65話
「CEMのゲハルト支部――レーデンハイト一番街の隣にある研究施設よ。アナタたちが探してる魔女はここに移送されたはずね」
マクガレーノが地図を端末に表示させる。
それを見て、色差魔が顔をしかめる。
「一等市民居住区の近くってなると……騒ぎを聞き付けて魔法省が飛んできそうね」
この世界では、何よりも一等市民が優先される。
発する言葉の全てが絶対的な効力を持つほどの権力がある。
ゲハルト支部は一番街に極めて近い場所にある。
場合によっては、研究施設に一等市民の息が掛かっているかもしれない。
下手に攻め込めば、厄介な因縁を抱える危険があった。
視線を向けると、マクガレーノが首を振る。
「罠じゃないわよ。けれど、ここの施設責任者が一等市民なのは事実ね」
情報を隠すつもりはないらしい。
重要機密まで片っ端から三人に見せてくる辺り、CEMへの恨みは本物だ。
端末に入っているファイルを表示させていくと、非道な研究内容についても出てきた。
「……魔物の生体武器化?」
クロガネはページ捲りを止めさせる。
やけに物騒な研究テーマだ。
「CEMが災害等級の高い魔物の検体を欲しがる理由よ。気分のいいものじゃないわね」
――携行型-体組織変異武器『TWLM』。
魔物の能力を殺すこと無く、かつ兵器として利用するための研究。
ページを捲ると、クロガネは険しい顔で舌打つ。
「……これが研究として認められているの?」
「残念ながらそうね」
マクガレーノは嘆息する。
表ルートで流通する対魔武器と異なるのは、魔物の部位ではなく魔物そのものを武器に加工して用いる点だ。
――"従属的自我の形成"と"疑似伝達神経との適応"を主とする。
本来持つ狂暴性を抑圧し、外部機能による操作で魔法を行使させる。
形状は武器として使いやすいように"加工"され、最低限の生命維持装置によって利用され続けるのだ。
魔物は人間に害を成す存在だ。
それを利用することに反発する者はいない。
「でも、実用化は無理ね。幾つか成功例が報告されているけれど……量産に成功したって話はアタシも聞かないわ」
通常の対魔武器は、あくまで魔物の核を動力源とした高出力の武器でしかない。
魔法物質を用いて伝達性能を上げたとしても、本来魔物が持っていた力までは引き出せない。
だが、TWLMは違う。
疑似伝達神経によって命令を出すことで、能力まで引き出して自在に行使出来るのだ。
だからこそ、クロガネは不愉快で仕方がなかった。
その先に見え透いた"黒い意図"に気付かないはずがない。
「……この話はもういい」
嘆息しつつ、クロガネは背凭れに体を預ける。
この事については、時間があるときに裏懺悔にでも聞いてみればいい……と、逸れた思考を元に戻す。
「研究所に着いたら、そっちはどうするつもり?」
「アタシたちは派手に暴れてくるつもりよ。お別れの挨拶みたいなものね」
後に響かないように、研究施設内のデータを徹底的に潰す。
自分たちに関する情報を消し去ることで、綺麗さっぱりに関係を経つ予定らしい。
「もうすぐ到着だけれど……多分、6Λちゃんも修理されてるはずよ。どこまで出来ているか――」
「……修理は終わってる」
クロガネはフェルス・クラフトを呼び出すと――ドアを開け、走行中の車から飛び降りる。
側方から、凶悪な魔力反応が『探知に』引っ掛かっていた。
撃退してから何時間と経っていないというのに、CEMの技術力であれば修復出来るらしい。
装備も予備のものを用意していたのだろう。
先ほどと同様に、全身にESSアーマーを着込んでいた。
「邪魔ッ――」
引き金に指をかけ――魔力を込める。
弾薬に『破壊』を乗せた対物特化の銃撃を、フェルス・クラフトは秒間二十五発も射ち出せる。
激しい反動を『能力向上』によって押さえ付け、マガジン内の弾薬――計五十発全てを吐き出させる。
フェアレーターのような広域に拡散するエネルギー砲では無駄が多い。
こういった手合いであれば、一点集中に賭けた方が利口だ。
胴体部分のESSアーマーを急激に削られ、6Λは足を止め、腕を交差させて身を守る。
『――対象ノ危険度ヲ"最大"ニ更新シマス』
接近しすぎれば余計にダメージを負うと判断したのだろう。
弾切れまで耐え凌ぐと、6Λは再び駆け出してきた。
クロガネは『思考加速』を発動し――あえて肉弾戦に乗る。
「――っぁああああッ!」
咆哮。
そして、渾身の蹴りを放つ。
6Λの巨体が大きく揺らぐも、即座に体勢を立て直して反撃してきた。
巨躯から繰り出される拳は、それだけで鉄骨も叩き折ってしまうことだろう。
幾度となく改造手術を受けたボディは極めて強靭で、近接格闘において性能を遺憾無く発揮する。
「チッ――」
さすがに受け止めるのは厳しい。
体を反らして躱すと、クロガネは苦々しい顔をして距離を取る。
File:TWLM(Transplant Weapon of Living-Magica)
『携行型-体組織変異兵器』通称TWLM
魔物そのものを特殊な加工をすることによって、本来の力を失わせない生体兵器として扱う研究テーマ。




