第十一話 徒花の咲く頃に⑦
シオンたちは地下二階へと足を進めた。下の階へと進むほどに施設の内部は荒れ果てて行き、汚染度も高まっている。元凶が存在するとしたらこの先である可能性が高いだろう。
「壁が降りてますね。」
「これは・・・、緊急時用の隔離壁ですね。あっ、此処からなら通れそう。」
如何にも頑丈そうな扉によって道が封鎖されている。ただ、内側から大きな衝撃を受けたのか、一部が変形してしまっている。ギリギリ人一人が通れそうなくらいの隙間だ。運が良かったとも言えるだろう。
警戒を強めながらも壁の隙間を通り抜ける。そうして潜り抜けた先の光景に足を止めた。
「・・・此処が主戦場だったみたいだね。」
「一体何が・・・。」
(・・・戦闘痕。それもただの戦闘じゃない。)
廊下が直接上に抉り取られている。一部は融解しているのか元の姿が見る影も無い。それこそ、レーザー兵器でも使ったみたいである。
目の前に広がる光景を見てリンドウが思い浮かべたのは災害の使徒にトドメを指した最上位ワルキューレのスターチスが放った一撃だ。これは災害によって生み出された痕跡には見えない。明らかに誰かが此処で戦っていたのだろう。
ただ、周りに人影は見当たらない。
「・・・一旦別れて探そうか。災害がいれば合流優先で、決して一人で戦わないように。」
「分かったわ。」
「はい、シオン隊長。」
此処に来るまでに戦闘音は聞こえてこなかった。これ程の破壊痕を生み出したとして、それ相応の音が響くだろう。もしくは揺れや振動が伝わって来る筈だ。
つまり此処で戦闘があったのはシオンたちがこの研究所へと入る前の事になる。
(戦闘は終わっている?なら、どうしてヴァールに合流しようとしない?)
何らかの異常を解決したのであれば、ヴァールや他の仲間と合流する為に上の階へと行く筈だ。
しかし、この道中でヴァールの仲間を、それ以前に人一人見ていない。であれば、戦闘後に何らかの事情でその場を離れられないのかも知れない。それは怪我か、まだ敵がいる為なのかは分からないが。事態は思っている以上に切迫しているのかも知れなかった。
「・・・分かった。」
それならばとリンドウも捜索に身を乗り出した。しかし、数歩歩き出した所で思わぬ障害に邪魔をされる事となった。
「危ないっ!」
「・・・!?」
ーーードンッ!!
それは天井が、いや隔離壁が落ちて来た音であった。間一髪の所でヴァールがリンドウごと奥へと倒れ込んだ事で二人は助かった。
リンドウは直ぐに体勢を立て直した。災害がいつやって来るか分からない状況だからだ。少なくとも近くにいない事を確認するとほっと胸を撫で下ろす。リンドウは助けてくれたヴァールへと向く。
「・・・ありがとう、助かった。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・?」
ヴァールから返答は無かった。ただ、座り込んだまま俯いているのか様子が変である。リンドウは何かあったのかとヴァールへと近寄る。もし今の行動で怪我をしたのであれば責任は注意を怠った自分にあると思いながら傍へと歩み寄った。
覗き込むとヴァールは自身の手を見つめながら呆然としていた。その手にも怪我は無い。
「・・・ヴァール?」
「わっ!・・・あ、リンドウ、さん。その、怪我は無さそうでよかった!もー、急に降ってくるなんて後で整備の人に文句を言ってやりますよ!」
ヴァールは突然話しかけられて驚いたみたいだった。多少、動揺した姿を見せた後は普段の調子を取り戻していた。
ヴァールが整備者に文句を言いながら立ち上がる。
「これからどうしましょうか・・・。開けるにも、持ち上げるのも難しそう。」
「・・・。」
隔離壁が開く気配は無い。大剣で無理やりこじ開けようにも、この壁も対災害を想定したものだ。壊すのは難しいだろう。
壁の向こう側にいるシオンたちの声も聞こえてはこない。可能であるなら合流する事が望ましいが、これでは別の道を探す他ないだろう。
「待って、・・・こっちに隠れましょう。」
「・・・災害。」
通路の先を災害が歩いて行くのが見え、二人は直ぐ側の物陰に隠れた。リンドウたちがいる方向へと来る様子は今の所は無さそうである。一先ず安全は確保されてはいるが、此処で待っているだけでは埒が明ない。
「・・・通信は繋がらない。」
「わたしのもダメみたい。」
シオンたちへの通信を試みるも繋がる気配は無い。ノイズ音が聞こえるだけだ。汚染の影響か、この場所自体がそうさせているのかは分からないが、どちらにせよ指示を仰ぐ事が出来ない事には変わりない。自分で考えて選択しなければならない。
(・・・合流が最優先、その為には災害が邪魔。一人で倒せる?)
視線を災害へと向ける。見えた範囲では飛行型の災害が数体であり、全て小型だ。あの数ならリンドウ一人でも対処が出来るだろう。しかし、もし他の災害が見えない場所にいて、それがリンドウでは対処出来なかったら。
(・・・此処でシオンたちを待つ?汚染値が高いならこの場に留まるのもリスクが高い。)
長居は出来ない。あの災害がこっちにやって来る可能性だってある。待っていても状況は改善しない。
「・・・私が倒して来る。此処で待っていて。」
「わたしも戦います。」
「・・・一人で大丈夫。」
ヴァールは守るべき対象だ。戦わせて傷を負わせたとあっては笑い話にすらならない。一人で守り抜かないといけない。着いてきそうだったヴァールを押し留めるとリンドウは直様行動を開始した。
災害へと距離を詰め、反応される前に一体を叩き切る。二撃目は勘付かれるも、一太刀を浴びせた。
最悪は災害を引き連れて可能な限りこの場から離れる。そうすればヴァールが助かる確率は上がるだろう。
「すぅ・・・はぁ。」
(・・・落ち着いて、何も問題はない。)
冷静に倒し切る。それが出来るだけの力は持っている。災害の使徒との戦闘は、リンドウに大きな経験を齎した。敵の数が多くなければ遅れを取る事は無いだろう。
「・・・ぐっ。」
通路の先にいたのだろう。大型の陸上型がリンドウを見つけて襲いかかって来た。警戒していた事もあって急な出現にも驚きはなかった。大剣でガードし受け止めるが押し戻されてしまう。
そこにヴァールが走ってやって来た。
「リンドウ!わたしも戦いますから。拒否されても勝手に戦いますからね。」
「・・・・・・・・・分かった。」
リンドウは考えた末にヴァールへと一言返した。ヴァールがどの程度戦えるのかは未知数ではあるが、こうして出て来るという事は少なくとも自衛は出来るのだろう。戦闘中にいきなり来られるよりかはマシなのかもしれない。それにこの数の災害が相手であれば守りきれるだろう。
ただ、少しだけ気になったのは、もし自分にシオンやアルメリアのような力があればヴァールが加勢にやって来る事もなかったのではないかと言う事であった。
(・・・まだ力が足りない。)
「・・・武器はある?」
「ご安心を、わたしにとってエーテルそのものが武器ですから。」
見る限りで武器を持っていない事を心配してリンドウがそう問いかけるとヴァールがエーテルで鋭い爪を具現化させて答えた。
「・・・前に出過ぎないように。」
「任せて下さい!」
本当に分かっているのか怪しい返事を返しながらも二人は目前の災害と対峙する。
リンドウがもう一度前へと出る。ヴァールが動き易くなるように可能な限り災害の視線を集めていく。災害の攻撃を逸らしながら隙を窺い、攻撃を仕掛ける。敵の数は多くはない。注意すべきは大型の災害だろう。
「やぁ!」
手の延長線上に生み出されたエーテルの鋭い爪は手の動きに合わせて災害を切り裂いた。エーテルを操る能力はかなりのものだ。ただ、動きにぎこちなさがあり何処となくチグハグな印象を受けた。
(・・・戦う事に慣れていない?ヴァールの方に攻撃が行かないようにしないと。)
◆ ◆ ◆
戦闘は思っていたよりも順調に終わった。二人とも大した怪我もなく、上出来な成果だろう。
本来、災害との戦闘は一人で行うことはない。部隊を組んで連携して戦うものだ。その点から見たらリンドウは十分な強さを持っていると言えるだろう。
「思っていたより戦えた・・・?あ、いえ、ごめんなさい。まだ、記憶が混濁しているみたいで・・・あはは。」
「・・・次は私一人で大丈夫だから。」
「そういう訳にはいきませんから!」
一通り話すとヴァールがまじまじとリンドウを見つめた。
「・・・?」
(・・・何かしただろうか。)
リンドウに直ぐに思いつく心当たりは無い。ただ、ヴァールが何かに悩んでいるみたいだった。数瞬後、ヴァールは切り出した。
「・・・リンドウさん、花びらを見つけました。」
確かにヴァールの手のひらには花びらが一枚乗せられている。いつ拾ったのか、何処にあったのかリンドウはまるで気が付かなかった。それに、その花びらが何処か違っているようにも見えた。
「この花びらの記憶を、見ましょう。」
ヴァールの表情には決意が籠っていた。




