66話
消耗を省みなければ、6Λの本体性能を上回る動きも再現できるかもしれない。
改造手術を施されているのは相手だけではないのだ。
問題は魔力量の差だ。
クロガネは、敵を殺すことで潜在能力を解放する魔女だ。
殺戮は"原初の魔女"に捧げる供物のためであって、好き好んで行っているわけではない……と、考えている。
強敵と渡り合うには魔力量が不足しすぎていた。
能力こそ極めて特異で凶悪なものだが、現在のクロガネには消耗が激しすぎるのだ。
裏懺悔やアグニのように、戦慄級の中でも底知れない化け物だっている。
そういった手合いを前にして、常に最大出力で動けないのは致命的な弱点になってしまうだろう。
だからこそ、継戦能力を補う手段がいる。
虚空に手を伸ばし、自身の『倉庫』から弾薬以外の物を呼び出す。
「上級-刀型対魔武器『死渦』……起動」
利用可能な全てを手にすればいい。
刀身が淡く光を帯びた対魔武器。
CEMがマクガレーノ商会に流したものの中で、これが一番使い勝手が良いと判断した。
瞬時に距離を詰め――横薙ぎ一閃。
バチバチと雷を迸らせ、刀身がESSアーマーを切り裂く。
対魔武器は動力源として魔物のコアを内蔵している。
さらに、この武器に関しては刀身に戦慄級『死渦』という魔物の爪が用いられていた。
以前ガレット・デ・ロワの密輸を手伝った際に運んだ品物が、特級-9mm対魔弾『死渦』というものだった。
核は全てそちらに回されてしまったらしいが、戦慄級の魔物ともなれば、生体パーツだけでも十分すぎるほどの強度を誇る。
殺しを生業とするのであれば、下手な拘りは捨てた方がいい。
攻撃手段を得られさえすれば『能力向上』に魔力を注ぎ込めるため――。
「消えてッ――」
6Λの胴体を切断する。
崩れ落ちた後、しばらくノイズのような音を口から漏らしていたが、やがて動かなくなった。
「……はぁ」
今後はこういった武器を収集した方がいいだろう。
低級や中級では使い物にならないが、この刀であれば強敵に十分通用する。
不足している分はクロガネ自身の魔力を乗せればいい。
戦闘を車内から眺めていたマクガレーノが、窓を開けて声をかける。
「刀の使い勝手はどうだったかしら?」
「悪くない」
これは彼女から譲り受けた代物だ。
元はCEMの物なのだが、それ自体はどうでもいいことだった。
「なら、取引は成立でいいかしら?」
その問いに、クロガネは嘆息しつつ頷く。
譲渡するにあたって一つだけ契約を交わしていた。
「クロガネ様、さすがです」
屍姫が興奮した様子で車から降りてきて、続いて色差魔が軽快に降りる。
研究施設はもう何分とかからずに見えてくる距離だ。
ここからは歩きでも構わないだろう。
「でもさー、なんで一人で戦ったの? あたしが『色錯世界』で足止めすればもっと楽だったのに」
色差魔が口を尖らせて言う。
6Λに彼女の能力は効果覿面だ。
活躍の場を逃してしまって悔しいらしい。
「シキには魔力を温存しておいてほしかったから」
「ん、この後にもっとすごい敵がいるとか?」
色差魔が首をかしげる。
確かに、CEMの研究施設ともなれば化け物を飼っていてもおかしくはない。
だが、クロガネは肯定も否定もせず、色差魔に歩み寄る。
「えっ、ちょ、近いっ……恥ずかしいってぇ」
顔を寄せると、色差魔が顔を真っ赤にして目を逸らす。
車に押し付けるようにして逃げ場を無くすと、わたわたと手を振って抵抗してきた。
「ちょっと、見られてるからっ! せめて終わった後にホテルで――んぅっ」
騒ぐ口を塞ぐよう強引にキスをする。
舌を捩じ込んで、魔力を絡め取るように愛でる。
「んっ……だ、ダメだってぇ……」
目を蕩けさせて、色差魔が体をよじらせる。
抵抗するつもりは端から無い。
無理やりされている……と、そんな状況を楽しんでいるらしい。
吐息の熱を感じつつ、魔力を奪いすぎないようにゆっくりと絡め取っていく。
心地のいい時間だ。
魔力が体に流れ込んできて、馴染む度に体が熱を帯びる。
行為を健気に受け入れる色差魔の目をじっと見つめ、クロガネは唇を離した。
「ぷはっ……はぁっ……んっ……」
色差魔は苦しそうに息をしつつ、嬉しそうにはにかむ。
だが何かが引っ掛かるらしく、少し考えるように首をかしげ……「あっ」と声を漏らす。
「って、あたしから魔力を取るために戦わせなかっただけ!?」
「それ以外に理由なんてある?」
色差魔が悔しそうに呻く。
キスの余韻は続いているらしく、呼吸は荒いままだ。
「やるなら責任取って最後までしてよ! 前回だって、気づいたら路地裏に一人で放置されてて寂しかったんだから!」
「なら、仕事が終わったら続きをしてあげる」
色差魔は"続き"という言葉に目を輝かせるも、すぐに"仕事の後"という言葉に違和感を覚える。
「……やっぱり魔力目的じゃない!」
「嫌なの?」
クロガネは色差魔を抱き寄せて顔を覗き込む。
途端に顔を紅潮させ、目を逸らしつつ小さな声で呟く。
「あぅ……は、激しめでお願いします」
断れるはずもなく、色差魔は恥ずかしそうに頷く。
追加の注文は当然ながら彼女の趣味だった。
File:上級-刀型対魔武器『死渦』
戦慄級『死渦』という魔物の爪を用いて作られた武器。
コアは大罪級の魔物を用いているため出力は押さえ気味だが、強度は上の等級に引けを取らない。
本体である魔物は魔法省特務部・特殊組織犯罪対策課主任執行官『ユーガスマ・ヒガ』によって討たれたという。