第二十二話 歩みを止めないという事⑨
シオンは過去を思い返す。シオンにはどうしても許せない事があった。それはあの大災害での経験だ。
「ねえ、シオン。寂しくはない・・・?」
「・・・。」
まだ十数歳、少女と呼べる年齢のシオンを彼女は抱き上げて無理やり高く持ち上げた。シオンは目立った反応を示してはいないが、その犯人をむすっと睨みつけている。
当時のシオンにとってワルキューレの道を歩んだのは復讐が目的である。両親の死が彼女を突き動かしていた。その努力は最年少エースと呼ばれる程にまで彼女をワルキューレとして成長させた。
シオンの脳裏にはいつだって二人の姿が浮かんでいた。今はもう触れる事すら出来ない両親が。怒りと悲しみがシオンを満たしていた。
「ねえ、シオン。いつかあなたにも生きる理由を見つけられる日がやって来る。ゆっくりでいいのよ、立ち止まって、後ろを振り返って。それでまた歩き出せばいいからね。」
そう言って彼女はシオンの頭を優しく撫でた。その手つきはいつかの優しさを思い起こさせるようで無性に寂しくなった。
◇ ◇ ◇
場面は目まぐるしく変わっていく。大きな変化が訪れたのはあの日、災害の使徒が降臨し世界を滅茶苦茶にした時だ。シオンも前線へと駆り出され、そこで多くの理不尽を目の当たりにした。
ワルキューレであればよくあることだ。
「ねえ、シオンよく聞いて。私は多分戻ってこられない、・・・貴方は私のために怒ってくれるかしら。そうだとしたら・・・ふふっ、少し嬉しいな。」
「まっ・・・て・・・!」
「ねえ、シオン。いいの、貴方は貴方を許してあげて。これは私たちの意志だから。」
あの日、あの戦場で隊長は先に行ってしまった。
シオンにはどうしても納得できなかった事があった。
どうして隊長は生きる事の大切さを伝えていたのに、自分はその命を簡単に投げ出したのかと。
時間がシオンに答えを教えてくれた。
シオンはただ、一緒に生きて欲しかったのだと当時の自分の感情に気がついた。そして彼女たちの選択を今、理解した。
今なら、理解出来た。
最後の最後まで抗って、それでもどうにもならない時。一人置いて行ってしまう後悔や悔しさも、全部ひっくるめて次に託すんだ。
(きっといつの日か、・・・その痛みを乗り越えられると信じて。)
そして、そんな傲慢な考え以上に想っていることがある。
ただ大切な人に生きて欲しいから。進む道を作るのだ。歩みを止め無くてもいいように。
彼女たちもきっと自分と同じ気持ちだっただろう。
本当はもっと一緒に生きたかった筈だ。だって、命を捧げても良いと思える相手と離れ離れになりたいと思う筈が無いのだから。
だから、その想いが前へと踏み出す為の力となってくれる。
◆ ◆ ◆
リンドウは漸く長い道の始まりを歩き始めたばかりだ。人形のようだったリンドウが今は誰かの為に剣を取るまでになった。
進む為の力は、羽ばたく為の羽はもうリンドウにはある。それはきっとシオンがいなくなったとしても、リンドウを前へと進ませる力になれるだろう。
あの子はもう一人でも歩いていける、どこまでも。
例え、前へと歩く事に不安を抱いたとしても、もう一度歩き出す方法を貴方は知っているから。
「・・・リンドウ、リンドウ。貴方と初めて会ったとき最初は女の子だと思っていたよ、ごめんなさいね。間違えて女の子の服を買ってしまったのに、貴方は文句も言わずに着ていたね。」
シオンは当時の事を思い出し、小さく笑みを浮かべた。
(あれから随分と時間が経ったように感じるよ。)
本当に一瞬の出来事であった。幸せな時間はあっという間に過ぎ去っていくものだ。
「ヴァイツ式剣術の終曲を演じられなかったのは少しだけ残念だけれど。」
シオンはそう小さく呟いた。これは嘗ての隊長から受け継いだ剣術。剣を奏でる者が居て、それを聴く者がいる。故にヴァイツの剣技は誰かの為に振るうものである。
ただ、その機会はもう得られそうに無いけれど。
「貴方は頑張っているよ。もう一生分の辛さを味わっている。だから、今は休んでいるんだよ。」
コンディションはお世辞にも良くは無い、むしろ悪いと言える。それでも今、この瞬間に辛さは欠片も無かった。
シオンは最期の力を振り絞る。
◇ ◇ ◇
目の前でシオンがその命を懸けようとしている。
(それはシオンだって、同じなのに。)
休むべきなのはシオンだ。リンドウも彼女がしようとしている事に思い至った。彼女はこの災害を倒そうとしている。己の命を賭して。
それは、リンドウがこの場にいるから。選択出来ずに此処から動けないでいるから。
今にも死んでしまいそうな傷の中でもシオンは前を真っ直ぐに見つめている。
(・・・何も出来ない?何か、出来ることは?)
まともに力の入らない身体で、何が出来るというのか。また、失うのか。
ーーー鈴の音が聞こえる。
違う、それはシオンだって同じの筈だ。本当に足りないのは、今を変える為に一歩でも前に踏み出す勇気だ。
無理矢理に身体を動かす。別離はリンドウにとって確かなトラウマだった。
少し考えれば分かることだ。そのことに強い感情を抱いていたのは何故か。
それだけ大切だったからだ、その人と共にいる時間が。
もしも、リンドウが親しい者との別れを経験せずに、普通の生活を送っていたなら。リンドウが感情を閉ざしていなければ、リンドウは生来の頑固さを見せていただろう。
今のように。
「・・・死なせない。絶対に・・・死んではいけない。」
「リンドウ?貴方はもう動いては。」
「いやだ!」
「っ!?」
リンドウは小さく呟いた。ふらふらになりながらも立ち上がる。そうだ、こんな所で立ち止まっている暇なんてない。
声が聞こえたのかシオンが前を向いたままリンドウに伝える。シオンにはもうそれだけ余裕が無かった。しかし、返ってきたのは力強い否定の言葉だった。
リンドウがゆっくりとシオンの元へと歩いて行く。その歩みはゆっくりとしたものであったが着実にシオンとの距離を縮めた。
「まだ、・・・生きる理由は見つけられていないから、
だから、もっと、
・・・ずっと、ずっと、
一緒に生きて、シオン。」
激痛に苛まれながら、リンドウはシオンが持つ神器に手を被せた。シオンはその身に掛かっていた負担が大きく減った事に気づいた。
「リンドウ・・・。」
それはあの時、シオンが隊長に出来なかったこと。本当はシオンが隊長にしてあげたかったこと。
シオンはリンドウの羽ばたく瞬間はこれからだと思っていた。違ったのだ、今もリンドウは不器用に羽を動かして必死に羽ばたいている。
「分かったよ・・・リンドウ。・・・一緒に。」
神器にエーテルが纏わり付く。刃にエーテルが収束する。それはリンドウにとって見慣れた技。初めの一歩を踏み出したワルキューレが習得する技だ。
ワルキューレ剣術/朱夏ノ型。シオンがリンドウに合わせてくれているのだ。
「生きよう!!」
シオンとリンドウが力を合わせて災害と対峙する。そして、真っ直ぐに振り下ろした。
収束したエーテルが放たれ眷属を、辺り一帯を飲み込んだ。吹き荒れる暴風に倒れてしまいそうになるのをなんとか耐える。
眷属の姿は見当たらない。
「・・・終わっ、た?」
リンドウはまるで実感を感じ無かった。シオンも生きている。思わず空を見上げた。長い悪夢を漸く終わりを迎えたのだから。
ーーー雨が降っていない。
それに気づいた時、背筋が凍る様な感覚に襲われた。
(まだ、・・・終わって、ない?)
まだ結界が破壊されていない、眷属は生きている。
気づいた時には既に遅く、眷属の触手がリンドウに迫っていた。
最初に動いたのはやはりシオンだった。リンドウを突き飛ばし押し除ける様に前へと出る。
「ーーーーー!」
声にならない悲鳴が漏れ出る。シオンへと手を伸ばすが間に合わない。全てが手遅れだ。
眷属の繰り出した触手はシオンを貫く前に、一条の流星が触手を吹き飛ばした。
◆ ◆ ◆
「そこ、少しどいてくださいますか?」
「貴方は、ーーースターチスさん!?」
これは障壁外の出来事。アルメリアが障壁を破壊する為に力を尽くそうとした所で、思っても見なかった援軍がやって来ていた。
最上位ワルキューレの一人、スターチスである。救援であるならこれ以上に頼もしい肩書きは無いだろう。
(何故、彼女がここに?いえ、考えるのは後です。)
スターチスの腕にはエーテルが渦巻いている。アルメリアの攻撃に被せる様にその一撃を放った。
ついに障壁を突き破りガラスが割れる様に障壁の一角が崩れる。
「先に行かせて貰いますね、スノーフレークさんの頼みを無碍には出来ませんので。」
「貴女は、いえ。今は・・・、シオン隊の皆さん作戦を開始します!」
スターチスは障壁を壊した勢いのまま先に進んで行った。スターチスに続きアルメリアとルビアが障壁の奥へと走り出す。
その場に残ったのはエリカとカルミアとユリである。だが、ユリは力を使い続けた事でその疲労から倒れ込んでいる。
カルミアはアルメリアの言った作戦を思い起こした。
(アルメリアさんが辿り着くまでの一瞬の時間を稼ぐ。)
アルメリアは言っていた。障壁を突破出来ただけではシオン隊長とリンドウを助けるには足りないと。
カルミアは意識を集中させる様に目を閉じる。周囲の音の一切を遮断する。今この瞬間の守りはエリカが担っている。現れる災害を死力を尽くして押し留めている。
(みんな頑張ってる、諦めないで、全力で。)
誰一人として立ち止まっていない。最善の未来を掴もうと足掻いている。
「アンタたちに邪魔させないわよ!」
襲い来る災害をエリカは捌き切る。その身体をどれだけ血で染めようと一歩も退きはしない。
エリカは弓にエーテルの矢をつがえる。
「1stリミッター解除。」
『音声認証クリア。
ーーー最上位ワルキューレアルメリア 権限付与確認。
ーーー1stリミッター限定解除。』
(ここから先、わたしの攻撃が鍵だと言ってくれた。信じて託してくれた、わたしにチャンスをくれた。)
エーテルは収束し、一本の矢となる。
これはカルミアがアルメリアに頼んだ事だ。少しでも作戦の成功率を上げる為に。カルミアは母の使っていた武装から確かな重さを感じた。
膨大なエーテルを感じ取ってか災害の勢いが増す。数は少なくなったとはいえ脅威であることに変わりはない。
「アンタたち全員まとめて消し飛びなさい!!
ーーー天火!!」
残り少ないエーテルをかき集め、エリカはカルミアを守ろうとする。
轟音と閃光が全てを呑み込む。襲い掛かる災害を構築したエーテル砲は蹴散らした。
カルミアへと魔の手が届く事は無かった。
ーーーまだ、足りない。
震える手を、身体を気合いで持ち堪える。
「2ndリミッター解除。」
『音声認証クリア。ーーー2ndリミッター解除。
ーーー最上位ワルキューレアルメリア 権限付与確認。
体内エーテル濃度上昇ーーー活動限界時間/残り5秒』
エーテルが溢れ出し周囲に紫電を閃かせる。矢は一回り以上大きくなりその存在感を増している。
カルミアの込められる限界を矢に託した。
(お母さん、少しだけわたしに勇気を分けて。)
弓さえもエーテルは覆い形と為す。強風が巻き起こる。暴発しそうなエネルギーは均衡を保っている。
しかし、災害が新たに現れる。力を使い果たし膝をついているエリカでは間に合わない。
カルミアは災害を見ていない。いや、自身が襲われる事を理解して尚、意識から外している。エリカは既に自身の生死を考慮に入れていなかった。
「ーーーッ!!」
「この一矢が、運命を変えると信じて。」
矢が放たれる。一直線に森を駆け抜けた。カルミアは弓を下ろしている。自身がするべき事をしたと考えているのだろう。
もといこれ以上動けそうになかった。文字通り先程の一撃に全てをのせていた。エーテルは枯渇し危うい状況だ。
災害の豪腕がカルミアに振るわれる。
しかし、それはカルミアに当たる寸前で透明な障壁に阻まれた。
「間に合った!ボクの妹弟子の仲間に手を出させるもんか!」
カルミアを寸前の所で助けたのは急いで駆けつけたマリーだった。
◆ ◆ ◆
場面は戻る。眷属の繰り出した触手はシオンを貫く前に、一条の流星が触手を吹き飛ばした。カルミアの放った矢は確かに約束を果たした。
それでも飛散した触手が一本の束となり襲い掛かる。
「ッ!!」
そこに一本の槍が突き刺さり縫い止める。ルビアの投槍が貫いたのだ。
馬鹿げた再生能力だ。使徒の眷属でこれ程までの力を持っているのなら、その親玉足る使徒はどれほどの強さを持っていたのだろうか。
(・・・間に合いました。)
アルメリアがエーテルを全力で駆使しても彼女の一手が無ければ間に合わなかっただろう。彼方も危険な事に変わりはないが増援が向かっている筈だ。
「ワルキューレ操糸術。」
幾十、幾百ものエーテルの糸が眷属を刺し貫く。眷属はまるで見えない壁に阻まれたかの様にその動きを止めた。
アルメリアが技名を呼ばないのはエーテル糸操術の全てを修めているから。区別する必要も無くそれを同水準で扱えるからだ。
だから、アルメリアは本当の意味で全力を尽くす時その名を呼ぶのだろう。
「ーーー壊式 蓮閃華。」
エーテル糸は一本一本が圧縮されたエーテルである。もし、それらを操作してそれぞれの糸を媒介に起爆する事が出来るなら絶大な効果を得られる事だろう。
眷属を貫いていたエーテル糸が一斉に爆ぜた。
ボロボロと崩れ落ちる眷属。穴だらけの身体からはその核が見え隠れする。大きく罅が広がっている。
「ーーーーーッ!!!」
眷属が吠える様に身体を震わす。アルメリアは眷属を囲う様にエーテル糸を展開した。まるで檻を形成するかの様に。ハニカム構造のように糸が展開され、それは一重二重と防壁となる。次いで眷属から引き離す様にシオンたちをエーテル糸で回収した。
眷属の攻撃を警戒したから?違う、これから来る凶星から彼等を守る為だ。
「これは私の、オレたちからの!過去からの贈り物だ、有り難く受け取りなぁ!!」
姿を見せていなかったスターチス。彼女は障壁が展開されているギリギリの高度まで跳び上がっていた。
そこには淑女の様なお淑やかな雰囲気はまるで無く、まるで狂犬だと言わんばかりの憤怒を浮かべている。
拳には幾重にも螺旋が広がり、これでもかとエーテルが溢れ出している。戦闘服を介してエーテルが翼の様に軌跡を描き落下の勢いを与えている。
その姿はまさに星の様で。
「星の落ちる姿をその目に焼き付けるといい!
ーーー星堕!!」
衝突と共に閃光が辺りを包み轟音が響く。
土煙が晴れると、そこには巨大なクレーターが広がっており、その威力を物語っていた。アルメリアが防壁を展開していなければ無事では済まなかっただろう。
眷属の核となっていただろうコアは擦り潰され散らばっていた。眷属の千切れた身体は霞に溶けるかの様に完全に消えていく。
雨が彼等に降り注いだ。




