67話
――魔法工学研究所ゲハルト支部、中央区画。
慌ただしく研究員たちが駆け回る。
襲撃者の戦力は彼らの想定を大きく上回り、警備兵も瞬く間に制圧されていった。
『第三区画、突破されましたッ――応援を――ッ』
無線から流れる必死な声に、老齢の男は嘆息しつつ無線機の電源を落とした。
「どいつもこいつも、使い物にならん愚図共め」
腹立たしげにモニターを眺める。
施設内の防犯カメラが、彼我の圧倒的な戦力差を写し出している。
「マクガレーノめ、裏切りおったな?」
鎖に繋いでいたはずだというのに……と。
彼女の溢れ出る野心を買って手元に置いていたが、近頃では持て余してしまうほどの才覚を感じていた。
襲撃者の中には、以前捕らえたはずの魔女――大罪級『屍姫』が混ざっていた。
死者の行軍。
命を落とした者は、皆等しく彼女の下僕となるのだ。
気付けば半数がアンデッドとして使役され、数の有利さえ覆ってしまった。
「うーむ、研究に没頭しすぎていたか」
男は白衣のポケットから通信端末を取り出して、どこかへ連絡をする。
この場の戦力だけでは逆立ちしても解決できない。
だが、彼は欠片さえ焦りを見せなかった。
「施設は放棄するとして……」
即座に計画を整えていく。
易々と殺されるつもりはない。
ゲハルト支部責任者にして魔法工学の第一人者――アモジ・ベクレル博士。
その脳内は深淵と呼び讃えられるほどで、常人には全く理解が及ばない領域にあるという。
「だが、うーむ……計画を早めなければならんなぁ」
傍らに置かれた巨大な金属のカプセルを撫でる。
魔法工学に大いなる変革を齎すのだ……と、笑みを浮かべていた。
◆◇◆◇◆
「次ッ――」
クロガネがロックされたドアを蹴破ると、色差魔が強襲を仕掛ける。
大罪級の身体能力があれば、並みの警備兵など脅威にならない。
常に『探知』を怠らない。
研究施設内は相手のホームだ。
直感的に動き回れないのは面倒だった。
施設内の大半は把握できていたが、何ヵ所か『探知』を阻むように魔法物質で守られた部屋があった。
以前と同じ"静性メディ=アルミニウム"による魔力遮断だろう。
クロガネからすれば、重要機密はここに眠っていると教えられているようなものだ。
真兎と屍姫は別行動で、マクガレーノたちも好き放題に暴れている。
このままいけば施設ごと制圧するのに時間はかからないだろう。
「雑魚ばっかりで退屈しちゃう」
色差魔は肩を竦める。
警備兵の練度は相応に高いのだが、魔女相手に通用するとしても精々が愚者級までだろう。
さすがに上級対魔武器を量産することは難しい。
この施設も魔法省の捜査官よりはマシな装備を揃えているが、その程度の差では脅威にならない。
この施設が危険なのは、一等市民居住区に隣接しているという点にある。
レーデンハイト一番街には魔法省の支部があり、この研究施設に動員する際にほとんど時間はかからない。
もうじき応援が現れる……と、クロガネは警戒していた。
「そろそろ中央区画に着く頃よね。それっぽい反応はある?」
「……見つからない」
機密室を除けば、あるのは人間の反応のみだ。
もっとも、逃げ遅れた研究者たちは、屍姫の使役するアンデッド軍団の餌食となって数を減らしていく。
研究施設そのものを手中に収めたのと同じようなものだろう。
その気になれば魔法工学研究所を立ち上げられるほどだ。
彼女の使役するアンデッドは、生前の知識や能力の大半を受け継いでいる。
娼館の受付カウンターで見た"ヴィンセント"も、使役するための魔力反応さえ気にしなければ人間と変わらない。
「……そこの大部屋を抉じ開ける。中の様子が分からないから警戒して」
厳重な電子ロックがかけられており、素材自体も様々な魔法物質で構成されている。
力ずくで突破するには厄介なドアだがクロガネには関係ない。
――『破壊』
以前、PCのロック画面を解除させた時と同様の使い方だ。
物理的な破壊に留まるような能力ではない。
システム内部にまで侵入して、ドアの制御データそのものに損傷を与える。
あとは、力任せに引けばいいだけ。
クロガネは扉を抉じ開けようとして――。
「伏せてッ」
即座に体を伏せる。
直後、二人のすぐ真上を弾がすり抜けていった。
「――また貴様か。ロムエ開拓区で会って以来だな」
聞き覚えのある声だった。
先ほどまで誰もいなかったはずの空間に、彼女は当然のように佇んでいる。
スタイルの良い長身に、煌びやかな金髪と碧い瞳。
そして『空間転移』という極めて強力な能力を持つ魔女。
背後には当然のように捜査官たちが控えており、この場での戦力差は易々と覆されてしまった。
戦慄級『徒花』――魔法省の登録魔女であり、無法魔女狩りを専門とする執行官。
その名を忘れるはずもない。
次は絶対に殺すのだと、殺意を研いでいた相手だった。
File:アモジ・ベクレル。
IQ190を誇る魔法工学の第一人者。
一等市民の老人でレーデンハイト一番街に住む。
兵器開発が主だが、携行型よりも規模の大きなものを好んで研究することが多い。




