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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
2章

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60話

「はえー、娼館から魔女を浚ってきちゃったんですか」


 真兎は興味津々といった様子で屍姫を見つめる。

 事情を抜きにすれば、娼館で一番高い商品を奪ってきたことに間違いはない。


「しかもこんなに綺麗な……」

「ふふ、照れてしまいますね」


 屍姫は頬を赤く染めてクロガネにもたれる。

 悪党の魔の手から助け出されたヒロインのような気分でいた。


「……都合がいいから利用するだけ」


 クロガネは嘆息する。

 事実として、彼女にメリットが無ければ情報だけ吐かせて捨てていただろう。


 その能力は強力な個ではなく数の暴力。

 さらに、アンデッド自体が独立した思考を持っている。

 他に類を見ない特異な魔法には、傍らに侍らせるだけの価値があった。


 そんな態度にも、屍姫は嬉しそうに身を捩らせる。

 手元に置いてもいい……と、その程度の認識だとしても、側に居られるだけで高揚してしまう。


「それで、これから商会本部をブッ潰すんですよね?」


 真兎は気合いを入れるように拳を撃ち合わせる。

 身体能力には自信があるらしいが、殺しのプロ相手に通用するかは怪しい。


「あまり前に出ないように。邪魔な奴は私と屍姫で片付ける」


 足手まといを連れて歩くのは面倒だ。

 さすがに敵地で好きに動かれては守りきれない。


「でも、あいつらは……」

「娼館で働きたいなら、止めはしないけど?」

「それはそれで興味が……って、いえいえなんでも!」


 真兎は慌てて誤魔化すと、深呼吸する。

 手掛かりを得られただけで周りが見えなくなってしまっては仕方がない。


 意外に冷静だ――と、クロガネは感心する。

 両親を失ったことに対しても、負の感情に囚われて取り乱さないように気持ちをコントロールしているのだろう。


 彼女はまだ子どもだ。

 元の世界で言えば中学生程度だろう。


 だというのに、真兎は平常心を保っている。

 三等市民としての過酷な生活に耐えられるように、成長せざるを得なかったのかもしれない。


――やはり、吐き気のする世界だ。


 不幸も何も知らず、のうのうと暮らしている者たちが多く存在している。

 だが、少し視線をずらせば貧困に喘ぐ者で溢れている。


 三等市民には、その中でも絶望的なまでに救いが無い。

 何からも守られず、奪われることだけは法律で認められている。


「それとも何人か殺してみる?」

「うっ……それもそれで気が引けますね」


 血を見ることに怯えるくらいの常識は持っているらしい。


 やはり、この世界はよく分からない。

 クロガネは肩を竦める。


「でもでも、マクガレーノ商会のボスは魔女って噂です」

「あぁ、そうでしたね」


 屍姫が頬を引き攣らせ、呆れた様子で視線を逸らす。

 何かを知っているらしい。


「ご心配なさらずとも……"彼女"はクロガネ様の脅威になりません。警戒すべきはCEMケムのみでしょう」

「どういうこと?」

「魔女というのは言葉の"あや"ですから、興味を持つだけ時間の無駄です」


 やはり屍姫は商会と何らかの関わりがあったのだろう。

 恨みを買って捕まってしまい、商品の一つとして並べられた。

 展開としては分かりやすい。


 商会を探るような仕事を受けて下手を打ったと考えるのが自然だろうか。

 どちらにせよ、その話を深掘りしている時間は無い。


「商会本部まで案内して。到着したら即、襲撃を仕掛ける」

「分かりました」


 屍姫が先導する。

 そこまでの道程も昨晩の内に調査済みだ。


――レーデンハイト三番街、中央区画。


 マクガレーノ商会は縄張りの中心に本拠地を置いている。

 近辺には魔法省の支部も無く、治安の悪さは言うまでもない。


 二等市民の中でも貧困層が集まっている地域だ。

 娼館が置かれているような二番街と比べ、娯楽施設は明らかに少ない。


「……エーテルが濃い?」


 クロガネは違和感を覚えて尋ねる。

 以前訪れたロムエ開拓区の地下研究施設ほどではないが、そこらの居住区よりは明らかに濃度が違う。


「三番街は近年、エーテル値が上昇傾向にあるようです。まだエーテル公害は起きていませんが……」


 屍姫は周囲に視線を巡らせる。

 人間はまだ良いとして、小動物にはそろそろ危険な水準だ。


「……いつ魔物の発生が起きてもおかしくありません」


 エーテルの蓄積によって動物等が突然変異を引き起こす。

 もしくは、無から凶悪な魔物が生じる。


 貧困層が集まっている理由はそこにあるのか……と、クロガネは納得する。

 金銭に余裕のある者がリスクを承知の上で留まるはずもない。


 ここでしか暮らせない者たちが集まっている。

 表情にも希望は無く、大半は三等市民に落ちる寸前といったところだ。

 追い込まれて初めて社会構造の歪さに気付ける。


「魔法省は手を入れないの?」

「恐らく難しいですね。エーテルが一点に集束して、そこから魔物でも発生すれば解決できなくもないですが……」


 エーテル値が高まりすぎている地域は手の打ちようが無い。

 立ち入り禁止区域を陣取る魔物を倒したとして、溢れ出るエーテルが収まるまで何年も何十年もかかってしまう。


 だが、この程度であれば一ヵ所に纏めて討つことによって自然消滅を狙える。


 どちらにせよ、自身にはどうでもいいことだ。

 実際に魔物が発生して、討伐依頼でも来ない限りは関わる必要もない。


 無駄な思考を頭から追い出して襲撃に備える。

File:レーデンハイト三番街


一番街は一等市民居住区フォルトゥナ、二番街は商業区、三番街は貧困層の居住区となっている。

三番街は元々中間層向けの居住区だったが、エーテル値の緩やかな上昇によって徐々に貧困層と入れ替わっていった。

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