それらは淡い粒子を放っており何処か神秘的でもあった。
「でも、これだと近づけないですよ・・・。」
「どれだけいるのよ。」
相手にしなければならないのはラプラスだけではない。まずは目前に広がる災害をどうにかしなければ近づく事さえ出来ないのだ。
小型の災害、大型の災害、陸上型、飛行型と種類は様々だ。障害となる物が少なく辺りを見渡せる状況だからこそ、その数に圧倒される。
「お互いにカバー出来る範囲で、離れ過ぎないようにするんだよ。」
「来ます!」
災害との戦いが幕を開けた。
◆ ◆ ◆
一行はラプラスを視界に収めつつも災害を倒していく。纏まった数がいるとはいえ9割近くはラプラスへと引き寄せられている為、見た目程窮地ではない。
苦戦しながらも着実に災害の数を減らしていく。
「今ので何体目よ!」
「でも、終わりが見えてきました!」
エリカが災害を打ち抜き、また一匹災害が虚空へと霧散する。数の減った災害を見てカルミアがエリカに返答する様にそう告げた。確実に災害の数は減っていた。
(・・・何か、違和感が。)
リンドウはこの状況にどこか歪さを感じた。何かを見落としているような、喉に引っかかった小骨が取れない、そんな感覚だ。
次の瞬間、空間が歪み湾曲し、エーテルがスパークし光輝いた。その様はまるで空間に穴が開いたようだった。そこから湧き出るように災害が一匹、また一匹と誕生した。
「何よ、あれ。」
「災害を生み出している・・・?」
その数はどんどん増えていき、やがて辺りを埋め尽くす程にまでなった。今の戦いが無意味であったかのようである。
「さっきのをもう一回やるって訳?」
「でも、これが繰り返されるなら・・・。」
さしもの状況に頬がひきつる。幾ら倒してもまた災害が生み出されるなら何の意味も無い。これでは賽の河原である。
「ラプラスが災害を生み出している・・・?」
「・・・いや、そうか。そういう事か。」
これまでラプラスを注意深く見ていた主任がそう口にした。
生み出された災害はシオンたちの方へと向かって来る者もいればラプラスへと攻撃を加えようとする者もいる。尤も、その攻撃が届く前にラプラスの繰り出す伸縮自在の棘によって貫かれている。
「アイツが起点だ。・・・本来ならとっくにエネルギー切れになっている筈なんだ。どういう訳か、アイツ自身が使徒の核と似た現象を引き起こしている可能性が高い。」
「それは、ラプラスさんを止めないと災害が生まれ続けるという事ですか・・・?」
「ああ、そうだ。」
リンドウがヴァールと一緒に見た花びらの記憶ではこの場所は荒れてはいなかった。それは主任たちがこの場所から脱出しようとした時もだ。
つまり長い間戦っていた筈なのだ。これだけ荒れ果てるまで。その間にラプラス自体かなりの数の災害を倒していた筈だ。
ラプラスが災害を倒すスピードがあればリンドウたちがいなくともこの場の災害を殲滅していた筈だ。であるのに大量の災害が変わらず残っていた。リンドウが感じた違和感はそこだったのだろう。
彼女自身が空間の亀裂になってしまったせいでエーテルが止まる事無く湧き出し、今も災害が生まれ続けている。
しかし、このままではシオンたちはジリ貧だ。原因に凡その検討がついたとしても、これではどうする事も出来ない。
「それで、どうやって正気に戻すのよ!」
「まずは近づかんと話にならねえ。」
「・・・危険は増すけれど。なら、一点突破だね。」
頷くとシオンたちはラプラスとの距離を詰めていく。災害に囲まれる為に危険ではあるが、再び災害が生み出されてしまうのであれば取れる手は少ない。
ラプラスとの距離が近づくと、何故だか嫌な予感がした。
(・・・目が、合った?)
冷たい水が背中に流し込まれたかのように背筋が凍る。その瞬間、閉じられていたラプラスの瞳が開けられた。瞳はリンドウを射抜いた。白と黒が反転した目で。
「ぐっ。」
「リンドウ!」
災害にしか伸ばされていなかった棘がリンドウへと襲い掛かって来た。不意の攻撃であったがリンドウはそれを防いだ。しかし、その攻撃が全力であるとは思えなかった。例えるなら、そう小手調べだ。
「攻撃して来たじゃない!」
「なぜ・・・。」
主任は驚きながら言葉を漏らしていた。驚愕の眼差しをラプラスへと向けている。余程想定外の事だったのだろう。
ここでもリンドウは自身の不運が邪魔をしたのかと思った。
『対象解析中。仮定/人類。現段階における推定危険度/低。未来演算式/◼️◼️◼️。』
無機質な音声と共にラプラスは更に複数本の棘をリンドウへと伸ばしていく。その攻撃の鋭さは先程の比ではない。
一撃目を避け、二撃目を大剣で弾く。三撃目を大剣で受け止めるが体勢を崩された。まるで詰将棋をされているみたいだ。
そして大剣で死角となっている場所から抉るようにやってきた四撃目で大剣を手放された。
「・・・なっ。」
続く五撃目。不安定な体勢、どうあっても避けられない一撃だ。
「だめ!」
ヴァールがリンドウを押し倒すようにして攻撃の軌道からずらした。先程までリンドウがいた場所を棘が通り過ぎた。
その棘をエリカが撃ち抜いた事で支えを失い地へと落ちた。リンドウはヴァールに一言お礼を言うと立ち上がって直ぐに大剣を拾い上げた。
ただ、その瞬間ラプラスがエリカを認識したのかそちらへと視線を向けた。エリカも見られている事に気づいたのか表情を険しくしている。
「撤退だ!ラプラスと戦うな!」
ハッとしたように主任が声を荒げる。
「どうやって!」
(・・・勝てるビジョンが浮かばない。)
先程リンドウへと向けられた攻撃がカルミアにも向けられようとしている。一瞬の対峙であったがリンドウは、今まであった中で一番の力の差を感じた。ラプラスから目を離せない。一手のミスが致命傷に繋がると理解したからだ。
「今・・・隙を作る。これで、逃げるぞ!」
主任は少し躊躇した後、グレネードのような物をラプラスのいる方向へと投げた。それは空中で炸裂し、ブラックホールみたいに中心へと吸い寄せていく。
主任の合図に合わせてシオンたちは後方にある出入り口へと走った。警戒してラプラスから目を離さなかったが追撃はやって来なかった。
(攻撃が来ない・・・何を投げた?)
リンドウはそれに視線を向けた。近くにいた災害は身体の端から分解されていき、ラプラスの伸ばしていた棘も同様にバラバラに崩れ去っていった。
「武器は持っていないんじゃなかったの!」
「まともな武装は無いって言ったんだ。・・・それにあれは有限だ。」
新たに出現した災害を倒しながらシオンたちはラプラスのいた空間から逃げ出した。
◆ ◆ ◆
シオンたちが走り抜けた後、ラプラスは直ぐに復帰し変わらず湧き続ける災害を相手取る。そして無機質な声でこう呟いた。
『神器検出 第ニ神器/流転彩華』




