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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
2章

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74話

 真兎は既に落ち着きを取り戻している様子だった。

 目元こそ僅かに泣き腫らしたように赤くなっているが、振る舞いは普段と変わらない。


「……マクガレーノは?」

「もう帰った」


 隠し事をして後ろめたい気持ちがあるのだろう。

 依頼を断られる不安もあるのか、目を合わせられずにいた。


 商会の構成員は全員引き上げて、残るはクロガネを含めた四人だけだ。

 最初に確認すべきことがある。


「報酬でネックレス以外に出せるものは?」


 真兎は首を振る。

 今の彼女には体一つしか残されていない。


「で、でもわたしっ……必ず、働いて返します!」


 その場凌ぎで言っているわけではないようだ。

 後の人生に負債を抱えてでも、この依頼を継続してほしいのだと。


「端金のために動くつもりはないよ?」

「もちろんです。それでも、絶対に払えるように頑張ります!」


 クロガネは肩を竦め、頷く。


「依頼は継続する。二人はどうする?」


 自身の意見を定めると、クロガネは視線を移す。

 二人はこの先について完全に部外者だ。


 色差魔は元より依頼とは関係がない。

 屍姫には助け出したという"貸し"があるとはいえ、ゲハルト支部に同行する以上の見返りを求めるつもりはない。


「当然、同行するに決まってるでしょ!」


 色差魔が腕組みをして胸を張る。

 彼女の能力があれば、いざという時に足止めとして役立つことだろう。


「だって、依頼が終わったらって約束だし……」


 紅潮した頬に手を当てて身を捩らせる。

 魔法省やCEMケムと殺り合う際に限界まで消耗してしまうかもしれない。

 ベッドの上で、ぐったりするほど魔力を吸われてしまうとまでは想像できていないらしい。


「もちろん、クロガネ様に付いていきます」


 屍姫はそう言うと、上目遣いで尋ねる。


「だから私も……可愛がってくれませんか?」


 誘惑するように腕に絡み付くと、熱っぽい吐息で囁く。

 色差魔が「ちょっとー!」と声を上げるが、断る理由もないだろう。


 ゲハルト支部を襲撃した際に、戦力として二人の優秀さを目の当たりにしている。

 足手まといになるような危険もないだろう。


 唯一、リスクがあるとすれば――。


「……真兎、これを」


 クロガネは『倉庫』から対魔武器を取り出して手渡す。


「えと、これは……?」

「上級-鎚型対魔武器。テキトーに振り回すだけでも役に立つはず」


 銃や剣は一朝一夕で身に付くものではない。

 中途半端に戦力に混ぜるより、見た目のインパクトを重視する形だ。


 咎人級とはいえ、真兎は身体能力の高い魔女だ。

 巨大な鎚を振り回すだけでも、後ろで隠れさせているよりは役立つはずだ。


「あの……ありがとうございますっ!」

「礼ならマクガレーノに言って」


 都合良く対魔武器を持っている……などということはない。

 真兎に渡すよう頼まれただけだ。


「うぐっ、なんか複雑ですね……」


 受け取らない選択肢は無い。

 これだけで、執行官と渡り合えるような一撃を放てるのだ。

 真兎の身体能力と合わされば、素手でいるよりも格段に生存率が高まる。


 マクガレーノなりの気遣いなのだろう……と、クロガネは嘆息する。

 CEMケムに首輪を嵌められた状態で、不本意ながら一人の少女を不幸にしてしまった。


 それが罪人であればともかく、相手は貧しいながら必死に生きてきた三等市民の家族だ。

 彼女が言う"美の悪逆"には程遠い行為だったらしい。

 ガレット・デ・ロワと違って、悪事を働くにしても一定の線引きがされているのだろう。


 悪党故に頭は下げない。

 それが罪だと判っていながら実行したのだから、その責任も当然ながら自覚している。

 彼女にとって大きな利益となったのは事実だ。


 それでも唯一、彼女なりに捻り出した妥協案が対魔武器これだったらしい。


「……っ」


 真兎は大鎚の柄を握る。

 その重みは、様々なものが混じり合ってよくわからない。


 軽く振り回すだけで自動車の一つや二つ簡単に壊せそうだった。

 内蔵された動力によって威力は保証されている。

 戦闘経験の浅い真兎でも、好き放題に暴れることが出来るだろう。


「でも、持ち歩くにはちょっと不便です」


 担ぐように肩に乗せるも、大きすぎて狭い通路では邪魔になってしまいそうだった。

 執行官のための装備――大人用なのだから、小柄な真兎が持ち運ぶには不格好だ。


「柄に付いてるレバーを引いて」


 クロガネが指差したところに小さなレバーがあった。

 恐る恐る引いてみると、すぐに変化が起きた。


「わわっ!」


 頭の部分が変形を繰り返して小さくなっていき――柄の部分に収納されていく。

 最後には柄の部分も三十センチほどに短縮され、持ち運びに不便のない形状に収まった。


「もう一度レバーを引けば元に戻る。戦闘時以外はどこかにしまっておいて」


 様々な魔法装置によって収納の際に小型化させているのだろう。

 空間に作用させるための構造理論は、魔法工学における主要な分野の一つだ。

 縮小・拡大だけに留まらず、魔法省の職員のように対魔武器を『収納』するための装置も存在する。


「私も……戦っていいんですか?」


 商会本部を襲撃した際は、監視という名目で交戦の場から引き離していた。

 それを察せないほど真兎も子どもではない。


 とはいえ、あの時は真兎自身が弱さを自覚していたため、クロガネの指示に従わざるを得なかった。

 本心は尋ねるまでもない。


「他の誰でもない……これは、真兎の復讐だから」


 だから、気が晴れるまで殺せばいい。

 死んだ両親を気遣って"いい子"で居続ける必要もない。


 姉を助け出す――それが最優先の目標だ。

 その過程でどれだけの数を殺めたとしても、真兎の両親が帰ってくることはない。

 復讐は無意味なことだ……などと綺麗事を吐くつもりはなかった。


「仇を殺すことで……案外、気が晴れるかもね」


 クロガネ自身がそうであるように――。


 懐から煙草の箱を取り出して軽く揺する。

 小さな開け口から飛び出した一本を咥え、ライターで火を付けた。

 

「……っ、はぁ」


 消耗した体を満たすように堪能する。

 脳内が甘ったるいバニラの香りに包まれていくようで、とても心地がいい。


 この高価な煙草――ピスカは、販売ルートの限られた嗜好品だ。

 カルロを仲介して仕入れることで、間接的にガレット・デ・ロワにも僅かながら利益を与えていた。


 ふと、この香りに覚えがあるような気がした。

 訝しげに視線を向けると、屍姫が物欲しそうな顔をしてクロガネの手元を見つめていた。


 娼館でも似たようなバニラの香りを感じていた。

 どうやら彼女もピスカを吸うらしい。

 道理で惹かれるような匂いがするわけだ……と、クロガネは一人で納得する。


 それまで娼館で鎖に繋がれていて、今の屍姫は衣服以外の持ち物がない。

 煙草も随分とご無沙汰なのだろう。


「欲しいなら分けてあげようか?」


 そう言うと、屍姫は分かりやすく目を輝かせる。

 無警戒に近付いてきたところで手首を掴んで抱き寄せ――望み通り、キスをして分け与えた。

File:上級-鎚型対魔武器


破壊能力に特化させた扱いの難しい対魔武器。

ヘッド部分には衝撃を増幅させる魔法装置が組み込まれており、厚いコンクリートの壁も容易く粉砕する。

性能相応に重量があるため、並みの人間では一振するだけでも苦労するという実用性に乏しい代物。

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