53話
「マクガレーノ商会は、ここらを牛耳ってるデカイ組織だ。レーデンハイト二番街の店はほとんど傘下に収まってる」
もちろんこの店も……と、烟は店員たちの様子を窺いつつ付け加える。
犯罪組織としてはかなり規模が大きいらしい。
「稼業は娼館がメインなの?」
「メインというか、それしか手を出してないみたいなんだ。外部にツテがあるみたいなんだが……多分CEMだ」
商会の裏に公安が潜んでいる。
真兎が聞いた噂話も、全てが与太話というわけではないらしい。
「CEMの下請け組織ってこと?」
「そういうことだな。信用できる筋から仕入れた情報だから間違いないぜ」
研究施設での日々を思い出す。
悪夢に囚われ続けるような苦痛に満ちた生活だった。
娼館でも似たような薬品類で魔女を飼い慣らしているのだろう。
「そう――」
思わず笑みが溢れてしまう。
これは都合が良い。
仕事のついでにCEMに損害を与えられるのであれば、これ以上ないほど好条件の依頼だ。
裏懺悔はそれを掴んでいた上で自分に流したのだろうか……と、クロガネは疑問を抱く。
「なあ、物騒なことだけは勘弁してくれよ?」
殺気を感じ取った烟が慌てた様子で制止する。
襲撃者に情報を与えたことがバレたなら吊るし上げられてしまう。
そんなリスクを抱えたくはない。
「それに、マクガレーノ娼館のボスはヤバい"魔女"って話だ。アンタも腕が立つのかもしれないけど……」
「無駄話はいい。娼館の場所と各場所の構成員の数……それと、最近仕入れた無法魔女のリストが欲しい」
魔女なら商品として並べられているはずだ。
連れ去られてから二週間程度しか経過していないのであれば、まだ生きている可能性は高い。
トップを張るのが魔女ならば、それもまたクロガネにとって好都合だ。
戦闘経験にもなるし原初の魔女に供物を捧げられる。
あくまで最終目標は"元の世界への帰還"だ。
どれだけの命を奪えば足りるのか……そこまでは分からない。
「シンジケート相手に一人で喧嘩売るつもりなのかよ」
「だから何?」
「いや、無謀すぎるって。マクガレーノ商会自体もそうだけど、裏に控えてる組織がデカすぎる」
場合によってはCEMの実行部隊が派遣されるかもしれない……と、烟は忠告する。
「そんなことはどうでもいい。で、リストは作れるの?」
「分かったよ、引き受ける」
烟は観念したように肩を竦める。
断れば容赦なく消される……そんな気がしていた。
そして、懐から取り出したメモ帳にあれこれと書き込んでいく。
「暗記しているの?」
「そりゃ当然。情報屋としては必須項目だな」
得意気に笑みを浮かべ、完成したものを手渡す。
フリーハンドで書いたとは思えないような、丁寧な表図で纏められている。
「……」
クロガネはそれに一通り目を通すと手で握り締め――『破壊』する。
微かな塵が溢れ落ちる程度で、ほぼ跡形もなく消え去った。
「えっ、もう覚えたのか?」
「全部問題ない」
魔女になってから脳が活性化している。
CEMの研究施設で行われた人体実験によって思考速度や記憶力も常人離れしていた。
仕事をこなす上で必要な情報にだけ焦点を当て、最小限の時間で暗記出来るようになっていた。
烟は少しだけ好奇心を抱くが、詮索しようとして口を噤む。
さすがにそれは御法度だ。
「それじゃあ、追加で必要な情報があったらいつでも連絡してくれ。羽振りのいい客は大歓迎だ」
短時間で稼げる額としては破格の報酬だ。
抱えるリスクこそ大きいが、何故だか問題ないように思えていた。
そうなれば羽振りの良い顧客でしかない。
声を弾ませつつ、手をひらひらと振って去っていく。
「マクガレーノ商会……」
規模は中程度で、構成員の数もそれほど多くはない。
CEMに勘付かれる前に終わらせられるなら楽な仕事だが、どちらに転んでも問題はないだろう。
娼館の商品リストには、ここ最近で五名の魔女が囚われ――その中に愚者級『結因』の文字があった。
真兎の姉で、能力は『連結』だという。
エーテル操作に長けており、魔女としては戦闘向きではない特殊なタイプらしい。
魔法工学の分野に進めるなら多少はマシな人生を歩めただろう。
三等市民であれば登録魔女になるメリットも十分にある。
なぜそれを選ばなかったのか。
或いは、それを気付けるような環境になかったのか。
姉のことを語る際に、真兎は"魔女"だということを伝えてこなかった。
その事実を知らなかった……などと、間の抜けた返答はしないだろう。
口を噤む必要性があったのかもしれない。
File:マクガレーノ商会
規模は中程度。
武闘派組織としても知られており魔女を無力化して捕獲するほど。
近隣の店は大半が傘下に収まっている。




