69話
クロガネは平然を装う。
余力が無いことを相手に悟られてはならない。
「まだ殺り合うつもり?」
挑発するようにフェルス・クラフトを向ける。
既に弾薬は『装填』済み――だが、徒花を相手取りつつESS装置を破るには残存魔力が不足している。
「……貴様こそ、いつまで魔力が持つのだろうな?」
警戒の色が窺える。
もしクロガネに余力があれば不味い……と、僅かな焦りがあった。
ここで退くつもりはない。
原初の魔女に課されたペナルティは、放置するほどに厄介なものになる。
「――なら、試してみてよ」
いつまで持つのか――消耗による頭痛を堪えつつ弾をばらまく。
ESS装置が激しく明滅するも、その後方では捜査官たちが反撃の準備をしている。
「――ッ」
徒花が『空間転移』を行使――座標指定を近くに置かせないよう、意識して反魔力で対抗する。
だが、鉄格子を無理やり抉じ開けるように徒花が現れ、その手に魔力を込めて殴り付けてきた。
「チッ……」
片腕で受け流し、即座に蹴り返す。
だが、僅かな手応えの直後に徒花の姿が掻き消える。
徒花はESS装置の後ろまで転移していた。
蹴りの衝撃を与えきる前に逃げられてしまったため、十分なダメージにはならなかった。
間髪入れずに捜査官たちが銃撃――だが、粗悪な対魔弾ではクロガネの脅威足り得ない。
ただの牽制だろう。
捜査官たちの補助を得られるのはこの場において大きな強みとなる。
強引に仕切り直しに持ち込めるのだ。
ESS装置をどうにかしない限り、徒花のヒットアンドアウェイを止める手段はない。
だが、施設内にいるのはクロガネたちだけではないのだ。
時間経過で戦況が変わるのも当然の摂理。
「――あらあら、楽しそうなコトしてるじゃない」
通路の反対側から現れたのは、派手な衣装を纏ったマクガレーノと部下たち。
その手には幾つか記憶装置を持っており、どうやら目当てのものを得られたようだった。
「施設をブッ壊して回るのも飽きてきた頃だし……アタシたちも混ぜなさいよ」
上等な対魔武器を装備した、統率の取れた集団。
それこそ大罪級であれば生け捕りにできるほどの大きな戦力だ。
幸いなことに彼女とは事前に"取引"をしてある。
信用はしていないが、少なくともこの場で裏切られる心配はない。
「貴様ッ……」
徒花が苛立ちを露にする。
このまま殺し合いを続ければ彼女たちは全滅するだろう。
展開させたESS装置も損傷が酷く、反対側にいるマクガレーノたちに対しては遮蔽物もない。
取れる手段は限られていた。
「……やはり"アレ"を受け取っておくべきだったか」
徒花は後悔するように舌打ち、魔力を全開にして『空間転移』を発動させる。
「逃がさないッ――」
再びフェルス・クラフトで銃撃――途中でESS装置を破り、徒花を含め何人かに被弾させる。
マクガレーノたちも容赦なく弾を撃ち込んでいく。
「――ッぁぁあああああ!」
激痛に、思わず徒花が絶叫する。
それでも戦慄級としての矜持があるのだろう。
余力を注ぎ込んで、強引に『空間転移』を発動させた。
そして、姿が掻き消える。
「……チッ」
どうやら殺し損ねたらしい。
魔力を喰らった感覚はなかった。
徒花は殉職した者たちまで綺麗に回収している。
もし彼女だけなら、銃弾の雨に晒されることなく転移も間に合っていたはずだろう。
吐き気のするような善人だ。
その甘い考えによって怪我をしたというのに、尤もらしい顔をして去っていった。
同時に、自身が生き延びていく上で大切なことを再確認する。
「フフ、余計なお世話だったかしら?」
「……いや、助かった」
挟撃を仕掛けられると事前に分かっていなければ、こうして虚勢を張るような真似は出来なかった。
マクガレーノはあえて交戦の音を辿るように移動していた。
貸しを作ろうとしているのか。
或いは、こちらの信用を得ようとしているのか。
「……ッ」
ふと、何かが『探知』に引っ掛かる。
たった一人だけで研究施設に乗り込んで、すぐに屍姫の使役するアンデッドを凄まじい勢いで減らし始めた。
嫌な予感がしていた。
即座に目の前の機密室を抉じ開け、中を確認する。
巨大な部屋に、培養液の溢れ出た開封済みのカプセルが一つ。
ちょうど少女が一人だけなら収まりそうな大きさだ。
襲撃に手間取っている隙に持ち出されてしまったのだろう。
「……何もない。二人を回収して撤退する」
消耗を堪えつつ『探知』の精度を上げる。
屍姫と真兎の二人がこちらへ向かってきていて、それを追うように凄まじい速度で迫っている。
ここで待っていても合流は間に合わない。
――『能力向上』『思考加速』
「上級-刀型対魔武器『死渦』……起動」
臆病であることは"罪"だ。
原初の魔女は、殺し合いを拒むような者を器として認めない。
それだけではない。
たとえ明確な脅威が迫っていたとしても。
依頼主を死なせるわけにも、優秀な駒を失うわけにもいかなかった。
File:戦慄級『徒花』-page1
魔法省"魔女名簿"登録魔女、戦慄級執行官『徒花』
類を見ない『空間転移』の能力を持ち、人・物問わず好きな場所に転移させることが可能。
自在に死角を取ることが出来る一方で、同じ戦慄級の魔女に対しては、反魔力による減衰によって敵間近への座標指定が困難となり、能力による有利を得られなくなってしまう。




