第十一話 地下牢
「待て……今何か聞こえたぞ」
突如"暴勇"が立ち止まり静止のサインを出した。
「……偵察してきましょうか?」
「ん? 出来るのか嬢ちゃん?」
「ちょっとした応用ですが……」
少女勇者は手近にあった鼠の死骸の前にしゃがみこむと死骸に手を翳し意識を集中させる。少しの浮遊感の後意識が骨鼠へと乗り移り、身体を自由に動かせた。骨鼠の視界は薄暗い通路でも明瞭であった。
音の聞こえた方角へ向け素早く歩みを進めると、地下への階段を見つけた。どうやらこの先のようだ。偵察を終えた少女は2人にこの先の情報を共有する。
階段までの道中に潜むゴブリンは"暴勇"が手際良く始末して行く。事前に居ることがわかっているため対処は容易。逆にこちらが相手の意表をつくことができた。
やはりこの能力は便利だ、そう思っていた矢先"鬼謀"が眉をひそめた。
「骨の使役だけでなく憑依まで出来るのですか。ふむ……確かに便利ではありますが、見たところ憑依の使用中は極度の集中を要するようで、その間本体は無防備です。くれぐれも過信は禁物ですよ」
"鬼謀"の指摘は尤もで、これだけ意識を集中していたら本体が無防備になるのは否めない。
もし仮にそんな状態でゴブリンに襲われたら……?
少女勇者は自身の末路を想像してしまい身震いすると同時に、改めて自分の能力への過信がいかに恐ろしいものであることを自覚した。
階段を下りるとそこは地下牢であった。奥の方から女の人の呻き声が聞こえる。
「……貴女は見ない方がよろしいかと」
「っ……大丈夫、です……もう、見てしまいましたので……」
丁度1匹のゴブリンが不運な虜囚を相手に『お楽しみ中』であった。
背後から忍び寄る"暴勇"に気付いたゴブリンは、声を発するまでもなく首を飛ばされる。
地下牢には他数名の捕虜が確認できた。皆、一様に衰弱してはいるものの命はあった。
「……彼女たちの手当てをしたいです」
「ええ、構いませんとも。……ですが、今連れ出すことは推奨できません」
「どうして……?」
「単刀直入に言いますと、脱出できても犠牲が出ます」
"鬼謀"はいつになく真剣な顔で断言した。
「何だァ……つまりそいつぁテメェお得意の作戦じゃあねぇのか?」
犠牲が出ると聞いて"暴勇"が殺気立つ。
「まさか。私は勝つ為に多少の犠牲は払いますが、犠牲を払ってまで負けるのは御免被ります。仮にこのまま彼女らを連れて行動すれば、全員無事で生きて出られる保証はありません」
「んなもん俺が数人担いで入り口まで走れば……」
「それでは前衛の戦力がガタ落ちです。我々がここまで何をして来たのか覚えてないのですか? 既に我々が侵入していることは、奴らに気付かれていることでしょう。脱出を優先すれば確実に囲まれます。彼女らを守りながら戦えば不要な犠牲が出ることは確定です」
「で、でしたら私が頑張れば……骨ゴブリンたちで護衛すれば、きっと……!」
「一時はそれも考えましたが、探索開始から随分時間が経ってます。私目線ですが、貴女には少なからず消耗が見られます。……無理してはいませんか?」
「っ……すみません……」
限界ではないが少女が消耗しているのは確かだ。
改めて"鬼謀"の観察眼には驚かされる。
「じゃあなんだ、このままここに置いていくってのか?」
「その方が安全ではあります。ですが、見張りのゴブリンの死が露見してしまうと危険ですね」
"鬼謀"はフロアを見渡すと、ずた袋を拾って来てゴブリンの屍体を詰めた。
「ふむ……一先ずこれで隠すとしましょう。捕虜の皆さんはこのまま牢で待機を。必ず戻って来ますので」
一人一人に耳打ちした後、"鬼謀"は地下牢の扉を閉める。
「……ああ、閃きました。実は貴女に折り入って提案がありまして……こちらにですね、こういう細工をしたいのですが……斯々然々……」
"鬼謀"はそう言うと、先程のゴブリンの屍体が詰まったずた袋を少女勇者に差し出した。……全く、この鬼畜はろくでもないことを考えるものだ。
"鬼謀"の企みを飲んだ少女勇者は、ずた袋に細工を施すと地下牢に向かう通路の目立つ場所に無造作に置いた。
「ここで良いでしょう。では『掃討』の続きと参りましょうか」
「おう、皆殺しだ。1匹たりとも逃がしゃしねぇぞ」
"暴勇"は拳を鳴らし闘志を燃やしていた。
骨ゴブリンを引き連れ、暴力の嵐が突き進む。
Tips.
ゴブリンの生態 #2
ゴブリンの最大の脅威は、その数の暴力である。
非常に繁殖力に優れたこの種族は雄しか生まれないため、拐ってきた他種族の女と交配、生殖を行うことで数を増やす。
胎児の頃から成長が早く妊娠期間も短いため、母胎が多ければあっという間に増殖し、大群を成すことだろう。
余談だが、雌のゴブリンを見たという証言もある。
淫魔などの女しか居ない種族の血が混じったか、あるいは人間の子供がゴブリンと共に育ったか……いずれにせよ、眉唾物の話である。




