62話
撃ち出された高エネルギーの塊が直撃し――爆ぜる。
その巨体を確実に捉えていた。
「……ッ」
だが、6Λの反応は残っている。
砲撃による威力は極めて高いというのに。
CEMの生み出した生体兵器。
戦慄級の魔物をコアにしているのだから、易々と殺されてはくれないだろう。
『――ESS機能ニ甚大ナ損傷。解除シマス』
エクリプ・シスを動力源とした対物理シールドだ。
巨体に纏っている装甲自体が特殊な形状をしたESS装置だったらしい。
CEMの特製品となれば、その出力は並みのものとは比べ物にならないだろう。
とはいえ、クロガネも渾身の一撃を放っている。
フェアレーターの一撃を真正面から受け止めて、さすがに装甲も限界を迎えたらしい。
『防御機能ノ低下ヲ報告シマス』
再び通信――ここまでの戦闘データを送信しているのだろう。
これほどの性能を誇るというのに、6Λは未だ完成していない。
即座にエーゲリッヒ・ブライに持ち替えると、クロガネは容赦無く引き金を引く。
あの強固な装甲さえなければ攻撃も通じるはずだ……と、残弾を全て吐き出させるも、深傷を負わせるには至らない。
よほど頑丈な素材で作られているのだろう。
「――『装填』」
射撃を続けるも、6Λが動き出す。
コアを守るように腕を上げて身を守りつつ、体の大きさを活かして突進してきた。
「クロガネ様ッ――」
6Λの進行方向を遮るように屍姫が立ちはだかる。
出力こそ高いものの、相手の動きは大振りが過ぎる。
懐に飛び込んで掌底で打つ。
先ほどのお返しとばかりに、魔力を放出するようにして巨体を揺さぶる。
だが、手応えは鈍い。
肉体そのものが頑強すぎるのだ。
素体は人間だというのに、硬質な魔物を相手にしているような気分になってしまう。
クロガネは隙の出来た6Λに瞬時に肉迫し――跳躍。
限界まで『能力向上』を乗せた脚力で、その頭部を鋭く蹴り付けた。
「チッ……固すぎるッ」
不愉快そうに舌打つ。
分厚い鉄板でさえ変形させるほどの威力を込めたというのに、6Λはバランスを崩して転倒しただけだ。
有効打が手札に無い。
フェアレーターをもう一度放つには消耗しすぎている。
無理矢理に撃とうとすれば意識を失いかねない。
連れてきた屍姫も有用な魔女だが、使役するアンデッドがいなければ戦力として頼りにも出来ない。
大罪級とはいえ、素手で戦闘をこなすタイプではないのだ。
相手も損傷が激しいようだが、構いすぎても後に響いてしまう。
目的はあくまで"結因の奪還"のみだ。
玩具一つに時間をかけてはいられない。
消耗を省みないで排除すべきか――と、そこまで考えた時。
「――ふっふっふ、どうやら困ってるみたいね!」
凛とした声が、辛うじて形を保っているエントランスに響いた。
そして、世界が鮮やかに彩られる。
乱雑に絵の具を撒き散らしたかのような、目がチカチカするほどに鮮烈な――。
「『色錯世界』――抜け出せるものならやってみなさい!」
色差魔が自信満々に言い放つ。
6Λを取り囲むように生み出された支配領域が、様々な認識機能を阻害して停止させた。
相応の反魔力があれば別だったが、魔女でなければ抜け出すことは不可能だ。
自由を奪われて支配領域に囚われる以外の選択肢は与えられない。
外界との連絡手段さえ奪ったらしい。
何からも指示を受けられず、棒立ちのまま佇んでいる。
「ほら、あたしだって役に立つでしょ?」
驚いた様子のクロガネに、色差魔は満面の笑みを浮かべてウインクする。
何も実力行使だけが能ではない。
屍姫や色差魔のように、搦め手を得意とする魔女は等級評価のみでは測れないようだ。
「……どうしてここに?」
「なんとなく気になって……尾行しちゃった」
色差魔は照れるように頬を掻く。
本来なら蹴り飛ばすところだったが、彼女のおかげで消耗を抑えられたのも事実だ。
「ねえ、禍つ黒鉄。あたしのことも、ちょっとは認めてくれた?」
褒めてほしいのだろう。
やや興奮した様子で、上目遣いでクロガネに縋り付く。
助けられたことは事実だ。
嘆息しつつ、色差魔に声をかけようとして――。
「クロガネ様から離れて!」
屍姫が色差魔を無理矢理引き剥がす。
一番の下僕は自分だという自負があったが、今回の功績を横から奪われてしまった。
「ちょっとー、今あたしが仲間として認められる流れでしょ?」
「知りません。クロガネ様には私がいますので」
「複数同時だってえっちできますー。路地裏に落ちてた本で読んだんだから――」
言葉を遮るように銃声が響く。
向こう側――エントランスの奥にあるカウンターからだった。
弾丸はクロガネに向かって直進するも、対魔武器でさえない銃を避けられないはずもない。
最小限の動きで躱しつつ、即座に撃ち返して頭部を弾けさせた。
「全員出てきなよ。臆病者を除いてさ」
挑発すると、マクガレーノ商会の構成員たちが対魔武器を構えて降りてきていた。
粗悪な低級品ではなく、中級から上級に相当する対魔武器を所持している。
クロガネから見ても十分に危険な代物だ。
――数が多い。
二十名ほどだが、大半が6Λの装甲と似たような材質のシールドを持っている。
ESS装置を内蔵しているのは明白だ。
「――アタシのホームで、随分と派手に暴れてくれたじゃない」
ドスの効いた声が響く。
やたらと目立つ巨大なサングラスを付けて、モデルのようにスタイルの良い"男"が姿を表す。
「正当防衛のつもりだけど?」
「ハッ、笑わせないでちょうだい。6Λちゃんと殴り合っておいて、喧嘩するつもりがないなんて言わせないわよ?」
毒々しい紫色の髪をかき上げ、魔女――マクガレーノ商会のボスが銃を抜く。
銃口はピタリと静止して一切の揺れがない。
事情の確認をするつもりは無いらしい。
売られた喧嘩は皆殺しで返す。
クロガネからしても、話が早くて助かるくらいだった。
「私を殺せるつもりでいるの?」
「このアタシ――マクガレーノ様が殺すと決めたの。先のことを考えるなんてナンセンスなことはしないわ」
絶対の自信を持ってこの場に望んでいるらしい。
噂話こそ魔女と揶揄されているものの、彼女は生身の人間でしかない。
だというのに、溢れ出る殺気は本物だ。
ガレット・デ・ロワの本拠地でアダムの面接を受けた時を思い出すほど。
勝敗の可能性など興味ない。
そんな人物がこれまで裏社会で生き延びて来られたのは、一流の悪党としての資質を持つからに他ならない。
油断をすれば喰われかねないだろう。
「あんた達、可愛らしい侵入者ちゃんをギタギタにしておしまい!」
その言葉を合図に、構成員たちが攻撃を開始した。
File:マクガレーノ・フィン・ニア
中規模の犯罪シンジケート『マクガレーノ商会』のボス。
"美の悪逆"を信条とし、独自の手法で勢力を広げてきた悪党。
現在の稼業は娼館経営のみに留まっているが、本人曰く「やろうと思えばどの業界でも成功できる」とのこと。




