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75話

――レーデンハイト二番街『白波亭』


 夜になれば、酒場は労働者たちの憩いの場となる。

 至る所から上がっている喧騒に包まれて休まらないが、ここの食事は悪くない味だ。


 カウンター席に座って待機していると、少しして待ち合わせの相手が現れた。


「また、ヤバい感じの情報が入用かー?」


 フードを深々と被った情報屋――けむりが隣の席に座る。

 当然ながら仕事の話だ。


「随分と派手にやったらしいな」

「いいストレス解消になった」


 探りを入れるような様子だった。

 クロガネたちの動きについて、既に何かしらの情報を獲ているのだろう。

 確信を得るために濁した喋りをしている。


 どこまで掴んでいるのかが重要だ。

 それによって情報屋としての価値が決まる。


 娼館の襲撃か、商会本部の襲撃か、ゲハルト支部の襲撃か……全て掴んでいるのであれば、その能力は本物だ。


「……っ」


 烟は気まずそうに目を逸らす。

 試されている状況だとすぐ気付いたらしい。

 迂闊なことは言えない……と、必死に思考を巡らせている。


「正直、あたしの予想通りなら報復が怖いんだが」

「監視は付けられてない。気にせず話して」


 クロガネは常に『探知』で周囲を警戒している。

 酒場内だけでなく、建物の外までチェック済みだ。

 当然ながら、ここに到着するまでの間に面倒なネズミも始末していた。


 魔力量が増えたおかげか、以前より負担も少なかった。

 無意識に発動し続けられる程度には、この魔法にも使い慣れてきた頃だった。


 堂々とした様子を見て、烟は肩を竦める。

 何らかの魔法で周囲の様子を把握しているのは聞くまでもない。

 であれば、情報屋としてリスクに見合った金額を要求するまでだ。


「ゲハルト支部もあんたの仕業だよな? その先が欲しいってことなら……高いぞ?」


 CEMケムの動きを把握しているのだと、そんな口振りで烟が言う。

 この情報を買うだけでも、真兎から得られる依頼報酬を軽く超えてしまうだろう。


「これで足りる?」


 相場の想像は付いている。

 面倒な交渉を続けるつもりもないため、クロガネは多めに金を積む。


「……いや、まだだ。それじゃ足りないな」


 予想と違い、すぐには頷かなかった。

 思っているよりも大きな情報を掴んでいるのかもしれない。


 話せば命を狙われかねないような内容なのだろう。

 クロガネが関わっている事件を考慮した上で、天秤に掛けても頷けるような金額を望んでいる。


「なら、これで」


 容赦なく金額を吊り上げる。

 欲しているような情報を持っているなら、それだけの金を積む価値がある。

 CEMケムの非道な研究――その先の企みを阻めるのであれば少しは気分が晴れるはずだ。


 烟が渋った時のおよそ倍額で、足下を見られるような事もない。

 積まれた札束を前にして葛藤しているようだった。


「うぁー、やっぱ逃がしてくれないよな……」


 烟はガックリと肩を落とす。

 厄介事に巻き込まれたくはなかったが、それでも情報屋としての性が提示された金額に従わざるを得なかった。


 ただ者ではない……そして、断れば敵対しかねない。

 そんな危険を孕んだ相手に莫大な金を積まれては、断るという選択肢も消え去ってしまう。


「……なら、せめて場所を変えさせてくれ。酒場で話すには過ぎた話だ」


 知る限りの情報を明かすには、前回のようにメモ書きを渡すだけでは収まらない。

 報酬を受け取るからには何でも答えるつもりでいた。


 店を出て、人気の無い路地裏に移動する。

 監視されていないことを確認すると、烟に視線を向ける。


「知りたいことが一つある……けど、先に聞かせて。ゲハルト支部での研究についてどこまで知ってるの?」

「それは――レーデンハイト三番街のエーテル値を減少させる計画について、知りたいってことだよな?」


 やはり彼女はそこまで掴んでいた。

 訝しみつつも、そういった機密にまで手を伸ばせるような方法があるのだろうと納得する。


 烟は魔女だ。

 対峙して身の危険を感じるようなタイプではないが、何やら異質な気配を感じる。

 ただ攻撃するだけが能の系統ではならしいが、易々と手札を明かすほど愚かではない。


「……どうやってそれを?」

「ま、ツテがあるってわけだ。表にも裏にも……都合がいいだろ?」


 彼女自身は、どちらかの味方というわけでもないらしい。

 あくまで情報の売り買いを生業としているだけ。

 今回に関しても、どこかCEMケム関係者からのタレコミがあったのだろう。


「あたしが選ぶのは、リスクと利益が釣り合ってるか……それだけだ。客は誰だって構わない」


 場合によっては大きな敵を作りかねない。

 クロガネに機密を売ることで、仕入先に不利益を与えてしまう危険もあるのだ。


 クロガネの腕を込みで判断しているのだろう。

 今後の身の安全を考えれば、迂闊に関わるのは避けたい話題のはずだ。


「アンタが聞きたいのは"結因"って魔女を核とした計画のはずだ」


 クロガネは頷く。

 それだけであれば、ここまでのやり取りで推察できる範囲だろう。


「なら、悠長に構えてられないだろ。ゲハルト支部の責任者……アモジ・ベクレルはせっかちな奴だからな」

「研究は未完成のはずじゃないの?」


 それは裏懺悔の見立てだ。

 クロガネ自身が資料を眺めたところで、研究テーマの触りまでしか理解できない。


統一政府カリギュラに背中を小突かれてるんだよ。注ぎ込んだ研究資金の割に、成果が見合ってないってな」


 横領を疑われているらしい……と、烟が続ける。


「あのジイさんは、嫉妬心と欲の深さで暴走しがちなんだよ。一等市民じゃなければ裏社会の隅に潜ってるような科学者だろうな」

「それで?」


 アモジ自体に大して興味は無い。

 欲しいのは、結因の移送先についての情報のみだ。


「実証試験を前倒ししかねないってことだよ。ゲハルト支部を襲撃されて研究も停滞……そんなことになれば、さすがに統一政府カリギュラも動き出すだろうからな」


 CEMケムでも魔法省でもない。

 その裏に聳える巨大な権力が、時間切れを宣告しようとしている。


「……横領の証拠は?」

「不明だ。そこまではあたしでも掴めてない」


 だというのに、それを統一政府カリギュラが勘付いているのだという。

 どうやって手掛かりを得られたのか……それを知るには、組織自体が謎に包まれて過ぎている。


「……言ったろ、危険だって」


 そこまで絡んでいることを知った上で、初対面のクロガネに結因の情報を与えたのだ。

 だが、あの時点で統一政府カリギュラが裏に控えていると聞かされていたならば、さすがに依頼を断っていたかもしれない。


「結因の移送先を教えて」

「……三番街の外れにある廃坑だ。エーテル値の一番高い場所を探してみな」


 そこまで伝えると、烟は嘆息する。


「くれぐれも、あたしから聞いたなんて言うなよな。ま、アンタなら三日三晩拷問されても吐かなさそうだが」

「からかってる?」

「信頼の証だと思ってくれよ」


 冗談交じりに肩を竦め、烟は去っていった。


「……」


 当初の想定よりも遥かに厄介なことに巻き込まれてしまった。

 それもCEMケムや魔法省、統一政府カリギュラまでもが関わるような事態だ。


 だが、もしそれを強引に捩じ伏せたならば。

 この世界に溜め込んでいるストレスも少しは晴らせそうだと、クロガネは笑みを浮かべた。

File:烟-page2


優れた情報網を持つ魔女で、災害等級は不明。

その活動範囲は二番街に留まらず、様々なツテから情報を得ることで生計を立てている。

基本的に行動理念は"身の安全が最優先"だが、リスクを遥かに上回る利益を目の前にすると逆らえない。

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