52話
「……姉は生きてるの?」
率直な疑問として、真兎に遠慮せず尋ねる。
消耗品として酷い扱いを受けている可能性は否めない。
「もちろんです。先日、姉とヤったという男から証言を得ています」
「娼館の場所は?」
「……えっと、そこまでは」
真兎が得た情報の信憑性は極めて薄い。
子どもを騙して金だけ毟り取るような人間などそこら中にいるだろう。
都合の良い言葉を聞いて精神を保っているだけだ。
先ずは自分の足で情報収集をする必要がある。
裏懺悔に聞けば大半のことは分かるだろうが、いちいち連絡を取るのも面倒だ。
マクガレーノ商会について、そして娼館自体について。
近隣の酒場等でも色々と話は聞けるかもしれない。
だが、手っ取り早く情報をかき集めるには、実際に足を踏み入れるのが一番だろう。
「で、報酬はどれくらい払えるの?」
「報酬はお金と……このネックレスです!」
取り出したのは、銀製のネックレスだった。
目立った装飾は施されていないものの、何か引っ掛かりを感じ――『解析』を行う。
「……これは」
微かにエーテルを宿している。
だが、それ自体が魔法物質というわけではないらしい。
情報が刻み込まれているのだ。
詳しい内容は暗号化されているものの、重要な品であることには変わりない。
何かを示すために使うものなのだろう。
エクリプ・シスを用いた煌回路記憶装置というわけでもない。
魔女によって意図的に"何らかの文言"を刻まれた、単なるネックレスだ。
「何か秘められた力を感じませんか? 我が家に伝わる大切なものだって、前にお父さんから聞いたんです」
価値は確かにある。
しかし、それがクロガネ自身に利益を齎すものには思えない。
とはいえ、真兎が提示した報酬はネックレスを除いても頷いていい範疇だ。
依頼を断るほどのことでもない。
「意外とお金に困ってないみたいだけど」
「元々は二等市民だったんです。両親が住み込みで仕えていた人がいたそうなんですけど、色々あって外されちゃったみたいで」
ミスを犯して三等市民に落とされたのだろう。
上流に目を付けられて落ちぶれるなど、何ら珍しい話ではない。
社会的地位を剥奪されるほどとなれば、相応に大きな規模の失態になる。
雇い主に不利益を与えてしまった……と、推測するのが自然だろう。
そこから先はプライベートな事情だ。
仕事に関係無いことまで依頼主に詮索する必要はない。
ともかく、必要な情報は出揃った。
依頼を進めるにあたって、先ずはフットワークから始めるべきだ。
「進捗は定期的に連絡するけど、他に何かある?」
「えっと……姉の救出を、どうかよろしくおねがいします!」
真兎は頭を深々と下げて、懇願するように頼み込む。
もちろんクロガネも最善を尽くすつもりだ。
仕事を引き受けた以上、それを違えれば信用にも関わる。
決してこの少女を哀れんでのことではない……と、嘆息しつつ。
レーデンハイト二番街で、先ずは大衆の声を聞きに酒場へ向かう。
◆◇◆◇◆
洒落た喫茶店等は近辺に無いらしく、大半の店は飲み屋を兼ねたような粗野な造りだ。
表通りを歩く紳士淑女は寄り付かないような場所だが、それなりに客の入りは多いらしい。
「一名様、ご案内しまーす!」
活気のある声で案内されカウンター席に座る。
やや窮屈な店内で、昼間だというのに騒がしいくらい賑わっていた。
「……」
居心地は決して良いとは言い難い。
酔っ払った労働者たちの怒声に似た大声が絶えないでいて、馬鹿のように大口を開けて笑っている。
それでも、こういった場所は情報を得るには都合が良い。
カウンター席でそれらしく黄昏ていれば、仕事の好機と見て声を掛けてくるのだから。
「アンタ、この辺の人間じゃないな」
フードを深く被った少女――近辺をシマにしている情報屋だろう。
暖かい褐色の肌と白金色の短髪が微かに覗き見える程度だ。
「この辺りで一番の情報屋は?」
「目の前に立ってるだろ?」
粗暴な言葉遣いだ。
身なりも薄汚れているが、肌は艶やかで手入れされている。
身を隠すための変装なのだろう。
彼女の言葉が真実かはともかくとして、情報屋であることは間違いないらしい。
「あたしのことは烟って呼んでくれ。情報網には自信があるんだ」
烟は誇らしげに胸を張って見せる。
気配からして魔女のようだが、いまいち実力は掴めない。
「マクガレーノ商会について教えて」
「うわっ、命知らずな……」
口角をひきつらせつつも、クロガネの横の席に腰掛ける。
取引には応じるつもりらしい。
「出せる情報には段階がある。金額によって――」
言葉を遮るように金を積む。
詳細な相場までは知らないが、裏懺悔からある程度のレクチャーは受けている。
面倒なやり取りを省けるくらいには大きな金額だ。
「これで足りる?」
「足りすぎ……っ、いやこれくらいでちょうど良いなぁ~」
金額を下げられては困ると思ったのだろう。
慌てた様子で受け取ると、すぐに懐にしまい込んだ。
File:烟-page1
レーデンハイト二番街の情報屋。
無法魔女のようだが、実力はその名を体現するかのように掴みづらい。




