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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
3章

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91話

「……シケてんなぁ」


 愛用の銃を磨きながら男が呟く。

 応急手当用に持ち歩いていたガーゼだったが、返り血を拭うくらいにしか使ったことはなかった。


 空のマガジンを排出すると、足元で呻くような声が聞こえてきた。


「咎人級……名前は何だったか?」


 髪を掴み挙げると、涙に塗れた顔が見えた。

 死の恐怖に顔を歪ませている。


「ゆ、許して……」


 覚悟は決まっていない様子だ。

 その様子に苛立ちを見せつつも、男は通信端末を取り出して――顔を撮影する。


「喧嘩を吹っ掛ける相手を間違えたな」


 手を離すと、そのまま魔女は地面に顔を強打して呻く。

 抵抗する気力は残っていないらしい。


 既に首輪型のMEDが取り付けられている。

 身体能力こそ高いものの、銃火器を構えた殺し屋に囲まれては成す術がない。

 沈黙は死を先延ばしにしているだけにすぎなかった。


「ルトガー、依頼主に連絡してやれ」

「あいよー!」


 通信端末を細身の男に投げ渡す。

 メッセージに先ほどの画像を添付して、報酬受け渡しの用意しておくようにと付け加えた。


「グスタフ、を輸送車に積み込んどけ」


 足元の魔女を指差すと、一際体格の良い大男が乱雑に担ぎ上げる。

 死なせさえしなければ納品状態は問われていない。


「報酬に目が眩んで事前調査を怠るなんざ、救い様のないバカがやることだ」


 だから虎の尾を踏む……と、男は嘆息する。


 シンジケートから恨みを買った者が処分されるだけ。

 裏社会では日常的に見られる光景だ。

 普段と違う点を挙げるならば、今回の獲物は魔法省の登録魔女だったことだろう。


「あいつら、嗅ぎ回られるの異様に嫌ってるもんねー」


 ルトガーが端末を投げ返す。

 画面に表示された依頼主からのメッセージに目を通し、ポケットにしまう。


「どこも似たような黒いもんを抱えているだろうが、オーレアム・トリアは一際黒い」


 でなければ、過剰な報酬を積んでまで殺し屋を雇う必要はない。

 魔女を狩れるほどの組織となれば余計に割高だ。


「金払いだけは良いが……そろそろ潮時か」


 厄介事に巻き込まれる前に手を引くべきだろう。

 そのタイミングを見極めることが重要だ。


「今回で縁切る感じ?」

「まだ時期が悪い……が、精々あと二三引き受けるくらいだ。それ以上は関わりすぎちまう」


 男は帽子を深く被る。

 鋭い三白眼が輸送車に向けられた。


 鼠を捕まえるだけの簡単な仕事だった。

 依頼主は新進気鋭のシンジケートで、凄まじい勢いで勢力を拡大させ続けている。


「奴らはここ数ヵ月だけで三つの同業者を潰してる。そろそろ、ここらのかしらが出張ってきてもおかしくねえ」


 縄張り内で好き放題されて黙っているような組織など存在しない。

 メンツを潰されたとなれば、総力を挙げて報復するまでだ。


「フィルツェ商業区をシマにしてるやつっていうと……あー、なんだったかな」

「――ガレット・デ・ロワだ」


 ルトガーが首を傾げていると、輸送車に荷物を積み終えたグスタフが戻ってきた。


「なぁゲーアノート。奴らが潰しあったら、どっちが勝つ?」

「下らねえことを聞くな」


 三白眼の男――ゲーアノートは呆れたように嘆息する。

 尋ねるまでもないことだ。


「俺を安く見た奴が命を落とす。高く見た奴が生き残る」


 抗争の際に雇われる外部の殺し屋集団。

 その中でも、彼が率いる組織は名前を出すだけで脅しになるほどに知れ渡っている。


 金を惜しまずに依頼した者が勝つ。

 ゲーアノートにとって、それはガレット・デ・ロワでもオーレアム・トリアでも構わない。

 報酬目当てで殺しを生業としているだけなのだから。



   ◆◇◆◇◆



――フィルツェ商業区、エルバレーノ四番街。


 昼下がり。

 大通りには雑貨屋が建ち並んで、人々が買い物を楽しんでいた。


 クロガネは一人、人混みの中を歩く。

 興味を引かれるような商品は特に見当たらない。

 そもそも雑貨屋に用はない。


 依頼の話――それも、組織間の抗争に関わる内容だと。

 真兎たちの一件以降は単調な殺しの依頼ばかり続いていて、さすがに飽き始めていた頃だ。


 指定されていた路地裏に五分ほど早く到着する。

 下っ端を使いに出すと言われていたが、まだ姿は見えなかった。


「――ねえ、お姉さん魔女だよね?」


 声を掛けられ、クロガネは振り向く。

 フードを深々と被った小柄な無法魔女アウトロー――等級は取るに足らないレベルだろう。


 見知らぬ顔だった。

 少なくとも、今回の依頼者と繋がりがある人物ではない。


 言葉を返さずに殺気を向けるが反応は無い。

 刺客なら警戒を、素人なら怯えを見せるはずだ。


「これさ、マギブースターってやつ。最近流行ってるんだけど興味ない?」


 へらへらと笑みを浮かべながら見せてきたのは何かの薬品だった。

 注射器とセットになって、十五センチ四方のケースに納められている。


 ラベルには"煌性発魔剤"の文字。

 見覚えがないわけではないが――『解析』を行使する。


 成分は以前見かけたCEMケムの試作品に類似している。

 濃度が低い粗悪品だが、効果も多少は期待できるだろう。


 問題は、不要な混ぜ物がしてあることだった。

 薬剤の効能を損なうことがないように、巧みに配合されているのは精神抑制剤――エルバーム剥薬に極めて近い。


 クロガネは即座に無法魔女アウトローの首元を掴み上げ、そのまま壁に押し付ける。


 人気の無い路地裏だ。

 いくら叫んでも誰も来ない……と、警告した上で問う。


「――どこで手に入れた?」


 クロガネの支配領域内だ。

 反魔力の届く範囲で、低級の魔女など人間と変わらない。


「え? いや、えっと……」


 薬物の密売自体を咎めるつもりはない。

 道徳倫理の及ばない裏社会だ。

 少し大通りを外れただけで、こういった暗いものが出てきたとしても何の問題もない。


 しかし、この無法魔女アウトローが"ガレット・デ・ロワの許可を得ているのか否か"という点は重要だ。

 シマを荒らしているような余所者であれば、アダムは高く買い取ってくれることだろう。


 木っ端に売人をやらせて薬物をばらまくような、中途半端な仕事はアダムらしくない。

 そもそも煌性発魔剤を得られるような繋がりも無いはずだ。


 その気になれば握力だけで首をへし折ることもできる。

 尋問しつつ、力を徐々に込めていくと――。


「……おっと、取り込み中か?」


 予定の時刻を五分ほど過ぎて、カルロが到着した。

File:マギブースター


粗悪な煌性発魔剤。

効能は本来の一割未満にまで抑えられ、変わりに依存性を高める成分を配合されている。

成分は長期間に渡って体内に蓄積される。

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