61話
「――待って」
商会本部へ移動している途中だったが、クロガネが足を止める。
「どうなさいましたか?」
「さっきの人型兵器が近くにいる」
クロガネが『探知』可能なギリギリの位置に反応がある。
アンデッドを仕留めた後、そのままマクガレーノ商会本部へと向かったのだろう。
地図を開いて大まかな場所を指差すと、屍姫も頷く。
「優秀な護衛ですね。CEMが製造する生体兵器の中でも上位のものでしょう」
「生体兵器?」
「ええ。人間の体を基にして、魔物のコアや魔法物質、薬剤等で強化した操り人形です」
その分、見た目は悪いですが……と、屍姫はくすりと笑う。
「制御された魔物……あるいは人工魔女。あちらは性別問わず、適性があれば使っているようですが」
また人体実験だ。
クロガネは不愉快そうに嘆息する。
商会本部を襲撃するのであれば交戦は避けられない。
近付いた時点でこちらの魔力反応に気付くだろう。
奇襲を仕掛けることも出来ないため、真っ向勝負を挑まざるを得なかった。
少なくとも容易く屠れるような雑魚ではない。
魔力反応は屍姫よりも強い。
「私が正面を張る。屍姫は上手く合わせて」
「お任せください」
戦力に数えられるのはここまでだ。
真兎を参加させるには荷が重すぎる。
「私はどうすればいいですか?」
「……見張り役。敵の増援を警戒して」
当然ながら、見張り役の必要はなかった。
クロガネの持つ『探知』より優秀な索敵能力は早々無い。
とはいえ、黙って見ていろと命令するのも酷だろう。
この件は真兎自身の問題だ。
依頼者を死なせるわけにはいかないが、雑な仕事をしても今後に繋がらない。
敵が停止した座標は商会本部と重なっている。
姿を隠しても意味がないだろう。
クロガネは殺気を研ぎ澄ませ、悠然と歩いていく。
目の前の敵だけに集中する。
マクガレーノ商会の大きなビルが目印となっていて、その一階に生体兵器が待ち構えているのだろう。
堂々と正面から、ガラスドアを蹴破って――即座に『解析』を発動する。
同時に生体兵器が戦闘態勢に入った。
『――実験体番号0040Δヲ認識。捕獲対象デス』
――ADS-6Λ。
個体名と、大雑把な情報が頭の中に流れ込んで来た。
体内に戦慄級の魔物を宿した兵器。
過剰なエルバーム剥薬の投与によって自我は崩壊し、完全に消失している。
素体に人間を用いているためだろう。
外見は人型を保っており、鉄を折り曲げたような仮面を付けている。
まるで機械のように意思が感じられない。
抑揚の無い無機質な声。
全身に纏った分厚い装甲はCEM特製の代物だろう。
「ッ――『能力向上』」
高めた身体能力全てを注ぎ込んで回避する。
直後、鉄槌のような拳が振り下ろされ、エントランスの大理石床が砕け散った。
「――チッ」
二メートルほどの巨体から繰り出されたのは神速の拳打だった。
続く一撃は蹴り上げて流し、その胴体に鉛玉を叩き込む。
エーゲリッヒ・ブライの弾は全て、身に付けた厚い装甲によって弾かれてしまう。
中途半端な威力では突破できない。
「機式――"ペルレ・シュトライト"」
貫通力を高めたライフル――その威力は信頼に足る。
距離を取るように後方に飛びつつ、引き金に指を掛けた。
「死ねッ――」
銃口から発火炎が散り、6Λが大きく仰け反る。
ESS装置さえ穿つ弾丸――だが、その弾頭は装甲に当たって潰れ、鉛玉と同様に中身まで届かない。
『PCMA起動――対象ノ危険度ヲ測定中』
聞き覚えのある装置だ。
CEMの研究施設で保有魔力などを測る際に用いられていたものだ。
『対象ノ危険度測定カンリョウ――戦慄級相当。武装制限ノ解除ヲ要請シマス』
どこかと通信している――と、気付いた瞬間に出し惜しみせず武器を呼び出す。
「機式――"フェアレーター"」
前腕から先を覆うように、巨大な大砲が構築されていく。
消耗を省みない最大火力の武器。
その威力は何度も実証済みだ。
温存する余裕は無い。
6Λの背後にあるのがCEM本体ならば、物量で押し潰されてしまうほどの兵力を投入されかねない。
クロガネは逃げ出した実験体で、体の中には貴重な遺物が埋め込まれているのだ。
座標まで割れている状態でフォンド博士が黙って見過ごすとも思えない。
込められる限りの魔力を注ぐ。
その間の時間稼ぎは屍姫に任せざるを得ない。
素早く意図を察し、6Λに肉迫する。
「『冥拳』――ッ!」
か弱い体から放たれるのは、コンクリートを容易く砕くほどの一撃だ。
死者を使役するだけが能ではない。
近接格闘においても大罪級に恥じない実力を持っているらしい。
だが、相手はクロガネでさえ手こずるような性能を持つ兵器。
屍姫の攻撃は6Λの体を僅かに揺らすだけに留まってしまう。
『無法魔女ヲ認識――迎撃シマス』
改造手術によって極限まで高められた神経系が、脳による電気信号とコアの魔力を最大速度で伝達している。
精密な拳打を避けることは叶わず――腕を交差させて身を守る。
「あぐッ――」
拳から放出された魔力がガードを突き抜けて屍姫を悶絶させる。
肺の中の空気を強引に押し出され、まともに呻くことも出来ない。
そして、続く一撃によって簡単に建物外へ吹っ飛ばされてしまう。
一瞬にしてエントランスは廃墟同然の有り様だ。
化け物が少し暴れるだけで、人間の居住区など簡単に壊滅してしまう。
砕けた大理石床を力強く踏み締める。
膨大な魔力を注ぎ込まれた大砲が、今にも爆ぜそうなほどのエネルギーを唸らせていた。
「――消し飛べッ」
屍姫の健闘によって十分なチャージ時間を得られた。
クロガネは最大出力で砲撃を行う。
File:PCMA
『processing capability of magical power analyzer』通称PCMA
AIの分析によって魔女・魔物の脅威度を測定する機械。
魔法省の捜査官には、この装置の携帯が義務付けられている。