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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
2章

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56話

「……お客様、こちらへ」


 待合室に現れたのは、不貞腐れた様子の魔女だった。

 服装こそ娼館で統一されているものだが、長い白髪に紫のメッシュを入れた派手な見た目をしている。


 確かに心は折れていないらしい。

 これから嬲られるかもしれない相手に対して、目を鋭くさせて対応出来るのは大した精神力だ。


 大罪級『屍姫かばねひめ』――けむりから得た商品リストには、その能力まで細かく記されている。


 死体に魔力を分け与えることで操り人形にする能力。

 使役可能なアンデッドの数については不明とされているが、それだけ大量に扱えるということなのだろう。


 無法魔女アウトローとしては極めて危険性が高い。

 数の暴力は強大な個を呑み込むほどの力を持つ。

 侮って放置してしまうと、戦慄級に引けを取らない脅威となり得るだろう。


 そんな彼女も、今では完全に飼い犬状態だ。

 装着された首輪型のMEDにはクロガネも見覚えがある。

 自身も同じものを嵌められていたのだから、忘れるはずもない。


 案内された部屋に入り――『解析』


 盗聴の心配は無い。

 監視カメラのような無粋なものも置いていない。


「……何を警戒しているんです?」


 屍姫は目を細めて尋ねる。

 クロガネは隠蔽魔法を持たないため、魔女ならすぐに『解析』に気付けただろう。


 それも彼女は"大罪級"――本来なら飼い慣らされるような下手は打たないはずだ。


「結因っていう名前に聞き覚えは?」

「さて、どうでしょうね」


 答える気は無いらしい。

 これまでの客にも似たような態度で接してきたのだろう。


「口を割らないなら、それで構わないけど――」


 クロガネは屍姫の首元を掴んでベッドに押し倒す。

 MEDで飼い慣らされている彼女には、精々普通の人間よりマシな程度の身体能力しか残されていない。


「ッ――」


 その顔が、微かだが怯えたようにピクリと動いた。

 目元に力が入っている。


「……どうせ、あなたも私を嬲りたいんでしょう?」


 そんなことを日に何度も。

 そんな日を二週間も。


 気を張り続けられるだけで大したものだろう。

 同じ境遇にあって、心が折れずにいられる者などほとんどいない。


「そういう生活が好きなら、無理にとは言わないけど――」


 首輪に手を掛けて、強く引く。

 金を支払った時点で主従関係は決まっている。


「価値のある情報を出せるなら、首輪これを外してもいい」

「なっ、そんなことが……」


 期待半分、疑心半分といった様子だ。

 迂闊なことを喋って、用済みだと放置されたなら自身の命が脅かされてしまう。

 死は何よりも恐ろしい。


「それとも、こういうことの方が好きなの?」


 葛藤を遮るように手を伸ばす。

 乱暴な手付きで愛でると、抵抗するように声を噛み殺していた。


 触れてみて、魔力の流れが感じ取れる。

 色差魔の時と同様に"食事"も取れるだろう。

 MEDで阻害されているとはいえ、体内の魔力自体が失われたわけではない。


 あくまで行使を阻害するためのもの。

 外に放出するような魔法であれば封じられるが、クロガネの『能力向上』のようなものまでは対象としていないらしい。


「決められない?」


 尋ねるも、答えを待つつもりはない。

 彼女の持つ魔力に反応してか、クロガネの体も熱を帯びている。


 顔を寄せると、甘ったるいバニラのような香りがした。

 首筋に顔を埋めるにはMEDが邪魔になっていた。


 そのまま胸元の方に顔を近付け――。


「まっ、待って! 話せばいいんでしょう!?」


 屍姫は慌てた様子で制止する。

 屈辱的な行為だというのに、何故だか体が火照って仕方がない。

 これまでの仕事では感じたことのない高揚に囚われていた。


 その先の行為まで期待しているかのように、鼓動がトクトクと高鳴っていた。

 熱を冷ますように深呼吸しつつ、屍姫は乱れた服を整える。


「……手駒にしているアンデッドが一人いるので。それなりに情報は掴んでいるつもりです」

「なら、どうして逃げ出さないの?」

首輪これだけは、どうしても外せそうになくて」


 MEDに手を添えて、悔しそうに唇を噛む。

 一介の魔女では解除方法など知る由もない。


 幸いにも、拘束される前に黒服の一人を仕留めて自然な形で紛れ込ませることが出来ていた。

 阻害されるのは魔法の行使であって、発動済みのものに関しては問題ない。


 だが、運良く娼館から逃げ出せたとして。

 能力が今後使えないとなると、CEMケムからの逃亡生活は続けられない。


 そのため、バレない程度にアンデッドを使ってマシな環境を確保してきたという。


「貴女なら知っていると思いますけれど……ここはCEMケムの手が入っている施設。検体の調教と利益上げを兼ねた"都合の良い"お店です」

「関係者の出入りは?」

「週に一度。決まって夕方に視察に来て、仕事を片付けてからお楽しみの時間を作っているようで……役得、というわけですね」


 必要な魔女がいれば手続きをして、マクガレーノ商会と取引処理を行う。

 欲するものは魔女の能力そのものであるため、実験に支障のない状態まで追い込んでから連れていくという。


「結因という名前の魔女については?」

「確か、一昨日に移送された魔女が結因という名前だったと。けれど……」

「輸送先までは分からない?」


 屍姫は悔やむように頷く。

 自身の命が脅かされている時に、そこまでの情報を得ようとする余裕は無かった。

File:大罪級『屍姫』-page1


派手なファッションを好む無法魔女アウトロー

外見だけならいわゆる"病み系"に分類されるが、内面はいたって真面目。

本人の身体能力は愚者級相当だが、死者を使役するという特異な能力を持つ。

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