第十六話 勇者の仕事
「なっ……!?」
「これ、は……」
誰もが目の前の惨状に絶句する。
同盟一行が目指した小村は、既に何者かの襲撃を受け壊滅していた。遠間から見えた立ち上る白い煙は、村人の生活からのものではなく、既に燃え尽きた家屋から発せられるものであった。──つまるところそれは、この村が一晩で壊滅させられたことを意味していた。
令嬢は生き残りが居ないか確かめるべく呼び掛けようとし、"鬼謀"に止められる。
「お待ちを。まだ敵が残ってる可能性もあります。まずは周囲の安全確認と、情報収集を優先すべきです。生存者の救出は、その後です」
令嬢は頷き武器を手に周囲を探る。幸いなことに残党の気配は無さそうであり、令嬢は胸を撫で下ろした。
しかし安堵したのも束の間、無惨に食い散らかされた村人の屍体を目にし、令嬢は堪らず嘔吐した。
「ひ、酷い……誰がこんなことを……」
その答えは自ずと判明することになる。
村中の地面に残る獣の足跡と屍体に残る歯形が、下手人が誰かを雄弁に語っていた。
「こいつぁ……魔獣の仕業だな。……ん? おい、ちょっと待て、一種類じゃねぇのか?」
「"暴勇"も気付きましたか。ええその通り、足跡が複数種類あります……しかも、それだけでは無さそうですよ」
"鬼謀"が地面に注目する。獣の足跡に混じって小さな足跡が複数、森の方角へと続いていた。
見間違えるはずが無い。この足跡は──
「ゴブリン……!」
令嬢の声に皆頷く。
しかし、不可解なことがある。
「待ってくださいまし……何故、魔獣とゴブリンが? 共に襲撃をかけたとでも?」
「そもそも魔獣とゴブリンが手を組むなんてあり得るんですか? それこそ、より上位の存在が率いてない限り仲間割れしそうなものですけど……」
「いえ、あり得ない話では無いかと……ゴブリンは稀に野犬や狼、猪などの野生の獣を使役し乗騎にすることが知られていますが……例えばこの大きな足跡から察するに、魔狼に加えて魔猪が居ると見てほぼ間違いありません。……複数種の魔獣を従えるゴブリンなど寡聞にして聞いたことがありませんが、もし仮に魔獣の使役に成功しているとすれば、その脅威度は想像に難くないかと……」
「……あぁクソッ、そういうことかよ! 道理で深い森ン中にいるはずの獣どもが、人気の多い街道沿いにまで出て来やがる訳だ!」
「ど、どういうことですの? 独りで納得してないで説明してくださいまし!」
"鬼謀"の推察から事の顛末を想像した"暴勇"は頭を抱えた。令嬢勇者に急かされながらも彼は己の勘と経験則から割り出された答えを口にする。
「本来、ゴブリンなんざ食物連鎖の底辺の筈だ。だが、仮にゴブリンが魔獣を従える術を得たなら、その力関係がひっくり返ることになるだろうよ。ゴブリンに縄張りを奪われ餌場を失った獣どもは、食糧を求めて街道や村の近辺のような人間の生活域にまで出て来るようになりやがる。そいつぁ、魔獣とて例外じゃねぇ。さっきの魔狼も、恐らくだが住み処を追われて街道沿いまで下りて来たに違いねぇ。つまりだ、それだけゴブリンの勢力が拡大してるって事だ!」
"暴勇"の出した結論に"鬼謀"も頷き賛同する。
「概ね"暴勇"の察しの通りでしょう。あぁ、最悪だ。これだけの数の魔獣を従えるということは、常に己の食扶持以外に大量の食糧が必要になるということ。奴らは更なる兵站を求めて付近の村や街を襲うことでしょう。そうなれば、また多くの命が失われることになる……!」
勇者たちは息を飲んだ。事態は想像以上に深刻なようだ。
「今から街に戻って報告し、援軍を求めるのは?」
「可能ではあります。ですが、再びここに戻って来るまでの間、奴らを野放しにしてしまいます。……その間にも奴らは勢力を増やし、更なる犠牲が出るかも知れません」
「だったら今から俺たちだけで殲滅に走るのは?」
「可能かどうかで言えば、可能です。幸い、今はまだ昼前ということもあり、ゴブリンどもが活発化する夜まで猶予があります。……ただし、かなりの危険が伴うでしょう」
進むか、引くか。二つに一つの選択であった。
彼らが意見を交わしていると、火災を逃れた家屋の方から物音がした。
一行は警戒し、家の中を覗き込む。
「だ、誰か居ませんかぁ……?」
「馬鹿、居るわけが……」
「ぁ、あぁ……! 助けてっ……お姉ちゃんを助けて!!」
"白骸"の呼び掛けに応えるように戸棚が勢い良く開き、中から少女が飛び出てきた。
少女は泣き腫らした目で錯乱したようにすがり付いた。
「落ち着け嬢ちゃん、何があった……!?」
「ぁ、あぅ、ご、ゴブリンどもが魔獣を連れてやってきて、村の皆……父さんも母さんも、みんな、く、食われて……お姉ちゃんが、あたしを戸棚に隠してくれて……でも、お姉ちゃんが、お姉ちゃんがゴブリンに……うぁ、あ、ああぁぁぁっ……!!」
「……さぞ怖かったでしょう。大丈夫、もう大丈夫ですわ……」
令嬢勇者は錯乱する少女を抱き締め宥めた。……余程恐ろしい目に遇ったのだろう、少女が落ち着くのに暫し時間を要した。
「……確認します。貴女のお姉さんがゴブリンに拐われたんですね?」
"鬼謀"の問いに少女は頷く。
周囲には破かれた衣類や少量の血痕こそあれど、少女の姉らしき遺体は見当たらなかったことから、ゴブリンに拐われたと見て間違いないだろう。
「お、お願いします! お姉ちゃんを助けでくだざい……っ!」
少女は涙ながらに必死に懇願する。
最早、勇者たちの覚悟は決まっていた。
「任せろ、ここから先は勇者の仕事だ」




