第四話 痕跡
シオンたちが島の探索に乗り出した頃、同時刻のカルミアたちもまた別ルートで移動を始めていた。
カルミアたちは海辺を歩き、シオンたちが向かった方向とは反対方向へと向かっていった。ユリは鼻歌を口ずさみながらフラフラとあっちに行ったり、こっちに行ったりと自由気ままに歩いている。任務とは思っていないのだろう。お出かけ気分で頭はいっぱいだ。
「〜♪」
(ユリちゃんが楽しそうで良かった。)
リンドウと同じグループになれなかった事で拗ねていたユリではあるが、今はこうして機嫌良く歩いている。シオンが気を利かせて「調査は今日一日だけじゃないからグループを組み直すかもしれない。」と、言ったおかげでもあるだろう。
カルミアはまたこうしてシオン隊のみんなで穏やかな時間を過ごせている事を嬉しく思っていた。
「ほら、さっさと行くわよ。」
「うん、今行くねエリカさん。ほらユリちゃん行くよー。」
(エリカさんもいつもより張り切っている・・・のかな?)
朝食の際にエリカがリンドウたちと食堂に行っていた事を後で知った。普段避けていた人付き合いをエリカがしていることに少しだけ驚いた。
それならそれで嬉しい事だとカルミアは考えている。気をずっと張っていたら疲れてしまうだろうし、良い事はあまりないだろうから。それにカルミアも出来ることなら同じ部隊のメンバーとは仲良くしたいと考えている。
ユリを連れたカルミアがエリカの後をついていく。島の探索は至って平和に進んでいった。災害という脅威が無ければハードルは大きく下がるというものだ。多少の悪路はワルキューレからしてみれば考慮の必要もないものだ。
「今まで発見されてなかった島ねえ。」
「この島の事?」
「ええ、隊長が言うには地図にも記されていなかったそうよ。」
島を探索している最中にエリカはそう口にした。カルミアはこの島がどういったものであるのかまるで知らなかったので少し興味を惹かれていた。
「それって、そんなにひっかかる事なのかな?」
「変だと思わないの?今の時代幾らでも空から探せるのよ。未開の地ならまだ分かるけど、誰も見つけていなかったなんて可笑しいわよ。」
「・・・確かに、そう言われればそんな気がしてきたな。」
発達した飛行技術に人工衛星から送られて来る観測データと地球上において目の届かない部分は殆ど無くなったと言えるだろう。故に危険という理由で足を踏み入れていないという事はあっても、誰も知らなかったというのは変な話なのだ。
「まあ、大方天威が秘密にしていたんでしょうけれど。」
「島くらいなら隠せちゃいそうだもんね。」
エリカの言う通り多くの国と繋がりを持つ天威であれば島一つを隠す事など十分実現可能な範疇だろう。尤もそれをした事でどんなメリットがあるのかは不明である。
エリカが今回の任務に乗り気な理由はもしかしたらその事に関係しているのかもしれなかった。謎というのは暴かれるためにあるものだ。
「見るかぎり無人島って感じよね。」
「うん、誰かがいたようには見えないね。本当に誰もこの島にはやって来ていなかったのかな。」
「現状はその可能性が高そうね。」
この島で誰かが生活していたのであれば生活痕が残るものだが、それが皆無なのだ。であればエリカが言った通りこの場所にはいなかったとみるべきだろう。
三人は道なき道を歩いていく。景色の変わらない探索にユリが飽き始めてきたようだ。ただ、カルミアにはこの時間がとても愛おしく感じられた。自然とカルミアの口から笑みが漏れる。
「ふふ。」
「どうしたのよ。」
「また、こうやって誰も欠けずに一緒にいられて、今みたいに話し合えてる事が嬉しくて。」
禁域での任務に始まり、リベリオンとの遭遇、災害の眷属と戦いと此処の所驚くほど大変な目にあってきた。シオン隊長やリンドウも大怪我をしていた。ただ、それでもみんなで生きて帰って来られた。
カルミアはこの幸運を噛み締めていた。一つのボタンのかけ違えで容易く命が奪われてしまう状況だった。ここ数日の出来事が夢なのではないかと思えてしまう程である。
「ふん、・・・そうね、それには同感だわ。」
カルミアの言葉にエリカは小さく小声でぽつりと呟いた。カルミアはエリカが小声で何と言ったのかを聞き逃した。
「あれ、エリカさん今なんて・・・。」
「相変わらずいい子ちゃんで甘いって言ったのよ。」
エリカはそっぽを向きながらカルミアにそう返答した。
そんないつも通りのエリカにカルミアはまた笑みを溢した。ただ、彼女のその言葉は端的に今の自分を指しているようで悪い気はしなかった。それから随分と懐かしい感覚を覚えた。
「それは、わたしにとっては褒め言葉だね。」
「は?言葉の意味をわかって言ってるのかしら。」
「ふふっ、皮肉ってやつだよね。勿論分かってるよ。」
エリカが単純に人を褒めることが無いのは知っていた。ただ、彼女は物怖じせずにズバズバと言いたいことを言ってくれるので、客観的な評価としてはあながち間違っていないだろう。
だから、エリカの言ったいい子ちゃんというのは今のカルミアを端的に示してくれた。
「ただ、いい人でいられたらなって思ってたから。エリカさんがそう言ってくれたなら、実感が湧いてくるなって、ね。」
「そっ、どんな理由でそうしたいって思ったのかは聞く気はないけど、間違いなくアンタはいい子ちゃんね。あの隊長もそうだけど。はぁ、少し話し過ぎたわ。もたもたしていないで先に行くわよ。」
先程までお喋りに講じていたエリカがすたすたと先に進んでいく。照れ隠しである事は明白であった。
「あっちの方、見てくるねー!」
「あっ、ユリちゃん危ないよ。」
それまで比較的に大人しく着いて来ていたユリが遂に退屈に耐えきれなくなったのか急に走り出した。
カルミアが不安そうに注意するが、予想に反してすいすいと危なげなく道を進んで行く。まるで家の庭みたいに歩いている。エリカはカルミアと顔を見合わせると呆れた表情で小さくため息を吐いた。
「まったく、・・・追うわよ。」
「うん、流石に一人には出来ないかな。」
小さくなっていくユリの姿を視界に収め、二人はその後を追いかけていく。まったく整備されていない道なき道を進んで行く。
そうして辿り着いたのは木々が切り開けた場所で辺りには花畑が広がっていた。
「・・・どこまで行くつもりよ。」
「あれー、この辺りにあると思ったのに。」
「遠くから何か見えたのかな?」
「んーん。」
どうやらユリはこの場所に何かがあると思ったからやって来たみたいだ。とはいえ、此処には珍しいものがある訳でも無い。小さな花畑が広がっているだけだ。ユリの思い過ごしと言う奴だろう。
この一連の行動の意味の無さにカルミアはまた一つため息をついた。
「景色もいいから此処で休憩しませんか?」
「・・・そうね、一度休みましょう。」
周囲を見渡した後に、カルミアが休憩を提案した。日も昇っており休むにはいい時間と言える。木々に囲まれていた森の中とは違い開けた場所でもある。目に映る花々も明るい印象を与えてくれる。ピクニックなら最高のロケーションだろう。
三人は良さげな木の木陰に移動すると腰を下ろした。
「ピクニック、とまではいかないけど・・・。ユリちゃんと、エリカさんに。」
「わーい!」
「ありがと。」
「遠慮しないで食べちゃってくださいね。」
カルミアが携帯食を出して二人に手渡しする。軍隊的な携行食とは違い、カルミアが自ら作ったものであった。包みを開けると美味しそうな匂いが広がった。直ぐにユリは嬉しそうに受け取って食べ始めた。ユリは何故この場所に走って来たのかさえ忘れている事だろう。
穏やかな風を肌で感じながら束の間の休憩を満喫した。小さな口で食べるのに夢中になっているユリの横で、先に食べ終えた二人が会話を始めた。
「・・・アンタ、結構やるのね。」
「急に褒められると照れちゃうな。急にどうしたの?」
「事実を言っただけよ。それに・・・、戦闘でもね。リミッターを解除できるのは知らなかったわ。」
エリカはカルミアが背中に背負っている弓型の武装に視線を送ってそう言った。彼女は禁域での任務の最中の事を言っているのだろう。
リミッターはワルキューレの為の保護装置でもあるのだ。一般のワルキューレには保護装置を外す権限が与えられていないし、それを解除した状態で戦うという事はそれ相応のエーテル操作を身につけていなくてはならない。
「それは・・・、わたしの実力とは言えないかな。ただの巡り合わせなのかも。」
カルミアにとってあの弓は手元に残った母との思い出である。その心構えやコツを幼い頃に母から聞かされていた。それから十全に扱うために訓練を続けた結果があの時に結びついたのだ。ただ、弓以外の武装に関してはからっきしであるので自慢できる事では無いともカルミアは考えていた。
本来ならリミッターを解除する権限を得られるほどの実力はなかった。言葉を濁したカルミアを見てエリカは深くは聞き出そうとしなかった。
「あんな無茶よく死ななかったわね。」
「運が良かったんだよ。それにエリカさんだってあんな隠し玉があったんだね。今まで見たことがなかったからびっくりしちゃった。」
エリカに迫る災害の群れに向けて放った一撃は強力なものであった。同時にエリカが上位に足をかけているという話はカルミアも耳にしていたので、そういった切り札がある事自体はそれ程不思議には思っていなかった。
「ふん、元々見せるつもりなんかなったわ。・・・それに、下策だった。」
結果的に助かったとはいえ、アルメリア隊の援軍が無ければカルミアたちは危うかっただろう。焦りを感じていた状況で選択したあの一手が、エリカには改善するべき課題でしかなかった。
後半口篭った後、エリカは直ぐに話を変えた。
「・・・アイツ、リンドウも強くなってたわね。」
「確かにイミルナ支部から戻って来たら凄く戦うのが上手くなっていたよね。」
(たった数日であそこまで変われるなんて、凄く頑張ったんだろうな。わたしも見習わないと。)
その事はカルミアの印象にも強く残っていた。シオン隊長からはリンドウがイミルナ支部で訓練をするとだけ聞かされていたので詳しい内容に関しては知らなかった。
禁域での作戦の際にリンドウがエーテルの操作や、戦い方が格段に上手くなっている事を見て随分と驚いたのだ。
「イミルナ支部ね・・・、アイツはどんどん先に行ってるのにアタシは。」
エリカは本当に小さく呟いた。最初から聞かせるつもりの無い言葉をカルミアは聞き逃した。
「どうかした?」
「何でもないわ。・・・そろそろ任務を再開するわよ。」
二人が話している内にユリが食べ終えていた。片付けると三人は再び調査を再開しようと立ち上がる。
「あっち、何か光ったわ。」
「行ってみようか?」
「そうね、見に行くわよ。」
偶然目に入った不自然な光。本当に小さな光だった。それまで調査に何の進展も無かった事もあって三人は見に行く事にした。
「もしかして、アンタが探していたのはアレの事?」
「わー!おっきいね!」
「・・・違ってそうね。」
花畑から少し進んだ場所でこの場に似つかわしくない人工物を見つけた。もしかしてと思いエリカがユリにそう問いかけるがそんな事は無かった。
「何だろう・・・これ。凄く大きな柱?」
カルミアが近づいて確認している。明らかに金属製の柱だ。かなりの年月が経っているのか苔や蔦に覆われているが目立った損傷は見られない。どうみても自然に生み出されるものでは無い。
人がここにいただろう痕跡だ。それも特大のものである。天威側の無人島という話は嘘だったのだろうか。
「記録に残しておこうか。」
カルミアが柱の写真を撮る。その間に周囲を見て回っていたエリカとユリが何かを見つけたようだ。
「あれ何だろう?」
「光っていたのはこれね。」
ユリが駆け寄り遅れてエリカが近づく。見つけたのは淡い光を時折り放つ花びらの様な何かであった。見た目は花びらそのものであるが、光る花なんて見たこともない。
それにユリが手を伸ばすと次の瞬間、辺りは眩い光に包まれた。
◆ ◆ ◆
「こんにちは、来訪者さん。」
見知らぬ声が聞こえる。声の出所はどこかと思えば自分からだと分かる。より厳密に言えば話している誰かになっているのだろうか。
「もし、貴方に進む勇気があるのならこの先へ進んでみて。川の上流へ、滝の側を探してください。」
その誰かは腕を伸ばし方向を示す。視界には先程見た柱が映っておりある程度の方向は分かりそうだ。
「それは貴方たちにとって毒にも、薬にもなるかもしれない。」
誰かは忠告を残した。視界がボヤけていく。誰が話しているのか分かることは無く、再び光に包まれていく。
「もし、◼️◼️◼️◼️、・・・その時はどうかよろしく。」
◆ ◆ ◆
時間にしてみれば短い時間の邂逅であった。意識を取り戻すと先程の光景についてエリカたちは話し合った。
「怪我は・・・無さそうね。今のは何?」
「誰かの記憶を見ていたのかな?それとも幻覚?見たことない不思議な力・・・。」
「となると、発生源はこの花びらね。恐らく、エーテルに反応した、のかしら。それに自然に生えてきたもの何かじゃないわ。」
人がいた痕跡としてこれ以上のものは無いだろう。ただ、先程見た光景が本当にあった事なのかは賛否が分かれるが、勝手に生み出されるものではないのは確かだ。
金属の柱に、謎の花びらとくれば人の足がこの島へと踏み入っていたことに現実味が出てくる。
「無人島のはず、だよね。」
「あのリベリオンが言ってたみたいに天威は何かを隠しているわ。大方、これも隠している何かなんじゃないの。」
「・・・でも、この場に呼んだのはその天威なんだよ?秘密にしたいなら、わざわざ人を立ち入れさせたりするのかな。」
カルミアの言葉が真であるなら、天威は矛盾した事している事になるだろう。隠し通しておきたいのなら、今まで通り誰もこの島へと近づけさせなければいいだけなのだから。カルミアが感じる違和感はそこにあった。
「ならアタシたちに見つけて欲しいのね。・・・滝の側に何があるのか見に行くわよ。」
「エリカさん、かなりやる気だね。」
「見つけて欲しいのならとことんやってやるわよ。それに天威の鼻を明かせるなら悪く無いでしょ。」
カルミアは最初単純にエリカがこのバカンスを楽しみにしているのかと考えていた。
今はそれ以外にも何か別の思いがあるように見えた。それは彼女の言う天威について探りを入れることとはまた別だ。
焦り、なのだろうか。カルミアは漠然とエリカから焦りを感じていた。それには何処か危うさが見え隠れしていた。そのことを口にするべきか迷った。
「なによ、任務なら全力でやるってだけよ。」
そう言ってエリカは先へと進み出した。タイミングを完全に逃したとカルミアは結局問いかけるのを止めてしまった。
エリカに続いて歩いて行くと、そこでユリがついて来ていない事に気づく。
「ユリちゃん行くよー。」
「・・・うん。」
立ち止まっていたユリを連れて三人は、記憶の中の誰かが示した場所へと足を運んだ。そうして川に沿って進んだ先、滝の周りを探索していった。
「此処・・・かしら。」
「わー、秘密基地みたい!」
最初に見つけたのはエリカだった。岩壁をくり抜いて作られたのだろうか重厚な扉がお出迎えしていた。天威が用意したと言っても不思議では無いほどしっかりとした作りだ。
「一度シオン隊長に伝えるべきね。」
「うん、これは三人で見に行くものじゃないね。」
エリカがシオンたちに連絡を繋げ彼女たちがこの場にやって来るのを待つ事にした。
◆ ◆ ◆
数刻してシオンたちがエリカたちの元へと合流した。日も暮れ始めており、辺りは暗くなっている。日の光が届かない場所は真っ暗闇だ。
ライトに照らされた扉は無人島には似つかわしくないものだ。
シオンたちは花びらから得られた情報を共有した後に扉へと向き合った。
「何かの施設だろうか。外からじゃ判断が出来ないね。」
「ただ、扉は開く気配がなくて・・・。」
シオンたちがやって来るまでの間にエリカたちは色々と試していた。尚、ユリは木陰でうつらうつらと船を漕いでいるので参加していない。
扉はロックがかけられているので開く兆しはない。ただ鍵穴は無く、物理的に施錠しているというより機械的な電子ロックだろう。アクセスする方法が無いと手をこまねいていた。
「・・・開いてる。」
「えっ、ほんとだ。」
扉が開く事が無く、一度飛行艇の方へと戻ろうかという所でルビアが唐突にそう言った。それまでぴくりとも動く気配の無かった扉は確かに開いていた。
顔を見合わせるも、原因は分からず困惑するばかりだった。




