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2話

俺の周りは荒野が広がる。


確かにさっきまでコンクリートジャングルだの東京砂漠だの言う

温帯ではない世界にいたかも知れないが、荒野ではなかった。

詐欺でも宗教勧誘でもなかったんだ。


『あーあー、聞こえますかー』

茫然とする俺に聞き覚えがある声がする。

さっきまで一緒にいた、あの勧誘女。

「聞こえているよー」

俺は空に向かって声を出す。


『転送は成功しました。これより申し送りをいたします』

勧誘時の声とは違い、やや事務的な窓口嬢的な声が帰ってきた。


『まず服装は動きやすいものにこちらで変更しておきました』

たしかに背広ではなくなっている。


上から、日焼け防止なのか広いつばのサファリハット。

薄手のコートの下にはチュニックというか長めの貫頭衣。

コートに隠すように、肩掛けバック。


色は地味だが、耐久性のありそうなパンツ。

足元はしっかりしたブーツ。

上から下まで旅仕様だな。


『肉体も運動能力のピーク手前辺りを目安に再編集しました』

ということは15歳くらいか?


鏡がないから顔はわからないが、身体は軽い。

自分の腹を見てみたら引き締まっていた。

学生時代がそうだったような気がする。


『そして、ご要望の【コンビニ】の能力ですが、

【コンビニ】をイメージしていただくと発動するように設定してあります』

イメージで発動ってどうゆうこと?


いや、それよりも大事なことがある。

「俺は何をすればいいんだ?」

魔力が失われつつある世界。

ここでの俺の使命はなんだ。


『・・・・・』

束の間の沈黙。

おいまさか。

「ノープランなんてことはないよな?」

『・・・混乱した状況の鋭意改善お願いいたします』

「具体的にどう対応すればいいんだ」

『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応してください』

「要するに行き当たりばったりということかな」

何、このやりとり。


『これ以上は過干渉となりますので、通信を切らせていただきます』

「ちょ!ちょ!まてよ!」

人生で初めてチョマテヨ使っちゃったよ。

本当に焦ると出るもんなのね。


『より一層のご活躍をお祈り申し上げます。ではでは』

「お祈りメールか!」

『・・・・』

「おい、返事しろ!おーい。もしもーし!」


俺はしばらく声を上げたが、空しく荒野の空に吸い込まれるだけだった。

地面に大の字になって寝転んでみる。


空を見て思う。

焦りはしたが、不思議とパニックはない。

この状況は現実でも経験がある。

もちろん転移した経験ってことじゃない。


こりゃあれだ。

何とかしたい気持ちはあるが、さらに状況が悪くなると責任問題になる。

だからとりあえず魔力が少なくなっている現状改善として。


-魔力をべらぼうに持つ人間を送り込んで様子を見ています-


という体裁を整えただけなんだ。

対応しました感を醸し出して、次の指示を待つと。

俺は事なかれ主義のネタにされたってわけだ。


まぁ、愚痴っていても仕方ない。

俺は身を起こして、周りを見渡す。

どちらを見ても荒野が続くとおもったが、ある一方だけ

森が見えて、その先には町か城っぽい建造物が見える。


距離はあるが、このままここにいるよりはましだ。

とりあえず森に向けて歩きだした。

体は軽い。このまま歩き続けていればそのうち着くだろう。


・・・そう思っていた時代が俺にもありました。

肉体は健康な十代の若者かもしれないが、所詮は都会っ子。


森に入るころには疲労困憊。

体が熱い。

とにかく喉が渇いた。


鞄の中を漁ってみるが、見たこともない貨幣がいくつか入っているだけだ。

飲食物は欠片も見あたらない。


俺は一際大きい大樹の根本に腰を下ろす。

とにかく休憩だ。

喉の渇きを忘れるように目を閉じてみる。


元の世界ならそこら辺のコンビニに飛び込むだろう。

自動ドアが開いて、ひんやりした空気を俺を向かい入れる。


店員のいらっしゃいませの声を聞きつつ、左手に曲がる。


本・雑誌のエリアを過ぎて、まっすぐ行くと業務用冷蔵庫に

これでもかと飲料が並んでいる。

ドアを開けて良く冷えたお茶を手にとる。


「なんてね」

不毛な想像を終えて目を開けると、その光景は一部が異様だった。


俺の右手がない。

正確には前腕から先が黒い雲のようなもので覆われていて先が見えない。

だが、感触はある。

ずっしりとしてひんやりとしたペットボトルを握っている。


俺は右手を引いてみる。

黒い雲から俺の腕が姿を現す。

その先には、お茶のペットボトルを握り締めた俺の手があった。


思い切り蓋を外すと、中身を確認することなく一気に飲み干した。

清涼感が喉を通して全身に行き渡る。


「ぷはー。生き返るーーー」

酒を飲んだ時でも味わえなかった感覚。感動と言ってもいいだろう。


渇きが潤うと今度は空腹を覚える。


もう一度目を瞑ってイメージする。

コンビニの入る。

弁当売場へ行く、から揚げ弁当を取る。

レジを行く、温めてもらう。

商品を受け取る。

目を開く。


やはり俺の右手は黒い雲に覆われていた。

しかし俺の右手からは温かい感触がある。

ゆっくり引き抜くとほかほかのから揚げ弁当が顔を出す。


キタコレ!

フィルムを破って、蓋を取る。

湯気とともにから揚げの匂いが鼻をくすぐる。


割りばしをとって、弁当をかき込む。

表面がしんなりしたから揚げも、今は感謝を込めて食す。

ありがとう鳥。

ありがとうブロイラー。


肉体が若いせいか、腹がふくれると途端に元気が湧いてきた。

先へ進むべく腰を上げる。


「むー!むー!むー!」

森の奥から声が聞こえる。

俺は即座に理解した。


厄介事かぁ。

言っては難だが、俺は腕っぷしは弱い。

増してこちらは剣と魔法の世界と言っていた。

森で不穏な声がでる案件で腕っぷしのある悪党が絡んでいない訳がない。


ただ、叫び声は男性ではなかった。

女性か子供か。

女子供が被害に遭うのを無視するというのも寝ざめが悪い。


ちょっとだけ様子を見て、どうにもならないなら逃げよう。

俺は大樹を離れて、声の方へ向かう。

あくまで遠目から確認するだけ。


森の中ってのは声が反射して距離感がつかめないことがある。

近いと思ったら遠かったり、その逆もしかり。


何が言いたいのかっていうと、俺は距離感を誤った。

俺が藪から顔を出すと、子供の口を押えている男と目があった。

こんな近くにいたんかい。


男は一瞬ギョっとしたが、俺のナリを見て与しやすしと判断したのだろう。

「おい」と声を上げた。


それは俺に向かってではなく、もう一人の男を呼ぶものだった。

どちらの男も俺より明らかにガタイがいい。

呼ばれた男は事情を察すると、ニヤニヤしながら懐から剣を取り出した。

懐から出したものなので大きくはないが、俺を脅すには充分なサイズだ。

あと息の根をとめるのも。


俺はガタガタと震えが止まらなかった。


確かアニメで見たなぁ。

チンピラになめた態度をとったら、あっさり刺し殺された主人公。

あれは斬新だった。

俺もそうなるのかな。

戦うにもコンビニに武器は売っていないし、何かないか何か。


刃物の男は手の届く距離まで近づいている。

逃げることはできない。

背を向けた途端に刺されることは簡単に予想がつく。


男の顔が目の前にある。

いやらしい笑みは張り付いたままだ。

これ見よがしに剣を見せつけてくる。


追い詰められたせいか、いやらしい笑みを浮かべた男が心底むかついたからか。

俺はぎりぎりでひらめく。

武器を探すんじゃない、武器にしちまえばいいんだ。


とっさに思い浮かんだものが、右手で握った実感が生まれた。

手に持ったそれを俺は思い切り刃物の男に投げつけた。


火傷するほどに温まった液体が器から飛び出し、男の顔面に当たる。

「ぎゃぁぁぁぁ!」

男は剣を取りこぼし、両手で顔を押さえてで地面を転げまわる。


「よく出汁がきいているだろうが!」

まだ震えは止まらないが、なかなかの啖呵が切れた。

冬の風物詩。

おでんの汁は熱かろうよ。


もう一人の男は子供を投げ捨てると、やはり懐から剣を出して

俺に向かってくる。


高速でイメージする。

-レジ袋はご入用ですか-

お願いします。


レジ袋を掴むと、男に思い切り投げつける。

レジ袋は中身ごと男の鼻っ柱に激突した。

「ぐぇ」

男はひっくり返るとそのまま動かなくなった。


だが、それを気にする余裕はない。

レジ袋を握り直して、悶絶するおでんの汁男へ向かう。


「よう」

俺は汁男に声を掛けた。

目に入ったのか。未だに顔から手が離せないでいる。


「熱いだろう?冷やしてやるよっ!」

よっのタイミングでレジ袋に入ったロックアイスを男の頭に叩きつけた。

1.1kgのロックアイス3個入りの簡易ハンマーだ。


俺はレジ袋を構えながら、慎重に倒れた二人の様子を見る。

両方とも息はあるようだが、意識はないようだ。

良かった。

気絶してくれなければ、死ぬまでブロックアイス攻撃を加えなきゃならなかった。


そういえば子供はどうした。

完全に頭から飛んでしまっていた。

俺は辺りを見回した。


いた。

少し先に倒れている。

あのバカ男、思いっきりぶん投げやがったな。


俺は慌てて駆け寄ると、その首筋に手を当てた。

とくとくと一定のリズムを伝えている。

よかった。気絶しているだけか。


子供は少年で、身なりは良かった。

ジャケットは刺繍入りで、首から胸元までは白いフリフリが飛び出している。

シャボだがジャボだか鳥みたいな名のおしゃれ涎掛けだっけ?


こんなところへ、こんな格好で。

俺がよそ者でもわかる。

これほど鴨葱な場面はない。

襲ってくださいと言っているものだ。

お付きの人はおらんのか。


辺りを見回すが誰もいない。

やられたにしては、男どもの剣はきれいだった。

誘拐の最中なら剣をぬぐう暇はないはずだ。


あ、そうだ男ども。

このまま目を覚まされてはまずい。

何か拘束できないか。


俺は黒い雲からガムテームを1個取り出す。

本当はホームセンターでまとめ買い派なんだがな。


目を覚まさないうちに二人の手と足にガムテームを

グルグルに巻き付ける。

2個追加して両腕両足を完全固定してやった。


これで目を覚ましても、逃げるくらいの間は稼げるだろう。

野郎どもの武器を回収して、俺は子供の元へ戻る。


子供はまだ目を覚まさない。

このままここにいるよりは離れたいのだが、俺がこの子を担いで

歩いていたら、今度は俺が誘拐犯だ。

できれば目を覚ましてほしいが・・・


ふと地面を見てみると、コンビニ袋が転がっている。

中からは砕けたロックアイスが顔を出している。


俺は砕けた氷を一つ拾うと、子供の額に当てた。

子供の体温で溶けた水が顔を伝って地面に落ちる。


「う、うん」

冷たさに反応したのか、子供が声を出す。


「おい、大丈夫か、目を覚ませ」

ぺちぺちと頬を叩くと子供はゆっくり目を開いた。

俺と目が合うと慌てて、尻を地につけたたまま後ずさる。


「大丈夫だ。怪しいものじゃない」

どこに出しても信憑性がないセリフが俺の口をついた。


三本指を見せつけて、おいら怪しいもんじゃないよという

怪しいアニメを思い出す。

怪しくない訳ないだろって子供心に突っ込んだもんだが、

でも怪しくないアピールって、これしかないんだな。

ごめんなベロ。


当然、子供は何のリアクションもしない。

声を上げないだけマシなのだろうが。

何かインパクトを与えて・・・


俺がイメージして黒い雲から取り出したのはライター。

左手で拳を軽く握り、右手でトリガーを押しながら着火口を左手に押し付ける。

シューという小さい音が続く。


子供は警戒しているのか俺から目を離さない。

よし、そろそろか。


少しライターを離して、横車を親指で回す。

火花が飛んで、左手の親指付近にぼっと火が起こる。

子供は驚いた顔をしている。


そのまま左手を開くと握りこんでいたガスに引火。

ぼわっと手のひらに炎の花が咲いた。


「おぉ」

子供は思わず声を上げた。

ライターのガスを左手で包んで起こす極小ガス爆発だ。

良い子は真似しちゃ駄目だぞ、と思いつつ子供に声を掛けた。


「落ち着いたか」

子供は頷いた。

「あいつらに見覚えは?」

俺はグルグル巻きの連中を指さす。

子供は首を横に振る。

「一人か?」

今度は頷いた。

「何しに来たんだ」


俺の問いに、はっと何かに気づいた表情を見せた少年は

起き上がると、森の奥へ行ってしまう。

そっちは俺が来たほうじゃないか。


俺は慌てて追ったが、すぐに追いついた。

子供は、俺が昼飯を食べた大樹の元にいた。

胸元から小さな小刀を取り出す。

随分小さいが、全体に宝飾されていて高級なことは俺にも一目でわかった。


大樹の幹に刃当てて、全力で皮をはがそうと試みる少年。

見ていて危なっかしいのだが、良く見ると似たような高さに

何度か木の皮を少しずつ剥いだあとがある。

初めてではないのだろう。


子供は何とか長さ10cm程度の皮をはがした。

それを小刀と共に胸元にしまう。

達成感があるのだろう。

ほっと一息ついて後、俺の方を振り返る。

「助けてくれてありがとう」

にっこりと笑う子供に、俺も晴れやか気持ちになる。


ぐぅぅぅぅ。

緩やかな空気が漂うところに、腹の虫が鳴る音が聞こえた。

勿論俺ではない。


子供が俯いている。

誘拐されかけつつも何とか目的を達して、緊張が解けたのだろう。


俺は黒い雲からカップ麺を取り出す。

お湯が入れられるのも、コンビニならではだな。

もちろんプラスチックフォークも忘れない。


「熱いから気をつけてな」

茫然としている子供に注意して渡すと、俺はもう一個カップ麺を取り出す。

それほど腹が減っているわけではないが、俺の分だ。


フォークでカップの中から麺を掬い上げると、フーフーと息をかけて冷ます。

少し冷めたところで、ゆっくりと口に入れる。

いつもなら一気にずぞぞと吸い上げるのだが、今回はお手本だ。


子供も見よう見まねで、麺をフーフーしてから口に入れる。

もむもむと口を動かしていたが、突然ピタリと止まる。


ラーメン駄目な子だったのかな。

そう思ったのもつかの間、もの凄い勢いで麺をすすり始めた。

どうやらお気に召したようだ。

俺も負けじと麺をすする。


「おいしかったぁ」

「それは何より」

俺は空になったカップとフォークを片付ける。


「ねぇねぇ」

随分距離感が縮まったのか、子供は俺に屈託なく話掛けてきた。


話を聞こうとすると。

「むー!むー!むー!」

森の奥から声が聞こえた。


デジャブではない。

あのチンプラどもが目を覚ましたらしい。

ぐるぐる巻きにしてあるからすぐには自由にはなれんだろうが。


「ここにいては危ないな。移動しよう」

「うん。もう帰る」

「付いて行ってもいいか?」

「もちろん。助けてくれたお礼をします」


これは渡りに船だ。

この手の話で、町に入ろうものなら門番に止められて面倒になること請け合いだ。

いいとこのボンボンのようだから、上手くすれば顔パスでいけるかも。


「お礼はさておき、とりあえず町へ行こう」

俺は子供の道案内を得て、森を抜けることとした。


「お兄さんは・・・」

子供が先を行きながら、俺に問いかける。

「魔法使いなんですね」

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[一言] 続きが楽しみです
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