64話
命乞いをするわけではないらしい。
クロガネから見て、確かに商会の構成員は質が高い。
良い装備を持っているのもそうだが、単純な練度で見てもガレット・デ・ロワに並ぶほどだ。
これがそこらの捜査官や無法魔女であれば、フェルス・クラフトで薙ぎ払った時点で大半が動けなくなっていたはずだ。
構成員は十五人が健在。
負傷した者はESSシールドを持って壁役に専念して、動けない者は後方に下がっている。
自信の表れなのか、マクガレーノは笑みを絶やさずに中心で佇んでいた。
「MEDは解除しておいたわ。疑うのなら、それも用心深くて素敵だけれど」
色差魔たちに視線を送ると、二人は頷く。
魔力阻害の効果は完全に消え去っているらしい。
「要求に見合ったものをだせるつもり?」
「当たり前じゃない。欲しいものがないのに、シンジケートの本部を襲撃するはずないもの」
マクガレーノは衝突を避けたいらしい。
魔力の消耗状況を考えれば、その提案自体は悪くないものだ。
とはいえ、真兎の家族を皆殺しにしたのも彼女だ。
交渉に乗って依頼主の反感を買うのも好ましくないだろう。
「そこに隠れてるお嬢ちゃんも出てきなさい?」
取って食べたりしないわよ、とマクガレーノが笑う。
始めから真兎が後方で待機していることに気付いていたのだろう。
本拠地内を常に監視する手段をもっているらしい。
「うぅ……」
真兎は肩を震わせつつ柱の影からこちらを窺う。
クロガネが頷いてみせると、ゆっくりと前に出てきた。
「アナタもしかして……」
顔を見て気付ける程度には似ていたのだろう。
自身が捕まえてきた魔女の妹だ……と、察してから口を噤む。
「彼女の姉を探してる。ここに移送されてるはず」
「あぁ……よりによって"彼女"だなんて」
マクガレーノは真っ青な顔で呟く。
「知っているなら吐いて」
「それは勿論よ。そう、構わないのだけれど……移動しながら話しましょう?」
何やら焦りの色が見える。
先ほどまでの堂々たる悪党の振る舞いから一転して、やけに善良な気遣いを見せてきた。
演技をしているようには見えない……が、どうやら彼女は"振る舞い"に長けているように見える。
同じ悪党でも"仁義ある暴虐"に長けたアダムとは違うタイプの人間だ。
魔法省の真偽官でもいれば嘘偽りを暴けただろうが、この場にいるのは殺しが能の魔女だけだ。
「……分かった」
敢えて話に乗る。
もし罠であるなら、その時は叩き潰すまでのこと。
どちらにしても、情報を握っているのはマクガレーノ側なのだ。
交渉を拒んで殺し合いになれば、クロガネにとっても厳しい負担がかかってしまう。
真兎たちに視線を向けると、同意するように頷いた。
「交渉は成立……で、いいかしら?」
「それは内容次第」
「あら、手厳しいわねー」
マクガレーノは肩を竦め、構成員たちに顔を向ける。
「アナタたちっ! 車両の準備を全速力でなさい!」
◆◇◆◇◆
「CEMは汚れ仕事を押し付ける相手が欲しかっただけだったの」
憤った様子でマクガレーノが頬を膨らませる。
感情が表に出やすいのか、或いはそういう風に見せているのか。
「あの子たちのやり方は、悪事を働くにしても汚すぎるの。アタシの美学に反するわ」
「美学?」
「アタシの"美の悪逆"は、CEMとは相容れないみたいね」
話だけ聞いていても意味が分からない。
だが、取り敢えず「CEMのやり方に反感を抱いている」という事実は伝わってきた。
「禍つ黒鉄と言ったわね? アナタにも、似たような何かを感じるの」
「……チッ」
無用な雑談にまで付き合うつもりはない。
露骨に不機嫌そうに見せると、マクガレーノは慌てて手を振った。
「ま、要するに……CEMの契約違反に付き合っていられないって思っていたところなの。でも6Λちゃんを監視役として組織に押し込まれちゃったから困っていたのよね」
戦慄級の魔女が来てくれて助かった、とマクガレーノが胸を撫で下ろす。
今がCEMの管理下から逃れる絶好の機会だと判断したらしい。
その様子に、一人、苛立ちを露にする者がいた。
「でも、お姉ちゃんを連れ去ったじゃないですか! それにお父さんとお母さんまでッ――」
CEMに飼い慣らされていたとはいえ、自分たちの都合に家族を巻き込まれたのは事実だ。
怒りの矛先を間違えているわけではない。
これまで年不相応に平然を装って、ストレスを限界まで溜め込んできたのだ。
相手の事情など彼女にはどうでもいい。
「そうね。アタシが殺したことに違いはないわ」
「なら、どうしてそんな平然としていられるんですかッ!」
真兎が鬼気迫る表情で問う。
もし彼女に十分な力があったなら、この場で殺しにかかろうとしていただろう。
だが、相手は犯罪シンジケートのボスだ。
そこらの小悪党とは訳が違う。
もし迂闊な真似をするなら、首が飛ぶのは真兎の方だろう。
「そういう風に"育ってきた"のよ。こうするしかない、これしか方法がない……そんな状況も、三等市民のアナタなら分かるんじゃないかしら?」
「……ぐっ」
外圧に負けて、敗北者として生き長らえる。
逆らうことは自分の首を絞めることと同義だ。
自由を得るには力が必要だ。
弾圧されることも、飼い慣らされることも、どちらも不自由に変わりない。
「もちろん、CEMの言いなりになっていればマシな暮らしを得られるでしょうけど。アタシはあんな……ちっちゃなビルに押し込められるような人間じゃないつもりよ」
マクガレーノはそこまで話すと、腕を組んで唸る。
小さな声で「いや、そうじゃなくて……」と呟いていた。
「恨まれるのは構わないけれど、アタシは謝らないわよ? 罪悪感を抱くってことは、自分自身の選択に疑心を抱いているのと同じ」
「……最低」
「最低で結構。悪党に善性を求められても困っちゃうわー。特に、アタシみたいな――」
マクガレーノは口を噤む。
強烈な殺気に当てられて体が固まってしまったのだ。
その様子に、クロガネは嘆息する。
「……意図は理解したつもりだけど。そろそろ本題に移してくれる?」
ここで甘やかしても仕方がない。
謝罪の言葉は彼女を弱くしてしまう。
強い反抗心を抱かせることが、力のない真兎を社会に潰されないようにするための御守りになる。
マクガレーノ自身が似たような境遇だったのだろう……と、クロガネはなんとなく推測する。
奪う側に立ってしまったのだと。
そのことを自覚してしまったからこそ、商会本部で急に態度が変わったのだろう。
ここまで深読みさせることを目的とした演技であるなら、それは大層な役者ぶりだ。
どちらにせよ、クロガネには関係のないことだった。
File:マクガレーノ商会-page2
CEMに飼い慣らされた犯罪シンジケート。
実験サンプルとしての無法魔女を各研究施設に販売している。
また魔女捕獲の際に対魔武器などの性能テストにも協力するため、試作段階のものだが数多く所有している。