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楽しき才能

作者: えんがわ

〇プロローグ


 テレビが一つ光っている。


「さぁ。ハワイアンラーメンに、勝ち残った精鋭、三名が挑みます。絶対王者ジャイアント城田、闘う元ボクサー鉄拳のカネやん、地元ハワイの英雄メソマテ。さぁ、優勝してチャンピオンになるのは誰だ?」


 ピーカーの舌は今日も絶好調だ。ただ熱い思いと共に、実況を吐き出す。


「まず、飛び出したのはジャイアント城田。大会五連覇中の日本の至宝が、力強く、伸びていく。それにピタリと付くのが現地ハワイのメソマテ。おおっとジャイアント城田。早くもラーメン五杯を食べ切った。メソマテも追いきれない。やはりチャンピオンはジャイアント城田か?」


 一つ呼吸を置いて


「いや、元ボクサーカネやんが、怒涛の差しで来た。力を込めて一所懸命に城田へと追いつこうとしている。だがラーメン5杯の着差。差し切れるのか。ああぁっと。ジャイアント城田が、再び伸びる。これが、最強の証明」


 城田は叫ぶ!


「龍門が開いた!」


 ピーカーは飛びっきりのポップで応える。

「これがジャイアント城田だ! ラーメン三十杯、すすり終えた! 最強王者、誕生!」


   *


 ジャイアント城田は苦悩していた。ラーメンを腹いっぱいに食べて、満腹の中、苦悩していた。

 沢山のファンレターに紛れる苦しみの声。


「あなたは、なんで。食べ物を粗末にするんですか。法律で許されてるんですか」


「もう、マンネリですよね。この番組。だってオチが分かってるじゃないですか。あんたが優勝するって」


「あの、大変申し訳ないのですが、どうにか息子にご返事ください。息子はあなたみたいなフードファイターになりたい。それで一生を送りたい。そう言ってるんです。でも、調べてみたら、フードファイターってある時期しか活躍できない、四〇を超えたら身体を壊したりして、トップにいられない。そう聞きました。それでも息子はあなたに憧れて」


 そこから一〇枚にも及ぶその手紙の叫びに、ただジャイアント城田はただただ苦しんでいた。


 最初はそう。仲間内で学食のうどんを何杯完食できるか。三杯すげー。負けらんない。五杯ヤバい。八杯、人間じゃねー。そんなことから始まったのに。


 自分を超えるフードファイターは居ないのか。俺が勝ち続けるたびに、何かが狂ってきている。現にテレビ番組も視聴率が下がっている。俺は、俺は。


 そのテレビを観ていた川崎陽子。一人の女が一つ決心をした。久しぶりに取る包丁を握りしめて心に誓う。


「この世界に革命を!」


 一方。アメリカではホットドッグをコップに入れ、水浸しに漬けて、しなしなにして詰め込むニューヨークフードコンテストで勝ち抜いた男。コロンに電話が入る。


「どうだろう? スペシャルゲストとして城田を越えれるか」


「カイコクシテくれますかー」


〇はじまり


「この番組はモーズポスト、ピーカーが実況を担当します」


 ペコリとピーカーが頭を下げると、選手もスタッフも観客も含めて全員が一礼をする。ただ一人を除いて。それはアメリカ人コロンだった。そりゃそうなのだ。礼をする習慣自体ないのだから。


「第一戦は納豆対決です」


 城田は「きたぁぁぁぁああ」と思った。そうなのだ何故か初戦は納豆だったりする。あんな食べにくいもの。挑戦者の名前が呼ばれる。一言一言抱負を語る。そして実況のピーターから呼び名を与えられる。


 計10名。


「フードファイターになることが夢でした。この舞台に立てて幸せです。山田太一」

「さぁ、【飛び富士】誰よりも高く飛べるか」


「えと、食べるしか趣味がないんで。そんで何となく。吉田拓斗」

「うんうん。【頑張れマン吉田】何時か大食いのトップに立つことを祈る」


「この世界に革命を起こそうと思います。ジャンヌ川崎と呼んでください」

「粋がイイねー。じゃ、期待してるんで、【ジャンヌ川崎】ちゃん。紅一点、どこまでやれるか、夢見ちゃいますかー」


 数人の呼び名が呼ばれた後。


「鉄拳のカネやんです。今日に体調をベストに整えました。いつかオレの拳でこの業界を変えてやるぞって」

「うん、【鉄拳のカネやん】。ちょっと期待してるんだよね。ロッキーのテーマソングと共に追い込みを決める君をね」


「アイアムコロン。ソーリー。ニホンゴワカリマセ~ン」

「じゃあ、【コロンブス】と呼んじゃうよ!」


 おおとりは勿論。



「城田です。今日も豪快に行くので、よろしく」

「絶対王者【ジャイアント城田】! さあ、今日も良い天気だ。神からの祝福あれ!」


〇 第一回戦


 10人から5人が絞られる、最初の一歩であり、大きな一歩だ。

 納豆対決がはじまった。カメラマンは困惑している。どうもグロくなるんだよな。こういうのって。あの、コロンブスとかどうよ。手に一杯。納豆くっつけちゃって。口の周りがキモくて。嫌な映像だ。あれ? ひときわグロくなりそうなあの女の子。なんて綺麗に納豆を食べるんだろう。美味しそうだなぁ。


 ピーカーも応える。

「流れるような箸使い。程よいかき混ぜ方。これは、ジャンヌと名乗るだけはある。大食いに新たなアイドルが降臨か!」


 だが、それ以上の衝撃が待っていた。


「いや、待て待て。ジャイアント城田が20杯完食したのに、30杯食べた奴がいるぞー!」


 ピーカーは声を震わせながら、叫ぶ。

「希望なのか。絶望なのか。黒船来航。黒船来航! コロンブス、大食いの新天地を切り開くのか」


 勝てない。ジャイアント城田は悟った。納豆なんて米国に不利なテーマで、この今のボロボロな自分。一生追いつけないかもしれない。それでも、だからこそ闘志は高まる。

「ジャイアント城田もギアを上げた。壮絶なるデッドヒート」


 そして遂に納豆対決が終了した。


 1 コロンブス 56杯

 2 ジャイアント城田 52杯

 3 鉄拳のカネやん 43杯

 4 頑張れマン吉田 41杯

 5 ジャンヌ川崎 36杯


〇 準決勝


「さぁ、決定戦まであと一回。準決勝であります。誰が優勝するかって? そうだなー、あの小鳥ちゃんみたいにカワイイ、ジャンヌちゃんにしようかなぁ、なんて。なんてね。ジャイアント城田、君だよ」」

 この舞台で5人から、決勝のチケットは3人に与えられる。


 準決勝は手羽先だった。骨がゴツゴツ入っていて大変そうだ。咀嚼力、ものを噛む力も問われるこの課題。


 ジャイアント城田は、絶望を感じていた。コロンブス、アメリカのホームの食材。元ボクサーのカネやんも得意とするだろう。

 だがそれ以上の何か。

 何かが消える予感がする。それでもトップでなければ。


「さぁ、準決勝です」


 パァンとスタートピストルが鳴った。


「コロンブス強い。強い! 強すぎる! 最狂だ! これが本場アメリカの味かー! 豪快に積め込む。詰め込み続ける。顔は脂汗で一杯だー」


「いや、ジャイアント城田も負けていない。全力で挑む。見栄もてらいもない。全力で口を汚しながら、たまに骨を吐き出しながら、コロンブスを追う。だが、だが、その背中は遥か遠く。10皿差」




「いや、三位争い。決勝戦のチケット争奪戦も熱い! 鉄拳のカネやんとジャンヌ川崎の一騎打ち。どっちが勝つんだ! ジャンヌか、鉄拳か!」


「なんだ、鉄拳のカネやんの腕が止まった? ここが限界なのか! ただジャンヌ川崎を観ている。我々もジャンヌ川崎を追いましょう。美味しそうな手羽先をほおばるジャンヌ。三位に踏みとどまれるか。後ろからは頑張れマン吉田が迫っている」


 そして準決勝は終わった。


 第一位 コロンブス 101皿

 第二位 ジャイアント城田 82皿

 第三位 ジャンヌ川崎 63皿


 第四位 頑張れマン吉田 61皿

 第五位 鉄拳のカネやん 52皿



 5 決勝戦


 寒風吹く東京の空の下で。ラーメン一風堂を舞台に、決勝が始まろうとしている。


 城田はカネやんに問う。


「なぜ、食べるのを止めた」

「ああ」

「俺たちに負けるのが悔しかったのか?」

「たぶん、もう直ぐわかると思うよ」


 ピーカーの声が街頭に高鳴った。


「それでは、とんこつラーメン対決45分。開始であります」


 スクランブル交差点には声が響き合う。雑音のような声。沢山のスマホ。城田いけぇーという合唱。

 城田は思う。ああ、彼らは俺が負け続けていることを知らないんだ。あのアメリカ人に負け続けていることを。ジャイアント城田の胸にこれ以上は無い闘争心がセッティングされた。


 行くぞ!


「おおーっとジャイアント城田、驚異のスタートダッシュ! コロンブス出遅れた。なんだ、箸を使えないせいで、麺をすすれない。オーノー!」


「いや、コロンブス、般若のような顔で、ラーメンを素手で掴む。口に押し込む。もはや人間業ではない! とんこつの脂ぎった手で勝利の果実をもぎ取るか?」


「コロンブス、ここで先頭! ジャイアント城田、ここまでか?」


「いや、コロンブス、ここで急ストップ。そりゃ、素手で熱のあるラーメン食ったら、そうなるわな。はははは」


「いや、先の失言は忘れていただきたい。日本に上陸したコロンブス。栄誉ある撤退。特別医療班が必死に救おうとしている。コロン君。ブスな君だけど。頑張ったよ」


 嘘くさいお涙頂戴物の実況に城田は苦笑する。これでまた自分がチャンピオンか。情けない王者だが。


 ピーカーは焦っている。もうレース自体が成立しない。これでは番組ごと没箱行きだ。

 ただ食べているジャンヌは、枚数を稼いでいないし。「えっ?」 まだ一杯も食べ終えていない。

「カメラ、ジャンヌを! ジャンヌ川崎を!」


 ピーカーはそれ以外に何も言えなかった。


 箸を上品に、でも堅苦しくない感じで食べて。心地いいズズッという啜る音。最初は蓮華を使って、とうとう締めにドンブリごとスープをゆっくりと飲み干し。


 ジャンヌ川崎、包丁を手にした川崎陽子は一つ決意したのだった。食材のありがたさを知るために、色んな料理を自分で作って、食べてみよう。その先に素材への感謝、作り手への感謝が待っている気がして……


 ゆっくり伸びをして。


 その時、正に世界のド真ん中にいたジャンヌ川崎はこう、元気よく、でもささやくように呟いた。


「はぁ、美味しかった。ごちそうさまと言いたいところだけど、やっぱ太っちゃうけど、それでもやっぱ、おかわり! あったかくて、美味しかったもん」


 何の実況もなく、何の邪魔もなく。


 無性に地元のラーメンを食べたいと願う高校生。

 ああ、こんなスターになりたかったなと、タピオカミルクティーなんて飲みに来た地方の女子大生。

 今宵はサッポロ一番でも喰おうかとするサラリーマン。



 それから、彼女がテレビにはじめて映った日。大食いコンテストが流れた日。


 決勝戦


 1 ジャイアント城田 41杯

 2 コロンブス 13杯

 3 ジャンヌ川崎 2杯完食


 その日、世界中で豚骨ラーメンが100000000杯、食された。



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