96話
「なあ、ボスと何を話してたんだ?」
「後で聞いてみれば?」
素っ気なく返すと、カルロは「勘弁してくれ……」と体を震わせる。
アダムに気安く質問できるはずがない。
大悪党としての風格がある。
その鋭い眼光の前に晒されては、並大抵の精神では恐怖に屈してしまうだろう。
自分も魔女でなければ同様に怯えていたかもしれない……と、クロガネは肩を竦める。
「音信不通になった無法魔女を潰して回る」
「うっ……かなりの大仕事だな。それで通信士を補佐に付けるってわけか」
カルロは納得したように頷く。
短期間で仕事をこなすのであれば相棒として適役だろう。
「俺は何を手伝えばいいんだ?」
「アダムに聞いて」
今度は冗談ではない。
少なくとも、魔女同士の戦いにカルロを連れていっても足手まといにしかならないだろう。
予想はしていたのだろう。
カルロは残念そうに肩を竦める。
「俺も魔法が使えればいいんだがな」
生身の人間では魔女に勝てない。
外見こそ似通っているものの、生物としての根本的な構造からして違うのだ。
「改造手術でも受けてみればいいよ」
「それこそ勘弁してくれ……」
極めて技術水準の高い世界だ。
ユーガスマのように、生身の人間があれほどまでの力を持つことも不可能ではない。
当然、適応性がなければ命を落とすだけだ。
エーテル公害によって生物が魔物化してしまうのは、身体に十分な耐性がなく、存在そのものを呑み込まれて変質してしまうことによる。
生まれながらにして魔法の源――魔力として行使できるのは魔女のみなのだ。
「対魔武器を買うとかは?」
「貯金を叩いても精々が中級の対魔武器だしな……それに、威力が足りても身体能力に差がありすぎる」
常人では愚者級相手でも厳しいだろう。
当たりさえすれば有効打になるが、際立った射撃の腕がない限りは無謀な戦いだ。
そういった点で言えば、特級対魔弾を大量に保有するアダムは敵に回すと極めて厄介だ。
戯れに銃を突きつけ合っただけでも技量の高さが窺える。
もしあのリボルバーに五発装填したならば、それだけで彼は対魔女戦闘において優位に立てるはずだ。
「……なら、走り込みでもしてればいいよ」
クロガネは肩を竦める。
技術水準の高い世界とはいえ、エーテルの恩恵を直接受けられないような人間に過度な期待をするのは酷だろう。
無力を悔いて死んでいく者が大半の世界なのだから。
「そういや、あんたが紹介してくれた無法魔女なんだが」
「真兎は役に立ってる?」
「ああ。特に今は、何人か無法魔女が音信不通になっちまったからな」
気軽に雇える外部戦力――中でも咎人級や愚者級の魔女は、対人間を主とする仕事を任せるにはコスト面で優れている。
以前、カルロが特級対魔弾を密輸している最中に仕向けられた刺客も愚者級だった。
「上級の対魔武器を振り回す力自慢の無法魔女……おまけに高価なESSアーマーまで着込んでるとなれば、ガキだろうが優秀な殺し屋になれる」
真兎は最低ランクの咎人級だ。
まだ幼く、その能力も成人男性よりやや優れた身体能力を持っているだけにすぎない。
それでも高価な装備が揃えば話は別だ。
マクガレーノから譲渡されたものはどれも不相応な品物だったが、使いこなせるように努力を重ねているらしい。
「それに、そこらの奴より気合いが入ってるからな。これから色々学んでいけば使い物になるはずだ」
「そう」
足を引っ張るようなことがなければ問題ない。
身寄りの無い状態で路地裏に座り込んでいるよりは、こうして汚れ仕事でも稼げた方が安泰だ。
何より真兎自身がそれを望んでいる。
ガレット・デ・ロワにとっても専属の魔女を得られるのは利益となるだろう。
都合良く恩を売れる相手がいて、それを上手く繋ぎ合わせただけ。
情けをかけたわけではない……と、クロガネは割り切っている。
「ここがオペレータールームだ」
無駄なことを考えている間に目的の部屋に到着する。
思い返してみれば、クロガネは通信機越しでしか通信士と会話したことがなかった。
「俺は仕事に戻るが……中を見たら驚くかもな」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、カルロは立ち去った。
すると、洋館の内装に似つかわしくない電子ロックが掛けられたドアが、招き入れるように自動で開く。
『ボスから話は聞いてる。さ、入りな』
ドア上部のスピーカーから男の声がした。
遠慮なく足を踏み入れて、部屋の奥に座っている人物に視線を向ける。
「よっ、禍つ黒鉄。こうして対面するのは初めてだな」
「……誰?」
薄暗い部屋の中で、無数のモニターを背に"女性"が座っている。
クロガネより少しだけ年上のようで、服装はタンクトップとホットパンツだけの簡素なものだった。
あまり頓着しないのか、着崩れして胸元が大きく露出している。
「おっと、聞いてなかったのか。仕方ないな――」
女性は散らかったデスクから通信端末を拾い上げて、マイクを室内のスピーカーに繋ぐ。
『――あーあー、これで分かるか?』
聞こえてきたのは通信士の声だ。
どうやら仕事中はボイスチェンジャーを使用していたらしい。
「なにかと都合が良くてなぁ。下っ端共に指示を出すにしても、取引先と交渉するにしても……な」
知ってるのは正規の構成員だけだ……と、通信士は付け足した。
「で、仕事の話だったよな……っと」
通信士は飲みかけのエナジードリンクを一気にあおり「ぬるいな……」と顔をしかめる。
備え付けの空調を使っているようだが、部屋に敷き詰められた機器類を冷やすには不足しているらしい。
機械の熱によって室内は少し暑く感じてしまう。
「無法魔女のリストは持ってるな? この部屋から遠隔で支援させてもらう」
「……そう」
カメラ付きの小型ドローンを指差して言う。
上空から敵の動きを監視できるのは大きな利点だが、クロガネには『探知』があるため恩恵は薄い。
「あー、ちなみに。これは視界を共有するのが目的だ。都度、情報を整理して必要なことを伝える」
無法魔女と組む時はそうしているんだ……と、通信士は肩を竦める。
「魔女の力は圧倒的だが、現代の魔法工学技術なら抑え込むことも不可能じゃない。特に今回はあの"戦争屋"――ヴィタ・プロージットが絡んでるしなぁ」
アダムから警戒するように言われた殺し屋集団だ。
そこらの犯罪組織とは訳が違うらしい。
「どれくらい厄介なの?」
「奴らは無法魔女の首を幾つも取ってる。金さえ払えば公安にもシンジケートにも喧嘩を吹っ掛けるイカれた連中だよ」
特に対魔女に特化した組織だと通信士が言う。
様々な道具を用いて狡猾に獲物を仕留める狩りの専門家らしい。
「奴らは"戦慄級"を生け捕りにした実績もある。正直、あんたみたいな単独行動は推奨しかねるんだが……」
クロガネは首を振る。
利害の一致で行動を共にするならいいが、そうでなければ群れるつもりはない。
色差魔は別の仕事を請け負っているだろうし、屍姫も何かしら目的を持って動いている様子だ。
声を掛ければ駆け付けるだろうが、不用意に借りを作りたくもなかった。
「一人で殺る」
「……なら、こっちは出来る限りの支援をするとしよう」
通信士は肩を竦めつつ、仕事の準備に取り掛かる。
File:通信士-page1
ガレット・デ・ロワの通信技術担当。二十歳。
その専門性の高さと頭脳を買われ、半ば強引にオペレータールームに押し込まれたが、仕事環境はそれなりに気に入っているらしい。