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71話

 完全に『探知』圏外まで距離を取ると、ようやく足を止める。

 既に研究施設から離脱して、商会の用意した車両まで戻ってきていた。


「……チッ」


 クロガネは苛立ちを露にして舌打つ。

 結因は既に移送済みで、次の場所は特定することが出来ていない。

 これでは敗走と同じだ。


 徒花の襲撃までは問題なかったはずだった。

 施設内の警備を制圧して、完全に陥落させる直前にユーガスマが現れた。


「あれは、人間とは思えません」


 まるで災害のようです……と、屍姫が呟く。

 これだけの戦力が集まって、逃げることだけでやっとの状態だった。


 上等な対魔武器を携行した執行官でもここまで脅威になることは少ないだろう。

 数を揃えられたらクロガネも危険を感じるが、個として見るなら人間は極めて脆弱だ。


 だが、ユーガスマは違う。

 人間でありながら、超人染みた能力と技術をもって魔女を圧倒する。

 裏懺悔から忠告されるだけのことはある……と、クロガネも納得していた。


 一等市民を守るために過剰な戦力を投入したのだろう。

 施設責任者であるアモジ・ベクレルは、魔法省の手を借りて逃走に成功したらしい。

 結因の行方を知ろうにも、その足取りを辿れなければ情報は得られない。


「……真兎。一つ教えて」


 そろそろ尋ねるべきだろう。

 当初持ち込まれた依頼と比べて、明らかに規模が膨れ上がりすぎている。


「きっと結因は、何か大きな実験に利用されている――知っていて"隠していた"よね?」


 娼館に連れ去られた姉を助け出す。

 両親の仇を取る。

 その二点は真実であって、真兎の本心なのだろう。


 厄介な事情を隠して依頼をしてきた。

 そこまでは構わない。

 クロガネ自身、初めから全てを鵜呑みにするつもりはなかった。


 だが命の危機があるとすれば話は別だ。

 手早く済ませられるおつかいではなく、死を意識しながらの任務となればネックレス一つで釣り合うはずもない。


「……ごめんなさいっ」


 真兎は頭を下げる。

 先ほどの一件で、彼女自身も窮地に陥っていたのだ。

 もしクロガネの合流が数秒遅ければ死んでいたかもしれない。


「お姉ちゃんは……特殊な能力を持っていたんです。それをCEMケムに見つかって、お金を払うから実験体として売ってくれって言われて……」


 真兎は恐怖で肩を振るわせる。

 当然ながら、家族全員でCEMケムの交渉は断った。

 どれだけ札束を積み重ねられても、そんな馬鹿げた話を受け取るはずもない。


「断ったら、お父さんとお母さんがッ……お姉ちゃんも、無理やり……」


 強行するほどの実験価値があったのだろう。

 両親は三等市民で、姉妹は無法魔女アウトローだ。

 特権階級であるアモジから見て、哀れだと躊躇うような理由は一つも転がっていない。


「だから……ッ」


 泣きそうになりつつも、辛うじて涙は溢さずに耐えていた。

 そしてマクガレーノを睨み付ける。


「あなたがいなければ、私たちはっ! 私たちは、幸せに……うぅ」


 怒鳴ったところで何も変わらない。

 マクガレーノは自らの利益のために連れ去っただけで、もし拒めば彼女がCEMケムに潰されていた可能性もあったはずだ。


 恨むべきは末端ではない。

 歯を軋らせて、真兎は声を振るわせないように耐える。


「……」


 マクガレーノは黙り込んで真兎を見下ろす。

 彼女にしてあげられることは何一つとしてない。


 この場で自分の首を差し出せるほど善人もなければ、むしろ不幸を積み重ねた山の頂点に腰掛けるような悪党だ。

 憎悪を受け止めて傷付くほど繊細ではない。


「クロガネちゃん、少しいいかしら?」


 場所を移して話をしたい……と、マクガレーノが提案する。

 話すべきことは多い。


「……二人は真兎を見てあげて」


 屍姫と色差魔が頷く。

 まだ不安定な状態で放っておくわけにもいかない。



   ◆◇◆◇◆



「さて、と……何から話すのがいいかしらね」


 人気の無い路地裏で、壁に背を預けながらマクガレーノが嘆息する。

 かなり深刻そうな顔をしていた。


 彼女は研究施設から多くの情報を強奪してきている。

 商会とCEMケムの繋がりは断ち切れたはずだが、未だに同行を続けていることには理由があるのだろう。


「一先ずこれを……クロガネちゃん、刀折られちゃったものね」


 上級-刀型対魔武器『死渦しか』を手渡す。


「一本だけの契約じゃなかったの?」

「事情が変わったのよ。あって損はないでしょう?」


 もう予備はないけれど……と、マクガレーノが肩を竦める。


「あのイケおじ……ユーガスマは噂通りのバケモノね。彼がいるからこそ、魔女名簿にも強制力が生まれる」


 魔女は本来であれば強者だ。

 愚者級であっても並みの捜査官相手であれば圧倒してしまうほどに。

 それ以上の災害等級であれば、なおさら法に縛られるような生き方を選択する者は少なくなるだろう。


 それを許さないのが執行官――ユーガスマ・ヒガという男の存在。

 クロガネが見た限りでは、徒花よりもさらにタチが悪い。


「けれど、おかしいと思わない? 徒花もユーガスマも、たとえ一等市民居住区フォルトゥナの近くだったとしても……そんな簡単に動かせるような駒かしら?」


 研究施設の護衛であれば、魔女名簿から徒花のように何人か選出して派遣するだけでいいはずだ。

 魔法省の指示は絶対であって、登録魔女に拒否権はない。


CEMケムよりも厄介なものが絡んでる?」

「そういうことね」


 マクガレーノは盗んできた研究データを端末に表示させる。


「人為的にエーテル値を低下させる研究テーマ……その核になる部分に、あの子の姉が関わっている可能性が高いわ」


――レーデンハイト三番街"エーテル値抑制"計画書。


 一等市民居住区フォルトゥナ近辺の危険排除を目的とした研究。

 連結能力を持つ魔女を核として、貯蔵装置にエーテルを吸収・結合させることにより一帯のエーテル値を減少させる。

 選定研究者――アモジ・ベクレル。


 クロガネは目を通していき、不愉快そうに眉を潜める。

 ただの素材のように魔女が扱われているのだ。

 大規模な装置を起動させたとして、結因が生き延びられるとは到底思えない。


 だが、気掛かりな点が一つ。

 尋ねるまでもなく、マクガレーノが警告する。


「――この件は統一政府カリギュラが絡んでいるのよ」

File:エーテル値


大気中にはエーテルと呼ばれる魔法元素が漂っている。

その正体は未だ解明されておらず、一定量の集積によって様々な災害を齎す危険物質に指定されている。

これを胎内に蓄積させると生物・物体を問わず魔物に変異してしまうが、稀に魔女として目覚めるケースも存在する。

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