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95話

「さて、手土産は堪能させて貰ったが……そろそろ本題に入るか」


 葉巻で灰皿をコツコツと叩いて、アダムが少しだけ居住いを正す。

 応接室には二人だけだ。


「長丁場になりそうだが……手始めに、お前さんに頼みたいのは"裏切り者"探しだ。家の中が透けて見えるってのは落ち着かねえ」


 今回クロガネに依頼を出したことさえ筒抜けになっている。

 となれば末端の仕業ではないはずだ。


 本拠地に足を踏み入れられる正規の構成員。

 その中でも、かなり重要な情報まで入手可能な者となればターゲットは絞られてくる。


「幹部連中の腹を探れるか?」

「餌を用意できるなら」

「おお、何でも言ってくれ。とびきりのモンを用意してやる」


 裏切り者を釣り上げるには旨味のある餌が必要だ。

 とはいえ、裏社会で長く生き延びてきた幹部たちが騙されるかどうかは内容次第だろう。


 クロガネは要求を幾つか伝える。

 狩場をセッティングして、あとは尻尾を出した者から叩いていけばいい。


「どのくらいの期間が必要?」

「三日ありゃ十分だ。その間に、音信不通になった魔女を仕留めてくれ」


 記憶装置を投げ渡され、クロガネは自身の端末に繋いでデータをコピーする。

 入っているのは契約関係にあった無法魔女アウトローのリストだ。

 顔写真と名前、災害等級から直近の行動履歴まで事細かに記されている。


「コイツら全員探し出せるか?」

「問題ない」


 いずれも行動範囲は狭い。

 生身の人間を向かわせても取り逃がしてしまうだろうが、クロガネは『探知』による捜索が可能だ。


 広域を探るのは骨が折れるが、これも仕事の内だ。

 対魔女における戦闘経験も得られるのだから、受注するメリットは大きいだろう。


「……」


 オーレアム・トリアはガレット・デ・ロワの戦力を削ぎながら自身の勢力を拡大させている。

 組織に関しても、アダムが警戒するような殺し屋集団を乱用するほどの資金力がある。


 地域内の掌握までには至っていないが、単純なパワーバランスに関しては拮抗しているのかもしれない。

 背後にスポンサーが付いていることも気掛かりだ。

 もし全面戦争にでもなれば、現状からでは勝敗がどうなるか分からない。


「結構手を焼いてる?」

「否定はできねえな。資金源が不明なせいで、奴らの戦力を掴みきれてねえ」


 無闇に攻め込んでも返り討ちに遭うだけだ。

 こういう事態だからこそ、焦れてしまわないよう冷静さを保つ必要がある。


「喧嘩吹っ掛けてくる奴なんざ久々だからなぁ」


 そう語るアダムは嬉々としていて、やはり余裕の色が窺える。

 ここまで組織の規模を大きくするために、同様の事態を何度も経験してきているのだ。

 彼にしか見えていない"何か"があるのだろう。


 相手がこれほどの規模ともなれば、抗争に打ち勝った際の略奪品にも期待が持てるだろう。

 今回の手土産からも高価な品物を持っていることが窺える。


 厄介なのは内通者の存在だろう。

 まだ確定したわけではないが、組織内の情報が漏れている可能性は高い。

 彼は誰を信用して、誰を疑っているのか。


 その疑問を見透かしてか、アダムは残忍に嗤う。


「後ろめたい稼業に手を染めるなら"誰も信用するな"ってな。裏社会で生き抜く大前提だ」


 古株の構成員も、長い付き合いのある取引先さえも。

 人間を完全に管理する手段などないのだから、どこかで手のひらを返すかもしれない。


 こういった稼業を営むからこそ、利益を優先して鞍替えされるなど飽きるほどに経験してきた。

 今回買収されてしまった無法魔女アウトローたちもそのうちの一つに過ぎない。


「まぁ、お前さんと同類ってわけだ」


 心を許すような相手を作らない。

 関係性に一定の距離を置いて、ビジネスライクに脅しを掛けるくらいが丁度良い。

 組織を経営する上で敢えて孤独を選択したのだ。


 アダムは銃を取り出して、片目を瞑ってクロガネに向ける。

 何かと試すような仕草だと思っていたが、どうやら別の意味を孕んでいたらしい。


「関係性を掴めねえ奴には銃を向けてみりゃいい。味方か敵か、それとも中立か……都度確認してやれば考えも見えてくる」


 カルロに説いた常在戦場の心構えも、実際はアダム自身に向けられたものだったのだろう。


 敵対者であるならば、銃口を向けられた際に不自然な反応を見せるはずだ。

 一瞬の違和感を見逃さない観察眼があったからこそ、アダムはこうして巨大なシンジケートを築き上げられた。


 そこでドアがノックされ、カルロが入室して――。


「――うおっ!?」


 向けられていた銃口に気が付いて、転がるようにしてクロガネの裏に隠れた。


「あー……まぁ及第点だ」


 アダムは「情けねえ奴だ」と肩を竦める。

 即座に射線から逃れ、銃を抜いて構えられるところまでいけば高得点を与えられただろう。


 自分より強い者に判断を委ねるのは間違ってはいない。

 だが、カルロの場合は怖がって隠れただけで、それ以上の意味は無いように見えた。


「見ただろ? コイツはこういうタマだ」


 臆病だが生存本能だけは優秀で、アダムの持つ"脅し"にも従順な反応を見せる。

 手元に置くには使い勝手が良いと、嘲るように嗤っていた。


「おい、通信士オペレーターの部屋に案内してやれ」

「はいボス!」


 困惑しつつも、カルロは慌てて立ち上がる。

 確かに裏切るほどの度胸は無さそうだ……と、クロガネも嘆息する。

File:アダム・ラム・ガレット-page2


巨大な犯罪シンジケート『ガレット・デ・ロワ』の首領。

極めて優れた観察眼を持っており、手元に置く人間は厳選された才能の持ち主かつ首輪を掛けられる者のみに留めている。

そのため、組織の規模こそ大きいが正規構成員の人数は他勢力より少ない割合となっている。

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