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バッドエンドのその先へ【総合5000pv突破感謝】  作者: 蕩けた蜂蜜ウサギ
序章 Re:start
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第二話 平穏


 講義の終わりを告げるチャイム音が教室に響く。シオンが教材を片付け終わるとリンドウの元へとそっと近づいて行った。人付き合いがあまり得意では無さそうなリンドウをシオンは心配しているようだ。

 その姿は我が子を心配する親そのものだ。



「リンドウ、交流を図る努力くらいはするんだよ?」


「・・・分かった。」



 シオンがそう告げるが、流石にリンドウは幼子ではないのだし要らぬ心配だろう。ここ以外の支部にも短い期間ではあったがリンドウは在籍した経験だってあるのだから。リンドウは取り敢えず頷いて了承した。

 教室からまばらに人が出て行く。中にはチラチラとリンドウに視線を向けている者もいる。リンドウはその視線に気づいているのかいないのか、どちらにせよ反応を示さない。



「カルミア、リンドウにこの支部を案内してあげて欲しい。」


「はい、シオン隊長。任せてください。」



 シオンはカルミアを呼ぶとそんなお願いをした。それに対して問題ないとカルミアは笑顔で返した。


 そこにシュタタッという効果音が付きそうな身のこなしでユリが駆け寄ってくる。まるで大好きなおやつを目の前にぶら下げられたワンコのようだ。

 見た目相応に子供らしい姿だが改めてこの支部の預かりとなっている事にリンドウは不思議に感じた。天威は何もお遊びで存在する組織ではない。天威の中でもルースト支部は特殊な立ち位置にあるとはいえ、ユリがこうして天威に所属しているのはシオンの言う預かり子以上の意味がありそうであった。



「はい、はーい!ユリも行くよ!」


「・・・そう、じゃあユリにもお願いしようか。」


「任せて!」



 はぁ、と顔に手をやるシオン。その姿からは何を言ってもしょうがないという諦めが見える。ただ、その眼差しからは優しさが垣間見えた。その向けられている感情を知ってか知らずかユリはふんと胸を張っている。やる気は十分そうだ。

 シオンはカルミアにユリの事も見てあげてと小さく耳打ちした。カルミアはあははと苦笑いしながら頷いた。



「どうかお願いするよ。」


(・・・どうしてあんなに心配そうにしているんだろう。)

 


 支部の案内をするだけだというのに心配そうにするシオンをリンドウは不思議そうに見ていた。親の心、子知らずとはよく言ったものだ。

 不安そうにしながらもシオンは小走りに彼等の視界から離れていく。どうやらシオンには急ぎの用事でもあるようだった。



「・・・それじゃあ、わたしたちも行こうか。」


「しゅっぱーつ!!」


「・・・よろしく。」



 準備は万端だというようにユリがリンドウの手を取って駆け出していく。それに引き摺られるようにリンドウは小走りになり、それをみかねてカルミアが後を追いかけていく。


 側から見たらなんとも微笑ましい3人組だ。




◆ ◆ ◆




 案内が始まってから少なくない時間が経った。三人は廊下を歩いており、辺りでは人がまばらに行き交っている。

 そうして歩いていると風にのせられて良い匂いが漂って来た。



「この先が食堂でね、開いてる時間が決まってるから間違えないように気をつけてね。」


「分かった。」



 先の食堂を見ながらカルミアはそうリンドウへと忠告した。間違えてご飯食べそびれた事があったんだとカルミアは語る。その表情は真剣そのものだ。

 その様子があまりにも真剣だったのでリンドウもそんな事がないようにしっかりと確認しておこうと心に決めた。



「お腹は空いてない?だいじょうぶ?」


「・・・大丈夫。」


「ふふっ、ユリちゃんがお姉ちゃんみたいだね。」


「むぅー!ユリはリンのお姉ちゃんなんだから!」



 カルミアに揶揄われたと思ったのかユリは頬を膨らませていた。ユリの怒った表情を見てもカルミアは笑顔を見せている。幾ら頑張ったとしてもユリから怖さを感じる事は無い。


 意外と言っては失礼かもしれないがユリは思っていたよりも常識的であった。確かに突発的な行動はあったがカルミアと一緒に比較的まじめに支部を案内してくれた。

 ミーティングルームに始まり訓練場、医療施設、資料庫と多岐に渡って支部の案内を受けた。


 設備が整っておりかなりの充実具合だ。どこかで耳にした事だが天威は各国から支援を受けているそうだ。ワルキューレに頼らなければ災害を討伐する事が難しいからこそ、餅は餅屋というように支援をしてくれているのだろう。

 ただ、国では制御出来ない戦力が外部にある事に反感を抱かれそうなものではあるが。



「ふぅ、一通り案内出来たかな?もし分からない事があったら気軽に聞いてね。」


「お姉ちゃんを頼るんだよ!」


「・・・有難う、そうさせて貰う。」



 わたしでも隊長でもいいからねと控えめな笑顔でカルミアはリンドウへと伝えた。それにユリもと続いて反応する。ユリは何処までも元気いっぱいである。

 支部の案内は一区切りついたようだった。凡その施設は確認出来たので、元々のシオンの目的は無事に達成出来たと言えるだろう。きっと安堵していることだろう。



「広場の方でちょっと休憩しようか。」


「ほら、リンドウ行こう!」



 ユリは真っ先に走り出した。その後をカルミアがゆっくりと追っていく。噴水の水飛沫が陽の光に照らされて眩しく光り輝いている。時折り辺りを吹き抜ける風がどこか涼しげだ。

 二人の後ろ姿を見てリンドウは不思議な感覚を覚えた。普通を形取れば今この瞬間の事を言うのだろうか。自分には似つかわしく無い温かな時間だ。


 他の支部ではこうはならなかっただろう。ワルキューレという存在は殺るか殺られるかだ。殺伐という二文字が当て嵌まるような場所でこれほど穏やかな雰囲気を感じ、それを懐かしく思った事に言葉では表せられない言いようのない感情を抱いた。



(・・・これまでと何が違うのだろう。)



 こちらを見るカルミアとユリの視線に気づいた。どうやら自分でも気づかない内にリンドウは立ち止まっていたようだ。思考を打ち切ってカルミアとユリの後を追うように歩き出す。



「うん、ここにしよっか。」


「ほらほら、こっちに座って!」


「・・・分かった。」



 適当な場所が見つかるとユリが一番にベンチへと走り寄った。そのまま座るかと思いきやリンドウを手招きして先に座らせた。ユリはその横にすっと座り込む。カルミアは二人に優しい笑顔を向けユリの横に腰を下ろした。

 結果的にユリを挟むように二人が座っている。



ーーーーリン。



 どこかで小さな鈴の音が鳴った。不思議そうにカルミアが音の出所を探した。音が鳴ったのはリンドウのいる方向からだった。音の方へと視線が向けられる。



「あれ?鈴・・・の音?」


「・・・これ。」



 秘密にしておく事でもないとリンドウはポケットに入れていた鈴を手に取った。座った拍子に音が鳴ったのだろう。カルミアはリンドウの掌を見た。そこには少しだけ汚れて燻んでいる鈴が乗せられている。

 カルミアは数瞬だけ思案した後に口を開いた。



「大切なもの・・・かな?」


「・・・・・・。」



 リンドウは言葉を詰まらせた。この鈴はリンドウがとある孤児院へと預けられた時から持っていた物だそうだ。院長からはそう聞いていた。つまりは、この鈴が贈り物なのか、どういった経緯でリンドウの手元に渡ったのかを知らない。

 ただ、どうしてかそれを大切な物ではないとは言えなかった。だからだろうか、リンドウはカルミアの言葉に頷いた。



「・・・うん。」


「!!そっか・・・。」



 カルミアは嬉しそうに笑った。二人がそんなやり取りをしているとユリがベンチから降りてリンドウの前へと立った。それからリンドウが複雑そうな表情で見つめていた鈴を手に取った。



「ユリも同じの持ってるよ。・・・・・・ほらっ!」


「本当だ、凄く似ているね。」



 ユリは肩から下げていた可愛らしいポーチを漁って中から鈴を取り出して二人にみせた。見比べてみると確かに同じ物のようであった。尤も、特別なものでは無さそうであり一般に販売されている物だろう。似たような鈴を二人が持っていたとしても何ら不思議な事では無い。

 ただユリはリンドウとお揃いの鈴を持っていた事が嬉しいようだ。



「鈴の音はね、勇気をくれるの!だから、もし怖い時には鈴を鳴らしてみて!勇気がでるおまじないだよ!」



 ユリはリンドウの手に鈴を握らせた。リンドウは不思議とそんな気がしてきた。ただそれ以上に、どうしてか悲しい気持ちとそれと同じくらいの困惑も感じた。

 そんな気持ちに蓋をしてリンドウは自分の鈴をポケットへとしまった。


 カルミアは二人の会話を聞いている間、終始笑顔だった。小さなお姉ちゃんが精一杯お姉ちゃんであろうとする姿は微笑ましいものだから。

 


「わたしもお揃いになるように買おうかな。時間が出来たら、みんなで町の方に買い物に行きたいね。」


「ユリも行きたい!!リンドウも絶対行くんだからね!」



 カルミアの提案にユリはかなり乗り気だ。何なら今すぐにでもリンドウを引っ張って走り出してしまいそうだ。

 どうかな、と遠慮しながらカルミアがリンドウへと視線を向けた。



「・・・いいかもしれない。」


「やったー!やくそくだからね!」



 リンドウの口から否定の言葉は出てこなかった。リンドウ自身、驚くほどすんなりと同意の言葉が出てきた。

 嬉しそうにはしゃぐユリとその様子を見て笑みを浮かべるカルミア。ここが命を賭けて戦う者たちの集まる場所だという事を思わず忘れてしまいそうだ。


 ただ、この和やかな時間をリンドウは手放そうと思えなかった。




◆ ◆ ◆




 和気藹々とした雰囲気の中でカルミアがぽつりと言葉を溢す。



「リンドウはどうしてこのルースト支部に来たのか聞いても・・・大丈夫かな?」


「・・・。」



 もし言い辛かったら答えなくても大丈夫だよとカルミアは言った。

 このルースト支部に集められた人の殆どが何らかの事情があってやって来た者だ。それは規律を守れないとか、戦えないとか人によって様々である。


 リンドウの一番の他との違いは男性であるという点だが、シオンが言っていたように初めての事例ではないしそれが理由でルースト支部にやって来た訳では無かった。

 つまりは他に理由があるという事だ。



(・・・隠す様な事でもない、筈。)



 カルミアの表情は不安そうであるものの真剣そのものだ。ユリもリンドウへと視線を送っている。本来なら避けるべき話題だろうに、カルミアにとってはそれでも聞いておきたい事だったのだろう。


 リンドウは一瞬だけ話すかどうか迷いはしたが最終的に伝える事を決めたようだ。



「・・・どうにも私は不運、みたいだ。」


「不運?」



 思いがけない言葉が返ってきた事に驚きながらカルミアはリンドウの方を見る。リンドウは事実なのだと小さく頷いた。

 ぽつぽつとリンドウは他の支部での経験を話し始めた。



「任務の際に想定以上の災害が現れる・・・といった事が何度も続いた。その・・・迷惑をかけるかもしれない。」



 偶然ではないとそれを経験した者たちは口を揃えて言うだろう・・・リンドウも含めて。その様はまるで災害がリンドウに引き寄せられているようだったのだ。危険度の低い場所であった事もあり致命的な事態には至らなかったが良い経験とは言えないだろう。

 余談ではあるが、そのおかげかリンドウは災害の攻撃を防ぐ事に関して慣れたようである。


 男性でありながらもワルキューレとして天威に所属している事から元々好奇の目線に晒されていた。良い印象を持たれていなかった事からも、リンドウは点々と支部を移動する事になった。そうしてルースト支部に辿り着いたのだ。

 結局その原因が分からず仕舞いであり、対策は何もない。リンドウがいるだけで戦闘の危険度が上がるとなれば近づこうと思う人は少ないだろう。

 

 バッ、とベンチからユリが勢いよく立ち上がりリンドウの方を向く。



「大丈夫!お姉ちゃんに任せて!」



 えいやと剣を振るうようなアクションをした後にユリは姿勢を正して胸を張る。その姿はどこまでも姉足らんとしていた。こんなに小さいのに驚くほど大きく見えた。



「災害なんてお姉ちゃんがやっつけてあげる!!ユリが守るよ!」


「・・・っ。」



 何の気負いもなく放たれた言葉にリンドウは息を呑んだ。人との関わり合いを避けていたリンドウにとってユリは真っ直ぐ過ぎた。

 ユリに続くようにカルミアもリンドウの手に自身の手を被せて力強く言う。



「わたしも、もし今の話が本当だったとしても気にしないよ。どれだけ力になれるか分からないけれど・・・一緒に、戦うよ。」



 その真剣な視線から目を逸らせなかった。目を背けてはいけないと思った。リンドウは彼女たちから与えられる温かさに戸惑い困惑した。

 ただ、何もいい返せず有難うとだけ小さく呟いた。



「・・・うん、ありがとう。」



 カルミアとユリはその言葉に笑みを返した。




◆ ◆ ◆




 食堂で夕食を取った後、日も沈み始め1日の終わりが近づいて来た。夕暮れが鮮やか色を空というキャンバスに広げている。



「日が暮れて来たしそろそろ寮の方に戻ろうか。」



 カルミアの言葉を皮切りに三人は帰路に着く。足取りはとても軽いものだ。今日が初めての顔合わせではあるが友情とは時間の概念に縛られずに育まれるものだ。

 寮へと着くとそのまま解散する運びとなった。



「それじゃあ、また明日。」


「おやすみなさいリンドウ!」


「・・・お休み。」



 リンドウはカルミアたちと別れた後、まずはシオンを探した。彼女から案内を受ける手筈となっていたからだ。

 外からはまばらに部屋の明かりが点いているのが見える。直ぐに見覚えのある姿を見つけた。



「リンドウ、お帰りなさい。・・・何だかこうしてお帰りを言うのも随分久しぶりに感じるね。」


「・・・ただいま。」


「疲れているだろうか・・・?しっかりと休むんだよ。」



 それ程長い間離れていた訳でもないのに、とシオンが呟く。

 シオンはリンドウの手を優しく包む。そのまま寮室の方へと手を引かれていく。寮内をシオンの先導の元に歩いて行く。



「今から新しく男子用の寮を建てる事も出来ないから・・・窮屈に思うかもしれない、我慢を強いる事になるね。」


「大丈夫。」



 そういって、シオンは一言謝って幾つかの規則をリンドウに伝えた。それは天威に所属した際にも聞かされた注意事項であった。男性であるという事が普段の生活に枷をかける必要に繋がる。リンドウはその規則を了承した。

 主に寮内での行動制限だ。リンドウは特段不自由には思わなかった。



「私の部屋はリンドウの隣にあるから、何かあれば呼ぶんだよ。」



 お休みなさいの言葉と共にシオンと別れ、リンドウは自室へと入った。持ち込んだ物は少なく殆どが生活用品ばかりだ。備え付けの家具以外に大した物も置いていない簡素な部屋である。

 シャワーを軽く浴びた後、一日を振り返る。


 リンドウにとって天威に所属した理由というのはその稀有なエーテル適性を見出されたからでもなく、シオンに勧められたからである。リンドウ自身には目的と呼べるものがなかった。ただ、生きているだけである。

 あの日、何もかもが灰になった日からリンドウを包んでいたのは無気力感であった。まるで人形のように無気力となっていたリンドウがまともに慣れたのはシオンが根気強く接していたからである。



(・・・何が違うのだろう。)



 今日という一日をどうしてかリンドウには刺激的に感じた。他の支部をたらい回しに転々としていた際には感じる事のなかった感情である。

 このままでいいのだろうか。シオンであればどう答えるのだろう。答えは自分で見つけなくてはいけない。


 一歩を踏み出す事が出来ないでいた。自問自答を繰り返す。



(いつか、心に空いた穴が埋まる日が来るのだろうか。)



 それは良い事なのだろうか。それとも。



 その日、リンドウはとても穏やかな気持ちで眠りについた。






あとがき

◯リンドウへの矢印好感度が高めに見えますが見えるだけ。

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