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83話

 蒼白い光が地表を穿ち、天へと突き昇る。

 それに混ざって何か影が見えたような気がして、クロガネは空を見上げる。


「……ッ」


 巨大な何かが蠢いている。

 一帯の怨廻エンネを吸収して、機械と生命とが入り雑じった冒涜的な様相を呈している。


 三対の腕、二対の翼。

 蠢く触手は途方もない数だ。


 中心に据えられた少女が何かを呟く。

 翳した手から、オーロラのように輝く閃光が放たれた。

 どうやら地上にいる誰かに向けられたもののようで――。


「あ、あっちには裏懺悔が!」


 色差魔が声を上げる。

 馬鹿げた出力で放出されたエネルギー波が大地を抉って突き抜けた。


 さすがに死ぬことはないだろう……と、そう思いつつも確信までは持てない。

 近辺のエーテルが酷く乱れたせいで『探知』が上手く機能していなかった。


「……何をしたの?」


 アモジに銃を突き付ける。

 彼は不気味に嗤い、一片たりとて怯える様子もない。


「検体に煌性発魔剤を投与したのだ。結果はこの通り――レーデンハイト三番街どころか、地中のエーテル発生源まで吸い上げおったわ」


 素晴らしい出力だと高笑いする。

 空に向けて中指を立て、その後の惨劇など興味も無い。


統一政府カリギュラめ、この偉大な頭脳を敵に回したことを後悔させて――」


 クロガネは無言でアモジの足を撃ち抜く。

 詳しいことは不明だが――。


 デスクの上に散乱した空の注射器。

 煌性発魔剤だけでなく、エルバーム剥薬まで投与したらしい。

 希薄になった自我を蝕む形でエーテルが侵食した結果が、あの悲惨な姿なのだろう。


「……貯蔵炉が臨界点に達した際に、あの検体にエーテルが逆流するように設計を変えたのだ。強度不足による単崩壊を防ぐにはこれしかない」


 結因に加わる負担を増加させたのだ。

 機械部分の不足を補う形で。

 その結果として、取り返しのつかない凶悪な魔物を生み出してしまった。


「魔物化も想定内ってこと?」

「あくまで研究を成功させる最善手を打ったまでだ。ほーんの少しだけ、可能性は危惧していたがな」


 悪びれる様子もない。

 救いようのない狂人を前にして、真兎は苛立ちを露にする。


「お姉ちゃんはお前の道具じゃない!」

「ワシは一等市民だ。恨むなら、この歪な社会構造を生み出した統一政府カリギュラを恨め」


 もっとも、この構造はアモジにとって都合が良い。

 だから利用しているだけに過ぎない。


「非道と罵るがいい。どうせ貴様らにアレは止められん」


 結因の魔力量は馬鹿げた水準まで高まっている。

 戦慄級以上であることは疑うまでもない。


 先ほどの余波で研究施設内は酷い有り様だ。

 クロガネは崩れた天井の間から、壁を蹴るようにして地上に戻って様子を窺う。


 あまりにも異質な存在。

 この状態から元に戻せるかさえ不明だ。


「……ッ」


 殺るしかない。

 でなければ、甚大な被害が齎される。


 空に浮かぶ巨大な魔物――人間と呼ぶにはあまりにも危険すぎる。

 しかし、助けられなければ依頼完遂とは言えない。

 一度引き受けた仕事を中途半端に投げ出すのも不愉快だ。


「機式――"フェアレーター"」


 結因を本体から引き剥がす。

 そのためには強力な魔法が必要だ。


 躊躇せず大量の魔力を込め――。


『――ヌル禍降るトロイメライ


 魔力反応を感知されたのだろう。

 結因がぽつりと呟いて――莫大なエネルギー波が撃ち出される。


「――ッぁぁあああああ!」


 後先考えずフェアレーターの最大出力で迎え撃つ。

 もし避けてしまえば、まだ地下にいる真兎たちが危ない。


 魔力砲が結因の放った閃光とぶつかり合い、二人の中間あたりの位置で拮抗する。


「……ッ」


 クロガネは歯を軋らせつつ、消耗を気にせず魔力を注ぎ込んでいく。

 だが、一帯のエーテルを喰らい尽くした結因には到底及ばない。


 徐々に押され始める。

 一歩も引けない状況で、目の前の"死"と力比べをし続けていた。


「クロガネ様ッ」


 屍姫が傍らに立ち、引き連れたビショップに大量の魔力を注ぎ込んで強化する。

 少しでも足しになるならば……と、全力で光弾を撃ち始めた。


「……ッ」


 空高くに居座られては、さすがに攻撃手段も限られてしまう。

 生半可な攻撃では結因の反魔力を突破することも難しい。


 狙うべきは――。


「本体を狙ってッ」


 一切の手加減もせずに結因は閃光を放ち続けている。

 空に漂う濃霧のようなエーテルを見る限り、魔力切れを狙うのは現実的ではないだろう。


 より強力な魔法がいる。

 フェアレーターの魔力砲は極めて高出力の魔法だが、さらに『破壊』を上乗せして迎え撃たなければならない。


「ルークッ!」


 屍姫の命令で、ルークがビショップを抱え――結因に向けて全力で投擲する。

 撃ち合っている今ならば、近接戦闘に持ち込めば隙が大きいはずだ。


 そうして近付いたビショップを、本体から伸びた無数の触手が襲い掛かる。

 光弾を射出して迎え撃つも、無限とも思えるほどの物量に押し負けて串刺しにされてしまった。


「なっ――」


 絶句する屍姫の傍らで、色差魔が魔力を立ち昇らせる。

 そしてルークを指差して言う。


「あたしを投げて!」


 その意図は聞くまでもない。

 屍姫は即座に命令を出し、色差魔を抱えさせる。


 自殺行為だ……と、クロガネは首を振る。

 使役されているアンデッドとはいえ、同じ大罪級の魔女であるビショップが容易く処理されてしまったのだ。


 だが、本人の意思は固い。


「クロガネ! あたしが時間を稼ぐから……後はなんとかしてよね!」


 選択の余地はない。

 クロガネがこれ以上持ちこたえられないのは明白だ。

 ビショップと同様に、ルークは思い切り振りかぶって色差魔を投擲する。


 時間を稼ぐには魔法の有効射程まで近付かなければならない。

 しかし、タイミングを見誤れば死が待っている。

 それでも胆力には自信があるのだと、色差魔は勇んで距離を詰めていく。


 ビショップを捕らえていた触手の一部が色差魔に向けられる。

 怨廻エンネをそのまま引き伸ばしたかのようで、黒い液状の触手は不定形に蠢いていた。


「それちょっと気持ち悪いっ!」


 初撃を手で打ち払い、続く二本目は身を捻って回避する。

 その次は波のように無数の触手が押し寄せてきて――串刺しにされていたビショップが余力を振り絞って光弾で阻む。


 その後ろからさらに大量の触手が押し寄せて、色差魔の四肢から自由を奪い――。


――『色錯世界』


 濁流を塗り潰すように彩る。

 辛うじて結因本体を領域内に捕らえていた。


 その瞬間、結因の閃光が弱まる。

 錯覚を及ぼすのも、ほんの僅かな時間だったが――魔法を上乗せするには十分な隙だ。


「――『破壊』」


 魔力砲が閃光を押し返し、結因の片翼を大きく抉る。

File:色錯世界-page2


色差魔の持つ固有の能力。

汎用性に欠けるものの、領域内に存在する者の五感を狂わせる特異な能力。

直接的な攻撃ではないため反魔力の減衰を受けにくい。

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― 新着の感想 ―
[一言] クロガネの依頼にたいして誠実で依頼を受けたら必ず達成しようとするところとか、何だかんだで色差魔達に情が移ってそうなところとかなにがなんでももとの世界に戻ろうとする強い意思を持ち、それを曲げ…
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