98話
常に『探知』で様子を窺っているものの、無法魔女たちが動き出すような気配はない。
こまめに移動をしているようだが、一定の範囲から離れずにいた。
『デカい工場がある辺りだ……何ヵ所か"目隠し"されているな』
信号針の電波が途切れてしまう箇所があった。
通信士の見ているレーダーに、通信不安定エリアが映し出されている。
「無法魔女を片付けたら調べてみる」
『深追いはするなよ?』
「危険を冒す価値はある」
ガレット・デ・ロワから引き抜いてまで、無法魔女を見張りに付けた施設だ。
何か面白いものが隠されているかもしれない。
「誘導して」
『了解。お手並み拝見ということで――』
わざわざ頼らずとも『探知』によって敵の動きは把握できている。
だが、土地勘もなければ専門的な知識もない状態だ。
通信士から誘導を受けることで、こういった際の最適な動き方を学べるかもしれない。
と、期待を抱いて案内役を任せる。
道程も最短に、奇襲を仕掛けやすいポイントまで手際良く誘導され――。
『――作戦開始』
合図と共に急接近し、死角から襲い掛かる。
「誰だッ――って、嘘!?」
駆ける足音に反応して無法魔女が振り向くも、反魔力圏内にまで距離を詰められた状態では成す術もない。
魔法が使えなければただの少女と変わらないだろう。
そのまま腹部に鋭い蹴りを放ち、蹲ったところに追加で回し蹴りを叩き込んで無力化する。
『荒いねえ。暗殺向きじゃなさそうだ』
「こんな相手に時間を取られるのは勿体ないから」
昏倒させさえすれば、後は回収班が取りに来る手筈になっている。
通信士側で座標を随時送信しているため、この戦闘が起きた場所も把握済みだ。
『咎人級"夜霧"――リストの一人だ』
あっさりと片付けたクロガネに驚きつつ、手早く回収班とのやり取りを済ませる。
近場で待機させているため、何分と経たずに到着することだろう。
生死は問わないと言われているものの、基本的にアダムは生きた状態の方がお好みだ。
それに、今回の標的となる三人はオーレアム・トリアの重要な情報を握っている可能性も高い。
今この場で無闇に殺す必要はない。
残りも生け捕りにすべきか……と、考えていた時。
『これは――動きが変わるぞ』
通信士が呟く。
直後、他の無法魔女たちが一斉に工場に向かって駆け出した。
一人潰されたことに気付いたのだろう。
「相手側に感知系の能力はないはず」
アダムから渡された無法魔女リストには、どれも直接的な戦闘能力しか記されていなかった。
さすがに手札を隠しているとも考え難い。
「……見付からない」
『けど、他に見張りがいるかもしれない』
少なくとも『探知』圏内に他の魔女は存在しない。
近くから見られているような様子もないが、遠くまで含めると監視するには数が多すぎる。
『こっちで探っておく。あんたは工場に向かって無法魔女を潰してくれ』
「了解」
炙り出しは専門家に任せればいい。
殺しの仕事はクロガネが請け負うのだから単なる役割分断だ。
無法魔女たちの動きに注意を払いつつ、何となく気になって尋ねる。
「どうやって動きを予測してるの?」
『直感だ。こういうのは知識と経験の積み重ねが物を言う』
それが上手いヤツこそ生き残る……と、通信士は笑う。
もし頭を使っていなければ、ここまで磨き上げる前に命を落としていただろう。
「要は、たくさん殺せってこと」
『御名答』
能力の差だけが強さではない。
技量が高ければ同等級の魔女に差を付けられる。
相手の動きを予測できれば酷い手傷を負わずに済む。
魔女ではないユーガスマでも、観察による予測と超人的な反応速度で銃弾を躱してみせたのだ。
魔法によって『思考加速』が可能なクロガネであれば、より上手く動けるはずだ。
力を使うことだけが戦いではない……と。
頭の片隅に留めておきつつ、工場に向かって疾走する。
「――見付けた」
標的を視界に捉える。
咎人級と愚者級が一人ずつ――苦戦するような相手ではない。
とはいえ、相手も素人ではない。
クロガネの接近を感じ取って、即座に臨戦態勢に入る。
「――『影槍』」
愚者級の魔女が無数の槍を生み出して射出――その全てを反魔力で強引に掻き消す。
「チッ!」
一方的な戦いに慣れすぎていたのだろう。
彼女が引き受けるような仕事場に、戦慄級が出張ってくるようなことは本来有り得ないことだ。
だが、即座に対魔武器を取り出して迎え撃とうとする辺りは判断が早かった。
相手の剣に合わせ、クロガネも上級-刀型対魔武器『死渦』を呼び出す。
相手は咎人級『九音』と愚者級『影濊』――無法魔女リストも、この二人で最後だ。
「――抵抗してみて」
実力を試すように、相手の動きを観察しながら刀を振るう。
単純に力の差で捩じ伏せるより、こうして相手の能力を最大限引き出させた方が学べることも多いだろう。
視線の動きや呼吸から、相手の狙いやタイミングを予測する。
そういった行為は達人業のようにも思えたが、意識しながら戦っていると気付けることが何度もあった。
愚者級が相手であれば力任せに押し潰せる。
だが、そのやり方では同格以上の相手が現れた際に対応できなくなってしまう。
剣筋や足捌きからも様々なことが学べる。
影濊の動きは洗練されていて、単純な剣の打ち合いであれば実力は拮抗するかもしれないほどだった。
魔女としての力量差を意識してか、常に身を守るように剣を振るっている。
生半可な攻撃では破れないだろう。
クロガネは『死渦』の刀身に魔力を込めて戦闘ペースを上げていく。
だが、その猛攻を遮るように、蚊帳の外にいた九音が対魔武器のナイフを持って突撃してきた。
警戒して距離を取るクロガネだったが、その瞬間に通信機から僅かなノイズが聞こえた。
『――伏せろ!』
指示通りに身を低くすると――。
「……ッ!?」
聞き逃してしまいそうなほどの風切り音と共に、頭上を何かが通過していった。
即座に『探知』を使うも反応は無い。
体勢をすぐに戻して九音を蹴り飛ばし、影濊を牽制するように刀を薙いだ。
『八時の方向、約五百メートルに狙撃手だ』
「……了解」
横目で窺うと、廃ビルが立っているのが見えた。
敵は無法魔女だけではないらしい。
それだけではない。
「今だッ――」
投擲と狙撃による連携。
そこで生まれた僅かな隙を頼りに、再び九音が攻撃を仕掛けてきた。
拙い動きで付き出されたナイフを躱し、すれ違いざまに『死渦』で足首を斬り付ける。
致命傷ではないが、立ち上がることはできないだろう。
直後に再び風切り音――銃弾自体は『探知』に引っ掛かるらしく、効果圏内に入ったのを確認してから体を揺らして躱した。
だが、そこまでは時間稼ぎに過ぎない。
相手も素人ではないのだ。
「やられっぱなしだと思うなよ!」
影濊が威勢良く声を上げ、その腕にマギブースターを打ち込んだ。
File:咎人級『九音』
音による振動を増減させられる無法魔女。
銃声を掻き消したり足音を消す等の使い方が可能だが、現代の魔法工学技術では同水準の消音器を容易く再現できてしまう。