84話
空中制御を失って、結因が地上に降り立つ。
未だ途方もない魔力は健在で、あくまで地面に引きずり落としただけに過ぎない。
魔力砲の余波で拘束から逃れた色差魔が、ビショップを抱えて着地する。
「ふふん。あたしだって役に立つでしょ?」
自慢気な様子で胸を張るが、言葉を返すほどの余裕はない。
全ての思考を目の前の魔物に向ける必要がある。
「……ッ」
攻撃は通用する。
消耗を省みなければ、こうして空の自由を奪うことも出来る。
しかし、脅威となるのはむしろこれからだった。
『虚――黒情の星々』
闇色をした球が無数に、結因の周囲を取り巻くように浮遊する。
それぞれが途轍もない魔力を内包したエネルギー弾だ。
「チッ――『戦闘演算』」
これまでの『思考加速』より高度な魔法。
系統こそ似通っているが、支配領域圏内に入ったあらゆるものの動きを予測可能となる。
絶望的な状況だが応戦せざるを得ない。
地下にはまだ真兎が残されている。
色差魔や屍姫はともかく、このエネルギー弾の雨から逃げ出すのは不可能だ。
『――滅旋』
即座にエーゲリッヒ・ブライに持ち換え――爆ぜるように射出されたエネルギー弾を迎え撃つ。
全方位を焼き尽くす爆撃のような魔法だ。
クロガネは弾薬に『破壊』の力を込め、こちらに飛来する全てを撃ち落とそうと狙いを定める。
軌道自体は直進するだけで速度の変化も無い。
反魔力による減衰は期待できない。
災害等級の高い三人の魔女が揃っていても、今の結因を相手にしては戦力不足だ。
それでも耐え凌ぐ必要がある――持ち得る最大限の能力を駆使して、各々がエネルギー弾を退ける。
「はぁっ、はぁ……ッ」
呼吸が酷く乱れる。
一瞬の出来事が永遠のように感じてしまう。
ほんの数センチ先を掠めるだけでも大火傷になるだろう。
銃弾で撃ち落とそうにも、全てに意識を配り続けると頭痛で頭が割れそうなほどだ。
それでも退くという選択肢は与えられない。
「ッ――」
屍姫はルークを盾として動かし続けている。
強靭な肉体を持つ大罪級のアンデッドに『刻冥壊世』による過剰強化――その拳でエネルギー弾を打つも、長くは持たないだろう。
傍らの色差魔は二人よりも余裕が無い。
固有の支配領域を展開する『色錯世界』は強力だが、それ以外では直接的な戦闘に役立つ能力に乏しい。
明確な格上を前にして、最も死を近くに感じていることだろう。
二人の動きにも気を配りつつ、クロガネはリスクの大きなものにだけ狙いを定めていく。
さすがにこの状況では、命を繋ぎ止められさえすれば僥倖だ。
そうして限界状態で動き続け――。
「ッ……はぁっ、はぁっ」
エネルギー弾が途絶えると、即座に呼吸を整え始める。
これで魔力切れを起こしてくれるなら対処法も思い浮かぶのだが――。
『虚――』
結因が手を翳す。
今度は狙いを定め、前方に向けるように。
再び閃光が放たれるかもしれない……と、警戒するも余力が無い。
フェアレーターによる全力の魔力砲は一度きりだ。
通常での行使ならばともかく、さらに『破壊』を上乗せして放ったのだから気を失わないだけ上々だろう。
その上、二度目の魔法まで耐え凌いだのだ。
残存魔力は既に底が見えている。
次は躱す必要がある。
だが、果たしてこの場の全員が無事に切り抜けられるだろうか。
少しでも悪足掻きを……と、フェアレーターに持ち換えて僅かでも減衰させることを狙う。
そんな窮地を嘲笑うかのように。
『――明けぬ夜』
先ほどと同様に、莫大な魔力が集束していき――。
「――破ぁッ!」
阻むように、駆け付けたユーガスマが掌底で打つ。
機械部分を大きく揺さぶられ、集束した魔力は散らされた。
彼の妨害に憤慨するように無数の触手が伸びるも、その全てを打ち払ってから冷静に距離を取る。
「脅威は排除する。退け、無法魔女」
殺気立っている。
裏懺悔との交戦のせいか、或いは先ほどの結因の閃光を受けたせいか。
スーツにも汚れが目立っていたが、手負いと呼ぶほどの傷は見当たらない。
十分に戦える状態だろう。
「……邪魔しないで」
クロガネはフェアレーターを突き付ける。
あの様子では、カプセル内に閉じ込められた結因も処分するつもりだ。
一時停戦して協力するなどあり得ない。
求めている結末が違いすぎる。
無言で魔力を込め――放出。
並大抵のESS装置では防ぎきることは難しい威力だが――。
「――退けと言った」
そう言って、魔力砲を素手で容易く打ち払う。
拳に魔力を纏っていることは確認できたが、それ以上のことは分からない。
「……」
最後の警告だ。
ここで従わなければ、自分たちまで処分対象にされてしまう。
結因だけでも命の危険があるというのに、ユーガスマまで相手取る余裕はない。
殺し合いになれば確実に負けてしまう。
格上を前にして、結因を救い出すことなど不可能だ。
「はぁ……」
クロガネは苛立ちを露にする。
自身を含め、結因にもユーガスマにも通用する戦力がいない。
この場に裏懺悔がいれば別だが、未だに行方が分からない状態では頼りにもできない。
魔力の切れ掛かったクロガネと手傷を負った魔女二人では、意地を張って留まるのは自殺行為だ。
逡巡するも――フェアレーターの召喚を解除する。
「賢明だ」
ユーガスマが結因に向かう。
その隙に、クロガネは振り返って二人に問う。
「余力はある?」
意図は聞き返すまでもない。
その魔力を欲している。
「あたしで役に立つなら、全部持っていって」
「私はクロガネ様の所有物です。身も心も、魔力も全て捧げます」
魔力を譲渡すれば動けなくなることも理解している。
この場で魔力欠乏に陥ったなら、その先に待っているのは"死"のみだ。
精々、ユーガスマに殺されるか結因に殺されるか程度の違いでしかない。
「終わったら地下に戻って。真兎はまだ動けるから」
地上に出さなくて正解だった。
アモジを見張るだけでなく、動けなくなった二人を任せることもできる。
まさか真兎まで戦力として換算することになるとは……と、クロガネは肩を竦める。
ユーガスマを時間稼ぎとして利用し、全てを片付けるための準備を始めた。
File:『機式』フェアレーター-page2
高出力の破壊兵器。
クロガネの持つ機式シリーズの中で最も魔力消耗の激しい武器だが、成長に伴って『破壊』の効果を上乗せできるようになった。
魔力砲の集束は可変で、ある程度までなら圧縮させて密度を高めることもできる。




