55話
先行した真兎が受付カウンターでリストを眺めている。
さすがに刺激が強いのか、プロフィール写真を見てたじろぐような素振りを見せていた。
常に『探知』は怠らない。
少なくともクロガネの認識出来る範囲で脅威は存在せず、警備の黒服たちが拳銃を持っている程度だ。
弾薬は低品質な対魔弾――ガレット・デ・ロワで用いられているようなものと比べると数段劣る。
それでも、首輪型のMEDによって無力化された魔女たちには十分だ。
佇まいを見ても近接格闘に多少の覚えがあるように見える。
外敵を警戒するというよりは、商品の魔女を逃がさないようにするのが主目的のようだ。
そもそも近隣でマクガレーノ商会に手を出すような馬鹿はいない。
真兎は分かりやすく肩を竦めて見せる。
姉がいなかった場合の合図だ。
「……」
真兎のような少女が訪れること自体は珍しくないのだろう。
特に警戒もされておらず、そのまま退店して安全な場所に向けて移動し始めた。
入れ替わるようにクロガネが入店する。
ただの娼館にしては内装も小綺麗で、衛生面には気を遣っているらしい。
受付には若い男――入って間もないのか"研修中"の文字がネームプレートに大きく記されていた。
これは都合が良い。
受付カウンターに適当な額を積み重ねて尋ねる。
「最近入った子を教えて」
「ちょうど二週間前に三人ほど"入荷"しております」
受付の男はホクホク顔で積まれた貨幣を懐にしまいつつ、三人のプロフィールを並べる。
羽振りの良い常連だと思われただろうか。
「活きがいいのは?」
「でしたら……この嬢ですかね。まだ反抗的ですが、お客様ならきっと気に入ることでしょう」
それだけ精神が死んでいないということだ。
心の壊れた娼婦を頼んだところで情報源としては期待出来ない。
元よりこの店は"魔女をいいようにできる"というコンセプトだ。
店に来て時間が経つほどに商品価値は低下していく。
廃棄先へのルートは不明だが、もしかすればCEMの研究施設に繋がっているかもしれない。
マクガレーノ商会は娼館経営で利益を上げられる。
CEMは反抗心を叩き折られた従順な検体を得られる。
双方のメリットを繋ぎ合わせるとすれば、これが一番考えられる理由になるだろう。
差し出されたプロフィールには"大罪級『屍姫』"の文字。
よほど強力なMEDで拘束されているのだろう。
指名料も他の魔女より割高だ。
「それじゃ、この子で」
「畏まりました。あちらの待合室でお待ちください」
案内された先でソファーに腰掛ける。
他にも何人か待機している者もいたが、全員が揃って高価なものを身に付けている。
中でも目立つのは老齢の男性二人組。
上等なスーツを纏っていて、やることといえば下卑た行為だ。
それ自体には何の感想も抱かない。
どうやら区議会の議員のようだ。
暇潰しに公の場で話すには過ぎた内容まで聞こえてくるほどだったが、周囲の人間は気にも留めていない。
魔女を扱う娼館など数が限られている。
とてもだが貧乏人が通えるような金額ではない。
この場所を訪れるような者からすれば、聞こえてくるのは端金にしかならない話題なのだろう。
「……」
クロガネの『探知』に異様な気配が紛れ込む。
それは不自然なほどに正常な人間の反応。
何かを隠蔽しているとしか思えないほどに真っ白だ。
その人物は受付カウンターから待合室に移動してきて――。
「あっ……」
勇み足で現れたのは色差魔だった。
反応こそ高度に隠蔽されており、仕事中でなければ気付けないほどに魔力を感じない。
入室して早々に目が合い、ぽかんとした様子で固まっていた。
「……なんでここに?」
以前のように尾行してきたのかと疑うも、それは有り得ないと思い直す。
少なくとも、こうまで分かりやすく呆けて見せられるほど演技が出来るようなタイプではない。
そもそも尾行をするメリットが見当たらない。
隠蔽こそ高度ではあるが、通用するのは同じ大罪級までだろう。
あるとすれば裏懺悔から補佐を任されたか……と、そこまで考えた時。
「えっとぉ、その……実はこういうの興味があったり、なかったり……」
顔を赤らめて頬を掻く。
「でもこういうお店は今日が初めてだからっ! 勘違いしないでよね!」
「……はぁ」
他人の趣味にまで口を出すつもりはない。
クロガネは視線を外すと、腕組をして待機しようとする。
「ちょっと待って、説明するのあたしだけ!?」
「仕事の邪魔」
一言だけ返すと、色差魔は「あっ……」と再び声を漏らす。
偶然同じ店に居合わせたとでも思っていたのだろう。
「分かったなら黙ってて」
クロガネは今度こそ『探知』に意識を集中させて周囲を警戒する。
やはり色差魔からの反応は人間と大差なかった。
隠蔽は魔女であることを隠すためだろう。
彼女の能力は『色錯世界』――認識機能を揺さぶることで相手を騙すことが出来る。
CEMの研究施設で最初に交戦した際にその厄介さを味わっている。
常に発動するには消耗が激しいはずだ。
それだけのことをしてまで、この店に通う理由があるらしい。
先に名前を呼ばれた色差魔が、嬢に連れられて部屋に向かう。
黒髪で背丈は中程度――目は完全に光を失っていて、薄らと残る痣の跡が痛々しい。
そういった"需要"に向けた商品なのだろう。
無感情に案内されるも、色差魔は期待したように顔を赤らめるのみだった。
File:大罪級『色差魔』-page2
どちらかというとS(自称)
どちらかというと攻め寄り(自称)




