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81話

 研究施設の最深部まで、エーテルの気配を頼りに辿り着く。

 見上げるほどに巨大で物々しい金属扉――"検体管理室D"の文字が記されている。


「……この辺りが一番濃い」


 高濃度のエーテルは可視化され、オーロラのように揺らめき輝いている。

 クロガネだけでなく、他の三人にも見えているようだった。


 目の前の金属扉が目当ての部屋だろう。

 当然ながら『探知』は阻まれる。


「いきます――よっと!」


 巨大な鎚を構え、真兎が思い切り振り下ろす。

 だが、鈍い音が響くだけで僅かな傷さえ与えられない。


「あぅ……手が痺れて……」


 扉の強度が他の部屋よりも高いらしい。

 手をひらひらと振って、涙目の真兎が小さく呻く。

 確かに厚みのある金属板のようだが――。


「――『解析』」


 表面にエーテルの流れがあった。

 物理的な強度だけでなく、魔法装置によって上からコーティングしているのだろう。


 静性メディ=アルミニウムに覆われているため内部構造までは窺えないが、これにもCEMケムの魔法工学が活用されているらしい。

 力任せに抉じ開けるのはさすがに厳しい。


「開けさせましょうか?」


 屍姫がルークを指差す。

 その巨躯ならば、小柄な真兎より腕力に期待ができそうだった。


「必要ない」


 手間取っている暇はない。

 クロガネは金属扉の表面にそっと触れ――『破壊』を行使。


 ガキン、と何かが壊れるような音が響く。

 流し込んだ魔力によって内側の魔法装置を故障させ、電子ロックまで解除させていた。


 後は途方もない質量のみだが、クロガネは『能力向上』によって易々と抉じ開ける。

 その先では、狂った研究者――一等市民アモジ・ベクレルが待ち構えていた。


 防護服を着用してエーテルの影響を受けないようにしていた。

 生身の人間では何分と生きていられないだろうが、そうまでしてこの場所に拘る理由があるのだろう。


「アモジ・ベクレル?」

「いかにも」


 アモジはニタリと笑みを浮かべる。

 魔法省から派遣された捜査官たちも返り討ちに遭い、状況は最悪なはずだというのに。


「貴様らがゲハルト支部を魔女か」


 不遜に両手を広げ、歓迎するような仕草を見せる。

 その物言いには違和感があった。


 傍らには培養液に満たされたカプセルがあった。

 その中に、ずっと探し続けていた結因の姿がある。


「お姉ちゃん!」


 真兎が声を上げる。

 現実は無惨なほどで、感動の再会など存在しない。


「……えっ?」


 大量のコードに繋がれた状態で、結因は険しい顔で苦悶していた。

 明らかに様子がおかしい。

 管理カプセルのバイタルサインモニターはエラーを吐き出し続け、警告音が鳴り続けている。


「……何をしたの?」


 クロガネがエーゲリッヒ・ブライの銃口を向ける。

 この数の魔女に囲まれて、無謀に逃げ出そうとはしないだろう。


「ハッ! 愚昧な無法魔女アウトロー共に語ることなど何もなぁい!」


 そして、高笑いする。

 自分の命が脅かされていることなど全く眼中に無い様子だった。


「ワシが天才だということ……それだけを理解して、さっさとくたばれッ!」


 横のデスクに置かれた銃に手を伸ばそうとして――乾いた音が響く。

 防護服ごと容赦なく右手を撃ち抜くと、アモジは苦痛に絶叫し、そして何故だか大声で嗤い始めた。


――狂っている。


 深く触れずとも狂気が滲み出していた。

 何を仕出かすか分からない恐怖に、激しい憎悪を抱いていたはずの真兎さえ怯えた様子だ。


「放置すれば防護服の穴からエーテルが流れ込む。苦しみたくないなら降伏して」


 生かすという選択肢は無い。

 楽に死ねるか、限界まで苦み抜いた末に死ぬかの違いだ。


「クク……威勢がいい無法魔女アウトローだ」


 アモジは自身の右肩に手を伸ばす。

 そこには非常用のスイッチが仕込まれているらしく――。


「ぎゃあああああッ――」


 侵入するエーテルを遮断するように、右腕が根本から切り落とされた。

 焼き切るような形で止血もされている。

 防護服は密閉され、再び機能し始めていた。


「あぁ……腕の心配は要らんぞ。こんなもの、簡単に生やせる」


 再生手術でも移植でも何でも出来る……と宣う。

 一等市民である彼ならば、道行く人から腕を奪うことだって可能だ。


「何事にも失敗は付き物でなぁ。ワシは用心深いつもりだが、ごーく稀に失態を犯してしまうのだ」


 アモジは地面に転がっている腕を蹴り飛ばして嗤う。

 エーテルに侵食されてしまっては、もはや廃棄する他無い。


「あぁ、ゲハルト支部でもそうだったな。この頭脳を試そうとする傲慢な統一政府カリギュラ共に酷い罠を仕込まれた」


 その語りは止まらない。

 徐々に様子もヒートアップしていき――クロガネは遮るように威嚇射撃をする。


「それで、何が言いたいの?」


 苛立ちを隠すこともせず問う。

 頭のネジが外れたかのような言動に、クロガネだけでなく屍姫や色差魔も殺気立っている。


 だが、アモジは存外に理性的な表情をしていて――。


「つまりだな――」


 言葉を紡ぐ前に、研究施設の外で爆発音が響いた。

 巨大な地殻変動でも起きたかのような地響きが始まり、研究施設内部も激しく揺さぶられる。


 そして、照明が落ちる。


「――貴様らは愚か者だということだ」


 暗闇は一瞬。

 直後には、蒼白い光が爆ぜるように広がって室内を塗り潰した。

File:特域作業用防護服


エーテルによる人体への被害を受けないように設計された特殊な防護服。

エクリプ・シスを動力とした魔法装置を内蔵しているため過エーテル環境においても誤動作の心配がない。

非常用遮断装置が取り付けられており、作動させるとエーテルを感知して危険性の高い部位を肉体ごと遮断することで安全を確保する。

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