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80話

「……裏懺悔だな?」


 ユーガスマは警戒した様子で一挙一動に注視している。

 一瞬でも隙を見せれば殺される――そんな気がしてならなかった。


「初対面なはずなんだけどな~」

「限られた者にだけ、統一政府カリギュラから貴様の情報が与えられている」


 裏社会においても、彼女の顔を知る者はほんの一握りだ。

 名前こそ広く知れ渡っているものの、扱いは伝承や御伽噺の類いに近い。


 当然、実在していることは誰もが理解している。

 不用意に情報を漏らさないだけだ。

 ふざけた言動とは裏腹に、敵対者は問答無用で消し去る力が彼女にはあった。


「会えて嬉しい? 今なら握手だけじゃなくて、サインもしてあげちゃうよ~」


 裏懺悔は至って自然体だ。

 拳を構えもせずに、隙だらけな動きで冗談さえ言ってみせる。


――罠だ。


 敢えて隙を見せている……と、ユーガスマは警戒する。

 他の有象無象であれば僅かな隙から首を取れるが、目の前の無法魔女アウトローは何かが違う。


「そんなに緊張しなくてもいいのに」


 戦意の欠片さえ見えない。

 だというのに攻めあぐねてしまう。


「んー、怖がらせるようなことしたかなぁ……?」


 しかし、研究施設を防衛するという任務に当たっている以上、脅威を排除する義務がある。

 意を決して拳を構え、地を蹴ろうとして――。


「……ッ」


 その考えを改める。

 動きを予知したかのように、裏懺悔が両手を頭の横に持ち上げたからだ。


「熊のポーズ! がお~」


 とても戦闘体勢には見えない。

 脅かそうとしているだけだとすれば、話の流れとしても不自然ではないはずだ。


 だが、拳を持ち上げた瞬間に踏み込んでいたらどうなっていただろうか……と考えてしまう。

 死を意識してしまうが、必要以上に警戒して損はない。


「さてさて~、冗談はほどほどにして……っと」


 裏懺悔は少しだけ居住まいを正す。

 それでも、戦闘態勢に入っているとは到底言い難い脱力具合だった。


「キミの飼い主……統一政府カリギュラはどこまで裏懺悔ちゃんのことを知っているのかな~」

「……」


 尋問するには良い機会だ。

 ユーガスマほどの人物でなければ統一政府カリギュラとコンタクトを取ることも難しい。

 貴重な情報源になってくれることだろう。


 他の執行官と比較しても際立った才を感じられる。

 これだけ揺さぶりをかけても構えを崩さずにいられるのは、裏懺悔から見ても称賛に値するほどだ。


「今回は"アレ"が関わってるほどでもなさそうだけどさー。キミは誰から指示を受けて派遣されてきたのかな?」

「組織の内情を喋るとでも?」


 問答は無意味だ。

 だが、その次に控えていることが"死"であるならば、大半の人間は跪いて命乞いをしてでも避けようとするだろう。


 無法魔女アウトローに語るつもりはない。

 拷問にかけたとしても、彼は決して口を割らないだろう。


「ちょこっとだけでいいんだよー? どうせ替えが利くような一等市民でしょ~」

「……」


 尚も沈黙を選択する。

 徐々に膨れ上がる裏懺悔からのプレッシャーに、決して構えを解かずに。


「ならさ――」


 焦れたわけではない。

 その情報には単なる好奇心程度の関心しか寄せていない。

 満たされないとしても、目の前にはもっと良い玩具があるのだ。


「――あっちが終わるまで、遊びに付き合ってもらうよ~」


 先ほどまで気味が悪いほどに静止していたユーガスマの第六感が、途端に激しく警鐘を鳴らし始めた。



   ◆◇◆◇◆



「よいしょーっ!」


 本人は至って真面目だが――間の抜けた掛け声と同時に、巨大な鎚が振り下ろされる。

 ロックされた研究施設のゲートを強引にぶち抜いて、真兎は清々しそうに「ふぅ」と息を吐いた。


 警備システムが機能し始め、こちらの動きは敵に筒抜け状態だ。

 しかし、ユーガスマという最大戦力を無力化した今では大した脅威ではない。


 これまでの施設と比べれば、明らかに魔法省の捜査官が多く配置されている。

 それだけ統一政府カリギュラの影響力が強いのだろう。

 このプロジェクト一つにどれだけ莫大な予算と人員が割かれているのだろうか。


「羽虫ばかりでは退屈してしまいます」


 屍姫が嘆息する。

 せっかく気合いを入れてきたというのに、ユーガスマを除けば後は街中でも見かける程度の末端捜査官ばかりだった。


 数こそ多いものの、対魔女に特化したような特殊班はいないらしい。

 以前遭遇した魔法省特務部の連携には目を見張るものがあったが、あの時も隊長を務めるジン捜査官の手腕が大きく影響していた。


「ザコを蹴散らすだけなら楽でいい」


 魔力の消耗も気にならない……と、クロガネが嘆息する。

 或いは、それだけユーガスマに絶大な信頼を寄せていたのだろう。


――統一政府カリギュラ


 今回の一件は全て彼らの仕業だという。

 下位組織で関わった者に罪がないわけではないのだが、さすがに末端のマクガレーノ商会まで同罪とも言い難い状況だ。


 人命を数値でしか捉えていない。

 非道な実験も厭わない。


 レーデンハイト三番街は確かに窮地に陥っている。

 貧困層が移り住んできているとはいえ、暮らしているのは二等市民が大半だ。

 彼らの生活を守るのは政府としての務めだろう。


 そのために、真兎は地獄を味わっている。

 姉の犠牲によって生み出される平和――想像するだけで吐き気がする功利主義だ。


 狂った価値観が浸透しているのだ。

 三等市民も無法魔女アウトローも等しく"社会"に含まれない……不幸の当事者にならない限り、それを誰も疑問に思わない。


「……敵が近い。シキ、真兎を援護して」

「任せてっ!」


 色差魔は裏社会に生きてそれなりに長いらしい。

 戦闘の経験も豊富で、捜査官を相手に真兎の隙を上手くカバーして立ち回っている。


 そして、真兎が鎚を振り下ろす。

 弾け飛ぶような血飛沫にも、彼女は歪に笑みを浮かべていた。


――それでいい。


 弱さを殺さなければならない。

 クロガネ自身が機動試験で味わってきたように、真兎にも今回の戦闘を糧にさせる必要がある。


 哀れむ気持ちがないわけでもない。

 眺めていると、自分が壊れていく様を客観視しているような妙な感覚に陥ってしまう。

 それでも続けさせる必要がある。


「クロガネ様は優しいですね」

「そうは思えないけど」


 この年齢の少女に、心を殺すことを教え込んでいるのだ。

 憎しみに任せて絶望を吐き出させ、後に残るのは年不相応に黒く染まった心のみ。


「だからこそです」


 真兎には生き抜くための手段がない。

 生半可な状態で野に放てば、後に待っているのはCEMケムか魔法省からの報復だろう。


「……勝手にそう思っていればいい」


 わざわざ尋ねずとも、屍姫が言わんとしていることは容易に想像できる。

 クロガネは否定も肯定もせず、周囲の状況に気を配り続ける。


 施設内では、ほとんど『探知』が機能していなかった。

 全ての壁に静性メディ=アルミニウムが用いられているらしく、繋がった空間内でしか周囲を探ることができない。


 能力に頼りすぎてしまっている。

 自身の反省点を忘れないように胸に刻みつつ、今は仕事に専念する。

File:魔法省特務部


特殊組織犯罪対策課・非管理魔女捜索課などを始め、治安維持活動の中でも交戦を前提とした実行部隊が所属している。

大半の執行官はこの特務部から実績を積んだ者が選定される。

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