第七話 忠臣からの贈り物
浮浪児であろうか、痩せて埃にまみれた黒髪の少年が、キラキラした眼で令嬢勇者を見つめていた。
「……ええ、そうですわ。信じられないでしょうけど勇者でしてよ、わたくし!」
「わぁ、凄いや! 本物の勇者だ! カッコいいなぁ!」
無邪気にはしゃぐ少年の言葉に面映ゆさを感じた令嬢は在りし日の如く気丈に振る舞った。……何も守れない落ちこぼれの勇者なれど、せめて幼子の夢くらいは守りたかった。
「いいなぁ……僕もいつか勇者になって悪い魔物をやっつけるんだ!」
「ふふっ、きっとなれますわ。諦めないで挑み続ける限り、きっと……ね」
まるで自分に言い聞かせるかのように言葉を紡ぐ。
……夢見る少年の純粋さが夜の星よりも輝かしく眩しかった。
「その剣、凄くカッコいい……! ねぇ見せてよ! いいでしょ?」
「……ええ、構いませんわ。我が家に伝わる自慢の宝剣でしてよ」
少年は剣を受け取るとその重さに目を輝かせた。
──だが、鞘から剣を引き抜くと少年は唖然とする。
「あ……先っぽが折れてる……」
「……戦いで折れてしまったの。わたくしがもっと強ければ、折れなかったんでしょうけどね……」
「……お姉さん、負けちゃったの?」
令嬢は小さく頷く。
「わたくしがもっと勇者としてしっかりと一党を纏められたら……あるいは、誰にも守ってもらう必要も無いくらい強ければ、こうはならなかったんでしょうね……」
「ふぅん……だったら、もっと強くなればいいのに」
「……そうしたいのは山々ですけど、なかなか上手くは行かないものですの。……難しいですわね、勇者って。……さ、そろそろ剣を返してくださいな」
「……僕が手伝おうか?」
少年の言葉にクスリと小さく笑みが溢れる。
「それは……嬉しい提案ですけど、もう少し大きくなってから……」
「違うよ、この剣に言ってるんだ」
──少年の雰囲気が変わった。
「貴方、何を言って……?」
「──良いぜ、契約完了だ。この■■■■■■、お前の望みを叶えてやろう」
少年がそう言うと突如ボロ布の中から黒い靄が吹き出し、折れた宝剣を包み込むとそのまま少年の身体に吸い込まれてしまった!
「ああっ!? 貴方、何てことをっ!? 返して! 返しなさいよっ!」
慌てた令嬢は少年に掴みかかる……が、掴んだのはボロ布だけであった。
全身が黒い靄と化した少年は、宝剣にしたように令嬢を包み込むと、首に狙いを定めて巻き付いた!
令嬢は一瞬死を覚悟する……が、全くもって苦しくはなかった。
靄が晴れると、少年は居なくなっていた。
令嬢は首に違和感を感じ、手を触れる。継ぎ目の無い金属で出来た首輪が巻かれていた。中央に付いているこれは宝石だろうか?
「一体、何が……っ!? きゃあぁぁっ!!?」
令嬢は自分の身体を見て赤面した。先程まで着ていた服が無いのである!
足元を見ると衣服や下着の成れの果てであろう、燃え滓のようなものが散らばっていた。
「何!? 何なんですの!?」
「((落ち着け、使い方はわかるだろう))」
「だ、誰!? 誰なの!?」
「((いいから黙って魔力を俺に寄越せ))」
突如、令嬢の頭の中に声が響いた。
訳もわからず言われるままに首輪に意識を集中させる──魔法を教わったことなど一度もなかったが、正しく出来たようだ。
魔力の淡い光が令嬢の身体を包み込むと一瞬の後、首輪と同じ金属で出来た手甲にブーツ、そして下着鎧を纏っていた。
「なぁっ!? こ、こんな、破廉恥な……っ!?」
「((アフターサービスだ。文句は言わせねぇ))」
「そ、そんなことより貴方は誰!? わたくしの剣を返しなさい!!」
「((おっと、そいつは出来ない相談だ。一度貰った対価は鐚一文返せないぜ))」
「くっ……この鬼! 悪魔! 変態!」
令嬢はあらんかぎりの罵声を浴びせるも、この謎の声は令嬢にしか聞こえていない為、端から見たら下着鎧の痴女が大声で独り言を喚いているようにしか見えないのだ。幸いなことに日も暮れて人通りが無かったので、衛兵のお世話になることだけは避けられた。
「((まぁ落ち着けよ、やり方は鎧と一緒だ。ほら、手を出しな))」
言葉に従い、手に魔力を回す。すると、あの宝剣が最盛期の姿で現れたではないか!
愛剣を取り戻した令嬢は安堵し、豊満な胸を撫で下ろす。しかし、今度は鞘が無いではないか。
試しに先程とは逆に魔力を引っ込めてみると、剣は光の粒となって消えた。なるほど鞘は自分自身か、と令嬢は一人で納得する。
「((最後に契約者からの伝言だ。『最期までお供致します、我が主よ』だとよ。……全く、俺としたことが面倒な奴に捕まっちまったもんだぜ))」
謎の声はそう言うと、それきり喋らなくなった。
「そう……ありがとう。これでまた、戦えますわ……!」
最期まで共に戦うことを願った愛剣から贈られた戦う力に感謝の涙を溢す。
少年の纏っていたボロ布を拾い上げマント代わりに羽織ると、下着鎧の令嬢勇者は夜の静寂へと消えていった。




