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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
2章

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68話

「政府から重要施設に指定されているというのに、襲撃するなど愚かなことだ」


 徒花が侮蔑するように嘆息する。

 一等市民居住区フォルトゥナに隣接しており、施設責任者も一等市民に名を連ねるアモジ・ベクレルだ。


 非常事態には即座に大きな戦力を投入できる。

 彼女が言う通り、このゲハルト支部を狙うのは無謀だろう。


 徒花はクロガネの反魔力圏内に転移は出来ない。

 即座に背後を取られて首を伐られる……などという心配はないだろう。

 だが同時に、こちら側の攻撃も大きく減衰してしまう。


「……」


 徒花を除いても執行官二名、捜査官が十五名。

 それだけで厄介な戦力だと言うのに、戦慄級の魔女まで相手取るのは明らかに厳しい戦いだ。

 真正面からぶつかり合っても押し負けてしまう。


 だというのに、殺し合いに思考が傾く。

 クロガネ自身の意思ではない。

 敵対する魔女は戦慄級――その力を原初の魔女が欲しているのだ。


『――塵芥を恐れるな。妾のみ畏れよ』


 久々に聞こえてきた声は、やはり震えるほどに悍ましい。

 たった一言だけで魂を押し潰されそうになるほどのプレッシャーを感じる。


 押さえ付けられた羽虫のように、まともな抵抗すら出来ない状態。

 その声を聞くだけで強ばってしまう。


 気付けば視界が静止していた。

 クロガネの意識のみが取り残され、指先を僅かに動かすことさえ叶わない。


「……時間を引き延ばしてる?」

『訊ねるまでもなかろうに。まあよい』


 会話を続けたくない。

 積み重ねた戦闘経験が、これは決して触れてはいけない存在だと激しく警鐘を鳴らしている。


 どうやら、不幸なことに。

 以前より鮮明に奈落を覗き見られるようになってしまったようだ。


 彼女は変わらず、濁った期待と利己的な打算をクロガネに向けている。

 酷く息苦しい。


『小娘。命を惜しむようになったな?』


 この場の交戦を避けようとしているだろう……と、原初の魔女が咎める。


 彼女には命そのものを握られている状態だ。

 迂闊な返答は出来ない。


『……沈黙を選ぶか。それもまた、死を避けるには賢い選択だ』


 だが……と、原初の魔女が続ける。


『臆病な小娘には……一つの褒美と、一つの罰を与えよう』


 ドクリ、と心臓が跳ねる。

 耐え難い寒気がクロガネを襲う。


『褒美は"権能"だ。深淵へ沈み行く魔女の理――』


 体が熱を帯びる。

 魔力が激しく廻っている。


『罰は"渇望"だ。魔を本能的に求める枷――』


 それは空腹と同義だ。

 魔女か魔物、或いは人間でも構わない……原初の魔女に贄を捧げる行為そのものを、クロガネに強いるための呪縛。


「っ……」


 魔力に対する"飢え"を刻み込まれた。

 満たすには、一定水準での殺戮が必要となってしまう。


 強大な力には対価が必要だ。

 降って湧いただけの都合の良いものではない。

 原初の魔女を納得させなければ、次の"罰"を与えられかねない。


『――さあ、妾のために屍の山を築くがいい』


 意識が現実に引き戻される。

 途端に汗が吹き出して、心臓が激しく跳ね、思わず胸元を抑えてしまう。


「貴様、聞いているのかッ!」


 徒花が問う。

 当然ながら、彼女に意識を向ける余裕はない。


「クロガネ……?」


 色差魔が心配そうに尋ねる。

 彼女からすれば、急に顔色が悪くなったようにしか見えない。


 自身を落ち着かせるように、ゆっくりと呼吸を整えていく。

 徒花はこちらを警戒して攻撃の機を窺っている。

 倒れ込みたいほどの目眩を堪え、戦闘に意識を集中させる。


 与えられた"罰"のせいか、魔力の気配に敏感になったようだ。

 理性を奪われそうになるほどの殺戮衝動――これは確かに枷だ、とクロガネは嘆息する。


 魔力への渇望であれば、必ずしも殺す必要はない。

 キスなどで魔力を奪う……そういった解消法も可能だろう。


 いずれにせよ、今は原初の魔女が"飢えている"状態だ。

 必要な魔力を得るには戦闘せざるを得ない。


「……合わせて」


 相手に聞こえないように小さな声で伝える。

 返事を確認する前に、クロガネは動き出した。


「機式――"フェルス・クラフト"」


 敵の数は多い。

 商会本部の時と同様に、薙ぎ払うように計五十発を吐き出させる。


 徒花は転移することで銃弾の雨を躱し、その隙に執行官二名はESS装置を展開。

 その背後に隠れた捜査官たちも無傷。

 シールドは大きく内蔵エネルギーを削られたようだったが健在だ。


「機式――"エーゲリッヒ・ブライ"」


 瞬時に持ち替え――交互に引き金を引く。

 動き出そうとした者から順番に、牽制するように銃撃。


 その時間を有効に使って、色差魔が魔法を発動させる。


「――『色錯世界』」


 敵の戦力を考慮して、出し惜しみせず最大出力での行使を選んだ。

 足元から鮮烈なマーブル模様が展開され、徒花たちを包み込む。


 五感全てを狂わせる色差魔の支配領域。

 囚われたら最後、手足を動かすことさえ儘ならなくなってしまう。


 その恐ろしさを知っているからこそ、安心して足止めを任せられる。

 戦慄級相手でも通用する魔法――その隙に、クロガネは次の機式に持ち替える。


「機式――"フェアレーター"」


 纏めて焼き尽くすのだ。

 高出力のエネルギー砲によって『色錯世界』に囚われたら捜査官たちを一掃する。


「消し飛べッ――」


 好き放題に魔力を喰わせ、持ち得る最大の一撃を叩き込む。

 これを防ぎきることは難しい。


 しかし――。


「癪に障ることをッ」


 徒花が辛うじて『空間転移』を発動させて離脱する。

 よほど余裕がなかったのだろう。

 捜査官の一人さえ連れ出せていない。


 エネルギー砲はESS装置によって阻まれるも、幾分か減衰しつつ打ち砕く。

 人間相手なら余波だけで十分に殺せる範囲だ。


 そして――魔力の充足。

 飢えた魔女の衝動は、その一撃によって満たされていった。


「あぅぁ~……」


 色差魔が魔法を破壊された反動リバウンドによって目を回してへたり込む。

 しばらく身動きは取れないだろう。


「……ッ」


 だが、徒花は未だ健在だ。

 隊列の後方に控えていた捜査官も六名生存している。


 魔力には少しだけ余裕があるものの、同じ出力でフェアレーターを放つことは不可能だろう。

 対して、相手は即座に追加のESS装置を起動させて遮蔽物を作り出し、数こそ減ったものの体勢を立て直した。

File:権能・渇望


原初の魔女によって与えられた報酬。

権能は力を引き出すための鍵、渇望は道を指し示すコンパスとなる。

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