88話
結因を繋ぎ止めている魔法回路を破壊する。
その衝撃で内部の貯蔵炉からエーテルが溢れ出し、眩く点滅を始めた。
「――『解析』ッ!」
無事に助け出せるのだろうか。
激しい焦燥と僅かな不安が入り交じる。
魔法回路は確かに破壊した。
だが、装置に蓄積されたエーテルが宿主を手放さないようにと縛り付けている。
そのせいで、意識は未だ魔物化したままだった。
しかし、放出しているのは貯蔵炉だけではない。
よく見れば、結因に蓄積された過剰なエーテルが、ほんの少しずつ、弱々しく絞るように流出している。
「……抵抗してる」
結因については詳細が不明だ。
名付けられるような能力の発現は無いらしいが、魔力操作に適正があるのはCEMの調査で判明している。
未だに拘束から逃れられない状態だったが、エーテル値低下装置との機械的なリンクは解除されている。
そのおかげで、強引に利用されていた能力の自由が戻ったのだ。
生存本能が働いているのだろう。
無意識下で、過エーテル状態から脱却するために抗っている。
「――『能力向上』ッ!」
地を蹴って、結因に向かって駆け出す。
周囲に吹き荒れる莫大なエーテルの奔流は、物理的な破壊を伴った波を生み出していた。
大地が抉れていく。
装置に取り込まれた怨廻たちが溢れ出して、世界を黒く染め上げていく。
「クロガネ様ッ」
屍姫がアンデッドに指示を出し――研究施設の残骸を投擲して遮蔽物を作り出す。
だが、それもすぐに怨廻に取り込まれて溶け消えてしまう。
気休めにしかならないが、屍姫は投擲を継続させる。
一瞬だけとはいえ、繰り返し前方を塞げばクロガネの負担を減らせるはずだ。
「クロガネ!」
色差魔が僅かな魔力を振り絞り、直線上に『色錯世界』を行使する。
怨廻さえも塗り潰して固有領域を展開する。
屍姫が築いた遮蔽物と合わさって――結因まで続く一本道を生み出した。
だが、結因の反魔力によって徐々に抑え込まれている。
二人ともクロガネに魔力を譲渡した直後で、消耗しきっている状態では長く持たないだろう。
『アァァ……ッ』
苦悶するように結因が呻き、手を翳す。
エーテルに支配された意識が脅威を排除しようとしているのだろう。
既に『限定解除』の効果は失われた。
クロガネ自身の力だけでは、まだエネルギー波を耐え凌ぐことはできない。
本来なら死を覚悟するはずだった。
手元に莫大な魔力が集束していき――。
「させないよ~?」
裏懺悔が反魔力を用いて、集束していた魔力を強引に抑え込む。
発動まで数秒でも時間を稼げば十分だ。
既にクロガネは手の届く距離まで接近している。
そして、結因に触れる。
彩度を失った体が、クロガネの魔力を受けて僅かに熱を帯びる。
助け出すのだ。
このまま死なせるわけにはいかない。
死んで終わりなどという下らない筋書きは、クロガネ自身が納得できない。
だからこそ。
――下らない運命を。
――煩わしい因果を。
「――壊してッ!」
結因の胸元に触れ、魔力を振り絞って『破壊』を行使する。
望んだのは、ただ少しだけの安息。
嫌気が差すような世界の中に、ほんの僅かでも救いがあってもいいはずだ。
視界に光が溢れる中。
魔力欠乏に陥ったクロガネは、そのまま意識を手放した。
File:魔力欠乏
魔力は保有する魔女の精神と複雑に絡み合っている。
過剰な行使によって引き起こされる魔力欠乏は、肉体面だけでなく精神面にも大きな負担となり意識を失うことに繋がる。




