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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
2章

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70話

 反応は明らかに人間――だが、何故だか魔力を帯びている。

 執行官クラスの戦闘要員だとしても不自然だ。


 対魔武器を携行していない。

 追走を妨げるアンデッドたちを、徒手空拳で容易く仕留めていた。


 最大限の『探知』を頼りにして、屍姫たちと合流する。


「クロガネ様ッ――」

「伏せて」


 屍姫は真兎の頭を引っ掴んで即座に伏せる。

 その上を跳躍して飛び越え――標的に向けて刀を一閃。


「……チッ」


 相手は後方に飛び退いて躱す。

 改めて相手を確認すると、クロガネは顔をしかめる。


 黒スーツを着用した老齢の男。

 体格は武術家のように洗練されており、顔に刻まれた皺も過去の戦いの歴史を物語っている。


 その肩には、赤色の生地に黒線で五芒星が描かれた腕章――執行官だ。


「ふむ……貴様は無法魔女アウトローだな」


 男は静かに拳を構える。

 白手袋を着用しているが、返り血で随分と汚れていた。

 アンデッドを蹴散らしたことに間違いないようだ。


「殺し合うつもり?」

「否……だ。全員この手で捕縛する」


 対峙しているというのに殺気を感じない。

 精神が研ぎ澄まされて、雑念のない無の境地に至っている。


 執行官であれば、体内に様々な強化装置を仕込んでいるはずだ。

 警戒しつつ――『解析』


「……ッ」


 そして、後悔する。

 体内に埋め込まれたコア――執行官であれば誰もが装備しているものだ。

 そこには様々な強化薬の他に、これまでと形状の異なる核が埋め込まれていた。


 これまで見てきた執行官は、コア内部にエクリプ・シスのような魔法物質を動力源として埋め込んでいた。

 だが、今回のコアは動力周辺の構造が全く異なっている。

 この異質な核を動力とした場合、どれほどの効果を得られるのか……と。


 さらに、些細な所作の一つまで洗練されて隙が無い。

 目の前にいる老齢の男を、ただの人間と侮るほど愚かではない。


「治安を乱す不埒者め」


 アンデッドを大量に仕留めてきたはずだというのに、呼吸に一切の乱れがない。

 そもそも無傷でいられること自体が有り得ない。


 会敵した時点で交戦は免れない。

 屍姫だけならともかく、真兎を連れて撤退するには厳しい相手だろう。

 刀を構えると、老齢の男はそれを見て声を漏らす。


「ふむ……その刀は」

「戦慄級『死渦しか』の爪。拳で受け止められる?」


 装備の質は極めて高い。

 硬度も切れ味も一般に流通するものとは比べ物にならない。


 だが、目の前の男は――心底残念そうに嘆息する。


「愚かな……」


 静かに拳を引いて、明確に攻撃の意思を見せる。

 迎え撃つように刀を構えるが――。


「――その魔物は、私が仕留めたものだッ」


 凄まじい速度で男が肉迫する。

 想定を遥かに上回る――思考も置き去りにして、クロガネは咄嗟に刀を振るう。


 だが、最初の一振りで刀身は半ばから砕かれた。

 拳と打ち合って上級対魔武器が負けたのだ。

 破片が飛び散って宙を舞う。


 驚愕しつつも、冷静に軌道を切り返して突き出す。

 だが、それさえも刃を素手で掴んで根本からへし折ってしまう。


「――剣は素人か」


 眼前で男が呟く。

 直後には拳が突き出され――腕を交差させて身を守る。


「ぐッ――」


 人間の体から放たれたとは思えないほど重い一撃。

 受け止められず、防御態勢のまま後方に数メートル押し飛ばされてしまう。


 魔女の体は頑丈で、幸いにも骨が折れるようなことは無かった。

 酷い痛みと痺れもすぐに和らいでいく。


 刀身を失った柄を投げ捨てて、クロガネは相手を睨み付ける。

 戦慄級の魔物を討ったという話も嘘偽りではないらしい。


 彼の言葉が事実であれば。

 相手は魔法省が誇る最大戦力にして、数々の偉業を成し遂げた英雄。

 執行官ユーガスマ・ヒガ――裏懺悔から手渡された要注意人物リストの中でも、特に警戒すべきと位置付けられていた人物だった。


「……はぁ」


 消耗を気にしている余裕はない。

 クロガネは間合いを取りつつ、エーゲリッヒ・ブライを呼び出した。


――『破壊』


「死ねッ――」


 弾薬に惜しみなく魔法を上乗せして――引き金を引く。

 同時にユーガスマが動き出す。


 一発――弾丸を潜り抜けるように身を低くして躱される。


 二発――横に体を傾け、その視線は見切られているかのように弾丸を追うように流れていく。


 三発――胴体を捉える直前で、ユーガスマが円を描くように手を動かして弾丸を受け流す。


「――ッ!?」


 人外染みた反応速度で初撃を躱され、四発目以降は撃つことさえ許されなかった。

 ユーガスマが距離を詰めるように駆け出したからだ。


 こんな化け物を相手にして、近接戦に持ち込まれるのは命取りだ。

 逃げようにも屍姫たちを置いてはいけない――と、逃走時間を稼ぐために殺意を研ぎ澄ませる。


「ハッ――」


 ユーガスマが掌を突き出す。

 こんな馬鹿げた一撃を受け止められるはずもない。

 回避に専念しつつ、どうにかして隙を突けるように機を窺う。


 だが、目の前の老人――ユーガスマは一切の隙を見せない。

 戦闘における一挙一動、その全てに意味を持たせている。


 瞬きの時間さえ惜しい。

 距離を取ろうと後方に飛んでも即座に肉迫されてしまう。

 猛攻と猛追、決して逃がさないという執念さえ感じていた。


「クロガネ様ッ!」


 屍姫が声を上げる――同時に、施設内に残っていたアンデッドが通路に押し寄せてきた。


 その数は二十。

 全て仕留めるにしても一手間くらいは与えられるはずだ。


「ここは退きましょう――『刻冥壊世こくめいかいせ』」


 屍姫は両手を翳し上げ――次なる魔法を行使する。

 使役されているアンデッドたちの魔力反応が爆発的に高まった。

 だが同時に、その体を維持出来ずに崩壊させていく。


 時限付きの強化だ。

 その能力こそバラつきはあるものの、中には愚者級程度の力を感じる者も混ざっていた。


 そこに、カツカツとハイヒールの足音が聞こえてきた。


「あらイケおじ……じゃなくて、これでも喰らいなさいッ!」


 マクガレーノが単独で追い掛けてきていた。

 懐から取り出したのは、至極単純な閃光手榴弾。

 その意図を尋ねるまでもない。


「――走って!」


 クロガネは声を上げ、マガジン内の残弾を乱雑に撃ち尽くす。

 アンデッドがユーガスマに飛び付いて、さらに閃光手榴弾が爆ぜる。


 目眩まし程度では時間稼ぎにならないはずだ。

 ここで首を取りに行く……などと愚考するはずもない。

 屍姫の進言通り、全力で退くべきだ。


「小癪な――」


 背を向けて駆け出した直後、幾つか破裂するような水音が鳴った。

 視界を奪われてなおアンデッドを容易く葬ったらしい。


 だが、さすがにあの数を仕留めるには時間が掛かるだろう。

 気に留めず逃走を続ける。

 この施設に結因が残っていない以上、無理して相手をする必要は無い。

File:『刻冥壊世こくめいかいせ


使役するアンデッドに、蓄積エーテルに耐えられずに自壊してしまうほどの強化を施す魔法。

屍姫本人の魔力を使って譲渡するため、対象の数が多いほど消耗も激しくなってしまう。

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