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82話

「……裏懺悔と言ったか」


 険しい顔をしてユーガスマが呟く。

 体力を出し尽くして、呼吸を整える余裕もない状態で対峙していた。


 スーツの内側に仕込んでいたESSアーマーも、既に残存バッテリーはごく僅かだ。

 それも目の前の無法魔女アウトローが本気を出せば瞬時に削りきられてしまうことだろう。


「ほらほら、裏懺悔ちゃんまだまだ健在だよ~?」


 対する裏懺悔は、かすり傷一つさえ付いていない。

 表情にも余裕があった。


「なぜ貴様は魔法を使わない。魔女だろう」

「使わせたいならもっと頑張ってよ~。統一政府カリギュラに映像データを取るように言われてるんでしょ?」


 問われるも、ユーガスマは首を傾げる。

 裏懺悔自体の情報は確かに不足しているが、この非常時にそこまでの命令は下されていない。


「あれ? もしかして、何も知らされずに派遣されたのかな」


 裏懺悔は徐に足元の小石を拾い――虚空に向けて投擲する。

 途中で何かを貫いたかと思うと、その場所に小型のドローンが現れた。

 そのまま制御を失ってユーガスマの目の前に落下する。


「なんだ、これは……」


 続く言葉を失ってしまう。

 どうやら映像記録用のドローンのようで、小さなカメラが下部に取り付けられていた。


「裏懺悔ちゃんが来るって分かってたんだろうけど……統一政府カリギュラも好奇心旺盛だね~」


 そう言いつつ、それだけではないことも理解していた。

 彼らが警戒しているのは自分だけではない。


 執行官ユーガスマ・ヒガ――魔法省の最大戦力である男が、統一政府カリギュラにとって脅威に成り得るか観察していたのだろう。

 下位組織に力を持たせすぎないよう常に管理している。


 それを感じ取ったのだろう。

 ユーガスマが僅かに苛立ちの色を見せる。


「……こんなものは知らされていない。長官を問い質す必要があるな」

「おすすめはできないよー。関わるとろくなことにならないし」


 監視ドローンに気付けないのであれば尚更だ。

 表立って反抗の兆しを見せるには、統一政府カリギュラはあまりにも危険すぎる。


無法魔女アウトローに指図される謂れはない」

「なんか嫌われてるな~。まあいいけどさ」


 どのみち執行官と馴れ合うつもりもない。

 今回の目的は他にある。


「それで、いつになったら本気を出してくれるのかな~?」


 裏懺悔は指をクイクイと動かす。

 だが、そんな安い挑発に乗るほど相手も愚かではない。


「貴様の目的がそれならば、余計に使うことはできんな」

「いいのかな~? そんな悠長なことをして、家族に被害でも――」


 その瞬間、ユーガスマの姿が掻き消える。

 膨れ上がった殺気を手繰るようにして掌を突き出すと、ちょうどユーガスマの拳と打ち合う形となった。


 桁違いの速度と一撃の重さに思わず感心してしまう。

 本来の実力の何割か……少なくとも、その片鱗をユーガスマが見せてきた。


「やっぱり魔力を使ってるよね~。魔物の核でも埋め込んでるのかなぁ」


 そうだとして、生身の人間が魔法の行使に耐えられるはずがない。

 今は身体能力の強化に使っているようだが、魔法省の最大戦力である彼がその程度に収まるとも思えなかった。


「施術者は誰なのかな~。ちょっと気になっちゃうなー、それ」


 予想以上の技術力だ。

 それを可能とするような研究者など、調査せずとも数が絞られてしまう。


 他の執行官も様々な施術を受けて肉体の強化がされている。

 だが戦闘手段は対魔武器に依存しており、あくまで薬剤や改造手術による身体能力の向上のみに留まっていた。


 もし量産が可能だとすれば、それは無法魔女アウトローと魔法省のパワーバランスに大きな乱れが生じることとなる。


「……」


 ユーガスマは語らない。

 挑発に乗ってしまったことを悔いているのだろう。

 彼に対して"家族の命"を引き合いに出すのは、巨大な地雷を踏み抜くような行為だったらしい。


 裏懺悔は満足げに頷く。

 大雑把にだがCEMケムの技術力も知ることができた。

 そこから先の調査は誰かに斡旋すればいい。


 クロガネから対処を任されたのも納得だった。

 これほどまでの実力者を相手取るには、さすがに現状の彼女では経験が不足している。

 ユーガスマを相手に戦えるような無法魔女アウトローなど、それこそ数える程度にしか存在しないだろう。


「さてさて、裏懺悔ちゃんも大満足ということで――」


 話題でも変えようか、などと考えていた時――廃坑の方から異様なエーテルの流れを感じ取る。


「あ、これはちょっとまずそう……?」


 直後、蒼白い光の柱が空高くまで突き抜けていく。

 空を覆うようにオーロラ――否、可視化された高濃度のエーテルが漂い始めた。


「これは……ッ」


 ユーガスマは愕然と空を見上げる。

 その現象を彼は知っている。


「なぜ、エーテル公害が……」


 聞いていた話と違う……と苛立ちを顕にする。

 近辺のエーテル値は高いが、少なくとも地表まで危険域に達するほどではなかった。


 このままではレーデンハイト三番街どころか周辺地域全てが封鎖区域となってしまう。

 焦燥と困惑とが入り交じって、ユーガスマは険しい表情で佇む。


 だが、裏懺悔は呆れた様子で肩を竦めるのみ。


「ダメだよね~。不完全な装置と不十分な検体……中途半端な状態で、強引にエーテルを扱おうとしちゃったんだ」


 安全に管理できるものではない。

 魔女にとっては力の根源として身近なものだが、その本質は様々なものを汚染する危険物質だ。

 それを、アモジのようなマッドサイエンティストに扱わせたこと自体が過ちだったのだろう。


「もしくは、統一政府カリギュラの本当の狙いがこれなのかもね~」


 空高く突き抜けた光の柱。

 その中に、巨大な影が浮かび上がっている。


 周囲を徘徊する怨廻エンネたちが歓喜に蠢く。

 その黒い液状の肉体は、濃いエーテルを感知して吸い寄せられるように影のもとに集まっていく。


 やがて空に現れたのは、エーテル値抑制装置と怨廻エンネが結び付いた凶悪な災禍。


「まさか、そんなはずはない」


 ユーガスマは否定するも、目の前で起きている現象から目を逸らすことは出来ない。

 これほどの事態を前にしては、さすがに事故だと断言できない。


 中心に据えられた制御コア――管理カプセルの内側までエーテルと怨廻エンネに侵食され、色素を失った灰色の少女が眠っている。

 黒く蠢く本体と相まって、極めて異質で不気味な様相を呈していた。


 少女の目蓋がゆっくりと持ち上げられる。

 まだ完全に覚醒したわけではない。

 混濁した意識の中で、魔物としての本能のみが成すべき事を指し示している。


 朧気な状態で、こちらに向かって徐に手を伸ばし――。


『――ヌル堕チタ空アポカリュプセ


 万象に破滅を齎す極光が二人に向けて放たれた。

File:等級測定《error》『黒蝕結因』-page1


エデル炭鉱に出現した災禍。

詳細不明。

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